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[15]舌戦の行方

『くそっ、失敗した……』


 ミグは自身に向けて悪態(あくたい)をつく。


『尾行されていたか……あるいは最初から釣(つ)り餌(え)だったか――』


 ミグの使える鬼道(きどう)の中には索敵(さくてき)系の術式がある。それを使っていれば、事前に騎士の動向を探知できただろう。


 だが今回は最小の範囲でしか用いていなかった。索敵術式は気配を消す術式との相性が悪く、さらに、相手の技術水準によっては逆探知される虞(おそ)れがあったからだ。


 隠密を優先した結果、ミグは直前まで騎士団の接近に気がつけなかった。


 それでもミグはとっさに隠密に関わる鬼道術式を放棄(ほうき)し、スティアと至誠の体で臨戦態勢(りんせんたいせい)をとる。


 不幸中の幸いだったのは、襲撃してきた騎士の練度が総じて高いことだ。彼らはミグと対峙した瞬間にその実力差をはっきりと自覚し、さらに一歩踏み込むことを躊躇(ためら)ってくれた。


 しかしそれは、自分より格上を前にして萎縮(いしゅく)したのではない。


 想定以上の相手に遭遇(そうぐう)した際に上官の指示を仰(あお)ぐのが徹底(てってい)されているのだと分かる動き方だ。それは軍人としては優秀だ。一兵卒が勝手に暴走する軍隊など未熟どころではない。


 ミグは、彼らが優秀だった故に時間を得た。それはほんの一瞬だったが、臨戦態勢を整え、索敵術式を用いて周囲の騎士の数や配置をも把握するには充分だった。


 ――結構いるな……。


 騎士たちの警戒心は至誠に向いているが、意識は一人の騎士にも向けられている。兎の特徴が色濃い獣人の騎士。彼が指揮官なのだろうとミグは察する。


 ――英傑……にはまだ満たないかな。こっちの騎士もスティアと同じくらいの実力っぽいね。


 壁を破って襲撃してきた騎士を、ミグはそう評する。周囲の騎士よりも一回りも二回りも大柄な体格をした牛の特徴が色濃い獣人の騎士だ。


 ――二人の戦力指標はおそらく天才クラス。彁依物(アーティファクト)のような特異的な気配は……今のところしない。周囲の騎士も、建物を包囲している騎士の戦力も、精鋭から天才の間くらいかな。


 相手の戦力を分析しつつ、ミグは少しばかり安堵する。


 ――まだ、撤退せざるを得ないほどの状況悪化じゃない。


 騎士たちは優秀だが、全員が連携してかかってきたとしてもいなせる確信がミグにはあった。しかし、撤退すべきという思慮が脳裏にちらつく程度には状況は変異した。


『こうなると交渉は難しいだろうね。この場に英傑はいないみたいだし、情報が伝わる前に最速で教会を急襲して強引に救出する――か、撤退も考慮しておくべきかも』


 至誠にも伝わるように脳裏(のうり)でつぶやく。


 撤退――すなわち、3人の救出は諦め、至誠の身の安全を最優先にするという選択肢だ。


 他にも、教会堂を急襲するという選択肢もある。リッチェの居場所はまだ不明だが、幸いテサロとヴァルルーツは教会堂の地下にいることは聞き出している。


 教会の位置はまだ把握できていないが、どうせ標高の高い場所に仰(ぎよう)々(ぎよう)しい建物があるだろう――とミグは容易に想像できた。


 ――テサロと王子(ヴァルルーツ)だけででも救出してから逃げるべきか……。


 そんな刹那(せつな)の思案の最中、至誠が極小の声量で「ミグさん」と呼びかけてくる。


「舌戦(ぜっせん)は僕が対応します。うまく言いくるめられなかった時は、改めてお願いします」


 ミグはすでに交渉の目はないと思っていた。


 だが至誠はまだ諦めていないようだ。

 少なくとも、至誠の心理状態からは偽りは感じられない。


『まだ、諦めてないんだね?』


 ミグの慎重な問いかけに、至誠は小さく頷いた。


『分かった』


 一瞬迷ったが、ミグが肯定している間に、牛人の騎士が張り詰めた空気を破り、再度口を開く。


「スティア、今すぐ矛を収めろ!」


 それが最後の警告だと容易に理解できる口調だった。

 彼らはスティアがミグの制御下にあることは把握できていないようだ。


 ――流血鬼(りゅうけつき)を知らないでいてくれるなら、かなりやりやすいけど……。


 ミグがそう感じている間に口を開いたのは至誠だった。


「投降(とうこう)はしません。ですが、任意同行(にんいどうこう)ならば応じる用意があります」


 至誠の言葉に反応を示したのは、正面扉から入ってきた兎人の騎士だ。


「それは『武装を解除するつもりはない』と受け取って相違(そうい)ありませんか?」


 威圧(いあつ)と警告を織(お)り交(ま)ぜた鋭(するど)い声が耳をつく。


 ミグからしてみればここに居る騎士たちの戦闘能力は未熟と言わざるを得ない。


 しかし至誠のような常人からしてみれば遙(はる)か雲の上の戦闘力を持っている。実力的にも、彼らの社会的地位にも、この辺りの住民ならば言葉ひとつで萎縮(いしゅく)してもおかしくない。


 しかし至誠はまるで意に介していない。

 まだこの世界の情報が断片的なのもあるだろうが、相手の魔法や鬼道の気配から感じ通る無言の圧力(あつりょく)を一切感じ取れないためだろうとミグは分析(ぶんせき)する。


「怨人(えんじん)ではないのですから、無為(むい)な争いは避けたいと考えています。なので、冷静かつ理性的に対話できるならば、矛を収めることも吝(やぶさ)かではないということです」


 ――いや、完全武装をした軍人を相手にして啖呵(たんか)が切れるのは、単純に至誠の肝(きも)が据(す)わっているから……なのかな? でもその割には昨晩の取り乱しよう……戦闘になっても至誠の精神面の観測も怠らないようにしないと。


 ミグは騎士の細かい動きにまで警戒を払いつつ、至誠の心理状況を考察する。


 その間にも騎士の言葉が返ってくる。


「今の言葉に偽りがなく、今すぐ武装を解除するのであれば、こちらとしても貴殿に対し最大限配慮(はいりょ)しましょう」


 今のところ兎人の騎士は問答無用で攻撃してきたりはしない。部下にも臨戦態勢のまま待機するよう命じている様子だ。


 どうやら言葉を交わす余地は残っているようだが、スティアに関する情報を得つつ、ミグの隙を狙っているのだろう。


 ミグの展開する鬼道によって騎士たちからは至誠とスティアが――至誠は実感ないだろうが――高い戦闘技能を持っているように見えている。そこに啖呵(たんか)を切れるだけの言動があれば、相手は至誠自身が英傑級の戦闘力を持っていると誤認しているだろう。


 そこに加え、流血鬼の種族としての特性を知らなければ、相手はアーティファクトを疑い、警戒感だけが増えて二の足を踏んでくれるかもしれない。


 そんなミグの期待をよそに舌戦(ぜっせん)は続く。


「つまり貴方(あなた)にはこの場で対話できるほどの権限がない――という解釈で合っていますか?」


 至誠の指摘に「その点はご心配なく」と騎士はすぐに答える。


「全てはそちらの身の振り方次第ということです。貴方の選択ひとつで、こちらは歩み寄ることも剣を突き立てることもできる」


「あなた方の勧告(かんこく)に従い投降(とうこう)しても構いません。そのための条件は極めてシンプルです。こちらの目的は仲間と共にレスティア皇国へ戻ること、その一点に尽きます。その為に昨晩の過失については謝罪と共に金銭的な補償(ほしょう)を行い、そちらの体裁(ていさい)を整える協力は惜(お)しみません」


 相手の騎士は至誠を観察するように、さらに視線を鋭く細める。

 それは間はほんの一瞬だったが、空気が張り詰め、居心地の悪い静寂(せいじゃく)が流れる。


「なるほど、レスティア皇国の関係者でしたか。かの大国関連ならば丁重(ていちょう)に扱わなければなりませんね。そのためにはまず、なにか身分を証明するものを提示(ていじ)していただかなくては」


 兎人の騎士は静寂を打ち破り話を前へ進める。


 ――それが出来るなら最初から見せてるよ。


 ミグの心境に引っ張られ、スティアの目元がわずかに細くなる。


 彁依物(アーティファクト)に関連した職務に当たっていた以上、ミグは不測(ふそく)の事態(じたい)に対して様々な想定をしていた。だが不浄(ふじょう)之地(のち)に飛ばされ、南西端のこの都市に命からがら逃げてくるなんて状況は想定外だ。


 ヴァルシウル王国の至誠を蘇生させていた建物内であれば身分を証明できるものも――魔女の攻撃で消し飛んでいなければ――あるが、少なくともこの場にはない。


「今ここにいるのは、彁依物(アーティファクト)による不測の事態に巻き込まれた結果です。残念なことに、手持ちに身元を証明できるものはありません」


 それは至誠も理解しているようで、至誠にとっては断片的(だんぺんてき)にしかないはずの情報から的確(てきかく)に言葉を選ぶ。


「ですが身元を確認する方法はあります。ラザネラ教会からレスティア皇国に対し、正式なルートを通じて照会(しょうかい)いただければ、レスティア皇国の名を騙(かた)る不届(ふとど)き者ではないと証明できるでしょう」


 うまい返しだ――ミグは至誠の返した言葉をそう評(ひょう)する。

 これならば、この場ですぐに身分を証明する必要はなく、相手からしてみればどちらに転んでも対応できるように立ち回らねばならない。


「では、照会結果が戻ってくるまでの間は身柄(みがら)を拘束(こうそく)させてもらう。よろしいか?」


 しかし相手の騎士も一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない。

 すぐにそう返され、少なくともその主張には正当性(せいとうせい)がある。


「その点に関しましましてはそちらに正当性があることを認めます。ですがこの場で拘束(こうそく)されることは承諾(しょうだく)できません。なぜなら、仲間の一人が早急に治療(ちりょう)が必要な状況であり、手遅れになるまえに処置(しょち)しなくてはならないからです。そのため『任意の同行』ならばすぐにでも応じる用意があります」


 至誠は一貫してそのラインは譲(ゆず)る気がない――と言い含める。


 ――最終的には武装(ぶそう)は解除するが、一定の自由は認めてもらう……辺りを至誠は狙っているのかな?


 ミグはそのやり取りを聞きながら至誠の狙いを分析する。


「年を召(め)された女性のことであれば、こちらの方でも特に優秀な医者に対応させています。心配には及びません」


「その言葉が真実ならば、深く感謝しなくてはなりません。――では、治療の様子を確認させていただけた後、矛を収めることをお約束致します」


「医療については専門家に任せた方が賢明でしょう。このような場合、門外漢が余計な口を出すと余計な混乱しか生みません」


「ならばご心配には及びません。戦いにおいては英傑と呼ばれるだけの力は持っていますが、本来の役回りは軍医ですので」


 英傑クラスの強さを持ちながら戦闘特化の軍人ではないと聞いた騎士の眉は怪訝(けげん)そうに寄り、視線はさらに鋭利(えいり)になった。


 ――軍医の下りは確かに至誠に言ったけど、よくそんな細かいところまで覚えてるな……。


 ミグは至誠の記憶力に感心している間にも話は進む。


「貴殿が医療技術に精通している証明は可能ですか?」


「騎士の方で負傷者が出れば披露(ひろう)できますが、いかがしますか?」


 暗にこちらの攻撃を臭わせつつ、言い逃れもできる言い回し。至誠はそれらを間髪(かんはつ)入れずに即興(そっきょう)で答えているが、よくもそんなに舌が回るものだとミグは感心する。


 ミグも医療や彁依物(アーティファクト)に関する学術会議ならばそれなりにこなしてきた。だが目の前で繰り広げられる舌戦は学会のそれとはまるでベクトルが違う。これはどちらかと言えば政治や外交の領分だ。


 ――ウチにはちょっと真似できないかなぁ。


「奇遇ですね。ちょうど貴方が手にかけた騎士がいるようだ」


 ミグにはうまい返しだと思ったが、騎士から返ってきたのはスティアへの暴挙(ぼうきょ)を非難(ひなん)する言い回しだ。


 相手も相手でよくとっさにそんな皮肉が返せるな――と戦闘力以外の地頭が優れていることに、ミグは警戒心を強める。


「彼女に対しては申し訳ないことをしました。言い訳のしようはありませんが、お互いに平和的な対話を進められた暁には、無事に解放する用意があります。もちろん後遺症は残しません。ご安心ください」


「残念ですが彼女に人質としての価値はない。騎士とはそういう立場です」


「騎士としての矜恃(きょうじ)は実に素晴らしいものです。それはスティアさんを見ても、皆さんを見ても確信できます。なので『人質としては』一切考えていません。しかし、ただの事実として、彼女の肉体は完全にこちらの制御下にあります」


 ミグは至誠とスティアの体を同じように動かしてみせる。事前に打ち合わせていたわけではないが、そうすることによってこちらの言葉に説得力が増すだろうと考えたからだ。


 実際に効果はあったようで、騎士の何人かの顔色が曇る。


「スティアさんはとても優秀な騎士です。肉体への負荷を考慮せず動かせば単体で英傑と呼べるだけの戦闘能力を発揮(はっき)できるでしょう」


 ミグの言葉を引用しつつ至誠はスティアの戦力指標について語る。まるで目の前には英傑が二人いるのだと言わんばかりに。


「こちらとしてもこれ以上無駄な血が流れるのは避けたいところですが……実力を確認したいと言うことであれば協力致します」


 至誠は周囲を見渡しながら語る。


 萎縮(いしゅく)とまではいかないが、ミグの放つ術式の気配と合わさりすぐに飛びかかってくる者はいなかった。


 故に至誠はたたみかける。


「我(・)々(・)はこの場に英傑の騎士がいないことを把握しています。武力衝突(ぶりょくしょうとつ)が起これば、英傑級の戦力が二人、そして近隣の被害を気にしなくていいこちらが有利です。それを理解した上でなお、任意同行に応じます。こちらの目的はあくまで仲間と共にレスティア皇国へ戻ることであり、攻撃する意図もなければ戦争をしに来たわけでもないためです」


 実力行使を否定しつつもその可能性をチラつかせて相手に要求を飲むように迫る。


 兎人の騎士からの返答はない。

 代わりに壁をぶち破ってきた牛人の騎士が怪訝(けげん)そうにつぶやく。


「『我々』……だと?」


 至誠のスティアのことを指しているようにも聞こえる。至誠の仲間のことと捉えることもできる。


 しかし文脈から考えれば、「英傑クラスの騎士がいないことを把握している」ことにスティアをカウントするのは不自然だ。同様にテサロやリッチェ、ヴァルルーツを指していたとしても、言葉として繋がらない。


 すなわち至誠は「我々はスティアから情報を聞き出し英傑がいないことを把握している」と口にしたことになる。それは「裏にもう1人いる」ことを吐露(とろ)しているに等しい。


 ここが分水嶺(ぶんすいれい)であることはミグも理解できた。


 投降するか任意同行をするか――その駆け引きの中で、他にも仲間がいることが露呈(ろてい)してしまえば、その交渉の意義が薄くなってしまう。


 騎士たちは当然、捕まえたのがトカゲの尻尾かもしれないと懸念(けねん)を抱くだろう。あるいは『至誠の体』も『操られているだけの善意の第三者』という可能性すら抱いているだろう。すでに他者を操れると告げた後だ。


 ならば至誠が投降したところで意味はなく、これまでの交渉が全て水泡に帰する。


「こちらとしてはすでに冷静かつ理性的な対話を行っていたつもりでしたが、どうやら意味はなかったようですね」


 心理状況の推移(すいい)から、至誠も己(おのれ)の失言(しつげん)に気がついたようだ。


「ここは俺が引き受けるッ!! この手の能力は本体が近くにいるはずだ! ロロベニカは――」


 牛人の騎士が声を荒らげる。


 ――潮時(しおどき)か。


 スティアを警戒していた牛人の騎士、彼の意識がほんの一瞬だけ兎人の騎士(ロロベニカ)に向いた。ミグはその隙を見逃さなかった。


 スティアの体を操り一気にその間合いを詰める。

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