一人じゃない
「ではもう一度いきますよ、フリッツさん」
「はい」
先ほどのやり取りの後、俺たちはエリュシカ女王に連れられて兵士たちが訓練を行う練兵場へと訪れていた。そして着くなり女王様と立ち合うことになったのだが、その強さはエレノアから話を聞いて想像していたものより更に上だった。
「……くっ!」
まったく動き出す予兆を感じさせず、気付けば剣の切先が喉元に突き付けられていた。その動きはあまりにも早く、反応どころか目で追うことすら出来なかった。
速い。
エレノアと訓練を続けていることである程度は速い動きにも慣れたつもりだったが、女王様の動きはまったく見えなかった。というか、加速魔法がかかっていない人間の動きを眼で捉えられないことなど、普通はあり得ないはずだ。
そのはずなんだけど、先ほどから何度打ち込まれても一度として防ぐことすら出来ないのだ。もしティルを握った状況なら、彼女が魔力を通して俺の体を動かしてくれることもある。しかし今回は実戦じゃないので、今は人の姿に戻って観戦中だ。
「ここまで何も出来ないと、僅かばかりにあった自信もなくなりますね……」
そう弱音も吐きたくなる。しかし、女王は剣を下ろしながら静かに首を振った。
「慣れの問題ですよ。それにセントシュタットで大きな戦いを経験されたせいか、思っていたよりもずいぶん良い反応です。経験が活きているのでしょうし、エレノアちゃんから教えられたこともしっかり吸収出来ているように思います」
「そ、そうでしょうか?」
褒めてもらってはいるのだろうが、全く実感が湧いてこない。
なんせこちらからしたら、一方的に打ち込まれているだけなのだ。エレノアに教えられたことは数えきれないほどあるが、それを活かせているかは疑問だ。
「ふふ、実感がないという顔ですね。ですがあなたが無意識に行っている行動で、わたしの攻撃は僅かばかり遅れているのですよ」
「えっ!?」
俺の行動が? そう言われても、いまいちピンとこない。
「分かりませんか? ですが、それだけ自然に行えるということは、体に染みつくほど鍛錬を行ったということ。それは誇るべきことですよ」
「あ、ありがとうございます」
「ではもう一度打ち込みます。今度は少し自分の動きを気にかけてください」
戸惑いはあるが、言われた通り動きを気にしながら再び女王様と対峙する。
何度立ち合っても、僅かな隙すら見当たらない。こちらから反撃することもアリなのだが、それは自らの隙を作るだけの結果に終わるだろう。
とにかく受けることに集中しないと。実戦を意識して急所を守りながら――。
「……あ」
気付いた時には遅かった。今度は肩口に剣先を当てられ、成す術もなく一本取られる。だが女王が言っていた無意識に取っていた行動が分かった。
「ひょっとして、急所を狙っていました?」
「えぇ、その通りです。わたしはここまでの立ち合いで、全て急所を狙って動こうとしていました。ですが急所を守ろうとする予兆があったので、攻撃に入ってから狙いをズラす必要があったのです。結果、本来の攻撃より僅かに遅れることになった」
そうか、確かに稽古の時もエレノアによく言われた。まずはどんな戦場でも生き残れるように、致命傷だけは避ける動きを心掛けろって。
最近は厳しい戦い続きでそこまで考えている余裕はなかったが、無意識でもやるくらいには稽古が身についていたようだ。
「でも、女王様なら自分の防御など容易く跳ね除けられるのでは?」
「この場での立ち合いだけなら、そうかもしれませんね。ただ……」
「ただ?」
「実戦ではそうはなりません」
「え、そうでしょうか?」
技量差が今のままなら、実戦でも結果は変わらないと思うんだけど。
「良いですか。実戦ではあなたが握るのはティルヴィング様です。実際に拝見したことはありませんが、ティルヴィング様の体から発せられる強大な力――わたし如きの剣技では、跳ね除けることは不可能でしょう」
エリュシカ女王の言葉に、傍で観戦していたティルヴィングが「へぇ」と感心したような声を漏らした。
「そ、そうなのティル?」
ティルの力を目の前で見てきた身からすれば、疑う余地はないのかもしれない。しかし女王様の剣技は、その考えすらも揺らぐほど凄まじいものだった。
「確かにエリュシカの剣技はとても秀でているわ。ただフリッツ、アンタに聞くけどアタシで今まで斬れないものなんてあったかしら?」
「それは……」
ない。
魔獣の固い皮膚を難なく切り裂いたのはもちろん、出会った時は広大なダンジョンを山ごと吹き飛ばしたのだ。おおよそ人の力でどうにか出来るものではない。
「そういうこと。それで、女王様はコイツに何を言いたいのかしら?」
「エレノアちゃんから聞きました。戦い方に悩まれていると。ただ立ち合ってみて、あなたは稽古で教えられたことを問題なく吸収できていることが分かりました」
それは何よりも安心出来る言葉だった。エレノアは優しいから何も言わないだけで、もし全く技術を学べていなかったらとずっと不安だったのだ。
「もちろん、足りない部分もまだ多くあります。しかし、それは経験し覚えていくしかないのです。僅かな時間でどうこうするものではありません」
「……はい」
その通りだ。急に強くなれるんだったら、誰だって苦労しない。魔将と遭遇したことで焦っていたのかもしれないが、結局はコツコツ積み上げていくしかないのだ。
「気落ちする必要はありませんよ。先ほど言った通り、実戦であればあなたがティルヴィング様を一太刀ふるうだけで、わたしなど消し飛んでしまいますわ」
冗談めかして言う女王だが、恐らく彼女はティルから感じる力だけで正確に戦力を分析出来ているのだろう。その証拠に、ティル自身も黙って話を聞いている。
「いいですかフリッツさん。自分を過小評価しておられるようですが、ティルヴィング様を扱えることを含め、あなたの実力なのです。今の時点で自分を卑下する必要は全くありません。それだけは忘れないでください」
「は、はい」
「それにエレノアちゃんはあなたの盾になってくれますし、クロエ様からの支援もあるでしょう。傷つけば、サーニャ様がきっと癒してくれるはずです。それらが全てあなたの、あなた方の強さなのです」
思い返せば俺はティルと出会ってから、気付かない内に自分一人の力で解決しようと考えることが増えていたように思う。もちろん一人で対応しなければならない状況もあるし、一概に悪い思考とは言い切れないのかもしれない。
それでも、今は頼れる仲間がいる。
最初は一人だったけど、共に戦ってくれる人達が出来た。そんな大切なことを失念していたからこそ、焦って強くなろうという悩みが生まれてしまったのだろう。
人は力を持ちすぎると傲慢になる。
これだけ恵まれた環境に置かれた状態で、力が足りないと考えること自体が傲慢だったのかもしれない。だが幸運にも、こうして女王様に気付かせてもらえた。
「ありがとうございました。色々と悩んでいましたが、すっきりしました」
「それは良かったですわ。あまり悩まれていると、エレノアちゃんを預けるのに不安になってしまいますから」
「が、頑張ります……」
一瞬だが女王様の目が本気のものになったのを見て、俺は慌てて気を引き締める。離れたところで話を聞いていたエレノアは頭を抱えていたが、やはり可愛い従姉妹を旅に出すのが不安だという気持ちを考えると当然の発言なのかもしれない。
少しでも女王様の不安が取り除けるよう、ここにいる間に学べそうなものは出来るだけ吸収しておきたい――そう心に決め再び女王様との立ち合いに臨むのだった。




