表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/76

[12]一挙両得

「一言で説明するなら――昨晩、空から()ちた者です。名を、シセイと申します」


 スティアは確信する。間違いない、例の逃亡者だ――と。

 騎士として、この男を取り押さえる。それが自分の職責だとスティアは理解している。


 だが目の前の男の発する気配はあまりにも不気味だった。


 ――この異質さ……まるで、あのケダモノ(バラギア)のようだ。


 スティアは背後にいる兵士に「早く行け」と告げる。彼が情報を持ち帰る間に目の前の男を足止めする。それが自分の役目だ。たとえ命を()したとしても。


「ここで争いたくはありません。ひとまず話を聞いていただけないでしょうか?」


「いいだろう。私が話を聞こう」


 だがこの兵士は行かせる。それを止めるつもりなら容赦(ようしゃ)はしない――そう含ませた返答をすると、シセイは「ありがとうございます」と笑顔を浮かべ、柔らかい口調で答える。


 直後、背後から甲冑(かっちゅう)の金属音が耳につく。

 その音から、兵士が転倒したのだと察することは容易だった。


 だがその後、起き上がる気配がまるでない。かといってシセイから視線を外すのは危険で、スティアには何が起こったのか把握できない。


 そのことでわずかばかりの焦燥感(しょうそうかん)動揺(どうよう)を抱かせる。


「……何をした?」


 さらに声のトーンを落としたスティアの質問には答えず、男は一方的に告げる。


「こちらの目的は単純明快(たんじゅんめいかい)です。昨晩、離ればなれとなった3人の仲間と共に、レスティア皇国へ帰ることです」


 ――やはり、レスティア皇国の関係者だったか。


 今朝の会議でその可能性は浮上していた。

 だが相手の主張を()()みにするのは危険だ――と考えつつ、どうするのが最適なのか必死に頭を巡らせる。


「ですが、昨晩の()()(かんが)みれば、謝罪と補償(ほしょう)が必要であると理解しています」


 思慮(しりょ)最中(さなか)に耳についた言葉がスティアの(かん)(さわ)る。


「事故? 事故だと? あれだけのことを引き起こしておいて、事故と言い張る気か?」


「己の未熟さには忸怩(じくじ)たる思いを抱いています。ですが少なくとも、悪意ある犯行やテロ攻撃ではありません」


 声音に焦りと苛立(いらだ)ちが募るスティアとは対照的に、シセイは変わらず冷静な口調で返す。まるで、その問答を事前に想定していたかのようだ。


 ――落ち着け。乗せられるな。


 頭に血が上りそうになる自分に、スティアはそう言い聞かせる。


「……ならば、おとなしく投降するべきだ。これ以上の無駄な足掻きは自分の首を絞めることになる。詳しい経緯(いきさつ)は、それからゆっくり聞いてやろう」


「その提案は(やぶさ)かではありません。ですが、もし仲間が不当に扱われていた場合、それに対応できないような状況に身を置くことはできません。少なくとも、仲間の内一人は早急に治療が必要な状態のはずです」


 不当な扱いと聞いて、王国軍側に捕らえられている1名を連想したが、今は余計なことに思考を割くべきではない――と、スティアは思考を軌道修正する。


「多くの住人を殺しておいて、自分は身内を失うのは嫌だと?」


「スティアさんの心情はこの地に住まう者として極めて真っ当な感情だと思います。そして、僕としても大切な人たちを失いたくはありません。しかし、お互いに感情のみで突き進んだ先ににあるのは、血で血を洗う争いです。こちらはこれ以上、無用な血が流れることを望んではいません」


 スティアは苛立(いらだ)ちを感じた。


「黙れ。御託(ごたく)はいい。今ここでお前が投降することが、最良の結果を生む」


 スティアが帯刀(たいとう)していた剣の(つか)に手を添える。


 その身ひとつで全てを護れる騎士――それがスティアの理想とする騎士像であり、いつかその境地(きょうち)(いた)りたいと思っている。その理想は決して悪いことではない。それがあるからこそ、これまで愚直(ぐちょく)に騎士として精進(しょうじん)する原動力となっていた。


 しかし、最近の失敗続きでネガティブになっていた感情と、疲弊(ひへい)と睡眠不足によって論理的な思考が鈍ったスティアの脳内は、自分が今この場でシセイを取り押さえらば全て丸く収まる。それが騎士としての宿命だ――と、浅慮(せんりょ)な結論に引っ張る原因となった。


 スティアの素振(そぶ)りを見て、シセイはもの悲しげな表情を浮かべていた。


「それで割を食うのは善良な一般人です。そして僕らは怨人(えんじん)ではありません。理性的に、冷静に、平和的に話し合う機会をいただけないでしょうか?」


「投降した後に聞いてやろう。もしここで抵抗するというならば――」


 ――拘束させてもらう。


 そう最後の警告を口にする途中で、言葉は(さえぎ)られた。後ろで倒れていたはずの兵士が気配を殺し起き上がると、飛びかかってきたからだ。


 華奢(きゃしゃ)だった兵士の素手が、スティアの頭部を押さえつける。左手で口をふさぎ、右手が首元を絞める。首元にチクリとした痛みが走ったが、すぐに兵士を振りほどくと兵士は壁際まで軽々と転がっていった。


 兵士が襲ってきた理由は分からないが、今優先するべきは目の前の男だ――と剣を抜く。


 抜こうと試みる。


 だが、なぜか身体は言うことを聞いてくれなかった。


 それどころか勝手に臨戦態勢を解くと、何事もなかったかのように倒れた兵士に近づく。


「どうされましたか!?」


直後、奥に行っていたウエイトレスが物音を聞きつけ階段を駆け上がってくる。


「『おそらく過労だな。昨日からずっとまともな休息がなかったのだろう』」


 スティアはウエイトレスにそう説明し、兵士を(かつ)ぎ一階へと下ろす。


「『すまないが店の奥で少し休ませてやってくれ』」


 そう言ってスティアは、厨房(ちゅうぼう)から出てきた男たちに兵士を任せると、自らの席に戻る。


「お客様、大変申し訳ないのですがこちらは特別な(VIP)席となっていまして――」


 近くに座っていたシセイに対しウエイトレスが切り出したので、代わりにスティアが対応する。


「『すまないが、彼とは少しばかり話がある。大目に見てもらえないだろうか?』」


「さ、さようでございましたか。スティア様がそう(おっしゃ)るのであれば――」


 そういってウエイトレスも下がっていった。


 ――違う。なんだこれは。


 スティアは理解できなかった。自分が、自分の意志に反して行動している。指先一つ、鬼道の一欠片(ひとかけら)すら動かせない。


 ――いったい何が、どうなっている?


 スティアには理解できなかった。

 だが周囲に人気がなくなると、自らの意志とは関係なくさらに口を開く。


「『どうだった? 手応えはあった?』」


「やはり、一筋縄ではいきませんね」


「『仕方ないよ。――隠密(おんみつ)状態を解除して力量を誇示してやれば違った反応が返ってきただろうけど、今それをすると他の騎士に見つかるかもしれないからね』」


「そうですね。やはり交渉の席に着くためにも、パワーバランスは何とかする必要があるのを実感しました」


「『そうだね。でもその課題はひとまずクリアできたと思う。この体はゲーゴくんとは比べものにならないくらい使いやすい。かなり研鑽を積んでるし、術式系統も鬼道メインだから、相性で言えば最高だね』」


「それは良かったです。強さの基準で言うとどのくらいですか?」


「『素の実力だと予想通り天才レベルかな。ウチが操れば、充分に英傑として振る舞えるし、実際に戦闘となった場合でもかなり上手く使いこなせると思う』」


 シセイと呼ばれた男とスティアはそんな会話が行き来する。


 ――なんだこれは!?


 スティアはそう声を荒らげたかった。しかし自身の体はその意志を受け付けず、勝手に目の前の見知らぬ男と親しげに話している。


 混乱のただ中にあるスティアに対し、シセイは「さてスティアさん――」と話の矛先を向ける。


「これからいくつか質問をしますので答えてください。――まず、そちらで捕らえている三人の内、すでに殺した、または死んでいる者はいますか?」


「『……この子の知る限り、いないみたい。大丈夫』」


 スティアはその意志に関係なく、体は勝手に返答を口にする。同時にシセイの表情に安堵を浮かぶ。


 表情(それ)を見て、相手の術中にはまってしまったことをようやく理解した。


「では次の質問ですが――」


 ――まずい!


 スティアは心臓が締め付けられるほどの危機感を覚える。


「3人の居場所を知っていますか?」


「『んー、これは……判断が難しいね。聞き方を変えてみて』」


「となると――居場所を知っている人物と、そうでない人物がいる、ということでしょうか?」


「『うん、そうみたいだね』」


「なるほど。では、スティアさんが居場所を知っているのは、1人だけですか?」


「『いや、違うね』」


「2人ですか?」


「『……おそらく、そう』」


「3人目は知らない?」


「『2人で間違いないみたい』」


 ――まずい! このままでは自分から致命的な量の情報が流出してしまう!


 スティアはそう焦るが、それでもやはり抵抗する術が見つからない。


 ――何とか、何とかしなければ……。


 そう考えを巡らせる間にも、質問は続く。



  *



 至誠とミグは、スティアから必要な情報を聞き出していく。


 ラザネラ教会に捕らえられているのはテサロとヴァルルーツであることが分かった。合わせて、ゲーゴから聞き出した情報に食い違いがないかも確認していく。


 どうやら、英傑(えいけつ)級の騎士は教会の守りを固めるために捜索(そうさく)に出ていないようだ。


 領主も王都に出向いていて不在であり、この情報が確かならば、至誠とミグが市中で英傑を二人以上同時に相手するような状況になる可能性は低い。


 スティアがベギンハイト家の血縁者(けつえんしゃ)である情報にも間違いなかったが、教会に出家(しゅっけ)した自分には人質としての価値がないと考えているようだ。


「他に確認しておくべきことはありますか?」


 ここまで裏でミグに助言をもらいながら質問してきた。


 ゲーゴの時のようにミグが至誠の体を動かして直接聞くこともできたが、今後の交渉に向けて慣らしておくためにも至誠が率先して対応している。


『あとは、そうだね……彁依物(アーティファクト)関連かな』


 必要な知識をミグから聞きつつ問いかけるが、これといった情報は得られなかった。


『不確定要素の増す彁依物(アーティファクト)がないならかなり安心できるけど、知ってるのは上層部のみってこともあるし……警戒するにこしたことはないね』


 ミグは自戒するように小言をこぼす。

 至誠への情報共有も兼ねているようだ。


 一通りの質問を終えて一呼吸置き、ミグは『それで例の件だけど――』と改めて確認してくる。それが事前に伝えておいた「ある考え」に関することだと察した至誠は、うなずき肯定する。


 至誠は一呼吸置き、ゆっくりと「さて、スティアさん――」と改めて彼女の名を呼び、言葉を投げかける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このまま少しずつ上の階級や教会関係者を手中に入れていくかと思ったら急展開!そうは問屋が卸さない。シセミグの明日はどっちだ!? まんまとシセイ君の策略に嵌ってしまったスティアちゃんはどうなって…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ