麦の行方
「ふぅ……」
エリュシカ女王との立ち合いの後、有難いことにお風呂を沸かしてもらったので頂くことにした。そこで旅の疲労と汗をじっくり流し貴賓室に戻ると、先ほどまでいた女性陣の姿が見えない。
「他の皆様でしたら、交流を深めるために女王陛下と湯浴みに向かわれました」
俺が疑問に思ったことを察してくれたのか、侍女の人がそう教えてくれた。
「そうだったんですね」
エレノアにとっては久しぶりの帰郷だ。女王様とは従姉妹同士とのことだし、積もる話もあるだろう。ティルも付いていったのか、その姿はない
「皆様が戻られましたら、夕食となります。陛下より、『勇者様の捜索については、その時にお話ししましょう』と言伝を預かっております」
「分かりました」
先ほどの謁見では世界会議の話が主だった。
勇者の捜索についてはまた日を改めて話をするものだと思っていたけど、食事の場での話し合いにしてくれたのは女王の心遣いかもしれない。
風呂に入っていた時も感じたが、思ったよりも山道が堪えていたので大変有難い。
「さて……」
ゆったり話が出来そうだし、俺は勇者の行方についての考えをまとめておこう。
※
女性陣が戻ってくると食堂に移動し、用意された席についた。それから直ぐに給仕の人によって料理が運ばれてきて、目の前には色とりどりの豪勢な料理が並んだ。
「では皆様、どうぞ召し上がってください。エレノアちゃんたちが帰ってくると分かっていればもう少し用意していたんだけど、ごめんなさいね」
女王様はそう言うが、庶民の俺にはどれも涎がでそうなほど美味しそうに見える。
肉のロースト、新鮮なサラダ、キノコとイモを使ったソテーにクリームスープ。どれも美味しそうだが、食事作法にあまり詳しくないので伸びかけた手が止まる。
「ど、どうやって頂きましょうか……」
サーニャも俺と同じ感想を抱いているのか、ナイフやフォークを前にしてアワアワしている。分かる、その気持ちはすごく良く分かるよ。
「作法など気にしなくて大丈夫ですよ。お好きなように召しあがってください」
しかし直ぐに女王から助け舟が出て、俺とサーニャはホッと胸をなで下ろした。
立ち合いの時も思ったけど、やっぱりよく人を見ているなぁ。この視野の広さは見習いたいところだけど、今はひとまず用意してもらった料理を頂くことにしよう。
「……美味しい」
「まあ、それは良かったですわ!」
料理を口にし思わず出た感想に、女王は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「本当に美味しいです! 特にこのクリームスープ、とても濃厚でぜひ作り方を教えて頂きたいです!」
クロエはクリームスープが気に入ったようで、確かにとても濃厚な味わいだ。
使っている材料が違うのだろうか? そういえば王城にくる途中で広大な牧草地を見かけたので、良いミルクが取れるのかもしれない。
「では料理長の方に話しておきましょう。後ほど侍女にご案内させますね」
「あ、ありがとうございます女王陛下」
作り方を教わることが出来そうでクロエも満足そうだ。
そういえばティルが静かだなと目をやると、目の前の料理を黙々と平らげていた。本人は食事の必要は無いと言っていたけど、その割によく食べるんだよなぁ。
もうすぐ皿が空になると察したのか、給仕の人がさっと移動しすぐにおかわりを運んできた。女王様だけでなく、臣下の人もすごい視野の広さだ。
俺も料理が冷めないうちに食べてしまおう。そう思い視線を戻そうとしたところで、ふとエレノアの食が進んでいないことに気付く。
「エレノア、どうかした?」
「いや……」
言葉では否定するものの、彼女は料理を見つめたまま手を動かそうとしない。しばらくそうしていたが、やがて何か決意したように顔を上げると口を開いた。
「陛下、少しお聞きしたことが」
「もう、エレノアちゃんったらまだ堅苦しい。昔みたいに『お姉ちゃん』って呼んでくれても良いのよ?」
「いつの話をしているのですか……。それよりも、シエラ王国と何かありましたか?」
シエラ王国――久しぶりにその名前を聞いた。
地図で見るとマリアガーデンから海を挟んで南に位置する国であり、飛び地ではあるがペスタ村もシエラ王国領である。聖地への信仰が厚く、農業の盛んな国というのが、俺の中の認識だ。そんな国の名前がどうして急に出てきたのだろうか?
「どうしてそう思うの?」
女王もそう尋ね返すが、疑問に思ったからというよりも単純にエレノアの考えを聞きたいから発せられた問いのようだった。
「出された料理に麦が使われておりません。私の記憶が正しければ陛下はパンがお好きでしたし、今日の料理もパンが付け合わせで出てもおかしくないメニューです」
「今日は少しパンの気分ではなかったのです。ほら、ずっと食べていると飽きてしまうでしょう?」
「それでも、他の料理にすら全く使われていないというのは解せません。昔は毎食、何かしらの料理には使われていたはずです」
「それで、シエラ王国とはどう関係が?」
「我が国は麦のほとんどをシエラ王国からの輸入で賄っておりました。なので何かあったのではと……」
なるほど、そう考えるとエレノアの疑問ももっともだ。
女王様はエレノアの言葉を聞いて何やら満足そうに頷いていたが、やがて嬉しそうに胸の前で手をポンと合わせた。
「そこまで考えられているなら合格ね。ちょうどその話をしようと思っていたの。勇者様の捜索にも関わってきそうなことですから」
そして現在のマリアガーデンとシエラ王国の関係について語られることになる。
この話を書いた後にガールズトーク満載のお風呂シーンでも書けばよかったと思いましたが、これを読んでいる方にあんまりそういうのは求められていないような気がする……。
ですが、暇があれなどこかのタイミングで箸休め的な話として書いても良いかもしれませんね。




