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[27]弱り目に祟り目

 リッチェがしばらく護送車で揺られていると、少しずつ意識レベルが回復し、同時に体の調子もわずかに戻り始めた。視界のかすみはなくなり、乗り物酔いのような気持ち悪さはかなり改善された。


「大丈夫ですか?」


 リッチェが視線を挙げると、ロロベニカと呼ばれていた兎人の兵士が優しい口調で問いかけてくる。


 リッチェは後部座席の中央に座っている。右手には女性の騎士がいて、正面にはロロベニカと別の女性の騎士が座っている。


「私はラザネラ教ベギンハイト支部教会にて騎士団の副団長を拝命しているロロベニカ・スタルーンと申します。貴殿の身柄は、今後ラザネラ教会が預かることになります」


「身柄……。そうだ、私――」


 リッチェはようやく言葉が出せる程度に回復しつつあるが、まだ本調子からはほど遠い。それを察したようで、ロロベニカはゆっくりとした口調で状況を教えてくれる。


「貴女が昨晩、空から落ちてきた内の一人であることは承知しています。そしてその件に関しましては、すでに問題解決へ向け、支部教会の責任者であるミラティク司祭様と、貴殿の同胞であるシセイ様が問題解決に向けて話し合いの場を持たれています」


「……っ! 至誠――」


 正確に動いているのはミグだろうとリッチェは考える。


 ――そっか、私が身動きが取れない間に、ミグはもう問題を解決する寸前まで来てたんだ……。


 リッチェはミグのことを親友と思っていたし姉のようにも感じていた。プライベートのミグはよく子供のようにおちゃらけるので、それほど年齢が離れていないような錯覚を覚えることも多い。


 しかし実際には祖母と孫、いや、それ以上に年齢は離れている。そして実力も経験値も年季が違う。


 だから自分は何も出来なくて、ミグが完璧に仕事をこなすのは仕方のないことだ――そう自分に言い聞かせるものの、リッチェは自分の無力に(さいな)まれる。


「体調が優れない間は安静にしておいた方がよいでしょう。道中における貴殿の安全は、私どもが保証いたします。男である私に言いづらいことがありましたら、そちらの騎士に申しつけ下さい」


「ムニファスと申します」


 リッチェが隣に座る騎士に目をやると、兎の耳が特徴的だが人に近い容姿の女性騎士だった。


 そして彼女を一瞥すると、リッチェは目を伏せる。


 それはまだ本調子ではないという理由もある。しかしそれ以上に、自分は何もできていない――という意気消沈によるところが大きかった。







 ロロベニカはリッチェの様子をつぶさに確認しつつ、改めてバラギアの脅威と狡猾さが脳裏をよぎる。


 バラギアの本宅は領主たるベギンハイトの屋敷だ。だが本人がいることはほとんどない。王国の内外に所有する無数の不動産のいずれかにいるとされているが、賃貸や名義の偽装も含めれば探し出すことは難しい。


 ロロベニカは過去にバラギアの本拠地と犯罪の証拠をいくどとなく探したが、これまでに見つけたことは一度もない。


 城塞都市ベギンハイトは人口20万人近い。それだけの人口を支えるための住居は数知れず、建前もなく虱潰(しらみつぶ)しに捜索するのは現実的ではない。


 今回解放された少女が監禁されていたのは外郭の壁のほど近い場所で、外国から調練目的で派兵された兵士向けの宿舎が建ち並ぶ一角だ。


 一兵卒向けの宿舎は狭い間取りに4人が相部屋する必要最低限の集合住宅だが、士官候補生向けであれば個室となる。これが将校や士官となれば、戸建てとなり、利便性の高い立地ほど高官が利用できるように配置されている。


 そして少女が捕らえられていたのは、そんな将校向け住宅の一戸だ。


 特別な建物ではないが、ロロベニカの記憶が確かならば、ここら一帯の外国人兵士は派兵期間が終わり帰国したばかりのはずだ。すなわち誰かが使用しているはずはなく、来期までは無人のはずである。


 そんな無人となった住居の無断使用や不法占拠は立派な犯罪である。故にロロベニカはその場でバラギアの手先を逮捕することは権限上、問題ない。


 だがそれはできなかった。


 今回の任務はひとりの少女を狂癲(きょうてん)(そう)(くつ)から引き受け、無事に教会まで連れて帰ることだからだ。バラギアの手先がおとなしく捕まるはずはなく、こと戦闘となった場合に不利なのは任務を背負うロロベニカの方だ。


 加えて、その場でバラギアの手先を拘束できたとしても不法占拠の証拠としては弱い。仮にその場で室内に突入したとしても、室内はももぬけの殻のはずだ。


 バラギアもしくはバラギアの手先は、空間を偽装、あるいは別空間へと繋ぐ彁依物(アーティファクト)を所有していると考えられている。


 つまるところ実際に少女が捕らわれていたのは別の場所であり、引き渡し場所はアーティファクトによって一時的に扉を繋げているに過ぎない――と想定される。


 事実、過去にベージェス団長が奴らの犯罪の尻尾をつかみかけたとき、扉一枚を隔てて逃したことがある。


 証拠の(いん)(めつ)において、奴らは実に(ひい)でている。


 加えて不法侵入程度の軽犯罪、強引に現行犯逮捕したところでバラギアにとっては毛ほどにもダメージはない。


 それどころか下手をすれば「騎士による不当な逮捕」や「教会の内政干渉」などの口実をバラギア一味に与えかねない。


 故に、ロロベニカは唇を噛みながら任務を優先するしかなかった。




「……」




 バラギアは(ひん)(ぱん)()(れい)を購入する。


 ロゼス王国において奴隷は合法だが、ラザネラ教の教義と奴隷制度は競合する。


 そのため奴隷を禁止している国も多い。


 しかしラザネラ教の教義において語られるのは「ラザネラ教の信徒」に限った話だ。異教徒や信徒ではない奴隷ならば教義に抵触しないという抜け道があり、奴隷制度を持つ国ではその理屈を最大限利用している。


 これまでロゼス王国では奴隷制度を撤廃しようとする動きが何度かあった。だが奴隷制を廃すれば割を食う貴族や豪商たちの抵抗によって実現には至っていない。当然、バラギア一派も反対の立場だ。


 故にバラギアは王国内で合法的に奴隷を買っていく。その多くは若い女性で、生きて生還した者はこれまでに2人だけ。目の前にいる少女で3人目だ。


 これまでの証言から、バラギアは奴隷を(なぶ)り、飽きると殺して骨まで残さずすり潰すという。そのためか、これまでに犠牲者の遺体は一人として見つかっていない。


 ロロベニカは護送車で揺られながら、眉間に皺を入れ、指で押さえる。

 それは己の無力さを痛感している時の癖だ。


 狂癲(きょうてん)の根城から一人の少女を救い出せた。だが同時に、これまでに数え切れないほどの、そして今なお苦しんでいる女性たちがいることを、ロロベニカは知っている。


 知っていてなお、救い出すことが叶わない己の無力さを()みしめる。


 ――まずは奴の後ろ盾を何とかしなくては……。


 バラギアの人脈はロゼス王国内部だけではない。ベギンハイト支部教会は反バラギアだが、王都の本部教会に赴任(ふにん)している今の司教(しきょう)日和見主義(ひよりみしゅぎ)中庸(ちゅうよう)の立場を維持している。


 問題なのは、バラギアが他国のラザネラ教会のいくつかと繋がりを持っていることだ。


 ロロベニカたちが下手に動けばミラティク司祭を煙たがる派閥の思う壺であり、もしミラティク司祭が失脚するようなことになれば、現在のベギンハイト支部教会における反バラギアの勢力は一気に崩れるだろう。


 もっとも厄介なのはそれだ。


 ラザネラ教は決して一枚岩ではなく、むしろ多くの派閥が存在している。そしてバラギアは別の派閥の後ろ盾を得てしまっている。




「……」




 ――いや。今はそのことを憂慮(ゆうりょ)すべきタイミングではありませんね。今自分の成すべきことは、護送任務を完遂(かんすい)することです。


 ロロベニカは思考が脱線していることを自覚するのと同時、玉虫色の髪をした少女が「あの……」恐る恐る口を開く。


「えっと……状況がどうなっているか、もう少し詳しくうかがってもいいですか?」


 少女はまだ虚ろが残る瞳をしている。それでも彼女からは、必死に自分を律して前を向こうという気概が感じられた。


「ええ、もちろんです。しかしその前に確認ですが、ご気分の方はどうですか? よくなりましたか?」


「まだ少し頭が()えない感じはあります。……ですが、そうも言ってられません。私は、戻らないと――」


 少女が喋っている途中で護送車がわずかに揺れる。

 その反動で、少女はバランスを崩しかけた。

 それをロロベニカはとっさに肩に手を添えて支えた。


「す、すみません……」


 少女は俯きながら体を起こす。


「いえ、お気になさらず。状況が気になるのは当然でしょう。まず、あなた方に関してはラザネラ教会として、客人待遇で対応させていただく予定です」


「ですがその……昨晩のことは……」


「その件でしたら、現在司祭様とそちらのシセイ様が交渉中です。おそらく、レスティア皇国による金銭的な補償あたりで落ち着くでしょう」


「そう……なんですね」


 少女の表情はどこか悔しそうだった。


 無力に苛まれるその感情が、今のロロベニカには理解できる。体力を温存するためにもあまり会話しない方が良いかと考えていたが、今はむしろ言葉を続けるべきだと感じる。彼女が捕らえられている間に受けた仕打ちは分からないが、静寂(せいじゃく)は嫌な記憶を蒸し返しかねないと考えてのことだ。


「これまでの経緯について、さらに詳しく説明を差し上げましょう。しかしその前に、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「あ、はい――リッチェ、です」


「かしこまりました。それではリッチェ殿――」


 ロロベニカが昨晩から今に至る経緯の詳細を口にしようとした、矢先のことだった。


 護送車が減速をはじめ、すぐに外で騎獣に乗り併走していた騎士の一人が護送車の扉を叩く。女性騎士が窓を開けると、外から「副団長――」と呼びかける声が届く。


渋滞(じゅうたい)です。我々を足止めするものかと」


 そう報告を受けている間に護送車はさらに速度を落とし、完全に停車した。


 数人の騎士に周囲を確認させると、リッチェを引き取った建物から大通りに出るまでの区間で渋滞が発生している。しかしここは交通量が多いところではない。この辺りの宿舎にいた兵士も帰国しており、一帯はむしろ無人のはずだ。少なくとも向かう道すがらでは全く渋滞などしていなかった。


 だがリッチェを引き取り引き返し始めた途端の渋滞。報告によれば大通りとの合流地点で交通事故が起こったようだが、タイミングも交通量も都合が良すぎる。


 バラギアの手先による足止め工作と考えるのが妥当だ。


 ――目的は、リッチェ殿だろう。目的は誘拐(ゆうかい)か、あるいは(くち)(ふう)じか。


 こういう時にバラギア本人や近しい部下は直接手を出してこないことが多い。


 容易に切り捨てできる末端に実行させ、自分のところにまで責任が及ばないように手を回す。うまくいけば良し。失敗しても嫌がらせになるから良し。そういうやり口はバラギアの十八番(おはこ)だ。


「迂回は可能か?」


「……護送車(このまま)では無理です。すでに前も後ろも車両であふれています」


 あまりにも()(こつ)なやり口だ。


「道をあけさせるはどのくらいかかる?」


「ただの渋滞なら10分とかからないと思います……しかし――」


 ただの渋滞でない可能性が高い――と言い含める部下の心理にロロベニカも同意する。


 渋滞で足を止める御者の何人がバラギアの息のかかった者で、何人が金を握らされただけの者で、運悪く巻き込まれた一般人がどれだけいるか分からない。しかしいずれにしても息のかかった者はのらりくらりと適当な言い訳を並べ立てながら時間を稼がれるだろう。


 公務執行妨害での逮捕を念頭に置けばある程度短い時間で道を確保できるかもしれない。

 

 だがもし護送車への襲撃を狙っているとすると、騎士の分散はマズい。交通整理に向かわせた騎士から各個撃破される可能性がある。


 そんな折、後方から大きな破壊音が響き渡り、民間人の悲鳴が上がる。


「後方で爆発! 火災が発生しました。燃え方が早い……おそらく、大量の油が積まれていたかと」


 部下が周囲を確認し窓越しにロロベニカへ報告する。

 と、同時に同じような破壊音が前方からも聞こえてくる。


「前方でも同様の火の手が上がりました」


 足止めによる嫌がらせではなく、明確に攻撃する意図があるようだ。


 ――となれば、襲撃は間違いなくあるな。


「各員警戒! 索敵を厳としつつ、護送車を捨てることも視野に入れておくように!」


「ハッ!」


 ラザネラ教の護送車は特別強固な防衛機構が備わっている。下手な魔法や鬼道による攻撃は通じない。対外的に見ても、目に見えてラザネラ教に攻撃を加えるような行動は起こしづらい。


 もし襲撃があるならば、周囲から完全に一目がなくなった後か、あるいは護送車を捨てて移動する途中のいずれかだろう。


 ――替え玉を用意するべきか?


 護送任務に選抜した騎士の中に女性は2人いる。彼女らがリッチェに扮し替え玉とすることで相手を撹乱(かくらん)する。


 ――いや、変装させるほどの道具も時間も乏しい。騎士の戦力を低下させるだけになる(おそ)れがある。


 などとロロベニカは思考を巡らせ、相手の狙いを考察し、現時点で取れる最適解を精査していく。


 その、最中(さなか)だった。


 大規模な怨人の襲来を知らせるけたたましい警報音が、城塞都市に響き渡った。

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