[10]未練がましい視線
兵士の名前はゲーゴという言うらしい。
そんな彼から聞き出した情報を整理すると、ここは神託之地の南西端にあるロゼス王国という国のようだ。
昨晩の不浄之地からの脱出劇において、至誠は神託之地の南西端にたどりつく可能性を口にしていたが、その考察は正しかったことになる。
その情報に至誠はホッと胸をなで下ろす。
もし仮に、間違った考えで見当違いの方向へ進んでいたかもしれない――と考えると至誠は今さらながらゾッとする。
他にも、ここはロゼス王国のなかでも南西端に位置するベギンハイトという城塞都市であることを知る。不浄之地との境界にそびえ、怨人が神託之地へと侵入するのを防ぐ最前線の都市らしい。
ゲーゴはこの都市にいる英傑級の戦闘能力を持つ人物の情報も知っていた。英傑は全部で3人いて、城塞都市を治める領主一族のベギンハイト家から当主とその次男、そしてラザネラ教の支部教会の騎士団団長の計3人だ。
2対3か――と至誠は眉をひそめるが、ゲーゴはベギンハイト家の当主が不在であると語る。
「ほんとです! 嘘じゃないです! 教導官が『領主様が不在の時に限って問題おこしやがって……』と僕に八つ当たりしてきたんで間違いないですって!」
と、可哀想になるくらい小動物のように縮こまり悲壮感たっぷりの声をあげるゲーゴに、至誠は思わず同情を感じる。
その後、昨晩の被害情報を聞き出すと、数百人レベルの死傷者が出ていると聞き、至誠の心境は心苦しさで上書きされる。
――自分たちがここに逃げ込んだから……。
と、罪の意識を感じるが、だからと言って今さら悔やんでも遅いことは理解している。
昨晩は他に選択肢がなかった。
後知恵でより最適な手段を後から提示することは誰にでもできる。しかし、それには何の意味もない。
至誠はあの時考えられる選択肢の中から選び、そして生き延びることができた代わりに都市に犠牲者が出てしまったという結果が出た。その過去が今さら覆ることはない。
――これが自分の選択による結果なら、受け入れるしかないな。
簡単に割り切れるものではないが、それでも今は足を止めるべき状況ではない。そのことを強く自覚しつつ、至誠はミグの尋問を見届ける。
「『それと、君の所持金を見せて。全部』」
――え?
至誠があれこれ考えている間に質問は進み、気が付くとミグはカツアゲのようなことを言っていた。
つい先ほどまで借金取りに言い寄られていた彼からお金を巻き上げるのは非常に心が痛むが、ミグは彼の財布を精査して回収していた。
至誠は先ほど決めたハンドサインをミグに送ると体の自由が戻ってきた。
「あの、ミグさんミグさん。さすがにそれは狡いというか――可哀想というか……」
『まぁ気持ちはわかるよ。こんな若い子からお金を巻き上げるなんて、ウチだって酷いことしてるって自覚はある』
とミグは至誠の脳裏でだけ語りつつ『けど――』と言葉を続ける。
『お金があれば後で無用な軽犯罪を犯さなくて済むから、交渉の下準備を進める際にリスクを少なくできる。窃盗や食い逃げで騒動を起こすと痕跡を残すことになるからね』
それに――とミグはお金の必要性を続けて語る。
『至誠はそろそろ何か食べないとマズい。脱水で倒れたら元も子もないし、流血鬼に寄生されていると消耗が激しくなるからね。早急に飲料と食料を調達する必要がある。そのためにも、ここで多少なり金銭を得ておきたい』
そう言われると、急に喉が渇いているのを自覚した。
「確かに、そうですが……」
理には適っている。だが他に何か方法がないか思慮を巡らせる至誠を慮り、ミグは尋問を再開する。
「『じゃあゲーゴくん、質問の続き。さっき借金取りに催促されてたけど、なんでお金借りたの?』」
「えっ?」
「『いいから』」
これまでは都市のことや有力者のことを聞いておいて、突然身の上話を問われたゲーゴは思わず言葉を失うが、ミグに催促されて渋々口を開く。
「え、えっと、ですね。その……なんといいますか……。やむにやまれずというか……実家が貧乏で、その……生活費を――」
「『嘘だよね』」
「――っ」
「『もう一回聞くよ。どうして、借金作ったの?』」
「いや、ええっと……あの……」
ゲーゴの視線は泳ぎ、素人が見ても分かるほどの狼狽を見せている。
「……ギャンブルで……その、少し……」
「『つまり自業自得ってこと?』」
「いや、あの……そう言われると、その……まぁ、そうとも、言うかもしれませんが……。……」
ミグは大きなため息をつき、そして至誠を諭すように言葉を続ける。
『さすがにウチもね、生まれた環境によって貧困で苦しんでる人からお金を巻き上げるのは良心の呵責がある。けど、ギャンブルで作った借金で苦しんでるのは自業自得だし、彼に配慮してこちらがリスクをかぶるのは切羽詰まった現状では看過できないって思うけど、どうかな』
至誠は思わず目頭を押さえると、おもわず「横槍を入れてしまってすみません」と謝った。
『いや、至誠の気持ちも分かるし、一般論としてはそっちの方が正しいと思うよ。でもこれで三人の救出が失敗したら、後悔してもしきれないよ』
「そう、ですね」
「『ということで、君の所持金はもらうけど、君を五体満足で解放するための保証金代わりってことでどうかな?』」
ミグが至誠を経由して問いかけると、ゲーゴはこの上なく辛そうな表情を見せる。
「『もちろんウチらの立場としては、用済みになったら君を殺してしまった方が確実なんだけど、そっちのほうがいい?』」
などと脅迫されると、ゲーゴは全力で首を横に振る以外に選択肢はなかった。
「どうぞ……どうぞ持っていってください……」
至誠は同情心を抱きながらも、それ以上はミグを説得する言葉もゲーゴを擁護する台詞も出てこなかった。
*
ミグは他にもいくつか情報を聞き出した後「『じゃあ最後の質問』」とゲーゴに問いかける。
「『この近くで安くて美味しい飲食店、知ってる?』」
「えっ……店、ですか?」
と、突然の軽い質問に戸惑いを見せるゲーゴだったが、先ほどの脅しがまだ利いているようで、素直に言葉を続けた。
「そ、そうですね……近くに飲食店が並ぶ一角がありますが、少し高めです。それだけあれば食べられないことは、ないと思いますが。一食だけなら……」
ゲーゴは巻き上げられた財布へ未練がましく視線を向ける。
「『他には?』」
「す、少し歩くと、ブリニーゼ通りというところに歓楽街があります。そ、そこなら安い食堂や居酒屋がたくさんあります」
「『少し歩くって、時間だとどのくらい?』」
「えっと、ここからなら、たぶん、普通に歩いて15分くらいです」
「『最初に言ってた方は?』」
「そっちは3分くらい、です」
どうやらミグは、まず最初に至誠に何か食べさせたいようだ。
確かに昨晩嘔吐してから何も口にしておらず、至誠の体は飢餓感を訴えはじめている。
3人の状況が分からない現状で悠長に食事するというのも気が引けるが、至誠は「腹が減っては戦はできぬ」という諺で自分を納得させることにした。
『至誠は苦手な食べ物とかある?』
「激辛系は少し苦手ですが、他はだいたい大丈夫です。アレルギーも特にありません」
『面が割れてる可能性が高いから人の多い方は避けようか。それでいい?』
「はい」
とミグは方向性を取り決め、至誠の体を使ってゲーゴに声をかける。
「『じゃあゲーゴくん、近い方の店まで案内してもらえる?』」
「えっ、あの、ちなみに……その、解放はいつごろ……」
「『君が素直なら、すぐだと思うよ』」
その言い方は解放イコール殺害と受け取られてもおかしくないよなぁ――などと至誠は感じつつも、一行は路地裏を出た。
*
路地裏を抜けるが、表通りにと呼ぶにはあまりにも閑散としていて、細い路地が続いていた。
至誠は周囲を見渡していると、どこも同じような様式の建物が並んでいる。窓の数からどうやら六階建てのようだ。ぱっと見の印象としてはマンション――というよりも団地だろう。低所得者向けの集合住宅と言った雰囲気を感じる。
「『ゲーゴくん、店はどっち?』」
路地裏を出て右か左か問いかけると、ゲーゴは怯えた様子で「右です」と答えた。
「ミグさん」
じゃあ右へ――と歩き出そうとするミグを呼び止めたのは至誠だ。
『どうしたの?』
「ニコラ・テスラが最後に意味深な台詞を言っていたのは覚えてますか? 『左が吉』って」
『あー……ごめん、そこの記憶は確認できてないね。間違いなくそう言ってた?』
「はい、間違いなく。『左が吉』という言葉に深い意味があると思いますか? あるとすれば、すでに始まってると思いますか?」
『んん――』
ミグは頭を抱えたように間を開ける。
『……ウチは単なる運勢や占いは信じてない方だけど、陛下が何百年と探して見つからないような存在の言葉だし……確かに気に留めておいた方がいいだろうね』
「ゲーゴさん、左から行くことは可能ですか?」
至誠が問いかけると、ゲーゴは不可解そうな表情を浮かべる。
「えっと、そっちはブリニーゼ歓楽街の方ですが……い、一応、表通りに出た後に歓楽街と反対方向に行けば、その、さっき言った食事処に着きます、た、ただ……遠回りでしかない、です、よ?」
「どうしますか? 僕の直感としては、あそこで意味のないことを言うとは思えません。何らかの警告の可能性がある気がしますが……」
ミグに問いかけると、困ったように『うーん』と唸り、答える。
『罠の可能性もあるけど、無視する方が怖い気もするね……。今は従っておこうか』
「分かりました。――ではゲーゴさん、少し遠回りでも左の道から行きましょう」
「えぇ……?」
置いてけぼりにされて理解が追いついていないゲーゴを促し、至誠たちは左のルートで進むことにした。
*
しばらく歩いても周囲の道路どころか建物にも人気はほとんどない。すれ違う人も限定的だ。開いている商店も見当たらない。
「ぜんぜん人がいませんね。建物は立派なのに」
至誠が不思議そうに見上げると、ゲーゴの視線がチラチラと向いていることに気が付いた。
「ゲーゴさん、良かったら、この辺りがどういう場所か聞いてもいいですか?」
「エッ――!?」
「とはいえ、これは興味本位の雑談みたいなものなので、無理に答える必要はありません」
「えっ、いや……その、えっと。こ、この辺りはほとんど軍の宿舎です。この辺りだと、どこの国の割り当てだったかな……」
「ここの王国――えっとロゼス王国でしたっけ? そこの軍施設というわけではないんですか?」
「え、えっと、その。ベギンハイトではいろんな国から派兵された兵士がいますので、住宅地区は国ごとに区分けされています。こ、この辺りはたぶん、ちょうど派兵期間が終わって帰国したんだと思います。ほ、ほら、もうすぐ生誕祭ですし」
聖誕祭とは――と思っていた至誠に、ミグが補足してくれる。
『ラザネラ教における生誕祭は2月22日だったかな。神ラザネラの誕生日で、ラザネラ教において一年で最もめでたい日だね』
「なるほど」
――今は確か2月10日だっけ?
と至誠は日時を思い出していると、ゲーゴの方から口を開く。
「あ、あの……自分も、その、質問とか――してもいいですか?」
「僕に答えられることでしたら」
至誠がにこやかに肯定すると、ゲーゴは恐る恐る聞いてくる。
「えっと、あなたはその……いわゆる二重人格、ってやつ――なのでしょうか?」
「まぁ……たぶんそんな感じです。一人称が『僕』か『ウチ』かで判別してください」
実際は違うが、そういうことにしておいた。
「『一人称が僕のときは優しいけど、ウチのときは厳しいから気をつけてね。ウチとしては、君が余計なこと知ったら解放できなくなるってことだけ伝えておくよ』」
などとミグさんが勝手に付け加えると、ゲーゴの顔に「ひいいい!」と恐怖が書いてあった。
小動物のようなリアクションを見せる度に至誠は心苦しくなっていくが、今は目をつむることにした。




