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夜の会話

 宿屋の外に出ると、少し冷たくなった風が肌を撫でた。周囲では交代で城から来た第一師団の兵士たちが、そこかしこで警備の目を光らせている。


「クロエ、寒くない?」


「いえ、わたくしは大丈夫です」


「ほんとに?」


「……少し寒いです」


「そっか。じゃあ、はい」


 俺は着ていた外套をクロエの肩にかけた。彼女の肩は思っていたよりも小さくて、普通なら友達と遊んでいるような年頃なんだよなぁと感じずにはいられなかった。


「あ、ありがとうございます……」


「どういたしまして。どこか座れるところがあると良いんだけどね」


 あたりを見渡すと、ちょうど近くの広場にベンチがあった。確認すると壊れた様子でもなかったので、そこに二人して腰を落ち着けることにした。


「ふぅー……今日は疲れたね」


 ちょっと大げさな感じでそう言ってみる。


「そうですね。わたくしも疲れました」


 クロエは大きく息を吐きながら、背もたれに寄りかかった。やはり相当ムリしていたのだろう、表情からは疲れがありありとにじみ出ている。


「クロエは何が一番きつかった?」


「そうですね……ここまで大きな戦場は見たことが無かったので、正直に言うと少し怖かったです」


「そっか」


 その気持ちは分かる。


 冒険慣れしている俺でも、ここまで大きい戦場は初めてだ。彼女もそれなりに実戦経験があるだろうけど、それでも死人や怪我人が出ることは稀だっただろう。


 だけど、ここは違う。


 たくさんの人が傷つき、倒れ、命を落としていくのが当たり前の環境だ。場合によっては、目の前で親しい人の命が摘まれてしまう可能性だって十分考えられる。


「……ごめん」


「ど、どうしてフリッツ様が謝るのですか!?」


「クロエをこの戦場に連れて来てしまったのは、俺だからね」


「でもそれは、わたくしがお願いしたから……」


「それでも、止めるべきだったのかもしれない」


 あの時の俺は、『クロエは強いから大丈夫だろう』と安易に判断してしまった。その原因はおそらく、彼女が自分より剣も魔法も使いこなしていたからだろう。


 でも比較すること自体が、そもそもの間違いだったのだ。


 自分と違って、クロエは心も体もまだ成長途中だ。いくら強いと言っても、成長しきれていない部分は簡単に揺らいでしまう。壊れてしまう。


 俺が初めて戦場に立ったのも、成人して心や体が十分に成熟した後だった。自分で経験していないことだったから、その部分を完全に見誤ってしまったのだ。


「そんなことにも気づけないなんて、やっぱりマリクの後継者失格だなぁ……」


「そ、そんなことはありません!」


「クロエ?」


「まだフリッツ様と出会って少しではありますが、わたくしは立派に務められていると思います! サーニャ様やエレノア様に聞いても、きっと同じようにおっしゃられるはずです」


 勢いよくベンチから立ち上がり、そう言い切るクロエ。


「あ、ありがとう。でも俺がマリクの後継者になったのって、ほんとに偶然なんだ。だから本当に自分で良かったのかって、今でも考えちゃうんだよね」


「それは、どういう……?」


 そういえばティルを手に入れた経緯を、まだ彼女には話していなかった。いい機会だし、どうやってティルを手に入れたかを説明しておこう。


「なるほど、そんなことがあったのですね……。でもわたくしは、ティルヴィング様を拾ったのがフリッツ様で本当に良かったと思います」


「……クロエを連れ出したから?」


「もう、そんなことを聞くのは意地悪ですよ?」


「はは、ごめんごめん。……でもうん、ちょっとは自信ついたよ」


「それなら良かったです」


 そう言って二人で笑い合い、あたりには穏やかな空気が流れた。これが戦場でなければまた気分も違ったんだけど、そこまで求めるのは贅沢というものか。


「ここも本来なら、町のメインストリートだったのかな?」


 今は軍需物資などが多く置かれ前線基地となっているが、ところどころ町であった頃の面影が残っている。今座っているベンチも、その中の一つだ。


「そうですね。前に来たときは、この辺りも商店がいっぱいありました」


「クロエはセントシュタットに来たことがあるんだ?」


「これでも一応王族ですので、何度かは」


 確かに王族なら、外交やらパーティーやらで来ていてもおかしくない。元の風景を知っている彼女の目に、今の光景は果たしてどのように映っているのだろうか?


「平和な時にまた来たかったな……」


 それは何気ない呟きだったのだろうけど、だからこそ彼女の本心だと思えた。


「ねぇクロエ」


「はい?」


「魔物たちを追っ払ったらさ、二人でセントシュタットの街をまわらない?」


 それはちょっとした提案だった。


 何か先に予定があった方が頑張ろうという気になるし、それで少しでもクロエの気が楽になるなら――そう思っての提案だった。しかし、


「そ、それは……デ、デートのお誘いというやつでしょうか!?」


「えぇっ!?」


 何故か予想の斜め上を行く反応が返ってきた。


 そんなつもりはなかったんだけど、言葉だけ聞くと確かにそういう意味に捉えることが出来る。それにクロエも14歳……色恋に興味を持ってもおかしくない年頃だ。


 ど、どうやって答えよう……。


「違うのですか?」


 無意識なんだろうけど、そんな上目遣いで見られると困ってしまう。もしここで答え方を間違えようものなら、彼女の情操教育に影響が……。


「……ぷっ」


「ん?」


「……っく、ふふ」


「あ!」


 クロエが必死に笑いをこらえているのを見て、俺はようやく気付いた。これはもしかしなくても、そういうことだろう。


「からかわれた?」


「す、すみません……。そんなつもりはなかったのですが、フリッツ様があまりに真剣に考えられていたものですから」


「はぁー……」


 安心したのと同時に、どっと疲れが押し寄せてきた。しかしさっきの上目遣いといい、この子は将来けっこうな男泣かせになるかもしれない。


「申し訳ありません。でも、誘って頂いたことは本当に嬉しかったです。デ、デートというものは、まだわたくしには早いと思いますが……」


 どうやらデートという言葉自体は、彼女も恥ずかしいようだ。


「まあ俺なんか、王族のクロエとはどうやっても釣り合う訳がないけどね」


「そ、そんなことはありません! ですがフリッツ様は恋人というよりも、どちらかといえば兄のような……」


「兄?」


「い、いえ何でもありません……」


 兄かぁ……こんな妹がいたら可愛いだろうなぁ。


「でも、兄妹ならもう少しフランクなしゃべり方をしてほしいかなぁ」


 それは何気なく漏れた感想だった。特に反応も期待していなかったし、そのまま虚空に消えてなくなるものだと思っていた。しかし――。


「では……お、お兄ちゃん?」


「……っ!」


 まさかの反応が返ってきた。


 き、効いた……今のはかなり。何が自分にそこまで刺さったのかは分からないが、よくないものに目覚めてしまいそうだった。危ない危ない。


「~~~~っ!」


 言った本人ももそうとう恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして身もだえている。これは聞かなかったことにした方が、お互いにとって良いかもしれない。


「そ、そろそろ冷えてきたし宿に戻ろうか!」


「そ、そそ、そうですね!」


 二人して慌てて立ち上がり、宿に向けて歩き出す。


 結局クロエを元気づけるという本来の目的が達成できたかというと、判断が難しいところではあった。だけど――。


「フリッツ様、今日はありがとうございました」


 彼女のその言葉で、それなりに上手くいったのではないかと思えた。

非常にどうでも良いことですが、今回のタイトルの初期案は「デートの約束とお兄ちゃん」でした。

ただあまりにも今までのタイトルと温度差が違うので現在の形になりました。


また新しく「ドーピング元勇者~勇者クビになったので酒場でタネをやけ食いしたら最強になってました~」という作品を連載し始めたので、更新頻度が多少変わるかもしれません。


いちおうリンクを張っておきますが、作風がかなり違うので合えば見てやってください。


https://ncode.syosetu.com/n8597ft/

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