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[16]ゴリ押し

 ミグの動きを察した相手(ルグキス)も即座に対応し、手にしていた戦斧(せんぷ)を振るう。


 だが英傑級の相手を前にして、一瞬の隙は致命的だった。


 跳躍(ちょうやく)したスティアの体はすでに斧が通る軌道上(きどうじょう)にはなく、体を大きくひねり、()を描きながら落とされる踵が騎士の左肩に食い込んだ。


 とっさの防御が間に合った牛人の騎士だったが、ロフトの床は耐えられず、突き抜けてそのまま一階に叩きつけられる。


 ロロベニカと呼ばれた騎士は即座に援護(えんご)しようとした。


 だがミグが至誠の体を動かし、腕を、手を、指先から鬼道による攻撃の気配を示すと、騎士たちの意識は次なる攻撃への対処へと上書きされる。


 玄関扉近くにいた騎士の多くはその挙動と気配に釘付けにされる。回避か防御かカウンターか――相手の攻撃を予測して動かなければならない。


 そんな思考によって生まれる一瞬の硬直。

 その間にスティアの体は空中で体勢を整え、()ぜるように加速するとロロベニカとの間合いを詰める。


 だが間合いに入るのはロロベニカとて同じことだ。


 そしてロロベニカはこの場において唯一、スティア(ミグ)追撃(ついげき)に対応できるだけの実力があった。彼の表情には、スティアをその手で終わらせることへの悲哀(ひあい)が浮かんでいたが、それで剣先が鈍るほど未熟ではないようだ。


 刹那、スティアが突っ込んでくる。


 ロロベニカはその動きに合わせて、絶妙なタイミングで剣を振るう。

 それは一閃(いっせん)を振るい首をはねる必殺のカウンター。


 タイミングは完璧――のはずだった。


 迷いのない剣筋。故にミグはその動きを読み切ると、フェイントをかけて空を切らせ、武器を持っていない方の籠手(こて)を握りしめ、ロロベニカの顔面に向けて振り抜いた。



  *



 ミグは、この2人が現場における最高戦力だったのだろうと想定している。故に吹き飛ぶロロベニカへの追撃(ついげき)は行わず、残りの騎士に対しては圧倒的な鬼道の気配と(きっさき)を向けてその動きを制する。


 ミグから見て未熟といっても相手は専業軍人。切り札の一つや二つは持っている可能性は高い。ならば下手に追い打ちせず、他の騎士を牽制(けんせい)する方が至誠の安全を担保(たんぽ)することに寄与(きよ)するとミグは判断した。


 ――固いな。


 吹き飛んだロロベニカを観察すると、すでに起き上がり体勢を立て直しつつある。その鼻からかすかに血がにじんでいるが、それ以外に目立った外傷はない。常人ならば()き肉になっていてもおかしくない威力だが、どうやらかすり傷程度のようで、脳震盪(のうしんとう)すら起こせていない。


 むしろスティアの身につけていた籠手(こて)の方がダメージが大きい。


 ミグは腕を振り遠心力をもって籠手を捨てると、スティアの素手に鬼道による身体強化を施す。もともとスティア自身が身体強化は行っていたが、そこに重ねがけしていく。身体強化の内、効果の割に無駄に術式の気配が大きいだけの術式をいくつも混ぜ込んでいる。一見すると無駄に見えるが、これは威圧が目的だ。


 威圧の効果はあったようで、周囲の騎士は警戒を強めこそしたが間合いを詰めてこない。


 そんな中、唯一中二階(ロフト)に残された至誠は、ロロベニカが体勢を立て直すまでの間に最小の声量でミグに声をかける。


「すみません、しくじりました」


 声の中に悔しさが混じっていた。

 実際、途中まではいい線をいっていたとミグも思う。


『大丈夫。ここからはスピードが命だよ。ウチらの情報が広まる前に力ずくで救出しないと』


 早口で伝えるが、至誠の心境はまだ諦め切れていないようだ。


『それとも、まだ交渉の目は残ってる?』


 故にミグは問いかける。

 言葉にできないほど自信がないなら、第一目標を放棄するほうが賢明だからだ。


「交渉――とはもう言えないかもしれませんが、可能なら続けます。ただ、最終判断はミグさんにお任せします」


『見込みはある?』


「ミグさんがこの場で一番強いならば」


『分かった、今一度至誠に任せるよ。ダメでもその後はウチが何とかしてみせるから安心して』


 至誠は頷き、中二階(ロフト)から一階に繋がる階段を下りながら騎士たちに声をかける。


「お怪我(けが)はありませんか?」


 スティアに対して臨戦態勢(りんせんたいせい)を取っていた騎士たちの警戒が、一気に至誠の方にも向けられる。


「問題なさそうで安心しました。では対話(・・)を再開させましょう」


 同時にミグが操るスティアは、手にしていた剣を(さや)に収める。


 至誠の台詞(せりふ)を後押しする形を取ったが、弘法筆(こうぼうふで)(えら)ばず、ミグにとっては剣の有無で戦闘力にさしたる影響はない。むしろレスティア皇国軍では新兵時代に身体強化の術式と肉弾戦を重点的に仕込まれるので、ミグとしては素手で戦う方が得意だ。


「これから僕らは仲間の(とら)われている教会へと向かうつもりです。投降(とうこう)はしません。力ずくにでも仲間を助け出し、降りかかる火の粉は全力で払わなければならないでしょう。たとえそれが、往来(おうらい)の中心だとしてもです」


 至誠は先ほどまでとは違い強い口調で語る。先の戦闘に置いてミグが圧倒的な優勢だからこそ取れる態度だ。


 そのうえで至誠は「ですが――」と口調に緩急(かんきゅう)を付ける。


「――こちらの主張に変更はありません。もっと上の方と対話(たいわ)する機会をいただけるのであれば、おとなしく任意同行(にんいどうこう)に応じる用意があります。お互い、なりふり構わず奥の手を出し合えば、双方にとって悲惨(ひさん)な結果となりかねないからです」


 至誠はブラフとして伏せ札があるように告げる。


 実際、住民を皆殺しにするような倫理に反する戦法が存在することは至誠も知っている。それをいい含んでいるのだろう――とミグは察する。


「ですので選んで下さい。交わすべきは武力か言葉か。安寧(あんねい)を愛するラザネラ教の騎士として、どちらがあなた方の信じる教えに()(さわ)しいのかを」


 ――確かにこれはもう、交渉ではないね。


 それはもう脅迫のレベルだ。武力を背景にしたゴリ押しに他ならない。


 そんな至誠の脅迫を聞いたロロベニカの目元に、一瞬だけ青筋が走り激昂(げきこう)が浮かんだが、すぐになりを(ひそ)める。


 静寂(せいじゃく)の中でスティアと至誠を視線で行き来させると、ロロベニカは「いいでしょう」と、平静とした口調で答える。


「ロロベニカ!」


 それを制止する声が上がるが、ロロベニカは一蹴する。


「ルグキス、今は私が責任者です」


 ロロベニカはルグキスを制し、至誠に語りかける。


「申し遅れましたが、私の名はロロベニカ・スタルーン。ベギンハイト支部教会騎士団の副団長にして司祭様より現場の指揮を任されています。その職責において、貴殿を『客人』として扱い、その上で任意同行を求めます」


「その決断に敬意を表します。そういえばこちらもまだ名乗っていませんでした。僕のことは至誠と呼んでください。本名が必要であれば、ミグ・レキャリシアルです」


 至誠はレスティア皇国への照会用にミグの名前も出す。


「レスティア皇国における礼儀作法(れいぎさほう)は存じ上げませんので、失礼ですがこちらのやり方でおもてなしさせていただきましょう」


 急に態度を軟化したロロベニカの目的が時間稼ぎに移ったことはミグにもすぐに理解できた。


「お構いなく。多少の作法の違いで(かん)(さわ)るほど狭量(きょうりょう)ではありませんし、事態は急を要します」


 すでに至誠も気付いているようで、すぐに申し出を固辞(こじ)する。


生憎(あいにく)とそういう訳にもまいりません。なにせ教会が客人を(ないがし)ろにしているなどという風評(ふうひょう)は、騎士団副団長という立場を(たまわ)った者として避けねばなりません。ですがご安心下さい。急いでいるのは承知していますので、すぐに準備させます」


 ロロベニカはそう断言し、間髪を入れずに入り口近くにいた騎士へ命令を出す。


「大至急、(くだん)の人物を『客人』として教会堂へ(まね)(むね)の伝令と、馬車の準備を!」


 その号令によって数人の騎士が店を飛び出していく。


 至誠はすぐに言葉を返さない。

 いろいろ考えているようなので、ミグは必要な助言を伝える。


『時間を与えすぎるのはよくないだろうね。英傑の騎士に加えて罠まで仕掛けられてたら、至誠を守るだけでも手一杯になる。そうなったら救出はあきらめて撤退せざるを得ない。それならまだ、今すぐに教会へ攻め込んだ方が状況はマシだと思う』


 その場合は交渉の目も消えてしまうことになるなんてことは、今さら至誠に伝えずとも理解している様子だ。


 加えて、テサロたちの警備の強化だけでなく、別の場所に移送されれば状況はさらに悪化する。ならば今すぐに実力行使に打って出た方がいくぶん状況がマシである可能性が高い。


「分かりました」


 と至誠は返答する。それはミグとロロベニカの双方に対して向けられ、言葉の続きはロロベニカに向けられる。


「では早速、我々も教会へ向かうとしましょう」


「馬車を手配しています。客人を歩かせる訳にもいきません。すぐに準備させますので、しばしお待ちください」


「いえ、お気持ちだけで結構です」


「これは我々の、世間に対する体面(たいめん)の問題です。お気になさらず」


 戦力的には(おと)っているはずだが、(ゆず)るつもりはないようだ。


 ミグと騎士の力量差を考えれば再度脅すことも有効な手段だが、これ以上の脅迫は今後の交渉においてむしろ不利に働きかねない。


 ミグからみて至誠の頭の回転は速い。だが根本的なこの世界の知識が足りていない。そこは自分が補うべきだろう――と、ミグが代案を伝える。


『スティアの騎獣(きじゅう)がある。それを使えば時間もかからず、移動に体力を浪費しなくていい』


 ミグのアドバイスを受けてすぐに至誠は口を開く。


「ではスティアさんの騎獣をお借りします。それならば周囲への誤解も少ないでしょう」


「あの騎獣は一人乗りです。それに、客人に手綱(たづな)を握らせるなど無礼(ぶれい)真似(まね)はできません」


「ならばスティアさんの体を使って手綱を取ります。幸い僕もスティアさんも、他の騎士の皆さんより体が細いので()めれば乗れるでしょう」


 至誠の発言にあわせて、ミグはスティアの着ている装備(そうび)を外す。周囲を警戒しながらなので、()ぎ取るといった方が正確だろう。


 その真意にいち早く気が付いた至誠は、すぐに補足(ほそく)を入れる。


「これで重量的にも問題ないですね」


 ミグとしても無駄な装備をそぎ落とすきっかけがあって助かった。金属鎧(きんぞくよろい)は兵士の身を守り、防御力や生存率を向上させるために欠かせない。


 しかしそれは常人から天才と呼ばれる範囲の実力者に関してだ。


 魔法や鬼道による身体強化を(きわ)めていくと、金属鎧よりも生身の方が防御力が高くなってくる。そうなると金属鎧は重く可動域(かどういき)を制限されるため、むしろ足枷(あしかせ)となる。


 少なくともミグの知る限り、英傑の域に達すると次第に金属製の防具の割合が減っていき、神格級と呼ばれる程の最上位の実力者は――彁依物(アーティファクト)でない限りは――金属鎧を使用しない者が大半だ。


「とはいえ無理を言ってますので、それでもダメなら移動手段はこちらで何とかします。先ほどの伝令よりも先に着いてしまうかもしれませんが、どうか気分を害さないでいただきたい」


 ロロベニカの時間稼ぎに至誠が拒絶感(きょぜつかん)(あら)わにすると、それ以上は諦めた様子で「分かりました」と同意する。


「……スティアの騎獣を持ってこさせましょう」

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