神樹
「つまり、魔界から魔素が流れてきたことによって人間が魔法を使えるようになったってこと?」
「そういうことになるわね。まぁ、そこまで昔となるとアタシも記憶がはっきりとしないのだけど」
ティルにしては歯切れの悪い言い方だ。いつもは何に対しても自信満々に言い切っているから、少しだけ引っかかってしまう。だけど話を聞く限り本当に大昔の話らしいので、さすがの彼女も細部まで覚えておくのは難しいのかもしれない。
「ですが魔力はわたくし達も日頃から使用していますよね? 実は体に悪かったということでしょうか……。特にフリッツ様はすごい魔力をお持ちですし……」
そう言いながら心配そうにこちらに視線を向けてくるクロエ。彼女自身も魔法は使うのに、俺の方を心配してくれるのは素直に嬉しい。でも――。
「過剰に体内に取り込まなきゃ大丈夫だよね、ティル?」
「えぇ。フリッツは魔法使いだから良く分かってると思うけど、魔力は過剰に体内に取り込まなければ大丈夫。魔素も濃度は高いけど基本は同じものと考えていいわ」
つまり疫病に罹ったとされる人たちは、何らかの方法で過剰に魔素を体内に取り込み体調を崩してしまったのか。そして、大陸が魔素に冒されていたとなると……。
「……そうか。それで食料か」
シエラは農業に力を入れた国。つまり食べ物の多くは、魔素に冒された大地を介して育てられていることになる。何かしら悪影響が出てもおかしくはない。
「生きている限り食事を摂らないニンゲンはいない。つまりこの大陸に住んでいる者は、多かれ少なかれほぼ毎日体内に魔素を取り込んでいたことになるの」
なんとも恐ろしい話だ。
一回の食事で体内に取り込まれる量は大したものじゃないから、直ぐに症状が出ないのも質が悪い。毎日少しずつ体内に取り込まれた魔素は徐々に体を蝕んでいき、気付いた時には手遅れになってしまう。言ってみれば遅効性の毒だ。
そして、これは東大陸に住む人々に対する明確な敵意だ。となると――。
「やっぱり今回の騒動、魔物の仕業ってことで良いのかな?」
俺としては割と確信を持った問いかけだったのだ。しかしティルは首を振った。
「断言はできないけど、今回の一件は恐らく神樹が関係していると思う」
「しん、じゅ……?」
また聞きなれない言葉が出てきた。
「その様子だとフリッツは知らないみたいね。他のみんなはどうかしら?」
「わたしも聞いたことはないですね……」
「えぇ、私も初耳です」
どうやらサーニャとエレノアは俺と同じで、その名前に聞き覚えがないようだった。だがクロエは違ったようで、おずおずと手をあげながら口を開いた。
「あの……『神樹』とはもしや、歴代勇者さまたちの冒険を助けたという聖なる大木のことでしょうか?」
「あら、クロエは物知りね。多分それで合っているわ。どこで覚えたのかしら?」
「実は趣味で勇者さまにまつわる話が書かれた本を集めておりまして、その中で目にしたことがあったのです。ブレーメンは先代勇者さまが最初に立ち寄った城ということもあって、その手の歴史書の他の国より多く集まってくるのです」
そう言えばクロエは勇者パーティーに強い憧れがあったんだった。最初に会った時も「勇者、いかがですか!」なんて言われて、すごく驚いたっけ。そこまで昔の話じゃないのに、色々あり過ぎせいでとても懐かしく感じる。
「よく覚えてたねクロエ」
「それが、ある時代の歴史書からその名前がぱったり消えたので特に印象に残っていたのです」
「え、名前が?」
それは何ともおかしな話だ。歴代の勇者たちを助けたということだから、本来なら名前が消えないように現代まで伝えられていなければならない言葉に思う。
「気のせいとかじゃないよね?」
「いえ、気のせいじゃないわ」
その問いかけに答えたのは、クロエではなくティルだった。
「ティル、何か知ってるの?」
「知ってるもなにも、『神樹』に関する記述を後世に伝えないよう指示したのはアタシだからね。まあさっきクロエの話を聞く限り、古すぎる歴史書にはまだ残ってたみたいね。そこは想定外だけど、まあ知っているニンゲンは限られているでしょう」
どうしてそんなことを……?
一瞬そう思いはしたものの、ティルが何の理由もなしにそんなことをするのは考えられない。あえて『神樹』の記述を歴史書から消したってことは――。
「何かあったってこと? 神樹の存在を隠さなきゃいけなくなったようなことが」
「ま、そういうことね。ここからは少し昔話になるけど……」
そして語られるかつて『神樹』に起こった事件。そして、それは今回の騒動へと全てがつながっていくのだった。




