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弱くて、臆病で、仲間に助けられながら紡ぐ最後の英雄譚  作者: だんご


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最後の遠征

 同じ闇だった。


 7層に踏み込んだ瞬間、世界が拒絶してきた。光が消える。音が鈍る。空気が重くなる。呼吸のたびに喉が締まる。前回と同じだ。世界の底に沈んでいく感覚。


 だが前回と違うものが一つある。


 全員が、この闇を知っている。


 初めてではない。ここで戦った。ここで仲間を失った。ここで泣いた。ここで撤退した。全部知っている闇だ。知っている闇は、知らない闇より怖くない。


 足が止まらなかった。


 悪魔が来た。


 大罪の悪魔は死んだ。だが7層の護衛級の悪魔は残っている。門がある限り悪魔は生まれ続ける。危険度9が三体。10が二体。群れを成して押し寄せてくる。


 全軍が迎え撃った。


 アーサーが先頭にいた。柄だけのエクスカリバーを腰に差したまま、素手で。


 危険度9が突進してきた。アーサーの拳がその顔面を捉えた。エクスカリバーはない。魔法もない。スキルもない。ただの拳だ。だがその拳は、何千回も何万回もエクスカリバーを振ってきた腕から放たれている。体が覚えている。踏み込み。体重移動。打点。全てが最適化された一撃が、悪魔の顔面を砕いた。


 砕ききれなかった。危険度9はそれでも動く。だがアーサーの横からグレンの大剣が薙いだ。悪魔の首が飛んだ。


「武器は俺が振る」


 グレンが笑った。アーサーが殴って崩し、グレンが斬って仕留める。剣を失った英雄と、右腕の連携。


 リーファが走っていた。


 風がない。加速もない。ただの人間の足だ。だが速い。能力がなくてもリーファの足は速かった。悪魔の群れの間を縫うように走り、体術だけで突破していく。拳、蹴り、肘、膝。風の英雄は風がなくても戦える。体そのものが武器だ。


 ルナが後ろからついていく。土魔法で壁を立て、リーファの背中を守りながら。腰にはカイの双剣が二本。走りながらそのうちの一本を抜いた。悪魔がルナに襲いかかった。カイの剣が悪魔を斬った。


「カイの分も」


 ルナの声に涙はなかった。泣く時間は終わった。今は戦う時間だ。


 ナーバスが戦っていた。影がない。闇が使えない。だが闇の英雄は暗殺者でもあった。気配を消す技術。急所を突く技術。暗闇の中で動く技術。能力がなくても、千年に近い時間を戦ってきた体は覚えている。


 シェイドと背中合わせで立っていた。闇魔法使いと闇の英雄が、背中を預け合って悪魔を捌いている。リンが二人の横を駆け抜けながら、短剣で悪魔の腱を切っていく。


「面倒だ」


 ナーバスの口癖が漏れた。いつもの声だった。だが足は止まらない。面倒だと言いながら急所を突き、面倒だと言いながらシェイドの死角を守り、面倒だと言いながらリンの前に出た悪魔を蹴り飛ばしている。


 クールが拳を振っていた。


 氷がない。感覚もない。拳がどこに当たっているのか、自分ではわからない。だが痛みも感じない。だから止まらない。殴った手が折れていても気づかない。痛みという制動装置が消えた体は、壊れるまで動き続ける。


 フロストが隣で剣を振っていた。まだ傷が癒えていない。色欲に精神を溶かされた後遺症が残っている。動きが鈍い。だが立っている。クールの隣で、氷剣を構えて。


 ベルが後ろから叫んだ。


「無茶しないで!」


 二人とも聞こえないふりをした。クールは本当に聞こえていないのかもしれない。感覚が消えたことで聴覚も鈍っている。フロストは聞こえていて無視している。クールの隣を離れる気がない。


 道が開いていく。


 元英雄たちとそのパーティーが壁になって、悪魔の群れを食い止めている。能力を失った英雄と、その仲間たち。弱くなった。確実に弱くなった。だが戦えている。エルの矢が悪魔の目を射抜き、ゼンが背後から喉を掻き、ミアが傷ついた者を回復していく。


 その壁の奥に、道が見えた。7層の最深部に向かう道。悪魔の群れの向こう側。


 アーサーが振り返った。拳が血まみれだった。悪魔の血と自分の血が混じっている。アスたちを見た。


「ここから先はお前たちの仕事だ」


 グレンが大剣を構え直した。


「行け!」


 ミアが微笑んだ。穏やかな、いつもの笑顔。


「帰ってきてね」


 リーファが叫んだ。風のない声で。


「走れ!」


 ナーバスが壁に寄りかかりながら言った。


「……さっさと行け。面倒だから」


 八人が走った。アイリスが走った。ロキが走った。


 英雄たちの壁を抜けて、先へ。背中で戦闘音が続いている。金属がぶつかる音。悪魔が叫ぶ音。グレンが怒鳴る声。エルの弓弦が鳴る音。


 振り返らなかった。振り返ったら足が止まる。あの人たちが壁になってくれている。その壁が持つ間に、門を壊す。それが八人の仕事だ。


 さらに奥に進むと、悪魔の質が変わった。


 危険度11が現れた。7層の深部に潜む、最上位の護衛。前回の遠征で八人が死にかけた相手と同じ等級の悪魔が、道を塞いでいる。


 八人が構えた。


 言葉はいらなかった。ロイドが前に出た。ガルドが横に並んだ。二人の壁。レイがアスの横についた。後方にシアとクロ。アテネが全員に回復の光を準備した。ミルの青い光が全員を包んだ。


 37話と同じ動きだった。5層で危険度8上位を倒した時の連携。だがレベルが違う。あの時より全員が強い。あの時より連携が深い。


 ロイドの斧が11の腕を斬り、ガルドの盾が突進を止めた。その隙にクロの罠が足を絡め取り、シアの氷の槍が急所に突き刺さった。ミルのバフが全員の出力を引き上げ、アテネの回復が消耗を補い続ける。


 レイとアスが同時に踏み込んだ。レイの剣が左から、アスの炎が右から。二人の攻撃が11の体を挟み込んだ。ナイトブロウの白銀がレイの剣と共鳴して、11の核を貫いた。


 崩れた。


 足を止めずに走り続けた。次の11が来る前に。


 アイリスが走っていた。アスの隣を。


 戦えない。光がない。武器もない。英雄の力も何もない。走ることしかできない。だがアスの隣を走っている。


 アスの判断が早かった。いつもより速く敵の動きを読み、いつもより正確に剣を振り、いつもより迷いなく前に出ている。アイリスが隣にいるからだ。理屈ではない。隣に守りたい人がいると、ナイトブロウの純度が上がる。守りたいという意志が最も澄んだ形になる。


 ロキが遅れ始めていた。


 走るだけで消耗している。透けた体が7層の空気に溶けかけている。足が重い。呼吸が荒い。千年を生きた体が、最後の力を振り絞って走っている。


 ゼンがロキの腕を支えていた。暗殺者の細い体が、ロキの横について、腕を掴んでいる。


「行けますか」


「行ける」


 嘘だとゼンは知っていた。ロキの体の軽さを、腕で感じている。支えている腕の重さが、さっきより軽い。存在が薄くなっている。


 それでもゼンは何も言わなかった。ロキが行けると言うなら、行ける。最後まで付き合う。それだけだ。


 最深部の手前で、道が塞がれた。


 巨大な影が立ちはだかった。7層の暗闇の中に、さらに暗い影。危険度12。今まで見たことのない数字。今まで感じたことのない圧力。存在するだけで空間が歪んでいる。


 八人が構えた。


 ミルのバフが最大出力で展開された。青い光が八人を包む。ミルの顔が白い。これ以上は持たない。だが今出さなければ意味がない。


 アテネが全員に回復の光をかけた。最後の一戦。全員の体を保たせる。自分を後回しにする。いつもの癖。だが今は正しい。


 クロが罠を仕掛けた。地面に、壁に、天井に。12の動きを一秒でも止めるために。


 ガルドが前に出た。盾を構えた。12が突進してきた。衝撃がガルドの全身を叩いた。足が地面にめり込んだ。だが止めた。ガルドの盾が、一瞬だけ止めた。


 ロイドが斧を振り下ろした。全力の一撃。12の鱗に食い込んだ。深く。骨まで届いた。


 レイが横から斬りつけた。ロイドが開けた傷を広げた。


 シアが詠唱を完成させた。氷の槍ではない。氷の壁。12の動きを封じる壁が四方から生えた。クロの罠と合わせて、12の足が完全に止まった。


 アスが踏み込んだ。


 炎が腕を這い上がる。白銀の光が剣に宿る。エンチャントの維持回路が開く。三つの力が一本の剣に収束した。ナイトブロウ。エンチャント。炎。三重融合。


 跳んだ。


 12の体に剣を突き立てた。三つの力が炸裂した。12の体が内側から崩壊した。鱗が砕け、肉が裂け、核が露出した。ロイドの斧が核を砕いた。


 12が倒れた。


 地面が揺れた。巨大な体が崩れ落ちる音が、7層の闇に響いて消えた。


 その先に、何もなかった。


 悪魔がいない。壁がない。天井がない。床がない。ただ暗闇だけが広がっている。7層の最深部。世界の底。


 その暗闘の中に、一つだけ光があった。


 遠い。小さい。だが確かに光っている。暖かい光ではない。冷たい光でもない。ただ在る光。千年の間そこに在り続けた光。


 原初の門だった。


 八人が立ち止まった。アイリスが息を呑んだ。ロキが目を細めた。


 千年の目が、千年ぶりにあの光を見ている。


「着いた」


第五十八話「最後の遠征」


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