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[23]摂理にもとる容体

 少し歩き、階段を上る。

 至誠たちが案内されたのは教会堂の三階にある小さな個室だった。


 絢爛(けんらん)だが小さな窓がひとつあり、部屋には幾つも家具や棚が並んでいる。


 その中央には大きなベッドが配置され、清潔(せいけつ)そうな真っ白シーツがひかれた上にテサロが意識なく仰向けになっていた。


 部屋には元から四人いて、そのうち一人は護衛の騎士だが、残りはまた違った服装をしていた。至誠にもそれが医者や看護師を表していると思えたのは、彼らがテサロの体の上で魔法陣らしき図柄を展開していたからだ。


「今はよい。治療を続けなさい」


 ミラティク司祭が部屋に入ったことで一同が敬礼しようとするが、それを静止しして作業を続けさせる。


「すでに我々に施せる可能な限りの処置はしています。シセイ様ほどの実力者であれば、こちらに悪意がないことは理解できるでしょう。――そして、実に無念ではありますが、ここベギンハイトにはこれほどのオドに侵食(しんしよく)された患者(かんじや)を助ける医療技術はございません」


 司祭の言葉を受けてミグは『確かに』と、目視できる医療術式を見て頷く。


『ちゃんと治療と行おうとしたってのは分かる。そしてその技術が足りなかったってのも』


 ミグは苦々しく至誠に教えてくれる。


『でもこれは……ウチらがマズい状況かもしれない』


 ミグは至誠の体を動かして周囲を確認する。


 窓際には元からいた騎士が一人、先行して部屋に入った騎士が二人。扉には英傑級の騎士(ベージェス)。部屋の外にはさらに複数の騎士や王国軍兵士。


『英傑がいるこの狭い室内で治療に集中すると……もしこれが罠で、ウチらを口封じする気なら、かなり状況は良くない。最悪、不意打ちで至誠が即死しかねない。かといって、テサロは既に片手間にできるレベルの治療じゃない』


 もし向こうが口封じをし(いん)(ぺい)する気ならば、完全に(じゅっ)(ちゅう)にはまったことになる。


『スティアを使い捨てにしてでも時間を稼げば、何とか脱出はできると思う。でもそれも、最初の不意打ちを防げた場合だね――』


 至誠とベージェスの間にスティアが陣取っていることが唯一の希望だが、ここまで来て撤退するのはミグにとって(だん)(ちょう)の思いを引きずることになるだろう。


 故に、何かしら理由を付けて騎士に部屋から出ていってもらう口実はないかと至誠は思案するが、先に口を開いたのはミラティク司祭の方だった。


「ぜひ後学のためにも、恵まれない者たちへ医療を充実させるためにも、その治療する姿を拝見し学ばせていただきたいと思っております。無論タダでとは申しません。代わりに治療費や部屋の使用料は必要ありませんので」


 ミラティク司祭は親切心を体現するかのように()()(ぶか)い笑みを浮かべて語るが、要は治療中に(そば)で見張っているということだ。


 ――先手を打たれた……。どうするべきか? 無理してでも断った方が良いだろうか? その場合、別の場所に不利益が生じる(おそ)れがあるが、どういうパターンが考えられる?


 至誠は対応に苦慮(くりょ)するが、ミグは『仕方がない』とつぶやく。


『今は迷ってる時間が惜しい。もし罠でも、正面から食い破るしかない』


 それは至誠に伝えていると同時に、自分にも言い聞かせているようだった。


『至誠、代わるよ。術式に関する説明はウチがやった方が手っ取り早い』


 どうやら自分にできることはないようだ――と無力感に(さいな)まれつつ、至誠は頷く。


「『まずは治療の段階を確認させてください』」


 ミグは至誠の口からそう告げ、横たわったテサロの手に触れる。その手は皺だらけで、テサロの半生を物語っているような気がした。


『……決して腕が悪いわけじゃない。至誠を危険に晒すくらいなら、彼の医療技術を底上げした方が……いや、でも……』


 ミグは情報をまとめるようにつぶやきつつ、その経緯を見守る。


 医者の治療を少し観察して『至誠の生存率を上げるためには多少の技術流出は仕方がない、か……』と意を決したように医者の方へ顔を向けて口を開く。


「『術式構成に少々無駄と不備があります。いくつかの工程を見直して最適化する必要があるでしょう。術式の再構築はこちらで行いますので、引き続き治療をお願いします』」


 ミグが語りかけると、医者はミラティク司祭の方を一瞥する。


 ミラティク司祭が頷くと、医者は「分かりました」と肯定する。







 それからのやり取りは、至誠にはよく分からなかった。オドの浸潤(しんじゅん)というこの世界特有の症例に加え、魔法や鬼道という独自の技術体系、それに加え、至誠自身に医療に関する専門知識がないのも大きな要因だろう。


 それでも、それから30分ほどのミグと医者のやり取りは滞りなく進んでいるのはなんとなく分かった。


 治療中にいきなり攻撃されるようなことは今のところないが、少しだけ周囲の状況が動く。


「わざわざ出向いてもらったのにすまなかったね」


「いえ。……(かさ)(がさ)ね、愚弟(ぐてい)非礼(ひれい)をお()び致します。また何かございましたらお呼びつけ下さいませ」


 領主の子息であるガルフ・ベギンハイトはミラティク司祭と二言三言言葉を交わし、護衛の王国軍と共にその場を後にした。


 周囲の聖職者の顔ぶれも何人か入れ替わっているようだが、至誠の体はミグが使っている以上、詳しく把握することは叶わなかった。


「『……おかしい』」


 そんなおり、不穏な声をこぼしたのは至誠を介したミグだった。


「『もう分岐点は超えてるはず。なんで……浸食が止まらない? むしろ、悪化してる――?』」


 その口調は焦燥が多分に含まれていた。


「『このままじゃマズい……。――追加の術式と別系統の治療術式を用意します。貴方はそのまま術式の発動を継続して下さい!』」


 対面にいる医者に向けて告げるミグの声音には、余裕が一切残されていなかった。


「『ダメだ……ダメだテサロ。こんなところで死んだらダメだ……。リッチェを(のこ)して逝くな。あの子に言わなきゃいけないことが、まだあるだろ――』」







 それからさらに15分ほど、ミグの格闘は続いた。その口調と雰囲気から、テサロの状態が死の淵に立っていると、否応でも理解できる。


 無論、至誠ができることは何一つない。


 まるで医療系のTVドラマを見ている視聴者のように、目の前の光景に干渉する術がない。


「『嘘……。そんな……』」


 そして現実は、ドラマのように劇的なハッピーエンドは約束されていない。


 それを、か細く震えた声を漏らすミグの声を聞いて、理解できてしまった。


「……誠に、残念です」


 対面にいる医者がそうつぶやきながらテサロから手を引く。


 間に合わなかった。


 テサロはただ眠っているかのごとく、穏やかにすら思える表情のまま、つい先ほどまで目の前にあった命の灯火(ともしび)が消えた。


「『まだだ……まだ何か……方法が……。……。……』」


 目の前の現実を否定するかのように、ミグは至誠の体ごと半歩後ろに下がりつつ、必死に頭を巡らせる。


 だが言葉が続かない。


 現実は非情で残酷なものであると、沈黙が答える。


 そんな()(たま)れない静寂(せいじゃく)の中、至誠の視界の端にふと人影が(よぎ)ったような気がした。それは飛蚊症(ひぶんしよう)のように、気付かなければ気にとめることもないような些細(ささい)なものだった。


 だがミグはそれが気になったのか、至誠の顔を上げて人影の気配があった方向へ顔を向ける。


 その視線の先は小窓の先――そこには何もなく、ただ遠景に街並みが広がっている。


『……まさか』


 ミグが沈黙を破り、至誠にだけ聞こえる声で感情をこぼす。


『いや、むしろその方が()に落ちる……。だから、そのために――』


 頭の中で点と点が繋がったような声をミグがもらす。


 それが何を意味するのか至誠には分からないでいると、ミグが語りかけてくる。


『至誠、状況を説明するよ』


 肯定の感情を抱いているとミグは言葉を続ける。


『今し方、テサロはオドの浸潤(しんじゅん)によって肉体的な死を迎えた。けど、まだ死が確定したわけじゃない。一部の死霊術(しりょうじゅつ)を用いれば、肉体的な死は状態の(いち)(そく)(めん)でしかない。……つまり、霊体(れいたい)を保護して新たな肉体を用意すれば、蘇生(そせい)できる』


 具体的にどうするのかは分からなかったが、ミグの挙げた選択肢が真っ当な手段ではないのは察せられた。


陛下(へいか)殿下(でんか)なら()で死霊術が使えるけど、ウチは暗記していない……。だから、本来ならここで死霊術は使えない。――けど、その技術は、ここにある』


 ミグは至誠の内ポケットを表から軽く触れる。


『ニコラ・テスラと思しき人物の冊子――この中に霊体保護の術式が記載されていた。つまりこれを使えば、テサロの霊体を保護し、レスティア皇国に帰国後に蘇生できる目が、残る……かもしれない』


 可能性があるならばそれに賭けることは(やぶさ)かではない――至誠はそう考えたが、けど――とミグは問題点を語る。


『ただ……死霊術は代償(だいしょう)を必要としているものが非常に多くて、寿命が削れるものも多い。術者が代わりに命を落とすケースも珍しくない。――つまり、これを使えばテサロの命をつなぎ止められる代わりに、ウチか至誠が大きな代償を払うかもしれない。そして一番の問題は、どのようなリスクがあるのかは、現段階では分からないってこと』


 そして――と、ミグはさらに言葉を続ける。


『テサロの症状推移は、明らかに『多量のオドによる浸潤が起きた一般的な患者(かんじや)』とは違っていた。ウチが気付かなかっただけで、超越者(ちょうえつしゃ)介入(かいにゅう)していた可能性がある。まるで、ウチらにこの霊術大全を使わせるためにお膳立(ぜんだて)てしたかのような、不自然な急死だった』


 先ほど人影が見えたような気がした。それがニコラ・テスラのような超常の存在だったのかもしれないとミグは語りつつ、今できる選択肢を告げる。


『――霊体が体内に残留する猶予(ゆうよ)は平均して10分。すでに2、3分は経過している。術式の構築に急いでも5分はかかる。だから、すぐにでも選ばなくちゃいけない。それも、至誠が。超越者が接触してきたのは至誠で、至誠のためにお(ぜん)()てされた状況を、第三者が勝手に壊すと後からどういう反動や報復があるか分からない。抑えられるリスクは最大限抑えておかなくちゃいけない。だから、至誠に選んで欲しい。リスクを冒して霊術を使うか、テサロを見送るか、あるいはウチに判断を委任(いにん)するかを……』

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