『魔素』と魔法使いの始まり
魔法を範囲化するにあたり、俺たちは町の中心部にあるひらけた場所まで移動してきた。今回は円状に効果を広げていくため、効率を考えたらそこで浄化魔法を発動させるのが効率が良いとティルのアドバイスがあったからだ。
「では、いきます」
全ての準備が整い、サーニャがそう言って呪文の詠唱に入った。
ステファンさんを治療する時は手から魔法を放出するという形だったが、円状に術式を展開するためか今は全身から魔力が放出されている。
「ん……」
サーニャの体から放出された魔力は、空中で徐々に術式を組み上げていく。だけどそれと同時に、莫大な魔力が消費され彼女の体には負荷がかかってしまう。
「今よ」
「了解!」
それを少しでも軽減する為、俺はティルのかけ声を合図に魔力の供給を始めた。
最初からこれをやらなかった理由は、過剰な魔力を体内に取り込むと悪影響を及ぼす可能性があったからだ。だからティルに魔力が抜けたタイミングを見極めてもらい、サーニャに最も負荷がかからない形で魔力供給を行うことになったのだ。
「ふぅ」
足りなかった魔力が供給され落ち着いたのか、サーニャは一呼吸おいた後に術式の展開を広げていった。最初は小さな円だったが、どんどん範囲を拡大していく。
そして――。
「すごい……」
数分後には、町全体を十分に包み込むような広大な術式が展開されていた。
しかもここまで巨大なものなのに、少しの解れもないように見える。俺も色々な魔法使いを見てきたが、ここまで綺麗な術式は師匠以外に見たことが無い。
「どう、驚いたでしょ?」
「うん、本当にびっくりだよ」
どこか自慢げなティルの問いかけに、俺は素直にそう答えた。
「正直アタシもサーニャの飲み込みの早さには驚かされたわ。いくら聖女の血を引いているとはいえ、これまで全く魔法に触れてこなかったのにこの出来だもの」
そう言いたくなる気持ちも分かる。それほど完成度が高い術式だった。
そして魔法はついに発動の段階に入る。ここまで完璧な術式なら、もう失敗することは万が一にもあり得ない。
「≪範囲浄化魔法≫!」
サーニャがそう唱えると、空に光の円が広がった。そこから町全体に浄化の光が降り注ぎ、あらゆるものを包み込んで癒やしてゆく。
そして、それは大地も例外でなかった。
この大陸に降り立った時に感じていた違和感が徐々に薄れていき、やがて消えた。
「終わったわね。サーニャ、もう大丈夫よ」
「あ、はい!」
ティルの確認が済んだことにより、サーニャが展開していた術式を解除する。それに伴い、俺も過剰供給にならないように魔力を止めた。
「これでこの町……というよりも、この土地は問題ないでしょう」
「それについてなんだけさ、ティル」
ずっと引っかかっていたのだ。
ティルはこの大陸に来てからしばしば大地の様子を気にしていた。
俺も違和感はあったし、さっきサーニャが浄化魔法が発動した時に消え去ったのも感じた。しかし、さっきは食べ物が疫病の原因だと言っていたはずだし……。
「結局、疫病の根本的な原因って何になるのかな?」
「ちゃんと説明してあげるわよ。だけど、ひとまず戻りましょう。全員揃っていた方が説明の手間が省けるわ」
そうして俺たちはみんなが待つルカの家に戻り、今回の事件の真相を聞くことになった。
※
「この大陸はね、魔素によって冒されているのよ」
「魔素?」
みんなの前で説明を始めたティルだったが、いきなり聞き覚えのない言葉が出てきて首をひねる。
「エレノア、聞いたことある?」
「いや……浅学の身ですまない」
パーティー内でも最年長であるエレノアが知らないのであれば、おそらく誰にも分からないかもしれない。その証拠に、サーニャもクロエも首をひねっている。
「ニンゲンの世界では聞き馴染はないかもね。魔素はもともと魔界の大気中にあるもので、人間界にはないものだから」
「魔界……」
聖地セフィラにある魔界門。それをくぐった先が魔王が封印され魔物たちが支配する世界――魔界だ。
「古の時代、初めて魔界と人間界がつながった時に魔素が人間界に流れ込んだ。そして、それが魔法使いの始まりだとも言われているわ」
「「えっ!?」」
今さらっとかなり重要なことを言わなかっただろうか? ティルの発言に俺だけでなく、ここにいる全員が驚きの声を上げた。
「魔素は魔法を発動するには必要不可欠なもの。今のニンゲンが魔法を行使する為に使っている『魔力』も、元々は魔素を変質させたものだからね」
「……」
衝撃の事実に開いた口がふさがらない。ただこれはまだ序の口で、これから更に驚かされることになろうとは今の俺は知る由もなかった。




