[11]本日の運勢は『左』が吉
そんな中、道は緩やかなカーブにさしかかる。
そのまま歩いていくと、路肩に十数台の馬車がまとめて停まっているのを見つけた。
「あれは何をしてるんでしょう?」
「あ、あれは清掃業者です。軍が引き払ったあと、次に派兵されてくるまでに部屋を綺麗にして整えておく、らしいです」
「なるほど」
確かにそこの宿舎へだけは人が頻繁に出入りしている。
すれ違いざまに荷台を見てみると、清掃員が移動するための馬車や、清掃道具などを運んだり不要品やゴミを回収したりするための荷台と役割が別れているのが分かる。
「ミグさん、これ――」
その中でコートや帽子といった古着がたくさん積まれている荷台があった。
『運がいい――と思いたいけど、左が吉なんて言われた以上、誘導された感が否めないね。でもまぁ、活用できるところはしていこうか』
「そうですね」
至誠が独り言のようにミグと会話していると、荷台にいた壮年男性が声をかけてくる。
「おうなんだあんちゃんら。見世物じゃねぇぞ。それとも何だ? 買いてえのか?」
その男性は作業着姿で、どうやら荷台の荷物を整理していたようだ。
「売ってるんですか?」
「そりゃまぁ、買いてえって奴をわざわざ追い払う商人はいねぇよ。今日は買い取りできてるが、ちと疲れ――今は他の奴の作業待ちで暇だし、買うなら見てってくれや。少し使用感があるのは勘弁な」
「それは助かります。実は今、食事に誘われて向かってるところなんですが、思ったより寒くてですね。ちょうど、これで行けると思ってた過去の自分を怨んでたところなんですよ」
などと至誠テキトーな方便を考えて口にする。
「がははは――そりゃそうだあんちゃん、まだ2月だぜ? もっと服着るか、筋肉つけねぇとな」
「肝に銘じておきます」
至誠の服装は昨晩のままだ。黒い刺繍の入った黒いハイネックインナーは、2月であることを考えたらあまりにも薄着だ。
「ってことで、どんなものがあるか見せてもらってもいいですか?」
「おうよ」
そういって商人の獣人は荷台に上げてくれる。
荷台には幾つもの衣類をはじめとした中古品があったが、まだ整理している途中だったらしく、一部は乱雑に散らばっている。
テキトーに顔を隠せるものを選べばいいかとも思ったが、魔法や鬼道、戦闘において邪魔になるかどうか等は分からなかったので、ミグに任せることにした。
「ミグさん、会計を含めお任せしてもいいですか?」
『分かった。体、少し借りるね』
小声でそう伝えると、ミグはすぐに至誠の体を動かし物色を始める。
至誠が物色している間は暇なのか、商人のおっちゃんは引き続きゲーゴに話しかけていた。
「そっちのあんちゃんもどうだい? 安くしとくぜ?」
「『いえ、今お金を使うと食事代がなくなるので』」
「そいつぁ残念」
外ではミグがゲーゴの体を使ってテキトーに商人の言葉を受け流しているようだ。
「あんちゃんは今昼休憩中か?」
「『はい』」
「若ぇのに軍人さんたぁ大変だねぇ。昨晩もほれ、怨人のクソ野郎が来て大変だったろ」
至誠の体を動かしながらゲーゴの体で会話するというミグのマルチタスク能力を見せられつつ、至誠としては他にやることはないので会話に耳を傾ける。
「『自分が担当だったところは大きな影響はありませんでしたが、現場は大変だったみたいですね』」
「みてぇだなぁ……。俺たちは好き好んで最前線で商売してる以上、怨人災害に巻き込まれても自己責任だがよ、いざとなったら逃げられるわけだ。自前の馬車もあるしな。でもあんちゃんたちのような軍人さんは敵前逃亡は許されねぇってんだから、正直すげぇなって思うし、あんちゃんたちのおかげで商売できてるようなもんだから感謝してるぜ?」
「『そう言ってもらえると、報われる気がします』」
「ってなわけで感謝の気持ちを込めて安くしとくからよ、あんちゃんも買ってかねぇか?」
「『褒め殺しでお金を使わせようったってそうはいきませんよ』」
「ちくしょうダメかぁ」
どうやら暇つぶしの会話が目的ではなく、持ち上げてゲーゴにも何か買わせようという魂胆だったようだ。
そんな商魂たくましい会話が行き交う中、ミグは服を選りすぐっていく。
*
「ありがとよ」
ミグが服を買い終わり、至誠たちは荷台を後にする。
買ったのは黒いマフラーを2つと、耳用ポケットとつばの付いた黒いニット帽、グレーのやや地味なオーバーコートだ。
ニット帽にはネコ耳らしき装飾が施されているが、単なるファッションではないようだ。獣人が実在するこの世界では耳まで入る帽子というのは一般的らしい。
『獣人に扮してた方が少しはごまかせると思ってね』
とミグは合理的な判断から選んだらしい。ミグの趣味かと思ったのは心に留めておいた。
オーバーコートは見かけよりも軽く、生地が柔らかい。実際に着てみているが、着心地はかなりいい。ただ、少しばかりほつれている。古着なので仕方ないが、ファッションとしてはマイナスだろう。生地が柔らかいのも長年着込んだからで、商人のおっちゃんが安くしてくれたのも、もともと商品価値が低いからなのは想像に難くない。
よく分からなかったのは、マフラーをわざわざ2つ買った点だ。
『防御と、顔を隠すためだね』
疑問をミグにぶつけてみると、実際にマフラーを前髪の付け根から旋毛にかけてのせ、そのうえからニット帽をかぶった。左右のこめかみからマフラーが垂れ下がり、視界が狭まる。
『こうすることで顔が見られる範囲を限定できるし、腕のように使ったら手数を増やせる』
そう言って垂れ下がったマフラーの左右を触手のように動かしてみせる。
「ただのマフラーが戦いに使えるんですか?」
『鬼道を使ってかなり強化してるから腕の代わりとして使えるよ。戦闘中に至誠の腕を使って防御すると負傷するリスクがあるけど、こっちなら問題なし。それに、以外と応用が利くからね』
ミグはもうひとつのマフラーを首元に巻く。
『こっちは完全に防御用だよ。首は優先して防御を固めておいた方がいい。身体強化の術式で至誠の肉体的な防御力を上げてるけど、首から上は入念に対策しておかないとね』
こちらも鬼道によって通常のマフラーとは比較ならない程の強度を出せるらしい。
ミグのチョイスは実用性を優先したものばかりだが、変に目立たないかと至誠は気になる。
――それに、ちょっと着込みすぎかも……。
と、すでに少しばかり暑さを自覚しはじめる。
とはいえ、今は贅沢は言っていられないと、至誠が自分を納得させる。
その間に、ミグは『そうだ、それよりも――』と話題を切り替える。
『肝心の交渉について、どうするか話し合っておかないと。相手は世界最大の宗教だからね』
「詳細はもっと判断材用をそろえてから――と思ってましたが、今の内に決めておいた方がいいですか?」
『細かい方針とか対策は情報が集まってからだけど、まずそもそもの話、ウチの至誠、どっちがメインとなって交渉に臨むのか――それを確認しておきたいかな』
「それでしたら基本的には僕がやります。ミグさんには物理的な脅威にそなえておいた方がいいと思うので。――ただ、全てミグさんにお任せする方が最適と言うことであれば、一任します」
こと戦闘において至誠は何の役にも立たないどころか足手まといだ。
ならば交渉のような頭脳戦における負担は背負おうと考えている。もっとも、この世界における常識がまだ薄い至誠が、どれほど交渉において立ち回れるかは未知数だ。
――いや、正直に言って自信はない。
だからこそ至誠は、ミグが任せて欲しいというなら信じて委ねるべきだとも考えている
『いや、至誠が交渉は担当して貰えると助かる。むしろ、どう頼もうか悩んでたところだよ』
取り越し苦労だったけどね――とミグは笑いながら、自分の苦手分野について触れる。
『正直なところ、ウチはそういう舌戦には自信がなくてね。学会での議論や討論なら全然いいんだけど、政治的な駆け引きは……どうも苦手で』
確かに学術的な議論における話術と、交渉における話術はまったく異なるスキルだろう。日本に例えるならば、前者は教授、後者は弁護士くらいの違いがある。
「まぁ僕も経験があるわけではありませんが――」
と、ついつい予防線を張りつつも、それでも至誠は自分にもできることを考えて発言を続ける。
「3人を助けたいって言い出したのは僕ですし、ミグさんばかりに負担を強いるのは避けたいので頑張ってみます。一応、祖父が地方議員をやってましたし……いや、それはあんまり関係ないかな?」
議員と言っても地元の市町村クラスの話だ。国政や県政にかかわるような規模の話ではない。それに、別に至誠自身は祖父から議員としてのイロハを聞いたわけではない。おじいちゃん子だったのは間違いないが。
と、関係ない言葉を付け加えたことを後悔していると、ミグは『議員かぁ――』と、少し楽しそうに言葉を返す。
『いずれ、日本の政治体制とかの話も聞いてみたいね。異なる世界、未知の文化においてどのような形態に行き着くのか興味がある』
けど――とミグは思考を現実に引き戻す。
『けど今は、3人を助けることに注力しないとね。そのためにも、この世界の常識をまだあまり知らない至誠がどう交渉に臨むのかについて先に考えよう』
「ならハンドサインを増やしましょうか。ミグさんが代わりに喋って欲しいときのサインと、裏で解説して欲しいときのサイン。その他、何か異常があった時のサインでどうでしょうか」
『そうだね、考えてみよう』
そんな会話をしている間に路地を抜け、至誠たち一行は表通りに出た。
*
道の中央は車道になっているらしく、平らな石材で舗装された上を馬車が走っている。いや、車を引いているのは馬やロバだけではない。馬と同サイズの犬や、ダチョウよりもさらに一回り大きな走る鳥類、中には地球では見たことのない生き物もいる。
――これは……ファンタジー色の強い光景だなぁ。
車は荷物を運ぶだけの無骨なデザインのものもあれば、細かな装飾に彩られた高級そうなものもあった。
至誠の前を通った見た限りでは木製の車両が主流のようだが、稀に金属製らしき質感の車両も通っている。
車体が木製でも、車輪は木製ではなく金属が使われているようだ。タイヤのように車輪が何かで覆われているが、パッと見ただけではゴム製かどうかまでは分からなかった。
――合成ゴムだとしたら、この世界にも石油関連の製品があるのかな?
と思うものの、天然ゴムと言う可能性も考えられる。
――電気工学に関する技術は未発達らしいけど、石油関連の技術はどうなってるんだろう?
と疑問を感じたのは、目の前を走る車体がどれも動物による牽引ばかりだからだ。エンジンやモーターと言った技術はどの程度存在しているのか、至誠は少なくない興味を引かれる。
が、それらの疑問は後回しにする。
車道の両脇にはこれまで歩いてきた路地裏と同様にレンガで舗装された部分があり、通行人の姿から、そこが歩道であることが分かる。目が覚めたときの袋小路の路地裏とは違い、舗装に経年劣化はあまり感じない。清掃も行き届いているようでゴミらしいゴミも見当たらない。
街中には水路が通っているようで、水の流れる音がわずかに聞こえてくる。臭いからして下水というわけではないようだ。
街並みは白い建物が多いが、木材も多く使われているのが分かる。不動産価値の低そうな建物ほど木材が使われている。
こんな状況でなければゆっくり観光でもしてみたい気持ちはあるが、今は内心に留めておくことにする。
「それで、例のお店はどちらですか?」
それよりも今は――と、至誠はゲーゴに問いかけるが、彼は言葉を返さなかった。至誠が振り返ると、何やら必死に目で訴えるゲーゴがいた。
「『あっ、ごめん。さっき喋れなくしたままだったね。――まぁでも当面このままで。急に大声を出されると困るし。目的地へは指さしで案内してくれる?』」
「――」
しょぼくれた顔をしながらもゲーゴは右手の道を指差す。
『右ですけど、どうします?』
『ウチとしてはひとまず至誠に何か食べさせたい。どうしてもここを左に行きたいなら、一度食事を取ってから戻ってこよう。――というか、左にしか行けない縛りだとしても、いったん後ろを向くとか、3回左折すれば同じだし……どこまで気にすべきか判断は難しいね』
「確かに……毎度毎度、左の道に何かあるとは――」
『待って!』
その直後、至誠の体がミグによって動かせなくなる。
それは至誠が左側の道路に視線を向けた直後のことだった。
――なにかあったのかな?
と至誠は経緯を見守っていると、道路の奥から大きなネコ科の動物に騎乗した人物が目にとまった。
直後、ミグはその人物と視線が合わないように、至誠の帽子を深くかぶる。
少しして、その人物は横を走り抜けていった。
それを一瞥するミグの動きで、至誠もその容姿を見られた。
目立つのは、虎よりも大きなネコ科の動物に騎乗している点と、透き通るような水色の髪色や、風になびくマントだ。マントの装飾もそうだが、垣間見えた鎧の形式はゲーゴとはまるで違う。豪華さや気品を感じさせ、至誠ですら階級が高そうな人物であると察するに余り有った。
加えて、この都市では有名人なのか歩道にいた人々の多くがその兵士へと視線を向けている。指を指す子供もいた。
『よかった。気付かれなかったみたいだね……』
ミグは安堵したようにゲーゴの身体を介して息を吐く。
「もしかして、今のが英傑と呼ばれるような人ですか?」
雑踏にかき消える程度の声量で問いかけると、ミグは『いや――』と否定する
『気配からしてそこまではないかな。それでもかなりの実力者だね。たぶん天才の域。それも天才の中でも上の方。近い将来、英傑に手が届く可能性を秘めている有望株――って感じかな。乗り換えるとしたら、理想的だと思う』
そこまで語り、ミグは『ただ――』とゲーゴの体でため息を吐く。
『こんな往来で仕掛けるわけにもいかないし、今は気にとめておくだけにしておこう』
「そうですね。――ただ、どう言う人物かの情報は得ておきたいですね。こちらでは有名な方なのか、道行く人たちがけっこう振り返ってましたし」
『あー、そこまでは見てなかったね。どうなんだろう』
ミグはゲーゴに情報を求めると、一時的に声の自由の戻った彼は声を震わせつつ教えてくれる。
「あ、あの方は……たぶん……その、自分も見たのははじめてなんで確証はないんですけど……その……。た、たぶん、騎士のスティア・ベギンハイト様です」
「ベギンハイト、ってことは――」
その単語は先ほど聞いた都市名だ。
「こ、ここの領主一族のお嬢様、だったはずです」
ミグの説明を聞く限り、どうやらラザネラ教会との繋がりを深めるために、貴族の子を一時的に預けることや出家することは決して珍しくないらしい。
貴族の血を引き教会の騎士を務め、そして実力も併せ持っている。そんな人物をミグの支配下に置ければ、交渉において大きなカードとなり得るだろう。
だが、軍籍を持つ者同士という言い分の説得力を損ねるかもしれない。下手に貴族に手を出すことで、交渉そのものが成立しなくなるリスクもある。
そもそも、こうして話している間に騎士の姿は遠のき小さくなっている。
『残念』
ミグは諦めたように呟き、至誠は名残惜しそうにその騎士を目で追いながら、脳裏に過った疑問を問いかける。
「そういえば、ミグさんは『軍人』『兵士』『騎士』と言葉を使い分けていますけど、これらは別ものなんですか?」
日本語的には、軍人と兵士の違いはあまりない。騎士というと、一般的には騎士道とか馬に乗っている兵士を連想する。だがおそらく、このあたりのニュアンスは微妙に違うようだと至誠は感じた。
『兵士は主に国や公的機関に属している軍人のことで、騎士はラザネラ教専属兵を示す言葉だね。他にも、民間で雇われている場合は傭兵って言い方もあるよ。軍人は、それらの総称として使われる感じ』
なるほど――と至誠が相づちを打ちつつ理解を示していると、視界の先で騎士を乗せた騎獣の速度が急に落ちる。そのまま車道を外れ、歩道との間に寄せている。
「ミグさん、あれ――」
そう口にした時には、騎士が乗っていた獣から下り、騎獣を預けて建物に入っていくのが見えた。その光景にミグは間髪を入れず提案してくる。
『至誠、予定を変更して先にあの騎士を狙おう。少なくとも狙えるか確認はすべきだと思う。うまくいけば戦力も交渉の手札も一気に増やせるし、情報もかなり得られる。何か思いつく懸念はある?』
思考のために間髪を置いて、至誠は提案を肯定する。
「その方針でいきましょう。ただひとつ、やってみたいことがあります」
そう告げ、目立たないよう雑踏に紛れながら早足で動き始めた。




