シエラ王国の今
「結論から言ってしまうと、現在マリアガーデンとシエラ王国の間に国交はありません。これは政治的な意味だけでなく、商業的な移動も全くないという意味です」
エリュシカ女王から告げられた状況は、思ったより深刻なものだった。
「ですが両国の関係が悪化したという話ではありません。そこは安心してください」
「え、そうなんですか?」
「はい。あまりやり取りは出来ませんでしたが、シエラ国王からも事前に連絡が有りました。ですから、両国合意の上なのです」
なら良かった……のだろうか?
シエラ王国は信仰が篤い国だ。もしかしたら聖地が魔物に落とされた事と何か関係があるかもと思ったがを、どうやらそういう訳でもないらしい。
「では陛下、シエラが国交を閉ざした理由とは一体?」
国同士の関係悪化でないのは安心したが、場合によってはそれより厄介な状態になっている可能性がある。エレノアもその辺りが気になったのか質問を続けた。
「シエラ王国のある東大陸で疫病の発生が確認されたそうです。最後に報せが来た時には、既に国民の約6割が感染しているとのことでした」
「6割もですか!? それは、かなり危険な状況なのでは……」
「えぇ。なのでシエラ国王は疫病を外に出さず、自国内で抑え込む為に国交を閉ざしたのです。こちらから医師や物資を送ることも打診しましたが、万が一にも北大陸へ疫病が渡る可能性を無くしたいという理由で申し出を断られてしまいました」
女王様も思う所はありそうだが、そう言われた以上は何も出来ないという訳か。下手に支援を強硬すれば内政干渉になってしまうし、難しいところだな。
それにシエラ側からしても、これは苦渋の判断だったろう。
自国の民を救うことだけを考えるなら、マリアガーデンからの支援を受けた方が良い。それでも何かの拍子で疫病が大陸を渡ってしまえば、今度は北大陸の国々で感染が広がってしまう。感染者が増えれば、それだけ多くの人が苦しむことになるのだ。
それこそ世界会議で扱うような難しい問題で、そう簡単に答えが導き出せるものではない。もし前例があれば、それを参考にすることは出来るのだろうけど……。
「すみません。俺はあまり疫病について詳しくないんですが、世界的にみたら疫病って結構発生しているものなんでしょうか?」
「いえ、少なくともわたしが知る限り覚えはありませんね」
となると、ここ数十年は発生していないということか。それよりも前となると、よほど長生きしている人に聞かないことには――。
「あ」
いるじゃないか。うちのパーティーには何百、何千年以上も前から世界を見続けてきた人(?)が。その人物に目を向けると、どこか不機嫌そうな視線で返された。
「フリッツ、アンタいま失礼なことを考えているわね?」
「え! いやーそんな。長生きなティルなら前に疫病が発生した時のことを知っているかなーなんて、そんなことを考えたりは」
「はぁ……」
思いっきりため息を吐かれた。
うん、いくら親しい間柄でも女性に長生きはマズかった。心なしかエレノアからも冷たい視線が飛んできている気がするが、一先ずは置いておこう。
「アタシだってずっと起きてる訳じゃないから、正確な周期は分からないわ。でもマリク達と旅をした時も発生してたわよ。あれは確か三百年くらい前かしら?」
「さ、さんびゃくですか……」
数十年くらい前を想像していたのだが、思ったよりも昔だった。
「だいたい、疫病なんてものがそう頻繁に発生しても困るわよ。ものによっては多くの人が死ぬんだから、周期が短いと人類なんて絶滅するわよ」
「確かに……。ちなみにだけど、前の時はどうやって疫病を根絶させたの?」
「アタシくらい長生きだと、色々と知識が貯まるのよ。で、前代の聖女セレスと協力して専用の治癒魔法を開発したってワケ」
「専用の治癒魔法を開発……。そのようなことがあったのですね」
ティルのこの発言には、さすがの女王様も驚きを隠せないようだった。
そして、それは俺も同じだ。魔法は使えないが、これでも魔法使いだ。新しい魔法を開発することがどれだけ難しいかは、嫌という程知っている。
『魔法はその体系を学びなぞっていくもので、自ら開発するのは天才か愚者のすることだ』
これは魔法を覚える上で最初に教わることであり、それを自覚しないと杖すら触らせてもらえない。だがティルや先代の聖女様は、それをやってのけた天才なのだ。
「ティルヴィング様。もし専用の治癒魔法を開発することが出来れば、今回の疫病も根絶が可能とお考えでしょうか?」
自国のことではないのに、まるですがる様にティルに問いかける女王様。やはり助けに行きたくても行けない状況に、歯がゆい思いをしていたのかもしれない。
「実際に見てみないことには何とも言えないわね。それに私はアドバイスすることは出来ても、治癒魔法は聖女のみ使用を許された奇跡の業」
「あっ……」
ティルの言葉に、サーニャが短く言葉を漏らした。
「ただ例え聖女の血を引いているとはいえ、サーニャはペスタで普通の女の子として育ってきた。魔法開発は魔力を正確にコントロールしないと術者に危険が及ぶから、あまり無理はさせられない」
その言葉からティルがサーニャを心配する気持ちがありありと伝わってくる。
「だから決めるのはアタシじゃない。サーニャ、どうする?」
それでも決断をサーニャにゆだねるのは、きっと彼女の意思を何より尊重したいからだろう。そしてティルなら何と答えが返ってくるかも、きっと分かっている。
「わたし、助けてあげたいです。身の程知らずかもしれないですけど、わたしなんかで苦しんでいる人たちを助けられる可能性が少しでもあるなら。きっと皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれないけど、でも……」
やっぱりそう答えるよな。サーニャなら。
「ふぅ。そういう子よね、アナタは」
やれやれと言ったような言い方だけど、ティルの表情は微笑んでいた。こうなることが分かっていたくせに、本当に素直じゃないなぁ。
なら、これで次の目的地は決まったも同然。この大陸では足跡を見つけられなかった勇者の手がかりも、新しい大陸ならもしかしたら――。




