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第十三話 大炎上

公開を十日後に控えた頃、最初の試写を見た評論家やメディア関係者からの感想が、魔導通信網に一斉に流れ始めた。

エリスが朝一番に駆け込んできた。


「先生、レビューが出始めています」


「……良いものですか」


「賛否両論です」


賛否両論という言葉の重みを、これまでの数ヶ月で十分に学んでいた。

最初に目に入ったのは、王国最大の文化誌「劇場時報」のレビューだった。


「本作は原作の持つ静謐な世界観を見事に映像化した傑作である。アイリス役のエレナ・ローズベルの演技は今年度最も評価されるべきものだろう」


それを読んで安堵したのも、ほんの数分だった。

次に目に入ったのは、別の文芸評論誌のレビューだ。


「原作ファンとして言わせてもらえば、謎の老人ジョルダンの存在は完全に蛇足である。なぜ恋愛小説にこのようなキャラクターを差し込む必要があったのか理解に苦しむ」


正直、私も同じ意見である。

ただ二場面に抑えたことに、せめて感謝してほしい気持ちもある。

魔導通信網のトレンドには「#氷薔薇映画派VS原作派」というタグが立っていた。

コメント欄を開くと、二つの陣営に分かれた激しい議論が展開されていた。


「映画として完成度が高い。原作を読んでいない人にも伝わる構成になっている」


「いや、原作のあの繊細な空気が薄れている。婚約破棄シーンの間の取り方が映画だと早すぎる」


「ジョルダンは正直好きだった。コメディリリーフとして機能していた」


「ジョルダンに尺を使うなら本筋に使ってほしかった」


「カイル・ヴァレンの演技、最初は不安だったけどクライマックスは良かった」


「最初の方は確かに王子っぽくなかった」


意見は真っ二つだ。

だが不思議と、悪意のある罵り合いにはなっていない。

それぞれが作品を真剣に愛していて、その愛し方が違うだけだという印象を受けた。

そんな中、ひときわ目立つ長文投稿があった。

発信者はもちろん、黒猫伯爵だ。


「私・黒猫伯爵は本日の試写にて完成版を確認した。結論から言えば、本作は原作の精神を損なわず、かつ映像作品として独立した完成度を獲得した稀有な例である。特筆すべきは、婚約破棄シーンが当初の流出脚本にあったミュージカル形式から大幅に変更され、原作通りの静かな演出になっていた点だ。これはおそらく原作者アルフォード先生と王都劇場側の交渉の結果であろう」


珍しく、ほぼ正解だった。

驚いて続きを読んだ。


「なお、ジョルダンの存在については監督の趣向と思われるが、登場場面が限定的に抑えられており、本筋への影響は最小限に留まっている。これもおそらく交渉の結果である」


完全に正解だ。

黒猫伯爵が今回に限って、何かに目覚めたらしい。


「最後に、王都劇場総責任者レオン・アークライト殿下の関与について触れたい。本作の脚本協議に関する関係者証言を複数確認した結果、殿下が原作の保護に深く関わっていたことが判明した。原作と映画、両方を大切にしようとする意志が、この作品の完成度を支えている」


画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

誰がその「関係者証言」をしたのか分からない。

ただ、その分析は核心を突いていた。

コメント欄では、黒猫伯爵への驚きの声が相次いでいた。


「黒猫伯爵が正解出すなんて」


「今までの予想が全部外れてた分の運がここに集まった」


「殿下のこと書いてあるの初めて見た」


「殿下、本当にそんなに関わってたんだ……」


私はそっと端末を閉じた。

ここまで世間に殿下の役割が伝わっているとは思わなかった。

本人がそれを望んでいるかどうかは分からないが、不思議と誇らしい気持ちがあった。

午後、王都劇場で殿下と顔を合わせる機会があった。


「殿下、黒猫伯爵の投稿をご覧になりましたか」


「見ました」


「初めて当たっていました」


「珍しいこともあるものです」


殿下が静かに言った。

表情はいつも通り落ち着いている。


「殿下のことも書かれていましたが」


「読みました」


「……お気になさいませんか」


「事実ですので」


あっさりとした答えだった。

こういうとき、殿下の動じない態度が時々眩しく見える。

夕方、エレナから連絡が届いた。


「先生、レビュー見ました! 賛否両論だけど、私のアイリスを評価してくれる声がたくさんあって、すごく嬉しいです」


「私もエレナさんの演技を読んだレビュー、いくつも見ました。本当に素晴らしい演技でした」


「先生のおかげです! 脚本を守ってくれたから、演じやすかったんです」


カイルからも連絡があった。


「最初は不安でしたが、クライマックスの演技を評価していただけて、ほっとしています」


「カイルさんの王子、最後は本当に良かったです」 


「ありがとうございます。先生たちが守ってくれた脚本だから、できたことです」


皆が、それぞれの立場でこの作品を守ろうとしていた。

その事実が、レビューの賛否両論よりも、ずっと大切なものに思えた。

夜、どうしても気になって私は端末を最後にもう一度開いた。

セシリアの投稿が新しく上がっていた。


「賛否両論のレビューを見て、最初は少し悲しくなりました。でも、原作を大事にしてくれた部分がたくさんあって、何度も読み返すうちに、これでよかったんだと思えました。公開が楽しみです」


胸が温かくなった。

作品が世に出れば、賛否は必ず生まれる。

それは作家として、ずっと前から知っていたことだ。

ただ今回は、その賛否の中に、確かに守り抜いたものがあるという確信があった。

公開まで、あと十日。

私はそっと端末を閉じて、窓の外の夜空を見上げた。

あと少しで、アイリスが本当に、世界中の人の前に立つ。

その日が来るのが、怖いような、楽しみなような、複雑な気持ちで胸がいっぱいだった。










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