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[11]特異性スマートフォン

「『スマホ』とは何か聞かせてくれ」


 リネーシャの言葉から、至誠はこの世界にスマホや類似する物がないと察する。


「『携帯電話』という言い方ではどうですか? 伝わっていますか?」


 念のためそう確認するが、否定が返ってくる。


「『スマホ』や『デンワ』の部分がうまく翻訳されていない。おそらく類似する技術や概念が我々にないのだろう」


 確かにスマホ単体を見てもこれが何なのが予測すら難しいだろう――と理解しつつ、至誠はその映像に言及する。


「まず、このスマホは僕の物で、それについては間違いないと思います」


 そう思えたのは、至誠が使っていたスマホの機種やカバーが一致しているからだ。もちろん、カバーまでかぶることはありえるので、念のため「思います」とつけておいた。


「次にスマホの使い道についてですが、一番基本的な機能としては『電話』になると思います。その『電話』についてですが、簡単に説明すると『声の届かないような遠くの人と会話ができる機能』です」


「『通話』という理解で問題あるか?」


「はい、そうです。それです」


 と答えたものの、至誠は疑問を抱く。

 電話は通じないのに通話は通じるのか――と。


 ――もしかすると、魔法や鬼道によって電気工学系の技術が全く発達していないから、電気関連の意味が含まれる『電話』は通じないのだろうか? なら、『通話』が通じるのは、魔法か鬼道で『電話のように通話するような技術』があるのかもしれない。

 

 と考えると腑に落ちる気がした。


「スマホは通話以外にも、文章や映像のやり取りができたり、ゲームや音楽を楽しんだりと、仕事から娯楽まで対応した便利な道具です。日本ではインフラレベルで普及していて、なくてはならない道具でした」


「用途の概要は理解した。だが実感するのは少々難しそうだな。おそらく今私が抱いているイメージと実際にスマホを使う際の光景は乖離しているだろう」


 こればかりは体験しないと言葉で説明しても難しいだろう――と至誠は感じる。至誠が魔法や鬼道の知識を聞いても漠然としか理解できないのと同じように。


「正直、中身の構造を見ても複雑過ぎてさっぱり分からなかったわぁ」


 とエルミリディナが語るので、至誠は思わず目を見張る。


「えっ、もしかして、分解(バラ)した――ってことですか?」


「大丈夫よぉ、安心して。魔法でね、ちょちょいと中身の構造を確認してただけだから」


 ――魔法便利すぎでは?


 と至誠は思うが、おそらく彼女たちもスマホに対して同じような感情を抱いていると感じた。


「スマホの用途は分かった。仕様についてもう少し確認したい」


 至誠が同意するとリネーシャが言葉を続ける。


「至誠の発見から現在に至るまでひと月あまり――『スマホ』の一面がときおり点灯――光を放ちながら『何かしらの図柄』と『日時らしき数字』を表示した後、一定時間が経過すると消灯している」


「……えっ」


「これは『スマホの機能として正常』か聞かせてくれ」


 ――スマホが一ヶ月以上、ずっと? バッテリーも切れずに?


 そんな疑問が真っ先に過ったが、今は彼女たちの問いに答えることを優先する。


「えっと……まず、画面に映像が映ることそのものは『スマホ』として正常な機能です。図柄というのも、鳥と銀河の画像であれば僕が自分で壁紙に設定したものなので正常です。ただ――」


「ただ?」


「そちらで『充電』してくれていたなら問題ありませんが……そういった技術はありません、よね?」


「特に何もしていない。シセイの蘇生を優先していた関係で所持品の調査は後回しにしていた。そもそもの話、『ジュウデン』という単語が翻訳されていない」


 この世界のインフラは電気を用いない。室内の明かりは光を放つ石を用いているし、自動で動いているように見えた台車も魔法で動かしているのか、特にモーターらしき部分や操作パネルはない。


 やはりこの世界に電気工学系の技術はない――と至誠は理解しつつも、それ以上の困惑を抱く。


「それで、僕の治療が終わるまで、ひと月は経過しているんですよね――?」


「ああ。発見時から考えると、ひと月半は経過しているな」


 至誠は困惑し、思わず息を吸い込んだ。

 その様子にリネーシャが「もし――」と具体的に問いかける。


「未だ『スマホ』が稼働しているとすれば、それは『本来ではあり得ない現象』と考えて問題ないか?」


「はい。何もせず放っておいたとしても、1週間もせず充電が切れます。充電はバッテリーに――えっと、バッテリーというのは電気を貯蔵する部品ですが――このバッテリーに電気が残っていないとスマホは動きません」


「ではもう一つ確認だ。スマホそのものに、人体へ(いちじる)しい悪影響を与える危険性は含まれているか?」


「『小さな画面を見過ぎて視力が落ちる』、『操作に指を使いすぎて腱鞘炎(けんしようえん)になる』などはありますが……例えば、スワヴェルディさんが持っている日本刀のように、精神的な汚染がどうの――みたいな話は聞いたことがありません」


 リネーシャは警戒感をあらわにしつつ、エルミリディナに確認する。


「エルミリディナ、最後に点灯したのはいつだ?」


「およそ2時間半前ね」


「その時の映像に切り替えられるか?」


「できるわ」


 エルミリディナの手のひらから発する光が途切れ、映像が切り替わる。


 形状は同じだが、確かにそこには画面がついたスマホが映し出されていた。


「これは『私の記憶』を部分的に投影(とうえい)しているわ。記憶違いや失念によって細部が異なる可能性があるから、そこは注意してね」


 その代わりに危険性はない――とエルミリディナは説明しつつ、その映像を至誠の目の前まで持ってくる。


「これは……間違いなく僕の使っていたスマホです」


 間違いないと思えたのは、至誠が気に入っている銀河とシマエナガの合成画像――通称スペースシマエナガの壁紙が映し出されていたからだ。その壁紙を覆い隠すようにデカデカと表示された日時は、2月9日21時21分と表示されている。


「エルミリディナさん、こっちが上で、光ってる面が手前なので、こう……向きを変えて見せてもらうことはできますか?」


 指先で回転方向をジェスチャーし伝えると、エルミリディナはすぐに対応してくれる。


 お礼を言った直後、スマホ画面の違和感に気がつく。


「……あれ? これ……」


 そう呟くと、リネーシャは『何がおかしいか』について聞きたそうな視線を向けるものの、至誠の方から口を開くのを待っているようだ。


「何に違和感を覚えたか、説明できるか?」


 リネーシャは至誠に問いかける。


「えっと……まず、先ほども言ったようにスマホの稼働にはバッテリーに貯めた電気が必要です。画面を表示させるのはもちろんのこと、待機状態で置いていても少しずつ電気を消耗します。ですが……画面内の表示は、バッテリー残量は……100%と、表示されています」


「本来消費されるべきエネルギー源が全く減っていない、と?」


「はい。それどころか、充電マーク――現在進行形で電気が供給されていると表示されています。本来であれば下部にある端子にケーブルを挿すか、専用のワイヤレス充電機器が必要ですが――」


「そのようなものは接続されていない。にもかかわらず動作しているわけだな?」


「はい。そこがひとつ目の違和感です。2つ目は……」


 至誠は嫌な汗が額から流れ、一度、息を飲んでから口を開く。


「電波が、通じているみたいです」


 そのスマホには、確かにアンテナピクトが全てしっかりと表示されている。


「この電波というのは、スマホの通話や通信のために使われている目に見えない信号のやり取り――それを実現しているのが『電波』という技術なんですが、これはスマホ同士で直接行えません。スマホはあくまで末端の端末でしかなく、電波の送受信や中継を行う大規模な設備が必要です」


 もちろんBluetooth接続やらAirDropなどを使えば話は違ってくるが、それに言及すると話が脱線してしまうため、至誠は一般的なモバイル回線を基準に説明をする。


「つまり、その『デンパ』とやらが有効な状態と表示されているわけか?」


「は、はい」


 もし仮にこの世界にも全く同じモバイル技術があり電波が飛んでいたとしても、SIM契約は結んでいないのだからアンテナピクトが立つのはおかしい。


「エルミリディナさん、質問したいんですが、画面上に表示されているのは時刻です。ここでは日本語で「2月9日21時21分」と書かれています。この数字は、進んでいますか?」


「ええ、点灯する度にね。私たちも日時だと思っていたから記録を取っているわ」


 そう言ってテサロから用紙を受け取る。


 それを見せてもらうと、ずらっと日時が列挙されていた。


「この欄が月、隣が日付、そして時刻よ」


 至誠にはこの世界の言葉は分からなかったが、数字が同じことで日時を理解することができた。


「こんなに――」


 回数は全部で40回ほど。

 一日に何度も点灯した例もあれば、1週間まったく点灯していない期間もあるようだ。


「何か、法則性は……。……なさそう、ですか?」


「今のところ見つかってないわね」


 しかし1つはっきりしたことがある。時刻がリアルタイムに連動しているということは、スマホは機能している。少なくとも、同じスクリーンショット画像が表示されている訳ではないということだ。


 ――つまり、アンテナピクトの表示は、正しいってこと?


 そう考えると、1つの大きな疑問が脳裏を過る。


 ――このスマホはいったい、どこと繋がってるんだろう……?


 と。


 ――いや、表示がバグってるって考えた方が腑に落ちる。


 そう自分に言い聞かせるように考えるが、しかしどちらにせよ充電が切れていないことの説明ができない。

 

 至誠の背中に悪寒が走っていると、リネーシャが「至誠、確認だ」と内容を要約する。


「『本来のスマホは便利な道具でしかなかったが、現在の挙動はスマホの挙動としては異質である』と考えて間違いないか?」


「は、はい。普通ではないと思います」


「やはり彁依物(アーティファクト)として発現しているようだな」


「えっ彁依物(アーティファクト)って、後天的なものなんですか?」


 至誠のイメージでは、発見された時から超常現象を引き起こすのが彁依物(アーティファクト)という印象だったため、思わず驚いた声を上げる。


「先天的か後天的かは彁依物(アーティファクト)の定義には関係ない。だが、後天的に発現し災害をもたらす彁依物(アーティファクト)の前例は多く存在する」


 ――つまり、僕のスマホも……?


 ようやく理解が追いつくが、至誠はどうしたらいいかまったく分からなかった。


「シセイには悪いが、所持品の返却はしばらく先になるだろう」


「はい、それは大丈夫です。……正直、変な力に目覚めたスマホとか怖くて持てませんので――」


「念のためスマホ以外の物もこちらで預かり、特異性の有無について改めて検証する。まだ活性化していないだけの可能性もあるからな。問題は?」


「お願いします」


 日本が存在しないこの世界で日本の物を手放すのは惜しいと感じる。しかし身の安全が脅かされる可能性があるのであればその限りではないだろう。


「もし高い危険性や脅威を持つ彁依物(アーティファクト)だと判明した際は破壊や破棄もあり得る。そのことは(あらかじ)め了承しておいてくれ」


「わ、分かりました」


 至誠は同意し、専門家であろう彼女たちに任せることにした。

 そんな至誠に、エルミリディナ優しく寄り添う。


「至誠、安心して? スマホはこの場にないわ」


「す、すみません――少し、臆病風に吹かれすぎ、ですよね……」


「それでいいと思うわ。彁依物(アーティファクト)不浄之地(ふじょうのち)怨人(えんじん)と並ぶ人類の脅威だもの。正しく(おそ)れ、正しく向き合う必要があるもの」


 昔からよく「九州男児たる者」とか「男の子なんだから」などと言われていた至誠にとって、そう言ってくれるエルミリディナが新鮮に見えた。


「でも彁依物(アーティファクト)はね、ただ恐ろしいだけじゃなくて、中には便利なモノもあるのよ?」


「そう、なんですか?」


「例えば、そうね――『中略生長ちゅうりゃくせいちょう正六面体(せいろくめんたい)』という彁依物(アーティファクト)があるわ。これは植物をごく短期間で生長させる彁依物(アーティファクト)なんだけど、穀物や野菜であれば一日で、樹木であっても数日で大木に生長させることができるの。しかも生長促進じゃなくて中略だから連作障害にもなりづらいのよ?」


 至誠は農業に関する知識はあまりない。しかしそれでも、お米の収穫には半年、建材に使う木材が数十年の年月を要すことを鑑みれば、あまりにも便利すぎる代物だと分かる。


「これによって食糧が大量生産できて飢餓(きが)で苦しむ人がすごく減ったし、木材も大量生産できるから燃料や建材に困らなくなったわ。つまり彁依物(アーティファクト)はただ怖いだけじゃ無くて、中には生活を豊かにしてくれるものもあるのよ」


 と、エルミリディナは微笑みながら教えてくれる。

 しかし最後の一言は物騒なものだった。


「ま、農家や(きこり)からしてみたらたまったものじゃないでしょうけど」


 ――この彁依物(アーティファクト)によって安価な食糧や材木が流通し、農業や林業に壊滅的な打撃が……。


 至誠はエルミリディナの語る『生活を豊かにしてくれる彁依物(アーティファクト)』にも光と影があることを察して苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そんな様子に気付いてか気付かずか、エルミリディナは言葉を続ける。


「でももちろん、彁依物(アーティファクト)をなめてかかると痛い目を見るわ。例えば私の国ではその昔――ああ、さっきとは別モノの話だけれど――彁依物(アーティファクト)の災害に見舞われて国民の9割以上が消滅、死亡した事件があったわ」


「……えっ……」


 想像を超える被害に至誠は絶句する。


「私やリネーシャが即位する、だいぶ前の話だけどね」


 彼女たちがいつ即位したのかは分からないが、それでも数百年、あるいは数千年昔の出来事だと察することはできた。


 それは実に恐ろしく感じるが、地震や津波、竜巻、火山――人類史を思い返してみると、自然災害による痛ましい歴史というのは何度も繰り返されてきていた。


「だから彁依物(アーティファクト)は正しく虞れ、正しく向き合い、そして正しく解明しなくてはならないわ」


 エルミリディナの語る口調は、自然災害を相手にする際の心構えと共通しているように感じられた。


「でないと、私みたいに取り返しが付かなくなってから後悔することになるわ」


「エルミリディナさんは……何か被害に――?」


「ええ――呪いをね、受けてしまったの。死にたくても死ねない、不老不死の呪いをね」


 そう言ってエルミリディナは指先で自身のもみあげを切ると、円卓の上に投げ捨てる。


 だがその髪の毛はすぐに宙に浮き上がり、エルミリディナの顔に吸い寄せられると、髪型が元に戻った。


「――!」


「どれだけ細かく切り刻んだって、業火で身を焼いたって、全身を溶かしたって元に戻ってしまうのよ。困るわよね。痛みは感じるのに」


 そう語るエルミリディナは、不老不死が(ろく)でもないものであるとヒシヒシと感じさせる。


「ま、便利なところもたくさんあるけどね」


 と笑顔を浮かべる。

 同時に、懐中時計を取り出していたスワヴェルディが時刻を知らせてくれる。


「ただ今、0時を回ったところでございます」


「それじゃあキリもいいし、今日はこの辺りで終わりましょうか。続きはまた帰国後にしましょう?」


「そうだな」


 同意するリネーシャの方へ視線を向けると、まるで昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いた子供のような印象を受けた。


「至誠、体調の方はどうだ? 違和感はあるか?」


「あ、いえ。大丈夫です」


「我々はレスティア皇国へ帰国する準備を始める。その間、しばらくゆっくりしておくといい。何か必要なことがあればスワヴェルディかリッチェに言うといい」


「ご入り用の際は何なりと」


 そう頭を下げるスワヴェルディの横で、エルミリディナは嬌声をあげる。


「ああっ! リネーシャの夜伽(よとぎ)! 楽しみだわぁ!」


「そんな予定はないぞ」


 ジトッとした表情でエルミリディナに釘を刺すリネーシャだったが、エルミリディナは止まらない。


「じゃあ私が夜這(よば)いをしかけるわぁ!」


「スワヴェルディ、何か縛る物を。身動きひとつできない状態にして雪の中に捨ててこい」


「そういう趣向(しゅこう)もいいわねぇ!」


 ダメだこいつは手遅れだ――そんな心境を表情に露見(ろけん)させていたリネーシャ。


 だが直後、彼女の目元がピクリと動く。


「待て。各員警戒――」


 リネーシャの言葉によって空気が一変し、緊張が伝播(でんぱ)する。


「8時の方角、距離およそ10ギルク(12㎞)。何者かが接近しつつある」


 つい先ほどまで(ふざ)けていたエルミリディナも真剣な表情に切り替わり、テサロやスワヴェルディ、ミグも鋭い視線をリネーシャへ向けている。


 唯一、至誠とリッチェの表情にのみ、困惑が浮かんでいた。


「ローマ人のようだが――様子がおかしいな。襲われている……いや、後をつけられているな」


 至誠は――ローマ人? と、その単語が気になるが、それを愚直に質問できるような空気感ではなかった。


 その間にエルミリディナは椅子に座り、瞑想(めいそう)するかのように目を閉じると「確かに」とつぶやく。


「追っ手は3人かしら。気配の消し方が上手いわねぇ。もっと隠れている前提で考えた方がよさそうね」


 おそらく彼女たちは魔法か鬼道を使い何かをしているのだろう――ということは至誠にも分かる。が、それ以上の理解は難しかった。


「追っ手はローマ人ではないな。それに練度が雑兵(ぞうひょう)とは一線を(かく)す。にもかかわらず、こちらの索敵範囲に入っても尾行を止めない。――まるで誘われているような動きだな」


 エルミリディナとリネーシャのやりとりに、「詳細な索敵を行いましょうか?」とテサロが具申(ぐしん)するが、すぐに却下(きゃっか)される。


「逆探知のリスクを考えれば時期尚早(じきしょうそう)だ」


「そもそもの話、どこの誰かしら? 情勢を(かんが)みればヴァルシウル王国が私たちに反旗(はんき)(ひるがえ)すとは考えづらいわ。かといって練度を鑑みるに、そこいらの夜盗でもないでしょうね。よその正規兵とすると――」


「この近辺だと、敵対しているのはレギリシスか」


「ええ。でもあそこは、これほど高度な技術を持ってないと思うわ。私の知る限りだとね」


「ともすれば、裏で手を回しているマシリティ帝国あたりか」


 リネーシャのぼやきに、エルミリディナは「あ~」と何かに感づいた声音を漏らし、苦笑しながら告げる。


「冷静に考えてみたらマシリティ帝国にとって目の敵であるレスティア皇国の――それも皇帝(リネーシャ)第一皇女(わたし)が、たいした護衛も付けずに僻地(こんなところ)にいる訳よねぇ」


「奴らからしてみれば好機に見える、か」


 リネーシャは至極面倒くさそうに舌打ちする。


 至誠がはじめて聞く固有名詞が次々と出てくるが今は余計な口を挟まないようにして経緯を見守っていると、リネーシャは至誠を一瞥(いちべつ)し、すぐに指示を出し始めた。


「情報が不足しているが、有事に備え今のうちに優先順位を明確にしておく。第一に至誠の保護、第二に至誠の所持品の確保だ」


「スマホの回収にはスワヴェルディを向かわせるわ。もし活性化したとしても、スワヴェルディなら問題ないでしょう」


「そちらは任せる」


 そう判断し、リネーシャは言葉を続ける。


「第三に、最大限こちらの手の内を(さら)さないことだ。もし相手がマシリティ帝国ならば、こちらを逆恨(さかうら)みする狂信者(きょうしんしゃ)どもに余計な情報を与えるべきではない。ただし優先順位は第三位だ」


 テサロとスワヴェルディから「承知したしました」と返事が返ってくる。


 ミグも「了ぉ解」と返事をし、ワンテンポ遅れてリッチェも「か、(かしこ)まりました」と声を上げる。


「ミグは至誠の体内に戻れ。戦闘には極力参加せず、至誠の負傷に備え、いつでも治療できるよう待機しておけ。必要ならば主導権(しゅどうけん)行使(こうし)してもいい」


「了解っす。ウチは隠密(おんみつ)状態の方がいいですか?」


「そうだな。念のため隠れておけ」


 ミグは命令を受諾(じゅだく)すると、すぐに至誠の背後にやってくる。直後、至誠の首元に触れると、血液で構成された体がばしゃりと音を立てて崩れ落ちた。


『大丈夫だよー』


 背後だったので直視しなくて済んだが、大量の血液が散乱しているであろうことを憂慮(ゆうりょ)すると、ミグが教えてくれる。


『しばらく至誠の体の中にいさせてもらうね。もし怪我してもすぐに治療するから安心して。あと、その辺に散らばった血もすぐに陛下の体に戻るから気にしなくていいよ』


 な、なるほど――と隣にいるのが吸血鬼であることを思い出している間に、リネーシャは命令を伝達する。


「スワヴェルディは接近してくるローマ人と接触。追跡者(ついせきしゃ)を確認せよ。スマホの回収はその後だ」


「追跡者が敵意を向けた場合、機先(きせん)(せい)しますか?」


「接触と確認が最優先だ。戦闘は極力回避し、情報収集に徹せよ。もしローマ人の目的が我々ならば、尾行を撒いた上で連れてこい」


(かしこ)まりました」


「残りは全員、有事に備え至誠の護衛だ。魔法攻撃はテサロが優先的に対処せよ」


「承知したしました」


「鬼道および物理攻撃は私が対応する。エルミリディナは霊術と彁依物(アーティファクト)対策だ。特に精神干渉(せいしんかんしょう)事象改変(じしょうかいへん)系を優先的に対処しろ」


「りょーかい」


「リッチェは至誠に付き添い、万が一、攻撃が抜けた場合に(そな)えておけ」


「は、はい!」


 リネーシャは全員に指示を出し「では――」と号令を発する。


「各員、状況を開始せよ」

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