港町へ
マリアガーデンでの滞在を始めてから、およそ一月ほど経った頃。
ついに船の整備が終わったとの連絡が入った。こちらに来た時は少し肌寒くなり始めたくらいだったが、季節は本格的に冬へと差し掛かろうとしていた。
「船はここからしばらく南に行ったところにある、ミルスという港町にあります。ですので、まずはそちらに向かってもらうことになりますね」
俺たちはシエラへ向かう準備を終え、今は城の会議室を借りて出発に向けた最終確認を行っていた。
「港町までは馬車を用意しております。この馬車ですが、船に乗せて東大陸に持って行ってもらえるように手配しました。向こうでも足が必要でしょうから」
「色々と手配頂き、有難うございます。女王様」
旅の準備だけでなく、稽古の相手までエリュシカ女王には本当にお世話になった。いくらエレノアの親戚とはいえ、本来はここまでする義理はないはずだ。
「いやですわお礼なんて。危険な地にこの世界の希望とも言えるあなた方を送り出すのです。これくらいはさせて下さい」
「せ、世界の希望はちょっと荷が重すぎますが……」
「ふふふ、ごめんなさいね」
最初の頃と比べると、女王様もだいぶ冗談を言ったり笑ってくれるようになった。毎日稽古をつけてもらっていたので、少しは打ち解けてもらえたのかもしれない。
「ですが言葉自体に偽りの気持ちはありません。シエラの危機はマリアガーデンにとっても重要な問題。そして勇者様の存在が確認できない今、あなたとサーニャさんが魔王に対応できる数少ない光明。であれば、出来うる限りのことは致しましょう」
「が、頑張ります!」
女王様の言葉に、サーニャが意気込んだ感じで答える。
俺はかなり慣れてきたが、サーニャは自分の出自を知ったばかりだ。聖女の血を引いているということに、気負い過ぎていなければ良いんだけど……。
魔法の開発も根を詰めてやっていたように見えるし、適度にフォローしないとな。
「しかし、海の方は大丈夫でしょうか?」
俺がサーニャの方を気にしていると、海図を見ていたエレノアがそう呟いた。
冬の海は荒れやすいというのは、旅人の間での通説だ。時間に余裕があるなら暖かい時期まで待った方が良いのだが、今回はそうもいかない。
となれば俺たちに出来るのは、本格的に冬になる前の出来るだけ海が落ち着いたタイミングで出発することくらいだ。
「凪いた状態とは言えないですが、ここ数日はそこまで荒れていないようですね」
その辺りも女王様は気にかけてくれていたのか、港町から来たと思われる書簡に目を通しながら答えてくれた。
「それは良かった。海もそうですが、真冬になるとミルスへ向かう山道も雪に埋まりかねませんから」
冗談のように言うエレノアだが、これが本当のことらしい。
俺もつい最近だが町の人との世間話で知った。雪の積もり具合によっては春まで強制的に足止めと聞いた時には、さすがに肝が冷えたものだ。
そういった理由で色々不安があったのだが、何とか出発することが出来そうだ。
「では、明日出発としましょう。皆様、忘れ物がないよう気を付けてくださいね」
女王様のその一言で締めくくられ、最終確認の話し合いは終了した。
忘れ物をしても取りに戻る訳にはいかないし、俺もしっかり最終確認をしておこう。そんなことを考えながら、この一ヶ月お世話になった客室へ戻るのだった。
※
翌日。
支度を済ませて城門前まで来ると、マリアガーデンまで乗ってきた馬車よりも一回り大きな馬車が停められていた。エレノアと女王様の姿は見えないが、それ以外のみんなは既に集まっており各々の時間を過ごしている。
「わあぁぁーーおっきなお馬さんですよ! サーニャ様!」
「本当ですねぇ。ペスタにもお馬さんはいましたけど、ここまで大きな子はいませんでしたね」
クロエとサーニャは馬車を引く大型馬を見て興奮している様子だ。あんまり周りで騒ぐと馬も興奮する可能性があるけど、大丈夫かな?
「そんなに心配なら傍についてあげれば? まだエレノアやエリュシカが来てないんだから」
心配が顔に出ていたのか、呆れたようにティルにそう突っ込まれる。
「でも二人で楽しそうだし、邪魔するのも悪いかなって」
「はぁ……まるで年頃の娘に対する父親ね。過保護というか何というか」
「ため息まで吐かなくても……」
それに、あの二人に対して過保護だというのはティルにだけは言われたくない。
「二人とも、あんまり騒ぐと馬が興奮しないかってフリッツパパが心配してるわよ」
ほら、俺をダシにしてやんわり二人を止めに入っているし。というか、誰がフリッツパパだよ。
「その子は賢い子ですから。急に怒ったりはしませんよ」
城の方からの声に目を向けると、エリュシカ女王とエレノアが連れ立って出てきたところだった。あれ……何かエレノアの鎧が変わっているような?
「ああ、これか。実は陛下が用意してくれていたみたいでな。これに着替えていたから少し遅れてしまった、すまない」
俺の視線に気づいたのか、エレノアがそう説明してくれる。
前の装備はバルディゴから付けていたが、セントシュタットでの激戦でだいぶ消耗していたからなぁ。新調するには良いタイミングだったかもしれない。
「可愛いエレノアちゃんの為なら、このくらいお安いものですよ。それよりも、皆さんお揃いですね」
女王様が集まった俺たちの姿を、一人ずつ確認するように見渡していく。
「約一月ですか。この国の女王として、どれほどのことが出来たかは分かりません。ただ忘れないでください。我が国はあなた方の友であり、いつでも歓迎します。そしてフリッツ殿……」
「はい」
「あなたはこの短い期間で、十分に強くなりました。正直、魔法職にしておくのがもったいないと感じるくらいです。ですので自信を持ってください」
「女王様に教わったこと、シエラで活かせるように頑張ります」
「ふふ、期待していますよ。では名残惜しいですが……」
別れのやり取りを終え、馬車に乗り込み手綱を握る。次にこの国に戻るのはいつになるかは分からないが、良い報せを持って帰れることを、ただ願う。
「出発!」
目指すは港町ミルス。そして大海のその先、シエラ王国へ。




