封印の理由
「そもそも神樹はこの世界が創られた時、自然の礎とする為に神が生み出したとされているわ」
ティルの話を聞きながら、ずいぶんと規模の大きな話だと思う。
ある程度昔のことなら歴史書などで伝わっているだろうが、これはもう神話時代の話になってくる。今の時代においては、どこにも記録なんて残っていないだろう。
むしろティルが普通に知っていることの方が驚きだ。
「神樹は神が生み出したというだけあって、聖なる力を宿していたわ。その枝から作られた武器は魔を祓い、その葉はどんな怪我や病を癒す力がある」
魔を祓う枝に、癒しの力を持つ葉……か。それだけの力があれば、確かに魔王討伐の旅には欠かせない存在だというのも納得出来る。
ティルはこれまで何度も勇者たちの旅に同行していたはずだし、その力の恩恵に与ったことも一度や二度ではなかったのだろう。
「でもそんな便利な物なら、普通の人たちも欲しがったりしない?」
「神樹自身が認めた存在でなければ、その枝や葉に触れることすら出来ないのよ。だからアンタが心配しているような、乱獲されるようなこともなかったってワケ」
そういうことか。神樹が認める基準は分からないが、基本的には勇者やそのパーティーの者たちにしか触れることは叶わないのかもしれない。
「ただ神樹がどれだけ偉大な存在であっても、その力は無限ではなかった。ある時、その力を使い果たしついには枯れてしまったの」
「例え神が生み出したものでも、いつかは終わりがくるものなのですね……」
クロエのそんな感想に、俺も絶対的な存在はないのだなと思ってしまう。
「つまり、枯れてしまったから封印したということでしょうか?」
エレノアがそう尋ねるも、ティルは首を横に振った。
「枯れた神樹は、代々神樹を見守ってきた一族に委ねることになったの。永き時をかけて祈りを捧げれば、樹もいつかは力を取り戻すという話だったからね。そのまま何事もなければ、神樹も今頃は本来の力を取り戻していたはずだった。だけど……」
ここで何かが起こったのか。ティルの表情が苦々しいもの変化する。
「一匹の魔物が枯れた神樹に目を付けた。ヤツは強力な自分の配下を作る為、大地を通じて神樹に膨大な魔素を吸収させたの」
「なっ!?」
これにはさすがに驚きの声が漏れてしまった。
枯れて力を失くしたとはいえ、魔物側からしたら神樹は厄介どころではない存在だ。しかしその力を操ることが出来るとなれば、一気に話は変わってくる。
だとしても、神樹に魔素吸収させるなんてとんでもないことを考える魔物だな。
「それで、どうなったの?」
「大量の魔素を吸って、神樹は異形の存在と成り果ててしまったわ」
「そんな……」
サーニャがあまりの結末に口を手で覆って言葉を失ってしまう。
「異形と化した神樹はただ魔素をまき散らし、暴れるだけの存在となってしまった。そう仕向けた魔物ですら、制御することが出来なかったのよ。アタシも当時の聖女と一緒に元に戻す方法を考えたけど、結局すぐに解決策が浮かばなかったわ」
「それで、封印するしかなくなったってことか…」
今まで自分たちを助けてくれた存在を封印しなればならない――それはティルや勇者一行にとって、どれほど辛い決断だったのだろうか。
「幸い封印は上手くいった。ただ、その後どれだけ時間をかけて考えても神樹を元に戻す方法は分からなかったの。代々の聖女の知恵を以てしてもね」
つまりティルは封印した後もずっと探し求めていたんだ、神樹を救う方法を。
「で、ようやく今の話。この東大陸全土が魔素に冒されている状況。そして大陸全土を魔素で汚染するなんて、普通の方法では決して出来ない。つまり……」
「神樹の封印が解かれた?」
「その可能性が高いと思っているわ。仮にもしこれが正解だったとしたら、封印を解いたのはほぼ間違いなく『アイツ』だわ」
「アイツ?」
「ダンタリオンよ。アイツが魔素を神樹に吸わせた張本人」
「アイツが!?」
セントシュタットに侵攻してきた魔将ダンタリオン。
今は魔将だが、ティル話では元々はただの下級悪魔だったらしい。色々と姑息な手を使って成り上がってきたという話だが、まさかそんなことまでやっていたとは。
「アタシも油断していたわ。アイツがセントシュタットに侵攻してきた時点で、他の大陸でも何かしら暗躍していると考えるべきだった。封印自体かなり古いものだったし、効果が弱くなるをずっと待ってたんでしょうね。本当にイヤなヤツだわ」
悔しさを滲ませながら、そう呟くティル。
だが疫病が蔓延し始めた時期を考えると、セントシュタットで出会った時に気付いたとしても手遅れだっただろう。それよりも、今できることを考えた方が良い。
「この町の人達もサーニャの浄化魔法のおかげで救うことが出来たんだ。きっとまだ手遅れじゃない。それに神樹だって今なら解決法があるかもしれないだろ?」
「……えぇ、そうね」
俺の言葉にそう頷くと、ティルは直ぐに表情を切り替えた。
「恐らくダンタリオンは、神樹の根を通して魔素を大陸全土にばら撒いているはず。なら神樹が今どういう状況になっているのかを確認する必要があるわ。フリッツ、セントシュタット王からもらった地図を見せてくれる?」
「わかった」
俺が荷物から地図を取り出し机の上に広げると、ティルはまるで自分の記憶と照らし合わせるかのようにじっと見つめた。そして東大陸のあたりに指を置きしばらく彷徨わせていたが、やがてある地点でそれが止まった。
「はぁ……」
「どうかした?」
突然ため息を漏らしたティルに、思わずそんな風に聞いてしまう。
「アタシの記憶の中にある神樹の封印した場所は、ちょうどこの辺り」
「ここに何か問題が……って、そうか」
イーストリア大陸に来る時も船の中でバウンスさんの話にあったじゃないか。俺たちが今いる東大陸の北端からはるか南――そこは既にシエラの領地ではない。
ティルが示したのは自然を信仰し、外からの人間に対して排他的と言われるノークリッド国が治める領地。しかもほとんど王都に近い場所だったのだ。




