[13]琴線を揺らすべく
「さて、スティアさん――質問は以上です。もう少ししたら自由に話せるようになると思いますので、その前に――まずはあなたを巻き込んでしまい、あまつさえ大きく傷つけてしまったこと、まずは深くお詫びします。申し訳ございませんでした」
至誠が誠心誠意の謝罪すると、怒りが増したようだ――とミグが教えてくれる。
「現在進行形で加害者であるこちらがそんなことを言っても信じられないのは理解しています。正道と邪道があるならば、僕の行動は邪道でしょう」
スティアは言葉が戻ってきていることに気がつくと、恨みがましい口調で返す。
「謝罪をすれば、何をしても良いと思っているのか?」
そこには至誠の暴挙への怒りが半分、自分の未熟さへの憤りが半分含まれているようだ。
至誠は申し訳なさを感じつつも、冷静に、そして誠実さを忘れないように落ち着いた口調で答える。
「いいえ。ですが、たとえ邪道だとしても、外道になるつもりはありません。確かにスティアさんのことを意図して狙いましたが、これは善良な一般人を巻き込みたくなかったからです」
「巻き込みたくなかっただと……?」
スティアの口調はさらに厳しいものになる。
昨晩の怨人の襲来を招いたことを言い含んでいることはすぐに理解できた。
「たとえば、近くにいる罪のない子供を人質に取ることは可能です。安寧を是とするラザネラ教徒に対して、それが有効な手であることも理解しています」
この辺りはハッタリも含まれている。宗教の中枢や上層部がどうなっているか至誠には分からないが、少なくとも末端で安寧を司ることに強い使命感を覚えていそうな彼女には有効な手であると感じられた。
至誠はただ真剣に、そして申し訳なさそうに「ですがそのような手段はとりたくありませんでした」と目を伏せる。
「お前の言う罪のない一般人が、昨晩の襲来でどれだけ死んだと思っているッ!」
スティアの怒りは当然だろう。
この国に生きる者だけでも強い憤りを覚えるはずだ。それが教会に属し、この国を、ひいては世界を守る騎士ならば尚更だ。
「その点に関しても改めて謝罪をしなくてはなりませんし、謝罪だけでは不十分でしょう。そこで、レスティア皇国から金銭的な補償を行いたいとも思っており、幸いにもこちらはそれができるだけの社会的地位があります」
至誠は棒読みにならないよう細心の注意を払いながら、ミグと打ち合わせていた内容を告げる。
実際に補償を行うのも社会的地位を持っているのもミグだが、至誠はこの威を全力で借りる。
至誠もまたレスティア皇国の関係者であり、英傑を呼ばれる実力を有している――とブラフに使うためだ。
「そもそもこのような事態を引き起こしてしまった原因についてですが、いわゆる彁依物と呼ばれる存在に起因します」
至誠自身も彁依物に関してはまだ分かっていないことが多いものの、今は継ぎ接ぎの知識を活用し、慎重に言葉を選ぶ。
「確実に分かっていることだけを話すならば、僕らは彁依物による超常現象に巻き込まれ、不浄の地の奥深くに強制的に転移させられました。そして、そこから命からがら逃げ帰ってきたところです。そして問題は――」
自分たちの過失を認めつつも、あくまでこちらもアーティファクトや怨人の被害者に過ぎない――と言い含めた口調で続ける。
「そのアーティファクトが『人為的に使用された』点です。相手の目的は不明ですが、もし標的が僕か、あるいは仲間の誰かだった場合、この場にとどまることでさらに無関係の大勢の人たちを巻き込んでしまいかねません。ですので早急に場所を移す必要があります。――ですが仲間が捕らえられており、これを捨て置くことはできません」
スティアの目元の動きを見れば、そこに懐疑を抱いていることは明白だった。
「……それで、力にものを言わせて無理やり奪い取るつもりか? 私の自由を奪ったように」
どうやらスティアは、ここで感情まかせに非難を並べ立てても意味がないことは理解している様子で、視線だけは刺すような鋭さを持ったまま、口調は落ち着きを取り戻しつつある。
だがそれは至誠に取っては僥倖だ。感情的な拒絶だけしかもし合わせていない相手の交渉は、脅迫か口封じと呼ぶ方が適切だ。そうでないならば、至誠の目論見もまだ潰えていないと言うことになる。
「いざとなればあらゆる手段を否定しませんが、心情としてはその選択肢はできることならば取りたくはありません」
ここは至誠としても本心だ。
「とはいえ、ラザネラ教に対し好き好んで敵対したいわけではありません。彁依物の脅威に注力すべく、ラザネラ教会に対しては平和的な話し合い――対話による交渉によって仲間の釈放を求めようと思っています」
スティアの視線が泳ぐように四方に散る。
だがそれは目が泳いでいる訳ではなく、必死に思案している際の反応だ。
「……それで、私は人質というわけか……。だが残念だったな。私は人質たりえない。元貴族だから狙ったのかもしれないが、すでに出家した身。当主の継承権もなければ、私個人の有無が領主一族と教会との関係に影響することはない。加えて、騎士とは人々を守るべき立場であって、守られる存在ではない」
その口調には憤怒だけでなく、騎士としての誇りが混じっているように感じた。
「騎士ならば皆、安寧の礎となる覚悟はできている」
ミグの真偽判定を待たずとも、それが本心から出た言葉だと察せられた。至誠はそんな騎士としての矜恃に活路を見出す。
「僕としてもこれ以上無駄に血が流れることを望んでいません。その部分に関しては利害は一致し、スティアさんや他の騎士と心を同じくするものだと信じています」
至誠は一方的に共感を示しつつ、「だからこそ――」とたたみかける。
「スティアさんとは『協力関係』を築きたいと考えています。これはスティアさんの考える『守るべき人たち』に、これ以上の脅威が及ばないようにするための『一時的なもの』です」
「……ッ」
スティアは息を飲み、訝しげな沈黙を返す。
至誠の目論見は単純で、スティアにラザネラ教会との『パイプ役』になってもらい、交渉の席を用意してもらいたい――というものだ。
安寧を是とするラザネラ教の根強い地域で、怨人という化け物を引き込んでしまった。
加えて教会の騎士であり、出家したとは言え領主一族の血縁者を傷つけてしまった――となれば、そもそも交渉の余地がまったく残らないかもしれない。
そうなれば至誠が自首や対話を呼び掛けたところで、聞く耳を持って盛らないまま断罪される可能性は高い。
そうなればリッチェやテサロ、ヴァルルーツの三人を助けるために多くの血を流すか、あるいは見捨てるしかなくなる。
それを避けるためには、スティアを引き込めるかどうかが重要なターニングポイントとなる。と、至誠は考えている。
「こちらがスティアさんに期待しているのは『交渉の席を確保もらうところまで』です。教義に反したことを要求するつもりもありませんし、教会や国を裏切れと言うつもりもありません」
至誠は譲歩を示すような言葉を選びつつ、さらに騎士としての矜恃と情に訴えかける。
「さらに具体的に言えば、こちらの交渉が有利になるよう靡いたり与しろなどとも言いません。ただ唯一、お互いの安寧に必要な『平和的な対話』の前に、仲間の誰かが一方的に断罪される状況を避けたいのです」
至誠は慎重に手札を切りながら、ここで言葉を途切れさせることなく、さらにたたみかける。
「取り合ってもらえなければ僕らは実力行使による救出作戦しか選択肢がなくなります。そうなれば罪のない一般人を巻き込み、多くの血が流れかねません。それはこちらとしても避けたいですし、その点に関してはスティアさんも心を同じくするものだと信じています」
至誠は「こちらは最大限まで譲歩してあげている」といった雰囲気を織り交ぜているが、話の内容だけを整理してみれば、武力をチラつかせた脅しに他ならない。
飴と鞭でいうなれば鞭しかなく、金銭的な補償をすると言ってもしょせんは口約束に過ぎず、スティアの視点から見れば脅迫そのものだ。
だがしかし、至誠に提示できる飴はほとんどないと言っていい。
この状況で唯一の光明は、飴となり得るのは『スティアの騎士としての矜恃』だ。その琴線に触れるかが、今回の交渉の行ける分水嶺だと至誠は考えている。
『お、少し心が揺れてきたね。冷静さもだいぶ取り戻しているし、この調子で押せば傾くかも?』
ミグが裏でスティアの心理状態を教えてくれる。
そして至誠はスティアの矜恃を揺らすべくさらに言葉を続ける。
「昨晩の一件はこの地に住まう方々にしてみれば筆舌に尽くしがたいでしょう。ですので、こちらは昨晩の件をもみ消すつもりも開き直るつもりはありません。むしろ必要な謝罪も金銭的な補償も行う用意があり、その落としどころを以て和解することを望んでいます。それが仲間の身の安全を買うことになり、この都市に住まう人々の安寧に寄与すると信じています。スティアさんにはその平和への架け橋として協力していただきたいのです。もし真に安寧の礎となる覚悟をお持ちの方ならば、たとえ他の騎士から反感を買ったとしても、泥を被ることになったとしても、最終的により多くの人々を守れる選択をして欲しいと願っています」
至誠はスティアの目をしっかりと見据えて語りかける。
スティアがどのような半生を歩んできたのか、至誠には知る由もない。しかし節々から垣間見える感情や言葉の選び方など、彼女が騎士であることに多大な誇りを持っていると感じ取れた。そして、騎士の善意につけ込むようなこの説得がどれだけ酷いことを言っているのかは理解している。
「……」
理解した上で、至誠は自分が最良だと思った結果を引き寄せるという決心に揺るぎはない。綺麗事をならべ中庸な選択に終始しては、全てを敵に回すか、あるいは全てを失いかねないと理解しているからだ。
我が身かわいさの自己保身のためなら、最初から逃げの一手を取るべきだろう。だがそれはしたくない。かといって、至誠には盤上をひっくり返すだけの理外の力はない。
それでも事態を丸く収めたいと望むならば、使える状況を最大限活用し、その上で口先を使うしかない。
――どうかスティアさんが思考を放棄せず、その上で利害関係に齟齬がありませんように。
これ以上延々と語りかけるのは逆効果だと感じ、至誠は心の奥底で誰に向けてでもない祈りを抱きつつ、スティアの返答を待つことにした。




