魔法の範囲化
「あ、兄ちゃんおかえり」
割り当てられた範囲を調べ終え戻ってくると、少年がそう言って出迎えてくれた。
そしてもう一人。少年の父親である男性も無事に意識を取り戻したのか、俺の存在に気付くとゆっくりとベッドから体を起こした。
「おぉ、あなたがルカの言っていた旅のお方ですか。この度は治療を施してくださったそうで、本当になんとお礼を言っていいものやら……」
そう言いながら少年――ルカのお父さんは俺に向かって頭を下げた。
「いえ、俺はほとんど何も……。それより、意識が戻られて良かったです」
「有難うございます。まだ立ち上がるのは難しいかもしれませんが……。あぁ、申し遅れました。私はこの町で漁師をやっているステファンと申します。既にご存知でしょうが、こちらにいるルカの父親です」
「兄ちゃんも手伝ってくれたんだけどね、治してくれたのはお姉ちゃんだよ!」
「そうか。なら、その人にもちゃんとお礼を言わないとな」
サーニャのことをしっかりアピールするルカ少年の頭を、ステファンさんはそう言って撫でた。ここまでお見舞いにくるだけあって、親子関係はかなり良好そうだ。
「治療を行ったサーニャも直ぐに戻ってくると思うので、ぜひ直接伝えてあげてください。ちゃんと治療出来たか、とても気にしていたようですから」
「えぇ、もちろんです。しかし、あなたにも手を尽くして頂いたことには変わりありません。体調が戻りましたら、ぜひ何かお礼をさせてください」
「お礼なんて……あ、それならこの町にどれくらいの人が住んでいるか教えてもらえないでしょうか? 治療のする為に疫病に罹った人の数を調べているんですが、俺たちにはここにどれだけの人が住んでいるのか正確には分からないので……」
「それくらいならお安い御用です。では皆様戻られましたら、しっかり確認させていただきます。それくらいなら、ベッドの上からでも出来るでしょうから」
「ありがとうございます」
ここに住んでいるステファンさんの協力が得られたのはとても有難い。もし見逃している家などがあって、治療が漏れてしまう人がいたら一大事だからな。
後はただ、みんなが帰ってくるまで待つばかりだ。
※
それからしばらくし、他のみんなも町の調査を終えて戻ってきた。
そして分かったことは、この町にはおよそ60人程度の住民がいること。これはステファンさんにも調べた家を照合してもらい、間違いないだろうということだった。
そして、その全てが程度の差はあれ疫病に罹患しているということだった。
「アタシとサーニャが確認したところは、治療は済ませてきたわ。ただ残りを一人ずつ治療していくとなると、人によっては手遅れになる可能性が少なからずある」
「……っ!」
ティルの説明に、一瞬で室内に緊張が走ったのを感じる。ステファンさんが回復傾向にあり、先ほどまでは元気だったルカもまた不安そうな表情を浮かべてしまった。
「……少し脅かし過ぎたわね。いつもはフリッツたちだけを相手に説明してるから言葉が足りなかったわ。ごめんなさいね、ルカ」
だがその表情の変化に気付いたのか、直ぐにティルがそう謝った。
「ということは、やっぱり解決策は考えてあるんだ?」
「えぇ。ここに戻る途中でサーニャとも相談したんだけど、浄化魔法の範囲化をやろうと思ってるの」
『魔法の範囲化』
それは魔法をある程度堪能に扱えるようになった、中位から上位の魔法使いが主に使う技術だ。名前の通り魔法の効果を一定の範囲に広げて行使するものだが、通常魔法と比較するとやはり技術も要るし発動する為の条件もいくつか存在する。
第一に、行使する魔法についての理解が深くなければならない。
通常よりも広範囲に魔法を展開するため、魔法式を精密に構築しなければ効果自体が発揮されないのだ。中位以上の魔法使いしか扱えない主な理由はこれである。
第二に、その複雑な魔法式を構築するためにかかる時間だ。
もし戦闘中であるなら、その時間を稼ぐために優秀な前衛が必要になってくる。今回は戦闘ではないの妨害される恐れはないが、急いだ方がいいことは確かだ。
そして最後に、膨大な魔力が必要になる。
これは俺が魔力タンクという役割でそれなりにやっていけた理由でもあるのだが、とにかく魔力の消費が激しい。なので範囲魔法を行使する際は、複数の魔法使いで行うのが基本だ。でなければ、直ぐに魔力が枯渇し範囲化する意味が薄れてしまう。
「魔力の補助は俺の得意とするところだけど……」
サーニャはさっき初めて浄化魔法を使ったばかりだ。例え熟練の魔法使いであっても、初めて使う魔法を直ぐに範囲化できるほどの理解を得るのは難しい。彼女の技量は心配していないけど、体に負担が大きいのではないかと不安になる。
「アンタの心配は分かるわよ。でもね、実は少し予感があってマリアガーデンにいた時からサーニャには浄化魔法の知識を一通り教えてあるのよ」
「え、そうなの!?」
「はい。わたしが無理をいって、ティルさんに付き合ってもらったんです」
ティルの言葉を裏付けるように、話を聞いていたサーニャがそう補足してくれた。
「全然良いのよ。どこかの誰かさんが綺麗な女王様と毎日二人で特訓してたもんだから、私も退屈していたところだったの。だから、いい暇つぶしになったわ」
「う……」
そういえばマリアガーデンにいた時はエリュシカ女王との特訓に熱中しすぎて、みんなが何をしているのかまで気が回っていなかった……。
まさかサーニャとティルが二人でそんなことをしていたなんて。
「ごめん……」
「冗談よ。ま、そういう訳だからアンタの心配は大丈夫。それにアタシがサーニャにそんな無茶させると思ったのかしら?」
素直に謝った俺に、そう言って挑発的な視線を向けてくるティル。
そうだよな。ティルは俺以上にサーニャに対して過保護だったのを忘れていた。
「なら問題なさそうだね。よし、そうと決まれば直ぐに取り掛かろう! 魔力供給は俺の最も得意とするところだから、サーニャもそこは心配しないでね」
「はい、お願いします!」
こうして俺たちは、町の人たちを一気に治療するという荒業に臨むこととなる。




