[14]救出作戦
――どうする。どうすればいい?
スティアは混乱していた。
目の前の男――シセイが単なる悪漢や暴漢ならば事態はシンプルだ。
たとえ辱められたとしても耐え忍び、隙を見つけて相応の報いを受けさせればいい。
深く考える必要はない。
だがシセイの言動は乱暴ではなく、むしろ真逆。脅迫紛いの選択をチラつかせながら、甘言をもってこちらを懐柔しようとしている。
それも、単に権力を笠に着た恫喝でも、金銭を積み上げての買収でもない。騎士としての職務や責任感、矜恃に訴えかけてくる。
一蹴することは簡単だ。頭ごなしに拒絶してしまえばいい。だがそれをすれば、スティアの騎士としての本懐をも否定することになる気がする。
しかしプライドのために判断を誤るのは避けねばならない。
――そもそもの話、どこまでが真実だ?
甘言で人をまどわそうと企てる輩は一定数存在する。少なくとも、人は大なり小なり自分の利益に繋がるような物言いをするものだ。故に相手の言葉を鵜呑みにすることなどできようはずがない。
――だが……仮に私が恭順する素振りを見せたところで、彼にどんなメリットがあるというのだろうか?
シセイは交渉の席にたどり着けないことを危惧している。ラザネラ教会は国際的に非常に大きな勢力だ。故に個人レベルで対立したくないのは理解できる。
だがシセイはレスティア皇国の関係者を名乗っていた。国際情勢に精通していないスティアですら、かの国が神聖ラザネラ帝国、ひいてはラザネラ教に匹敵するだけの一大勢力の筆頭であることを知っている。
――そもそもレスティア皇国の関係者という発言も、真偽はどうかなんて分からない。
自称することなどいくらでもできるだろう。
あるいは他国に責任を押しつけて国際問題起こすことが狙いの工作員の可能性だってある。
――いや、工作員にしては中途半端だ。
怨人の襲来によって多くの犠牲が出たことは痛ましい出来事ではあるが、外交問題の火種にするには弱い。民間人が怨人の脅威を避けたいのならば、そもそも不浄の地との境界に建つ城塞都市に来るべきではない。相手国にそう言われて突っぱねられれば、それ以上は外交問題として焚きつけるのは難しいだろう。
――そういえば、奴も、そう言って責任逃れの発言ができただろうに、それはしなかったな……。
そこに何か深い意図があるような気がするが、確たる証拠も心当たりもない。
――もしくは、レスティア皇国に対し怨恨があるとか、か?
であれば、自分にできる範囲で一矢報いてやろうとした結果、中途半端な結果になるのも頷ける。
しかし相手は実用化が困難な飛行術式を用い、その実力は英傑級と見込まれている。そんな英傑が、レスティア皇国から遠く離れた辺境で問題を起こすような、みみっちい手段を選ぶだろうか――と考えると、その可能性も低いように感じた。
他の可能性を探るが心当たりはなく、国際情勢についてもっと勉強しておけば良かったと後悔だけが残った。
――言葉の裏に隠された目的があるはずだ。それはなんだ?
それでもスティアは考える。
思考を放棄するのは楽だ。だがその結果……現状はどうなっている? 相手の術中にはまり、肉体の自由は奪われ、情報を漏洩するという大失態に繋がった。
――同じ失態を繰り返す訳にはいかない。
同じ思考が堂々巡りをしている最中に、考えるのを後回しにしていた疑問が脳裏に蔓延する。
――そもそもなぜ体の自由がきかない? どういう原理だ?
彁依物による特異的な能力かとも考えたが、あまりにも情報が少ない。
――いや、待て。第三者の自由を奪えるのであれば、交渉の席は建前に過ぎないのではないか? 実際、私の自由を奪うために奴は接近してきた。効果を発揮するためには対面できるほどの距離が必要だとすれば、交渉と称して要人に接近することが真の狙いか?
スティアは混乱した頭で必死に考える。
――万が一、司祭様の自由が奪われるような事態になれば、形勢は一気にシセイへと傾く。
ミラティク司祭の人徳でまとまっていると言って過言ではないベギンハイト支部教会では、他の聖職者や騎士が下手に手が出せなくなる恐れがある。
――それが奴の真の狙いか?
だがもしそうであれば、大きな問題がある。
――ここで拒否しようと、私に成りすますことが可能だ。
事実、先ほどのウエイトレスに対して成りすました時の口調は、少なからずスティアを真似ていた。
――司祭様や団長は、私ほど未熟ではないだろうが……。
そう考えるものの、絶対的な確証はない。
もし仮に、シセイが英傑級の力を持っているのであれば、実力でベージェス団長を下してミラティク司祭の自由を奪うことも否定できない。
――ならばここは恭順しているフリをしてでも協力する姿勢を示し、支配下から脱却する機会を窺うのが最も得策ではないだろうか?
騎士として何をすれば良いのか、その光明が見えた気がした。
――そのためには何が必要だ?
シセイも現状ではまだ水面下で動きたいと思っているはずだ。隙を狙うにしても油断を誘うにいても、恭順する条件を提示するなら今だろう。
要求できる立場にないと拒否される可能性は十分にある。だが元からそのつもりなら、そもそも甘言でまどわそうとはせず、もっと高圧的な態度に出ているはずだ。とはいえ、根底を覆すような要求は一蹴されるのは目に見えている。
――ならば要求するべきは言論の自由か? ある程度自由な会話ができる状況であれば、一瞬だけでも他の騎士たちへ警告を発せられるかもしれない。
ベージェス団長やロロベニカ副団長ならば十分に察してくれるだろう――とスティアは信頼している。
同時に、ロロベニカの台詞が脳裏に蘇る。
『スティア、貴女はすぐに一人で抱え込む悪い癖があります。貴女の理想の騎士は一人で何でもそつなくこなす完璧な騎士かもしれませんが、もう少し周りを頼ることを覚えた方がいい』
今は雌伏して時を待つことに注力し、最後は他の騎士に託す。それはスティアの考える騎士の理想像とはかけ離れているが、今自分にできる唯一の手段に思えた。
――今、できることをしよう。それでダメなら、失態の報いを受け入れるしかない。たとえそれが自分の死であってもだ。
スティアはそう腹をくくり、口を開く。
「……」
開こうとした。
だが言葉が出てこないどころか、全く口が動かない。
スティアが再び体全体の自由を奪われたことを理解している間に、事態は一気に動きを見せる。
シセイは何かに気が付いたように充血した眼球で視線を壁際に向けた。
と同時に鬼道を発動させて後方へ飛び退くと、間髪を入れず、轟音と共に中二階の壁が吹き飛んだ。
「くそッ……今のを避けるか……」
それはあまりに突然の出来事で、スティアは即座に事態を把握できなかった。
スティアの身体が襲撃者とシセイの間に割り込む。それはスティアの意思ではない。だがはっきりとした意識は視界に飛び込んできた襲撃者を見て目を丸くする。
――ルグキス!?
第3騎士団の騎士長にして兄弟子であるルグキスが青筋を立てていた。
事態の急変に驚きはしたものの、スティアにとてはそれが事態が好転だと喜んだ。
自分にはどうしようもない状況に陥っている状況で、仲間に助けてもらう――騎士として実に不甲斐ない結果だが、それでもみすみす敵の手に落ちるよりはマシだ。漏洩した情報も、今ここでシセイを捕らえれば問題ない内容しかない。
後でこっぴどく叱られる程度で事態が収まるならば、安いものだろう。
故にスティア抱く様々な感情の中で安堵が大勢を占めた。
「何をしている……スティア!」
そのため、ルグキスの戸惑いと憤怒の混ざった言葉を聞くまで、自分の状況が分かっていなかった。
気が付くと、スティアの体はルグキスに対して剣を抜き、臨戦態勢を整えている。
――待って! これは違う!
そう弁明したかった。だがその弁明の言葉すら発する自由は、すでにない。
*
「下がって」
騎士による突然の襲撃に、最も戸惑っていたのは店の従業員と店長だった。そんな彼らを制するように、玄関口から入ってきたロロベニカ副団長は彼らの前に出る。
「緊急事態です。店の損害は教会から補填されますので今は待避してください」
続々と店内に駆け込んでくる多くの騎士を見てこれはただごとではないと理解した店長は慌てて従業員を店の外に出し、最後に自らも出て行った。
「さて。すでに外も包囲しています。おとなしく投降することをお勧めしますよ」
そしてロロベニカは、シセイに対し端的に警告を放った。




