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第二話 鑑定と銀色の少女

「――なるほど、バカなんですね」

「うぐっ」


 迷宮都市ラグナ。第一階層中央区。ギルド本部受付前。

 先ほどの出来事を説明した僕を待っていたのは、予想通りと言うべきか辛辣な言葉であった。

 それを放ったのは、カウンター越しに僕の前に座っている一人の少女だ。受付嬢の一人であり、その名をアイリス・シュヴァルツシルトという。ついでに言うならば、僕があの場所へと行く際の手続き諸々を引き受けてくれた人物でもある。まあそれがギルドの受付嬢の仕事なのだけれども。

 しかしその義理もあって話したというか、話させられたというか。もっとも主な原因は、傷だらけ且つ血だらけという、如何にも何かありました、といった体で帰ってきた僕にあるのだけれども。

 いや、うん、まさか治療の途中でポーションが切れるとは思わなかった。何とか拳や頬といった部分は治ったものの、さすがに誤魔化すまでには足りなかったようである。正直言ってその時点でこうなるだろうこと予測出来ていたし、諦めてもいた。

 だからどうだというわけでもないのだけれども。


「私ちゃんと言ったはずですよね? 行くのはいいですが、無茶をせずにちゃんと適当なところで帰ってきてください、と。適当という言葉の意味を理解していますか?」

「いや聞いてはいたし理解もしてるんだけど、こう、今日は調子が良かったからつい興が乗ったというか、何というか」


 言い訳を試みてみるものの、蒼色の瞳にジッと見詰められ、そっと視線を逸らす。言葉も尻すぼみに消えていった。

 別に睨まれているとまではいかないのだけれども、感情を排したような瞳で見ていられると、どうにもやりづらい。その顔が非常に整っているともなれば、尚更だ。

 しかし年齢は確か一つ下になるはずなので、僕は年下の少女に逆らえないということになるのか。我ながら情けないとは思うけれども、美少女には勝てないというか、何と言うか。


「何か言いましたか?」

「いえ、何でもないです。ごめんなさい」


 小首が傾げられ、銀色の髪が流れる。その後を追うように素直に頭を下げたのは、どう考えても悪いのは僕だからだ。それがよかったのか、アイリスが頷いたのを確認すると、気付かれないようにそっと息を吐き出した。


 ――この世界には、所謂迷宮と呼ばれるものが存在している。そこにしか存在が確認されていない魔物や素材があり、金や名誉、そして未知なるものを求め、沢山の人々が日夜挑み続けている。

 その数は現在確認されているだけで十三。その傍には基本的に大都市と呼ばれるようなものが存在しており、一つの大都市につき一つの迷宮の管理を担うような形となっている。

 ただしここラグナだけは例外だ。迷宮都市という名の示す通り、四つの迷宮を同時に管理しているのである。

 僕が先ほど行った場所もそのうちの一つであり、中でも最も初心者向けだと言われているものであった。

 とはいえ初心者向けだとはいっても、あくまでも迷宮の中では、というだけに過ぎない。迷宮というものは、例えどのようなものであったとしても、冒険者に成り立ての人間が軽々しく奥へ進めるようなものではないのだ。

 ちなみに冒険者とは、簡単に言ってしまえば迷宮に潜り探索し、そこで得られる利益を元に生活をする者のことである。厳密に言うならば少し違うのだけれども、少なくともこの街で暮らすのならばその理解でも問題はないだろう。

 ともあれ。

 迷宮は基本的に奥へ進むほどにその難易度が増すようになっている。故に楽勝だと調子に乗って奥へ奥へと進んでしまうと、気がつけば絶体絶命、というような状況も珍しくはないことなのだ。

 先ほどの僕がまさにそれであり……理解していながらやってしまったのだから、我ながらどうしようもない。バカと言われてもぐうの音も出なかった。


「他にも言いたいことは色々とあるのですが……一先ずそれは置いておきましょう。それでトウマさん、先ほどの話は本当なのですか?」

「へ? 話って?」

「オークを倒したという話です」

「ああ、うん。倒したっていうか相手の自滅って感じだけど……まあ、本当。一応頭と、武器も持ってきたし」


 まあ信じられないよなぁ、と思いながらも頷く。オークを倒したという事実よりも、その倒した際の内容が、だ。少なくともそれが他人の話であったのならば、僕も信じてはいないだろうし。

 尚、僕は実際に起こったことを話はしたけれども、スキルや記憶のことに関してはぼかして話している。言ったところで……いや、アイリスならば信じてくれるかもしれないけれども、ちょっと考えていることがあるので、敢えて話さなかったのだ。


「……見せてもらってもよろしいですか?」

「まあそのつもりだったしね。ほいほいっと」


 僕は背負ったバッグを下ろすと、中からオークの頭を出す。

 冒険者が迷宮に赴く際には、こうしたバッグ――というか、バックパックを背負っていくのが普通だ。そこに迷宮で拾ったものであったり、魔物の死体……正確にはそこから剥ぎ取った素材を入れたりするのである。

 迷宮で拾えるものは植物や鉱物などがあり、動物の皮や牙が様々なものに利用できるように、魔物のそれも同様か、それ以上に利用することが可能だ。故にそれらを持ち帰ることで、換金することが出来るのである。

 もっとも僕が今回持ち帰ったこれは、ちょっと色々な意味で僕の手には負えそうにはなかったので、こうして仕方なく頭を丸ごと持ってきたのだけれども。正直言ってそのせいで割とグロいものの、アイリスは特に顔色を変化させたりもすることなく普通に受け取った。まあこんな場所に居るんだし、おそらくは慣れているのだろう。

 或いは、この世界に居るから、かもしれないけれども。

 僕もそれをグロいとは思うけれど、別に気持ち悪くなったりはしないわけだし。動物の死体を捌いたりはよくあったことなので、割と見慣れているのだ。

 閑話休題。

 アイリスはしばらくそれをジッと見詰めていたものの、不意にその上へと手をかざした。そのまま何事かを呟き――直後、オークの頭部全体が淡く光りだす。

 それはかつての、この世界ではない別の世界で生きていた僕が見たならば間違いなく驚いたような光景であり、けれども今の僕が驚かなかったのは、何が行なわれているかの検討が付いていたからである。


「識別、だっけ?」

「そうです。オークだということは見れば分かりますが、詳しいことはさすがに調べないと分かりませんから」


 ――識別。

 それはこの都市に仕える者の一部にのみ与えられる、特別な能力の一つである。正確には魔導具と呼ばれるものを使用することで発現可能な能力ということだけれども……まあどちらだろうとも大差はないだろう。

 何故ならば、それは嘘だからである。

 いや、厳密に言うならば、彼女達に嘘を吐いているつもりはないのだろう。それが魔導具を使用することによって発現していることも、事実であることに間違いはない。

 では何が間違っているのか。それは、それが特別な能力だということだ。

 識別というのは、極々普通の、アクティブスキルの一つに過ぎないのである。

 だからやろうと思えば、僕はこの場でそれを取得し使用することすらも可能だろう。余計な混乱を巻き起こすだけだからやらないけど。

 ともあれ。

 その効果は対象のステータスを強制的に開示させるというものだ。ただし対象となるのは無機物か既に命を失った物体であり、人に対しては無意味である。物の価値を知りたい時にのみ使用するスキルだと言えるだろう。

 もっともその人達は、その開示されるものが正確にはステータスと呼ばれるようなものであることや、それらの数値が厳密には何を表しているのかは知らないだろうけれども。

 そういった理由から、各種買取も行なっている店や、ギルドでも鑑定所などに勤める人には必須のものであり……けれどもアイリスも使えるというのは少し驚きであった。

 少なくともギルドの受付で早々使う機会のあるものではないだろうし。仮にあったとしても、鑑定所はすぐそこだ。ちょっと頼めばそれで済むことである。

 何より識別を使用するには、先に述べたように魔導具が必要だ。魔導具とは、特定のスキルを限定的に使用可能にする道具のことを言うのだけれども、その特異性から稀少であり、気軽に貸せるようなものでも希望者全員に配れるようなものでもないはずだ。

 或いは、所詮はスキルの一つでしかないので、何らかの理由で使用できるようになったという可能性もあるけれども……まあ何にせよ、不躾に聞くのはさすがに拙いだろう。それに少なくとも今は、どうでもいいことである。

 ちなみに識別を使えるからといっても鑑定が出来るとは限らない。ステータスが分かっても、それが示しているのもが何であるのかを厳密に知らない以上は、比較となるものを知っていなければ意味はないからだ。

 単に数値が高ければいいというものではなく、時にはバランスなども重要であり、物によってその価値の付け方というのは異なるのである。それは、実際に幾つもの物を見ることでしか鍛えられることはない。

 即ち、鑑定とは経験がものをいうのだ。

 なんて、他人の受け売りだけれども。


「……トウマさん、一ついいですか?」

「え、何?」


 と、意識が別のところへと飛んでいたので、慌ててアイリスに視線を戻す。そして視線を合わせ、しかし返ってきたのは鋭い眼光であった。そのことに、思わず困惑する。

 こちらを見詰めるその視線はやけに真剣であり、その顔には明確な感情が乗っていた。

 それをただおかしいと言うつもりはない。アイリスも普通の少女ではあるのだから、表情に感情を表しても何もおかしくはない。

 けれども、現在のアイリスは、ギルドの受付嬢としてここにいるのだ。沢山の人と公平に接しなければならない立場上、ギルドの受付嬢というのは、基本的に感情を表情に出すことはあまりなく、むしろ無表情に徹することがほとんどである。それはアイリスに限らず、どの受付嬢にでも同じことが言えた。

 まあ一部例外の人も居るけれども、基本的にはそれは例え相手が知り合いだろうと、身内であろうとも変わるものではない。

 だというのに、今はそれが崩れていた。崩さなければならない、或いは無表情でいられないようなことがあったのだと考えるのが自然だろう。

 何を言われるのだろうと、思わず緊張に喉を鳴らす。

 そして。


「トウマさんは、何故生きているのですか?」


 まさか真剣にディスられるとは思わなかった。

 何だろう、これは……生きててごめんなさいとでも言えばいいんだろうか。

 割と本気で泣きそうである。


「あ、すみません、言葉が足りていませんでした」


 そんな僕の雰囲気を察したのか、アイリスは少し慌てたようにすぐに言葉を付け足した。

 ――オークキングと出会って、何故生残ることが出来たのですか、と。


「……オークキングっていうと、あの?」

「はい、あの、です」


 オークキングというのは、僕が今日も行ったあの迷宮に出てくる魔物の一種である。ただしそれは、今この場で聞くはずのない名前だ。

 何故ならば、オークキングというのは僕が居た場所よりももっと奥の……下の階層で出てくるはずのものだからである。それに遭遇したとはどういうことなのだろうか。

 いやまあ答えは一つしかないとは思うけれども。

 しかしそんな疑問を乗せた僕の視線には応えずに……或いは、応えるために、アイリスは言葉を続ける。


「知っているとは思いますが、オークキングは見た目こそオークと似ていますが、その戦闘力はオークの数倍と言われています。正直駆け出しの冒険者どころか、ある程度慣れた冒険者ですらも、出会ってしまったら生きて戻れる保障はありません」


 要するに、そういうことなのだろう。僕が遭遇し、オークだと思っていたそれは、オークキングであったのだ、と。

 驚きつつもそういえばと思い返すのは、眼前のそれが妙に強かったということだ。何せ文字通りあと一歩のところで死ぬところだったのである。

 オークだというのは見れば分かるし、場所的に考えてオークとよく似た別の魔物だと考える方がおかしい。だからオークというのはこんなに強いのかと思っていたのだけれども……オークキングだというのならばそれも納得だ。

 そして何故生きているのかと、ついアイリスが聞いてしまった気持ちもよく分かる。自分にすら問いかけたいぐらいなのだから。

 とはいえ、実際には何故と言われても、正直困るというのが実情だ。記憶やスキルの件はあっても、アレは直接的な原因では間違いなくないし。確かに一因ではあっただろうし、なければあのまま死んではいたことも間違いではないだろうけれども……ではそれがあったから生き残れたのかというと、やはり違うように思う。

 まあ何にせよ、言える事は一つだけだろう。


「運、かな?」

「……そうですか」


 何か釈然としない、そう言いたげな雰囲気を感じるけれど、そうとしか言いようがないのだから仕方がない。何か華麗で格好良い逆転劇でもあればよかったのだろうけれども、生憎と現実というものは大抵の場合泥臭いものなのである。アレはさすがに大概だとは思うけれども。

 しかしアイリスもそれに気付いたのか、小さく息を吐き出すと何とかそれで納得したようだ。


「まあ、分かりました……ところでこれ、どうしますか?」

「どうする、って?」


 どうにかしようがあるのだろうか。

 先に述べたように、確かに魔物の死体の一部は素材になる。けれども、何処が素材になるのかは、そのことを知っていなければ分かるわけがないのだ。当たり前だけれども。

 そして遭遇するとは思っていなかったオーク――正確にはそれはオークキングであったわけだけれども――の何処が素材として使えるのか、僕は知らなかったのである。手に負えなかったというのは、そういうことだ。

 だからどちらかと言うならば、それは今回のことを証明するための材料として持ってきた、という方が近い。さすがに現物があれば信じざるを得ないだろうし。なければ信じさせることが出来る気がしなかった、と言うべきかも知れないけれども。


「知ってて持ってきたわけではないのですね……いいですが。オークの頭部は素材になります。オークキングも質こそ異なりますが素材になることには変わりませんので、お望みならばこのまま鑑定所へ送りますが」

「へー、そうなんだ。じゃあお願いしていいかな?」

「分かりました」


 別に自分で持っていってもいいのだけれども、持っていってくれるというのならばそれを断る理由もないだろう。結果的には同じだし。

 問題があるとしたら自分よりも年下の女の子にそれをさせるということだけれど……それが彼女の仕事の一つである以上、僕がどうこういうのは違う気がする。

 何か言い訳っぽくも聞こえるけれども。


「これはどうしますか?」


 そう言ってアイリスが示したのは、頭部と一緒に取り出していた、オーク――オークキングの使用していた剣だ。

 割といい物だっていうのは一目で分かったし、だから持ってきたのである。そうした迷宮で発見した武器などに関しても、換金が可能なものの一つなのだ。そして武器は武器に違いはないので、換金せずに自分で使用することも出来る。

 一応僕の得物も剣なわけだけれども……何となく、自分が殺されかけたものを使う気にはなれなかった。


「それもお願いしていい?」

「分かりました」


 そして目の前に置かれていた二つが、持っていかれることになる。詳しい鑑定結果等は、この後で聞く形になるだろう。

 もっともその前に、席を離れる直前、まだ話は残されていますからね、とでも言いたげな厳しい視線を送ってきたアイリスに、再び謝る必要がありそうではあるけれども。











 アレから三十分ほどは経過しただろうか。その間ずっと謝り倒した結果、ようやくアイリスの機嫌が幾分かマシになったのを見て安堵の息を吐き出す。基本的に感情を表に出さないとはなんだったのか。いや確かに出てはいなかったけれども。

 しかし言外にそれを悟らせては意味がないのではないだろうかというか、むしろそっちの方が厳しいので止めて欲しいというか。まあ多分わざとなのだろうけど、原因も責任もこちら側にある以上は、何も言う資格はなかった。

 ともあれ、一先ずはこれで大丈夫そうだと判断し、立ち上がる。真昼間なためか人の数は少なく、受付に来る人はほとんどいない。それでも、一つの受付をずっと占領しておくのはよくないことだろう。

 何より鑑定結果はとっくに出ているはずなので、そちらがどうなっているのか気になる、ということもあった。

 そうして別れの言葉を口にしようとし、しかしそれよりも先にアイリスより言葉をかけられる。


「あ、そういえばトウマさん。今日は私帰りが少し遅くなりそうですので、夕食の準備をしておいてもらってよろしいですか?」

「ん、了解」


 時に問題ないので頷き、用事はそれだけのようなので、その場を離れるべく後ろを振り返る。その際試しに手を振ってみるも、小さな頷きのみが返されたのは、さすがに振り返すわけにはいかないからだろう。相変わらずそういうところはしっかりしてるというか、何というか。

 苦笑を浮かべながら、別れの言葉と共に歩き出した。


 ――僕とアイリスは、所謂幼馴染……で、いいのだろうか? まあ、そういう関係である。それなりに親しい関係を築けているのは、主にそれが理由だ。

 そして今は、同じ家で暮らしている関係でもある。

 とはいえそれは恋人だとか同棲だとかそういうのではなく、単に保護した人間と保護された人間だというだけだ。その両者が同じ家に住んでいるのは、当たり前のことだろう。

 ちなみに僕は保護した側ではなく、された側であり、つまりは居候と言うべき立場である。僕がアイリスに強気に出れず、説教まで受けているのは、そういったことが関係しているのだ。

 ……いやまあ実際のところはあまり関係ないけれども。

 とりあえずその話は置いておくことにして、では何故そういうことになっているのかと言えば、当然ながら理由がある。ついでに言うならば、それは単純なものだ。複雑なことは何一つとしてない。

 僕が住んでいた村が滅びたから。それだけである。

 厳密に言うならば、滅ぼされた、という言い方が正しいのだろうけれども、結果からすれば同じことだ。村人は僕を残して全滅。アイリスは五年程前にラグナに引っ越していたために無事であった。

 かつて交流があった関係で手を差し伸べてもらい、僕はそれを受け取ったと、そういうことである。

 まあ、特に珍しくも何ともない話だ。特に辺境の村などでは、ある日突然魔物の群れに襲われ壊滅してしまう、などということがままあるのである。

 ここは、そういう世界なのだ。

 勿論だからといって生まれ故郷を失った悲しみが薄れるわけではないけれども、そこで立ち止まることを許してくれるほど、この世界は優しく出来てもいない。立ち止まってしまえば、そのまま死んでしまった人達と同じところに行くだけである。

 折角生き残ったのに――生き残らせてもらったというのに、それはご免であった。

 だからそのことは忘れないままに、今日も僕は生きていくのである。

 そして生きていくのに必要なのは、どの世界でも変わらない。つまりは、お金だ。


「あのー、すいません」


 受付から鑑定所までは、本当に歩いてすぐのところにある。まあ同じギルドの施設の一つなのだから、当たり前ではあるけれども。

 鑑定所とは文字通り、迷宮から持ち帰ったものを鑑定し換金するための場所であり、要するに生きていくのに必須な場所と言っても過言ではないような場所だ。いやさすがに言いすぎだったかもしれない。

 しかし冒険者にとってなくてはならない場所であることに変わりはなく、一分も経たないうちにそこへと到着した僕は、そのまますぐ傍に居た人へと声を掛けた。


「ん? 何だ、鑑定か?」


 それに対して返ってきたのは、ぶっきらぼうな物言いだ。もっともこの程度はここならば珍しいことではない。受付が基本無表情だという時点でお察しというところである。

 というか、基本何処でも愛想のよかった、かつての僕が住んでいた世界である日本の方がおかしかったというべきなのかもしれない。だから実は僕もわざわざ敬語などを使う必要はないのだけれども、まあそれは魂にまで染み付いてしまった癖と言うか、何と言うか。

 ともあれ。


「アタシは今ちょっと忙しいんだが……って、ちっ、誰の手も空いてねえのかよ。しゃあねえな……で、何を鑑定して欲しいんだ?」

「あ、いえ、三十分ぐらい前に物は出してありますので、その結果を聞こうかと思ったんですけど」

「あん? 三十分前……? ああ、もしかしてアイリスが持ってきたアレのことか?」

「あ、はい、それです」


 頷きつつ、アイリスのことを知っているのかと一瞬思ったけれども、考えてみれば同じ場所で働いているのだから当たり前かと思い直す。そもそもそのアイリスがここにそれらを持ってきたのだから、むしろ知らないわけがないだろう。

 そう納得し、ふと感じた視線に顔を向けてみれば、何故か声を掛けた人にジッと見詰められていた。

 不躾とも言える視線を向けられる覚えがなく、首を傾げながら僕もその人のことを見詰め返す。

 肩で切り揃えられた紅い髪に、細められている紅い瞳。端的に顔の造形を言い表すならば、美少女と言うべきだろう。美女ではないのは、座っていても背が足りないことが明らかに分かるからである。

 ただ、年齢は若干不詳気味だ。見た目からすると十代前半というところなのだけれども、向けられている瞳は明らかにそれに相応しくはない。

 とはいえ、この世界では見た目と実年齢が異なっている、などということはよくあることだ。それに例え見た目通りの年齢だったとしても、何か問題があるわけでもない。ここでは……というよりもこの世界では、十代前半で働くことは割と普通のことなのである。

 とまあそんなことを一通り眺め、考え、けれどもやはり見られている理由に関しての疑問は晴れない。知り合いではない……はずだ。その姿に見覚えはあるような気はするけれども、それはギルドに通っている中で見かけたことがあるからだろうし。

 というか、考えても埒が明きそうもないので、直接尋ねてみる他なさそうである。


「えーと……何か?」

「ん? ああ、悪い悪い。オークキングを倒したやつがどんなもんなのかちょっと気になってな」


 その言葉に、そんな気になるようなことだろうかと思ったけれども、確かに珍しいと言えば珍しいのかもしれない。何が珍しいかというと、オークキングの存在そのものだ。

 ラグナは確かに四つの迷宮を管理しているものの、オークキングはその中でも初心者用の――僕が行ったあの見習いの迷宮の奥の方にしか存在していないはずの魔物なのである。

 本当にアレは何故あんなところに居たのだろうか。多分誰に聞いたところで、今は分かるものではないだろうけれども。


「しかも昨日までは第二階層までしか行った事がなかったんだろ? それでオークキングを倒なんて、気にするなって方が無理ってもんだ」

「いえまあ……アイリスにも言いましたけど、本当に偶然なので」

「だが運も実力の内と言うじゃないか」


 そんなことを言われても、こちらとしては肩を竦めるしかない。そのことに一番驚いたのはむしろ僕だろうし。


「……ま、別にいいがな」


 一応はそれで満足したのか、これで終わりとばかりに少女は息を吐き出した。正直なところ、助かったというのが本音である。

 これ以上続けられても本当に言えることなどはないし、それに、買いかぶられても良い事などは一つもないのである。


「で、鑑定の結果だったか。終わってるが、口頭でいいか? 別に紙に書いてもいいが、金がかかるぞ?」

「なら口頭でお願いします」


 一瞬の躊躇もなく即答した。

 鑑定の結果というのは、それぞれの素材が売ると幾らになるのか、ということを示すものである。紙に書くとしても素材名と売却額ぐらいだろうから、おそらく紙に大した金額は掛からないのだろうけれども、こちらは駆け出しの冒険者だ。

 何をするにもお金は必要だというのに、湯水のように消費される一方でまったく稼げはしない。節約できるところでするのは当然なのである。


「了解っと。じゃあ、えー、物はオークキングの頭部と剣、だな。間違いはないか?」

「大丈夫です」

「なら売却額だが……これは別々に提示することも出来るが、どうする?」

「そうですね……一緒でいいです」


 僅かに考えるも、すぐに答えを出す。どうせ別々に聞いたところで、どちらかをやめるというのはない。所持金がもっとあれば話は別なのだけれども、そんな余裕はないし。

 素材の使い道というのは様々だけれども、中でも僕に関係があるのは、武器や防具関係だろう。素材というものは、元が魔物だけであり、頑丈であったり少し特殊な力を宿していることが多い。それを用いて武器や防具を作ることで、より強力なものを作ることが出来るのだ。

 ただしそのためにはそれなりの種類や量を揃えなければならず、さらには当然鍛冶師などに依頼することになるので、その分のお金もかかる。

 他の素材を集めるにしろ、お金を払うにしろ、どちらも現在それを回すほどの余裕はない。一先ず取っておいて揃えられたら使うという手もないではないけれども、それよりも今は少しでもお金を稼ぐべきだろう。他の素材を集められるような段階になれば、再び手に入るようなこともあるだろうし。

 そして剣に関しては先に述べた通りである。自分で使う気がないのであれば、換金する以外に手はない。

 というわけで。


「なら、金貨二枚だな」

「……え?」


 そうして、伝えられた具体的な金額に、僕の口からは無意識の内に間抜けな声が漏れていた。

 金貨二枚。それが、僕が今回持ち込んだものの価値であるらしい。

 少なすぎた――というわけでは、勿論ない。

 逆だ。あまりにその額は大きすぎたのであった。

 この世界で使われている貨幣は、とりあえず僕が知っている限りでは三種類ある。銅貨、銀貨、金貨、であり、右に進むごとにその価値は大きくなっていく。

 具体的には、銅貨が千枚集まると銀貨となり、銀貨が千枚集まると金貨となる。つまりは、銅貨を一枚一円だとすれば――実際それでほぼ間違いはない――金貨一枚だけで、百万円ということになるのだ。

 金貨二枚で、二百万円。死にかけたとはいえ、僕が前回迷宮で得た素材の合計金額が銀貨五枚であったことを考えれば、どれだけ破格なのかが分かるだろう。

 とはいえ僕が行っている迷宮は、最も難易度が低いものだ。もっと上の難易度の迷宮ではそれ以上の金額を稼げることはざらだと聞いたことがある。

 けれども何にせよ、今の僕にとってそれが大金であることに違いはないのだ。

 しかし僕のその反応を、どうやら目の前の少女は別の意味に取ったようである。


「ん? 何だ、もしかして不満か? 素材じゃなくて頭部丸ごとだったからこんなもんかと思ったんだが……まあ、確かにオークキングだしな。その気持ちは分からんでもないが……だがこれ以上となると」

「い、いえいえ、不満ってわけじゃなくてですね。ただ驚いただけですから」

「あん? そうなのか?」

「というか、オークキングの素材ってそんなに価値があるんですか?」


 あの迷宮で出てくることや、具体的な階層なども知ってはいるけれども、実際に会うのはまだまだ先だろうと思っていたので詳しい情報は仕入れていなかったのだ。特に素材などの相場に関しては、場所や時期によっても微妙に異なってくるし。


「価値があるのかって……なんだ、知らなかったのか? オークキングはあの迷宮でしか今のとこ見つかってないが、そのくせほとんど姿を見かけないからな。今回は頭と武器だけだったからこれだけだが、全身あったら下手したら三桁いったんじゃないか?」


 三桁。当然それは金貨の枚数という意味なのだろうし、つまりは億単位の価値があるということである。

 ちょっと意味が分からなくなってきた。


「……なら、勿体無いことしちゃいましたかね」

「他の部位は置いてきたんだったか? まあ確かに勿体無いっちゃあ勿体無いが、むしろ良い判断だっただろうさ。運べないもんを無理に運んで、それで命落ちしちゃ意味がないからな」


 オークキングの身体は、僕よりも大きいほどであった。それを運ぶのはさすがに無理であり、だから僕は頭と剣だけをバックパックに詰めて持ち帰ったのである。

 ――少なくとも僕は、アイリスにそう説明していた。そしてそれは、決して間違いではない。

 僕がバックパックに入れたのは、確かにオークキングの頭部と剣だけであったのだから。


「さて、まあともかく、じゃあこれでいいのか?」

「あ、はい、お願いします」

「なら、っと……よし。はいよ」


 そう言って頷いた僕の前に差し出されたのは、金色に輝く硬貨――では、ない。一枚のカードであった。

 僕が事前に提出していた、ギルド証である。

 ちなみにその大きさは、よく見知ったもののそれだ。まあ、とはいえそれをよく見ていたのは、もう十六年以上も昔になるのだけれども。

 ギルド証は、文字通りギルドに所属している証であり、身分証代わりともなるものだ。さすがに顔写真などは貼り付けられていないけれども、代わりに個々人で異なる様々な文字が記されている。

 僕の場合であれば、例えば、『Touma Kujyou』といったものがその一つだ。何でも古代神聖文字と呼ばれるものであるらしく、現代の人達では解読は出来ないものらしい。けれども、確かに個々人を特定するのに使うことが出来るとか。

 まあ、正直僕にはただのローマ字にしか見えないけれども、それは一先ず置いておこう。最上部に書かれている『ギルド証』とかいうのも古代神聖文字であるらしいけれども、それもとりあえずは無視だ。

 手に取り、自分のものであることを確認する。


「大丈夫だとは思うが、一応確認しといてくれ」

「えーと……はい、確かに金貨二枚分、入っています」


 見つめる僕の視界には、カードの横に小さなウインドウが表示されていた。そこに記されている数字は、二百万を超えている。それが現在の僕の手持ちのお金ということであった。

 ギルド証は、貨幣代わりともなるのだ。素材などを売ったお金はこれに預けられ、店で物を買った場合はここから引き出される。

 まあ、要するに、そういったカードと同じような使い方が出来るということだ。さすがに借金は出来ないけれども。

 ちなみに基準となっているのは、見て分かる通り銅貨である。金貨とかだと小数点以下が酷いことになりそうだし、無難なところだろう。

 ともあれ、これでこの場での用事は終了である。


「それじゃあ、ありがとうございました」

「おう。アイリスが直接持ってきやがった時にはまた面倒なことをと思ったもんだが、普段あんま見ないもんだったし、頭部丸ごとってのもある意味面白かったしで悪くなかったな。面白いもん持ってきたらまたアタシが見てやらんこともないぜー」

「さすがにそれは厳しいとは思いますけど……」


 苦笑を浮かべながら、適当な感じで手をひらひらと振っているその姿に軽く頭を下げ、鑑定所から離れていった。

 それからさてと周囲を見回してみるも、実のところここにはもう用はない。報告も鑑定も済ませたし、後は帰るだけなのだけれども……何となく受付の方を見てみると、ふとアイリスと目が合った。

 しかし今は業務中であり、アイリスの前には何やら用事があるらしき人が座っている。その人はどうやら書類か何かを記入していたようであり、その間暇だったために周囲を見渡しているところであったらしい。視線はすぐに戻り、記入が終わったらしい人に何事かを話しかけていた。

 こうしてアイリスの仕事ぶりを眺めているのは、それはそれで興味深かったのだけれども、あまり見ていると後で怒られそうである。ここは素直に帰っておいた方がいいだろう。

 それに今日は、色々なことがあった。時間的にはそれほどでもなかったけれども、内容的には十分以上に濃かったと言えるだろう。

 死に掛けて、前世の記憶を思い出して、オークキングを倒して。未だそれほどの疲れは感じていないけれども、単に興奮とかで麻痺している可能性は否定出来ない。

 一先ず家でゆっくりと休むべきである。

 そう結論付けると、僕は最後にもう一度だけアイリスの方を眺め、それからギルドを後にしたのであった。

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