圧し掛かる重責
しばらく体調を崩し、かなりの長期間放置してしまいました。
何とかエタることを回避しようと思っていましたが、このようなことになり申し訳ありませんでした。
もしまだお付き合いくださる方がいましたら、スローペースですが更新を再開していきますので
何卒よろしくお願いいたします。
クロエと共に宿へ戻ると、俺たちは直ぐに休むことにした。
もちろんゆっくりと眠れる環境ではなかったが、少しでも睡眠をとっておかないと次またいつ休めるか分からない。宿の外には見張りを立ててもらっているので、何か起こった際も寝過ごす心配はないはずだ。
そして緊張と不安が立ち込める夜がゆっくりと過ぎていき、世界は少しずつ次の朝を迎えようとしていた。
巡回する兵士たちの足音で目を覚ました俺は、みんなを起こさないようにそっと宿を出た。昨日のクロエと外に出た時、町の外れに見張り塔のようなものを見つけたのだ。可能であれば、そこから周囲の状況を俯瞰的に見ておきたかった。
見張り塔の下にいくと、ちょうど交代の時間だったのか兵士の人が下りてくるところだった。その人に身分を明かすと上に行く許可をもらえたので、そのままはしごを昇っていく。最上部にたどり着くと、ちょうど白み始めた空が視界に入った。
「これは……」
上部だけ姿を現した太陽が周囲を照らし、徐々に戦いの傷痕が暴かれていく。
大地は抉れ、草木は燃え、空中には土埃が靄のようにかかっていた。全容は未だつかめないものの、これが晴れたらもっと凄惨な光景が待っているかもしれない。
昨日は夜遅くまでサーニャが治療にあたってくれていたが、この分だと死傷者もかなりの数にのぼるだろう。兵士たちの士気も、昨日の状態を保てるかどうか……。
「ひどい有様ですな……」
後ろから声がかかり振り返ると、そこにはヘインズさんがいた。
「そう、ですね。日中は悪魔の生命力が減るので、直ぐに攻めてくることはないと思いますが……」
「夜になれば、また来るでしょうな」
彼の言う通り、今夜もほぼ間違いなく魔物たちの襲撃があるだろう。
一度は撃退に成功したものの、向こうは戦力的にまだ底を見せていない。しかも一度追い返された後となれば、さらに数を増やして攻めてくる可能性が高いだろう。
対してこちらは、戦力が減ることはあれど増えることはない。そんな状況で士気を維持するのは、俺が想像するよりもずっと難しいはずだ。
「援軍に来てもらっておきながら、こんな情けない姿を見せてしまい申し訳ない。このような状況を想定していれば、もっと対応出来たのでしょうが……」
「いえ、しょうがないですよ。今までこんなにも表立って魔物の軍勢が動くことはありませんでした。こんな状況を想定する方が無理ですよ」
「それでも、最悪の場合を想定しておくべきでした。……いや、想定はしていましたな。それを遥かに上回られた」
「今の状況はかなり異常ですね。世界一の大国であるセントシュタットを、ここまで一気に滅ぼそうと軍勢を投入している。何か狙いがあるんでしょうか?」
「はは、魔物の考えなど分かりかねますな。……しかし、急に動き出さねばならない『何か』を感じ取ったのかもしれません」
「何か、ですか」
ヘインズさんの言う通り、もし魔物たちが何かを感じ取り進軍してきたのだとしたら……。そこまでして事を起こす理由は、おそらく一つしかないだろう。
――勇者、か。
(ま、そうでしょうね。)
俺の予想を肯定するように、腰に下げたティルから声が返ってきた。そして彼女の同意を得られたことで、その思いは確信へと近づいた。
勇者の誕生、もしくは覚醒の気配を感じ取り、世界で最も人が集まるこの国に軍勢を差し向けた――そんなところだろうか?
そうだとしたら、背後に魔将が控えている可能性がますます高くなってくる。
――頭が痛いな。
「魔物の思惑が何にせよ、我々はまず目の前の脅威を払わねばなりませんな」
ヘインズさんも思うところはあったようだが、深くは踏み込まずに話題を戻した。
確かにこの状況を打破しなければ、先のことを考えても意味はないに等しい。
「ヘインズさんもそろそろ休んで下さい。しばらく戦い続けだったと思いますし、昨夜もほとんど休んでいないでしょう?」
「お心遣いは有り難いですが、指揮官の私が休む訳には……」
「指揮官が休まないと、兵士の人も休み辛いと思いますよ?」
「そう……ですな。フリッツ殿はどうなされます?」
「俺はもう少しここにいます。少し考えたいこともありますし、ここならもし魔物が来ても一目でわかりますから」
「承知しました。どうか、無理をなさらぬよう。お恥ずかしい話ですが、ここから先はあなた方抜きでは戦いにならないでしょう」
そう言い残し、ヘインズさんは仮設された兵舎へと戻っていった。
「戦いにならない、か」
一振りで多くの魔物を打ち滅ぼせるティルの力は、戦況を大きく変えることが可能だ。だがそれは同時に、彼女を扱う俺の行動が大きな責任を伴うことを意味する。
「はは……キッツイなぁ」
子供の頃は無邪気に勇者や英雄に憧れることが出来た。だけど彼らのような誰からも尊敬される存在は、周囲の憧憬の裏で常に厳しい戦いを強いられてきたのだ。
今になってようやく理解した。いや、分かっていたつもりだったが、覚悟が足りなかったと言った方が正しいのかもしれない。
(怖くなった?)
ティルがそう問いかけてくる。
「そうだな……怖い。今すぐにでも逃げ出したい気分でいっぱいだよ」
(別に良いのよ? アンタが逃げたいなら逃げても)
「はは……」
ティルのことだから、半分くらいは本気で言ってそうな気がする。けど悲しいかな、人間ってそんな簡単に割り切れないところがあるんだよね。
「昔読んだ英雄譚にさ」
(なに、急に?)
「主人公が一人で一万の大軍に斬り込んでいくシーンがあったんだ」
(……ただのバカね)
「まあそう言うなって。お姫様を助ける為なんだけど、そのシーンが大好きで俺もいつかこんな風に活躍するんだって昔は息巻いてた。そのたびに『お前は魔法使いなんだから前にでるんじゃない!』って師匠に杖で叩かれてたけど」
(で、実際似たような状況になってみてその怖さが分かったと)
「ああ、自分一人なら間違いなく逃げ出していたと思う。でもさ……お姫様はいなくても、守りたい人たちがいるからもう少し頑張れる気がするんだ」
(……そう)
ちょっと前に『絶対に戦死しない』と約束したばかりなのに、きっとティルは心底呆れているに違いない。そんな風に思っていたんだけど……。
「そう思うなら頑張りなさい。心配しなくても、アタシがなんとかしてあげるわ」
わざわざ人の姿に戻ってまで、ティルはそう後押ししてくれたのだ。その言葉は心の中にあった不安を一気に消し去り、自信へと変えてくれた。
だから俺は、精一杯の感謝を込めてこう答えることにする。
「頼りにしてるよ、相棒」
「任せなさいな。アンタに死なれちゃ困るから、仕方なく英雄にしてあげるわ」
そんな冗談交じりのやり取りを交わした後、地平線の彼方へと視線をやった。先ほどまでは日が昇りきる瞬間が怖かったが、今もう朝日の煌めきを見ても平気だった。
大丈夫。この先にどんな状況が待っていようとしても、ティルが側にいてくれたら頑張れる。そう思えるだけの信頼感が、俺たちの間には既に生まれていた。




