対悪魔
陽が完全に昇ると俺は宿に戻り、起きてきたみんなと一緒に朝食をとった。
その後は作戦本部へと向かい、まだ治療を行えていなかった兵士たちの具合を順番に診ていく。忙しくはあったが、サーニャの頑張りもあって昼頃には一通り回復魔法をかけ終えた。これで少なくとも、命にかかわるような重傷者は残ってないはずだ。
午後からは次の襲撃に備え、それぞれ部屋で休息を取ることになった。俺も自分の部屋に戻り体を休めていたところ、控えめに部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「お休みのところ失礼いたします。第二師団長ヘインズより、フリッツ様へ言伝を預かっております。ただ今お時間宜しいでしょうか?」
「今開けます」
扉を開くと、そこには俺よりもいくらか若く見える兵士が立っていた。
サーニャと同じくらいだろうか? こんな年齢の子たちが戦いに駆り出されていると思うと、どこかやりきれない気持ちになってくる。
「フリッツ様?」
「あぁ、すいません。それで、ヘインズさんは何と?」
「これから軍議を開くとのことで、可能であればフリッツ様も参加して欲しいとのことでした。もちろん他にやることがあれば、そちらを優先して頂いて構いませんが」
「いえ、大丈夫です。直ぐに用意します」
そう返事をすると、俺はベッドの脇に立て掛けていたティルを腰に下げ部屋を出た。そのまま若い兵士に案内され、城の中にある一室へと通される。
中には師団長や王宮付きと思われる魔法使いなど、錚々たる面々が集まっていた。
「おぉフリッツ殿、来ていただけましたか! ささ、こちらへどうぞ」
俺が来たことに気付いたのか、顔見知りのヘインズさんが立ち上がり席を勧めてくれる。それに従い席に腰を落ち着けようとしたところ、隣の席にも見知った顔が座っていることに気付いた。向こうも俺に気付いたのか、直ぐに声をかけてくる。
「さっきぶりだな、フリッツ。と言っても、ほとんど休んでないだろうが」
「エレノアも呼ばれてたんだ?」
「あぁ。これでもいちおう軍属だから、何かの役に立つと思われたのだろう」
少し前に別れたばかりのエレノアと、軽い挨拶を交わしながら着席する。それと同時に、部屋の最も奥に位置する席に座った第一師団長が口を開いた。
「さて……フリッツ殿も来られたようで、これでだいたい揃いましたかな?」
部屋全体を見渡しながらそう告げる第一師団長に、部屋に集まった人々が頷きをもって返す。もしかしなくても、俺のせいで軍議の始まりが遅れてしまっただろうか?
「お気になさらず。もともとフリッツ殿とエレノア殿は、可能であればという形であったので」
俺の心境を察してか、ヘインズさんが小声でフォローしてくれた。
「では軍議を始める。最初に――」
各師団長から現在の情報が詳細に報告されていく。
被害状況、避難状況、物資の状況、そして戦える兵士の数などだ。人的被害は、サーニャの活躍もあり思っていたよりも少なかった。
国民の避難も王が早期に指示を出したおかげで、既に大部分が国外に避難しているらしい。物資もまだ余裕があり、まだしばらくは補給無しでも戦えるということだ。
しかし……。
「これらを踏まえ、対悪魔戦において何か有効な作戦があるものはいるか?」
第一師団長の言葉に、室内が水を打ったように静まり返る。悪魔を退けるだけの戦力が足りていなないことを、ここにいる誰もが理解していたからだ。
何せ相手が悪魔だ。たとえ下級であったとしても、戦士が三人がかりでようやく戦いになるレベル。中位以上になるとを、並みの人間では戦いにすらならない。
悪魔と戦う際には法使いが前衛に強化魔法をかけ、魔法耐性と身体能力を高めるのが定石だ。そこまでしないと攻撃に耐えられないし、こちらの攻撃は逆に通りすらしない。中位の悪魔と人間には、それだけ基礎能力に差があるのだ。
セントシュタットにも、もちろん熟練の戦士や魔法使いが数多くいる。なので中位の悪魔までであれば、対処も可能なのではないかと踏んでいる。
だが、問題は上位悪魔だ。
上位悪魔は魔獣と同等の力を持ち、しかも高い知能を有している。それこそ国を挙げて討伐するような相手であり、普通の兵士などいないも同然なのだ。
下手に戦いを挑もうものなら、ただ屍を積み上げるだけの結果に終わってしまう。そのことが分かっているから、誰も発言できないのだ。
「マ、マリク様の後継者であらせられるフリッツ殿であれば、上位悪魔も打倒することが出来るのではないでしょうか?」
沈黙に耐えかねたのか、師団長の一人がそう発言した。しかし――。
「馬鹿者! フリッツ殿は善意で援軍に来られているのだ。そんな方に敵を押し付けるなど、それでもセントシュタットの将校か!」
「も、申し訳ありません!」
ヘインズさんに一喝され、直ぐに口を閉ざしてしまった。ただ提案した師団長さんの気持ちも分かるし、いちおうフォローは入れておくことにする。
「俺の方は大丈夫です。ヘインズさんも自分の為に怒って頂けるのは嬉しいですが、その方も少し空気を換えようと発言したのだと思いますし……」
「うぅむ、しかしですな……」
唸るヘインズさんをなだめつつも、俺は頭の中では別のことを考えていた。
前にティルに聞いた感じだと、1対1なら俺でも上位悪魔に勝てないことはないらしい。だがセントシュタット兵士の人たちなら、どういった結果になるだろうか?
(補助魔法込みの師団長が全員で戦えば、可能性くらいはあるんじゃない?)
考えていると、剣からティルのそんな声が伝わってきた。
勝てる確率があるというのは朗報だが、師団長全員がかかりっきりになるのは厳しい。指揮を執る人間がいなくなってしまうし、何より乱戦になれば必ずしも1対1の状況を作りだせる訳ではない。不確定要素がある作戦は、実戦では使えない。
これはいよいよ対策が難しくなったな――そう思っていると、
「少し、発言してもよろしいかえ?」
第一師団長の傍に座っていた、魔法使いと思しき老婦人が口を開いた。
座っていた場所もそうだが、金の刺繍が入った豪奢な紫紺のローブを纏っていることから、かなり高位の魔法使いだと推測される。
「メディナ殿、何か案がおありか?」
「案……というほどのもんでもないがね。ちょうどマリク様の後継者たるフリッツ殿もおられることだし、聞いてみたくなったのじゃよ」
「えっと、何でしょうか?」
戸惑いながらも反応すると、メディナさんと呼ばれた老魔法使いはその年齢からは考えられないほどのぎらついた視線をこちらに向け、こう言った。
「フリッツ殿。そなた、破邪魔法なぞ扱えはせんかね?」




