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第十話 最大の改変

会議室に入った瞬間、監督の顔を見て私は引き返したくなった。

いつもより目が輝いている。

いつもより笑顔が大きい。

体全体が前のめりになっていた。

この短期間で、監督のテンションと改変の規模が比例することはすでに学んでいた。

 

「先生! 今日はすごい提案があります!」

 

開口一番だった。

 

「……聞きます」

 

「ラスボスを追加しましょう!」

 

ラスボス。

その言葉を処理するのに三秒かかった。

 

「ラスボス……ですか」

 

「そう! 物語をぐっと引き締める最後の壁ですよ! ラスボスがいることでヒーローとヒロインの絆が際立つ!」

 

「原作は恋愛小説なので、ラスボスは……」

 

「いないですね! でもいた方が面白い!」

 

私は深く息を吸った。

 

「誰を追加するつもりですか」

 

「面白いおじさんです!」

 

沈黙が落ちた。

 

「……面白いおじさん」

 

「そう! 謎のキャラクターが突然現れて主人公たちを翻弄し、最後には実はいいやつだったと判明する! 王道でしょう!」

 

「王道ですが原作にありません」

 

「だから今回から作るんですよ!」

 

殿下が静かに手を上げた。

 

「監督、このキャラクターの具体的な役割を教えていただけますか」

 

「もちろん! まず第十七場面で突然現れて、アイリスと王子の仲を引き裂きます!」

 

「なぜ引き裂くのですか」

 

「面白いから!」

 

「その後は」

 

「第二十場面で王子と決闘します!」

 

「何のために」

 

「面白いから!」

 

「……最終的には」

 

「実はアイリスのことを昔から遠くで見守っていた謎の老人で、試していただけだった、という展開です! 感動するでしょう!」

 

監督が満足そうに胸を張った。

エリスが静かにお茶を一口飲んだ。

ガルドが天井を見上げている。

私の頭痛薬が二錠消えた。

 

「面白いおじさんを演じるのは誰ですか」

 

「モールです!」

 

「知ってました」

 

エリスが「先生、落ち着いて」と囁く。

わかっている。

ただ「知ってました」以外の言葉が出なかった。

 

「モールは五場面に出ます! 衣装も作りました!」

 

「もう衣装まで」

 

「見ますか!」

 

監督が嬉しそうに資料を広げた。

そこには、謎の老人の衣装デザインが描かれていた。

豪華な外套に、なぜか大きな帽子。

帽子からはみ出た白髪が、輪郭を四方に広がっている。

名前の欄には「謎翁ジョルダン」と書いてあった。

キャラクター設定欄を読むと「出身:不明、年齢:不明、目的:面白いこと」とある。

 

「目的が面白いことなんですか」

 

「そうです!」

 

「原作の世界観に……」

 

「合わせます! 合わせた上で面白くします!」

 

私は脚本を閉じた。

深呼吸を三回した。

もう一度、ゆっくりと開く。

やっぱりそう書いてある。

そのとき後方の扉が開き、モール・ヨールが自然な足取りで入ってきた。

 

「あ、会議してた?」

 

「してます」

 

「ジョルダンの話?」

 

「してます」

 

「楽しみだよな」

 

モールが監督の隣に腰を下ろして、にこにことしている。

 

「モール殿、衣装のご確認ですか」

 

殿下が静かに聞いた。

 

「いや、なんとなく来た」

 

「なんとなく」

 

「監督が楽しそうだったから」

 

それだけ言って、モールが監督に向かった。

 

「監督、テーマ曲も作ったって言ってたじゃないですか」

 

「そうそう! ジョルダンのテーマ曲! 先生、聞きますか!」

 

「……聞きます」

 

監督が鼻歌を歌い始めた。

陽気な曲調だった。

覚えやすい。

腹立たしいことに、かなり覚えやすい。

 

「作詞作曲は監督ですか」

 

「そうです!」

 

「……才能はあると思います」

 

「ありがとうございます!」

 

絶対に褒めてはいけないと思ったが、口から出てしまった。

エリスが「先生……」と小声で言う。

 

「先生、一つ確認させてください」

 

殿下が静かに声を上げた。

 

「ジョルダンは何場面に登場しますか」

 

「五場面です!」

 

「クライマックスの婚約成立場面にも?」

 

「もちろん! 邪魔します!」

 

「邪魔します」

 

私の声が低くなった。

 

「邪魔した後で実はいい人だったとわかる流れです!」

 

「……アイリスと王子の婚約成立の場面は」

 

「先生が一番大事にされている場面ですね」

 

殿下が静かに言った。

私を見て、それから監督を見る。

 

「あの場面の感情的な完結は、この映画の核心です。そこに別のキャラクターが介入することで、観客の感情の流れが途切れる可能性がある。ジョルダンを出すなら、クライマックスの前の場面までにしてほしい」

 

監督がうーんと唸った。

 

「じゃあクライマックスの一つ前の場面で出て、クライマックスは見守る形にしましょう」

 

「見守るだけですか」

 

「見守りながら少し泣く」

 

「泣く必要もないと思いますが」

 

「泣いた方が感動する!」

 

「……登場場面を五場面から二場面に減らしていただけますか」

 

今度は殿下ではなく私が言った。

監督が驚いたように私を見る。

 

「クライマックス前の一場面と、序盤に一場面だけ顔を見せる。それで十分謎のキャラクターとして印象に残ります。五場面出ると、主役よりジョルダンが目立つ可能性がある」

 

監督がまた唸る。

今度は少し長い。

 

「……先生の言うことにも一理ありますね」

 

「ありますよね」

 

「二場面にしましょう」

 

「ありがとうございます」

 

交渉成立だった。

五場面が二場面になった。

完全な勝利ではないが、今日のところはこれでいい。

 

「でもテーマ曲は使います!」

 

「……わかりました」

 

もう戦力が残っていなかった。

会議が終わって廊下に出たとき、後ろからモールの声が聞こえた。

 

「監督、ジョルダンの場面、他にも面白い案があって」

 

「なに! 聞かせて!」

 

「クライマックスの直前にジョルダンが謎の踊りを踊るんだけど」

 

「いいね!」

 

私は足を止めた。

モールが毎回「それ面白そう」と言うたびに、監督のアイデアが一段階ひどくなる。

それに今初めて気づいた。


「……殿下」


小声で呼んだ。


「気づきましたか」


殿下がすでに同じ方を見ていた。

 

「モール殿が毎回背中を押しているのはずっと前から」

 

「……真の問題はそちらでしたか」

 

「おそらく」

 

二人で静かに廊下を歩いた。

監督とモールの笑い声が後ろから聞こえる。

楽しそうだった。

こちらは全く楽しくない。

 

「先生、先ほどのジョルダン五場面からの交渉、よかったと思います」

 

「……感情論ではなく構造で話しました」

 

「主役より目立つという論点が効いた」

 

「殿下の手法を真似ました」

 

殿下がわずかに目を細めた。

 

「上手く使ってください」

 

「使います」

 

頭痛はひどいが、二場面は勝ち取った。

テーマ曲は許した。

モール問題は今後の課題だ。

一日に片付けられることには限りがある。

エリスが追いついてきて、静かに頭痛薬を差し出した。

 

「ありがとうございます」

 

「謎翁ジョルダンの場面数、交渉成功おめでとうございます」

 

「……この仕事で『おめでとう』を言われる日が来るとは思いませんでした」

 

「私もそう思います」

 

殿下が言った。

今日一番、息の合った瞬間だった。




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