受け継がれる剣技
シエラ王国へ――サーニャの決断に、クロエやエレノアも反対しなかった。
「わたくしは元より皆様についてきた身です。それに、シエラ王国で疫病に苦しむ人々を救いたいというサーニャ様を少しでもお手伝いしたいです!」
「友好国であったシエラをこのまま見捨てることは出来ん。もちろん私も行くぞ」
クロエはサーニャの意見に賛同し、エレノアは動けない女王の代わりに。それぞれが少しでも疫病で苦しく人々の助けになりたいという強い想いを持っていた。
ただそうは言っても、直ぐにシエラに出発――という訳にもいかなかった。
シエラ王国は海を越えた先、東大陸にある。
向かうには当然船が必要になってくるが、エリュシカ女王の厚意で国が保有しているものを一隻貸して貰えることになった。ただ整備と人員確保のために時間がかかるとのことだったので、準備が整うまでマリアガーデンに滞在することになったのだ。
また、いくらサーニャがいると言っても疫病に対する対策は必要だ。
こちらに関してはティルが過去に発生した疫病に関する知識を持っているので、サーニャと二人で新たな回復魔法開発への試みが続けられている。
そして、俺はというと――。
「ではいきますよ、フリッツさん」
「はい、よろしくお願いします」
シエラ王国へ向かう準備が進められる中で、エリュシカ女王に毎日のように剣の稽古をつけてもらっていた。これだけ強い人に稽古をつけてもらえるなんて、こんな機会はもうないかもしれない。技術は可能な限り吸収しておきたかった。
ただ今から行う立ち合いは、前にやった形式とは少し異なる。クロエに≪加速魔法≫をかけてもらい、より実践に近い形で戦闘訓練を行うのだ。
疫病に対する回復魔法開発が最優先なのでティルはいないが、それでも常時より体が数段速く動く。つまり女王様の攻撃を視認して反応出来れば、防御ないし回避行動が間に合う可能性があるということだ。
ここ最近はずっと稽古を行ってきたおかげで、少しずつではあるが目が慣れてきた気がする。この感覚を確かなものにする為にも、必死に目を凝らす。
「っ!」
一瞬、僅かだが女王様の体がブレた。そして次の瞬間には刺突が首元まで迫る。
「くっ!」
本来であれば間に合わない防御。だが――
「……お見事です」
剣をとっさに返したことにより、剣の切っ先を何とか刀身で受け止めることに成功した。防御したというよりは、運よく止められた感がすごいけれども……。
「ふぅーー」
一気に体から力が抜け落ちてしまう。稽古とはいえ、これだけすご腕の相手と切り結ぶと緊張感が実戦と変わらない。
「や、やりましたねフリッツ様! すごいです、あの女王様の攻撃を受け止めるなんて!」
放心状態の俺とは対照的に、協力してくれているクロエはかなり興奮気味に褒めてくれる。
「ありがとうクロエ。どうにか止めることは出来たけど、たまたまな気もするなぁ」
「そんなことはありません。フリッツさんの体はちゃんとわたしの動きに反応していました。目でも動き始めをしっかり捉えていないと、あの動きは出来ません」
「本当に一瞬なんですけど、体がブレたような気がして……気づいたら動いてました」
「それで良いのです。エレノアちゃんでも初めはわたしの動きを捉えるのにかなり苦労していました。そう聞くと、少しは自信もついてくるんじゃないでしょうか?」
「そうなんですか……。あのエレノアが」
「あの子はいずれわたしよりも強くなるでしょう。マリアガーデンは本来親から子へ、己が剣術を伝え代々その腕を磨いてきました。ただ、わたしはまだ伴侶はおりませんので、どうしてもエレノアちゃんに構ってしまうんですよね」
エレノアの剣の腕は、幼い頃から女王様に鍛えられて磨かれたものだったのか。それならば、あの強さも納得だ。
「でも意外ですね。女王様ほど美しい方なら、夫になりたいという人はたくさんいると思いますが……」
「あら、お世辞でも嬉しいですわ。ですが、浮いた話などほとんどないのです。やはり男性は女性を守りたいのだと思いますが、わたしが相手だと難しいとかで……」
「あー……」
つまりプライド的な問題ということだろうか。
男としては伴侶となる女性を守りたいが、女王様が強すぎるあまり下手をすれば守られる側になってしまう。まあ男として情けなくなる気持ちは分かりるけど……。
「でも本当に愛した人なら、必死に訓練して強くなるくらいの気概は必要ですかね」
それくらいじゃないと、この強く美しい女王様の夫にはなれないんじゃないかな。
「わたしとしては、本当に愛して支えてくれれば、それだけで良いのですが。それとも、フリッツさんがいつかわたしよりも強くなってくれるかしら?」
「えっ!!?」
そ、それはどういう……。
「じょじょじょ、女王様!? な、何を……」
俺だけでなく、隣で聞いていたクロエもこの発言には驚きの声を上げた。さすがに冗談だとは思うけど、引きかけていた汗が再び体から流れ出すのを感じる。
「ふふ、お二人ともそんなに慌ててどうしたのかしら? 別に他意はありませんよ」
「そ、そうですよね……」
「あら、フリッツさんすごい汗ですね。今日はこのくらいにして、どうぞ湯浴みに行ってくださいな。風邪をひいてしまいます」
そう優しく微笑みながら女王様は訓練場を出て行った。
残されたのは茫然と立ち尽くした俺とクロエ。だがいつまでもこうしている訳にはいかない。寒い季節に差し掛かっており、吹き出した汗が急激に冷えてきたのだ。
「とりあえず、風呂に入りに行こうか……」
「えぇっ!? 一緒にでありますか!?」
「違うよ!?」
結局、騒めいた心はクロエと別れて風呂に入るまで落ち着くことはなかった。




