第6章 新生国家ジャポン編 第16話「影砂艇」
第6章 第16話です。
今回は黒砂の牙の移動市場へ潜入。
砂影の技術、
ジャポンの通信技術、
そしてアルゴの解析能力。
少しずつ、“魔法だけではない力”が世界を変え始めます。
砂影の地下都市。
薄暗い格納庫のような空間で、修一は目の前の乗り物を見上げていた。
黒い。
細長い船のような形。
だが水に浮くためのものではない。
底部には複数の魔石が埋め込まれ、淡い風魔法が循環している。
修一は思わず呟いた。
「……船?」
オリオンが壁にもたれながら笑う。
「砂舟だ」
「砂影の長距離移動用」
クロウが軽く叩く。
「正式には影砂艇」
アルゴの目が淡く光った。
『砂上浮遊型魔導艇』
『風魔法による浮遊推進を確認』
修一は近づきながら驚く。
「砂の上を走るのか?」
「滑るんだよ」
オリオンが答える。
「音が小さい」
「夜ならまず見つからねぇ」
修一は興味深そうに見る。
砂漠の世界ならではの技術だった。
水が少ない。
道もない。
だからこそ生まれた移動手段。
クロウが鼻で笑う。
「馬より速ぇぞ」
オリオンが影砂艇へ飛び乗る。
「ただし、扱いは難しい」
「魔力流しすぎると砂煙でバレる」
修一も乗り込む。
アルゴは小型形態になり、肩へ乗った。
その時、後ろから気配。
エルメディアだった。
白銀の髪が灯りを反射する。
オリオンが苦笑する。
「やっぱ目立つな」
エルメディアは静かに頷いた。
「自覚しています」
彼女の魔力は大きすぎる。
潜入には向かない。
だが今回は別の役割がある。
部屋の中央。
そこには、小型の転移魔法陣が描かれていた。
複雑な紋様。
その周囲をアルゴが調整している。
『006接続準備完了』
オリオンが眉を上げた。
「006?」
クロウが答える。
「俺のテントだ」
「移動式転移拠点」
オリオンが顔をしかめる。
「まだ意味がわからねぇ」
修一が説明する。
「黒砂の牙の移動市場」
「あれを見て思いついた」
オリオンが目を細める。
「何?」
修一は魔法陣を見る。
「移動しながら転移座標を維持してた」
「普通じゃありえない技術だ」
アルゴが続ける。
『敵転移魔法陣を解析』
『クロウの影空間へ応用』
クロウが鼻で笑う。
「まさか俺のテントに描くとは思わなかったがな」
修一は小さく笑った。
「でも便利だろ」
「便利すぎる」
オリオンが即答する。
「それ国が知ったら戦争になるぞ」
アルゴが淡々と説明する。
『006は緊急用』
『長距離転移は不安定』
『大量転移不可』
『全員転移時、テント本体が残留』
『最低一名の待機が必要』
エルメディアが魔法陣へ光魔法を流し込む。
淡い光が広がった。
「転移起動速度を強化しました」
「緊急時のみ使用してください」
修一たちは静かに頷いた。
夜。
影砂艇は砂漠を滑っていた。
音はほとんどない。
風だけが横を流れていく。
修一は少し驚いていた。
「すごいなこれ……」
オリオンが前方を見ながら言う。
「砂影じゃ必需品だ」
「徒歩じゃ死ぬ」
クロウは慣れた様子で周囲を警戒している。
ヴェイルクロークを羽織った四人は、夜の砂漠へ溶け込んでいた。
オリオンがちらりと修一を見る。
「お前、慣れてんな」
「ああ」
修一は頷く。
「前に使った」
「研究塔の潜入でな」
オリオンは自分のクロークを見る。
「……気持ち悪ぃ」
クロウが笑った。
「最初はみんなそうだ」
やがて。
遠くに巨大な灯りが見え始める。
移動市場。
黒砂の牙の巨大キャラバン。
魔物に引かれた大型車両。
檻。
武装した護衛。
そして、異様なほど多い魔道士。
修一は目を細めた。
「……厳重すぎるな」
オリオンも頷く。
「見つかった瞬間、全部飛ばれる」
「奴隷も証拠もな」
クロウが低く言う。
「だから潜入しかねぇ」
影砂艇を岩陰へ隠す。
四人は徒歩で近づいた。
市場内部。
酒。
怒鳴り声。
泣き声。
様々な音が混ざっている。
だが修一はすぐ違和感に気づいた。
「……奴隷が少ない」
オリオンも眉をひそめる。
「ああ」
普通の奴隷市場ならもっと雑多だ。
だが今回は違う。
護衛が多すぎる。
アルゴの目が淡く光る。
『高重要対象、別管理の可能性』
クロウが小さく舌打ちした。
「奥だな」
市場中心部。
そこだけ空気が違った。
大型の黒い車両。
魔力障壁まで張られている。
修一が低く言う。
「ノエルか」
「可能性は高ぇ」
オリオンが答える。
だが近づけない。
監視が多すぎる。
その時。
クロウがぼそっと言った。
「俺が行く」
修一が見る。
クロウは影へ視線を落としていた。
「影移動なら中へ入れる」
オリオンが眉をひそめる。
「危険だぞ」
「今さらだ」
クロウは笑う。
次の瞬間。
影へ沈むように消えた。
修一は小さく息を呑む。
オリオンも呟く。
「……相変わらず反則だな」
数分。
妙に長く感じた。
やがて。
クロウの声が小型通信機から響く。
『いた』
修一の目が変わる。
『普通の奴隷とは扱いが違う』
『完全隔離だ』
アルゴへ映像共有。
暗い部屋。
小さな窓。
その向こう。
一人の少女がいた。
銀混じりの黒髪。
痩せた身体。
だが目だけは強い。
修一は静かに言った。
「……ノエル」
少女は窓の外を見ていた。
その時だった。
ぴたりと顔が止まる。
ノエルの目が、クロウのいる位置を見る。
クロウが小さく息を呑む。
『……見えてる』
ヴェイルクローク。
影潜入。
普通なら絶対気づけない。
だがノエルは小さく呟いた。
「……黒くない」
少女の瞳が揺れる。
その視線は、明らかにこちらを捉えていた。
さらに。
ノエルはアルゴを見る。
正確には、共有視界越しの気配。
そして固まった。
「……すごい」
小さな声。
「この子……いっぱい入ってる」
アルゴの目がわずかに光る。
『特殊認識能力確認』
修一は息を呑む。
間違いない。
この子は普通じゃない。
その時、修一が小さく言った。
「待て」
クロウが止まる。
「ノルに確認させる」
オリオンが目を細める。
「今ここでか?」
「ああ」
修一はアルゴを見る。
「通信繋げるか?」
『可能』
アルゴの目が光る。
『アルカディア通信塔接続開始』
小型通信機へ繋がる。
数秒後。
映像が切り替わった。
通信塔の部屋。
そして見知らぬ男。
『はい!?』
『え、修一様!?』
修一が小声で言う。
「ノル呼んでくれ」
『わ、わかりました!』
映像が慌ただしく揺れる。
遠くで声が響いた。
『ノル!』
『修一様から通信だ!』
少しして。
映像にノルが現れた。
息を切らしている。
背景には教室らしき部屋。
ルミナの怒鳴り声まで聞こえた。
『走るな!』
ノルは慌てて画面を見る。
「しゅ、修一さん?」
修一は静かに言った。
「確認してほしい」
そしてアルゴが映像を切り替える。
小窓の向こう。
ノエルの姿。
ノルが固まった。
声が消える。
目だけが震える。
「……ノエル?」
少女の目が大きく開かれる。
「……お兄ちゃん?」
その瞬間。
ノルの表情が崩れた。
だが泣かない。
ただ、声だけが震えていた。
「生きてた……」
ノエルも窓へ近づく。
小さな手が窓へ触れる。
「お兄ちゃん……」
「ごめん」
ノルが苦しそうに言う。
「助けられなくて……」
ノエルは首を振った。
「ううん」
「わたし、信じてた」
修一は静かに二人を見ていた。
だがその時だった。
クロウの表情が変わる。
『誰か来る』
空気が張り詰める。
扉の外。
重い気配。
ノエルの顔から血の気が引いた。
「……やだ」
少女が震える。
「この人……壊れてる」
扉が開く。
黒いローブの男。
異様な空気。
男がゆっくり周囲を見回す。
「……何かいるな」
クロウが息を止める。
ヴェイルクローク。
影潜入。
それでも気づかれかけている。
その瞬間。
ノエルが窓際の棚を倒した。
大きな音。
男の視線がそちらへ向く。
「ご、ごめんなさい……!」
怯えた声。
だが違う。
助けている。
ノルが画面越しに叫ぶ。
「ノエル!!」
クロウは即座に影へ沈んだ。
通信が切れる。
次の瞬間には修一たちの元へ戻っていた。
オリオンが低く言う。
「どうだった」
クロウは険しい顔で答える。
「間違いねぇ」
「ノルの妹だ」
修一は静かに市場を見る。
ノエル。
そして、あの子は普通じゃない。
助けなければならない。
今度は確認ではない。
救出作戦になる。
ついにノルとノエルが再会しました。
とはいえ、まだ画面越し。
しかも敵地のど真ん中です。
今回初登場した「影砂艇」や、移動式転移拠点006など、ジャポン側の技術もかなり危険な領域へ入り始めています。
特に006は、まだ未完成。
便利ですが、同時に世界の常識を壊しかねない技術でもあります。
そしてノエル。
ただの少女ではなく、何かを“見ている”存在。
彼女の能力が、今後の物語に大きく関わっていきます。




