第9話 王の記憶――俺は三百年前にも、この世界にいた。
「嘘だろ……」
玉座に座っている男。
黒い髪。
黒い瞳。
顔立ちも。
身体つきも。
俺とまったく同じだった。
「誰だ……?」
問いかけても返事はない。
そもそも、これは現実じゃない。
記憶。
俺の中に封印されていた――誰かの記憶だ。
景色が変わる。
広大な草原。
そこに一頭の巨大な竜がいた。
銀色の鱗。
今、目の前にいる古代竜よりもさらに巨大だ。
その頭の上に、一人の男が座っている。
俺と同じ顔をした男。
『アルク!』
竜が叫ぶ。
『何だ?』
『我を椅子代わりにするな!』
『いいじゃないか。景色がいいんだから』
『降りろ!』
『嫌だ』
『焼くぞ!』
『友達を焼く奴があるか』
『誰が友だ!』
そう言いながら。
竜は楽しそうだった。
「……友達」
古代竜が言っていた。
我が友を殺した男。
つまり。
この銀色の竜が――。
景色が変わる。
夜。
燃えている。
町が。
城が。
人が。
すべて燃えていた。
『陛下!』
誰かが叫ぶ。
『七王国連合軍、王都へ侵入!』
『西門が突破されました!』
『第三軍団消滅!』
『陛下、お逃げください!』
俺と同じ顔をした男――アルクが立っていた。
血まみれだった。
その手には黒い剣。
『逃げる?』
アルクが笑う。
『王が民を置いて、どこへ逃げるんだ』
また景色が変わる。
巨大な銀竜が倒れている。
身体中に槍が突き刺さっていた。
『……アルク』
『喋るな』
アルクが竜の顔に触れる。
『今助ける』
『無理だ』
『黙れ』
『我には分かる』
『黙れ!』
『……最後くらい、聞け』
銀竜が弱々しく笑った。
『楽しかったぞ』
『やめろ』
『人間と友になるなど……考えたこともなかった』
『やめろ……』
『さらばだ――』
銀竜の瞳から光が消える。
『グラン……?』
返事はない。
『グラン!』
アルクの叫び声。
そこで。
記憶が途切れた。
◇ ◇ ◇
「――陛下!」
「っ!」
意識が戻る。
「はぁ……はぁ……」
俺は地面に膝をついていた。
「陛下!」
リゼリアが俺を支える。
「大丈夫……」
「しかし!」
「大丈夫だから」
頭が痛い。
でも。
覚えている。
今見たものを全部。
「アルク・ノクス……」
俺は呟いた。
ノクス王国初代国王。
俺と同じ顔。
そして。
俺と同じ魂?
「リゼリア」
「……はい」
「知ってた?」
「…………」
「俺がアルクと関係あるって」
リゼリアは答えない。
「リゼリア」
「申し訳ございません」
彼女が跪いた。
「知ってたんだな」
「確信はございませんでした」
「いつから?」
「お会いした瞬間から」
「…………」
「陛下の魂は、あまりにも初代王に似ておりました」
「じゃあ、なんで言わなかった?」
「王権によって禁じられていたからです」
「禁じられてた?」
「はい」
リゼリアが顔を上げる。
「陛下自身が記憶を取り戻すまで、我々旧臣は初代王について一定以上の情報をお伝えすることができません」
「……誰がそんな制限を?」
「分かりません」
分からない。
まただ。
この世界に来た理由。
俺が王になった理由。
王権。
そして初代王。
全部が繋がっている。
でも。
今は――。
「おい」
低い声が響いた。
古代竜。
深紅の竜が俺を見つめている。
「何を……見た?」
「アルクの記憶」
「…………」
「銀色の竜もいた」
古代竜の瞳が揺れた。
「名前は――グラン」
「!」
竜が大きく反応した。
「やはり……」
「知ってるのか?」
「我が父だ」
「……父?」
そういうことか。
我が友を殺した男。
この竜は、父親の死をアルクのせいだと思っている。
「名前を聞いていい?」
「…………」
少し間があった。
「イグニス」
「イグニス」
「貴様に名を呼ぶことを許した覚えはない」
「ごめん」
素直に謝る。
イグニスが俺を睨む。
「貴様は……アルクなのか?」
「分からない」
「誤魔化すな!」
「本当に分からないんだ!」
俺も叫び返した。
「俺は日本って場所で生まれた!」
「ニホン?」
「この世界じゃない」
帝国兵たちがざわつく。
でも今はどうでもいい。
「普通に生きて、普通に仕事して、普通に寝た!」
「…………」
「目を覚ましたら王になってた!」
「…………」
「俺だって説明してほしいんだよ!」
イグニスが黙った。
なぜかリゼリアまで黙っている。
「……陛下」
「何?」
「そのような経緯だったのですね」
「今それ?」
「初めて聞きましたので」
「そういえば説明してなかったな……」
帝国軍二万を前に、俺は何の話をしているんだ。
そのとき。
「茶番は終わりだ!」
ゼノス将軍が叫んだ。
「イグニス!」
手に黒い杖を持っている。
杖の先に赤い魔石。
それが光った。
イグニスの首輪が反応する。
「グ……ガアアアアア!」
「イグニス!」
「敵を焼き払え!」
ゼノスが杖を掲げる。
「ノクス王を殺せ!」
首輪から黒い雷が走る。
「グオオオオオオ!」
イグニスの口に炎が集まる。
「陛下!」
リゼリアが前に出る。
「待て!」
「しかし!」
「イグニス!」
俺は叫んだ。
「聞こえるか!」
「グ……ガ……!」
「俺の臣下になれ!」
戦場が静まり返った。
「…………」
イグニスまで動きを止めた。
「……何?」
「その首輪を外せる!」
王権。
本人が同意すれば、外部支配を強制解除できる。
「俺の臣下になるって言ってくれ!」
「ふざけるな……」
「ふざけてない!」
「我が……」
イグニスの身体から炎が噴き出す。
「我が貴様などに……!」
「分かってる!」
父親を殺したと思っている男。
その男と同じ魂を持つ俺。
信用できるわけがない。
「ずっとじゃなくていい!」
「何……?」
「首輪を外すまででいい!」
俺自身、思いつきで言った。
「自由になったら、臣下をやめてもいい!」
『警告』
【臣下の離脱を許可する契約は非推奨です】
「うるさい!」
今は黙ってろ。
「俺はお前を支配したいわけじゃない!」
イグニスの瞳を見る。
「助けたいだけだ!」
「…………」
「だから選べ!」
俺は手を伸ばす。
「帝国の奴隷のままでいるか――」
イグニスが俺を見る。
「一度だけ、俺を信じるか!」
沈黙。
「イグニス!」
ゼノスが杖を掲げる。
「殺せ!」
「グ……!」
黒い雷。
イグニスが苦しむ。
「早く!」
数秒。
たった数秒だった。
でも。
ものすごく長く感じた。
そして。
「……レオン」
初めて。
イグニスが俺の名前を呼んだ。
「何?」
「もし……」
苦しそうに息を吐く。
「我を騙したら……」
「ああ」
「貴様を食い殺す」
「分かった」
「…………」
イグニスが目を閉じる。
「我、古代竜イグニスは――」
首輪が激しく光る。
「一時……ノクス王レオンの臣下となる!」
瞬間。
世界が震えた。
『臣従意思を確認』
【対象:古代竜イグニス】
【臣下登録を開始】
「何だ!?」
ゼノスが叫ぶ。
「止めろ!」
帝国軍の魔術師たちが一斉に動く。
「リゼリア!」
「御意」
彼女が指を鳴らした。
ドンッ!
帝国軍の前に巨大な壁が出現する。
「なっ!?」
「魔法障壁!?」
『臣下登録完了』
【個体名:イグニス】
【種族:古代竜】
【階級:国家災害級】
【忠誠度:-80】
「マイナスあるの!?」
今知りたくなかった。
『外部支配を検出』
【隷属術式】
【王権により強制解除します】
「やめろ!」
ゼノスが杖を振る。
遅い。
パキン。
小さな音。
イグニスの首輪に亀裂が入る。
「嘘だ……」
ゼノスの顔が青ざめる。
パキ。
パキパキパキ――。
そして。
ガシャン!
首輪が砕け散った。
「…………」
イグニスが動かない。
「イグニス?」
返事がない。
やがて。
巨大な翼が――ゆっくりと開いた。
バサッ!
風圧だけで帝国兵たちが吹き飛ばされる。
「うわあああ!」
イグニスが空へ舞い上がった。
そして。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮。
空が震える。
雲が吹き飛ぶ。
二万の帝国兵が一斉に立ち止まった。
自由。
三十年ぶりの自由だった。
イグニスが空中で旋回する。
その視線が――。
ゼノスへ向いた。
「ひっ……」
「ゼノス・ガルバ」
地面が震えるほどの声。
「三十年」
「ま、待て!」
「三十年だ」
「話を――」
「貴様らは我から自由を奪った」
口元に炎が集まり始める。
「イグニス!」
俺は叫んだ。
「殺すな!」
「…………」
巨大な瞳が俺を見る。
「命令するな」
「今お前、俺の臣下だろ!」
「…………」
「約束しただろ!」
沈黙。
「……チッ」
「竜って舌打ちするの?」
イグニスが炎を消した。
「一時的だ」
「分かってる」
「勘違いするな」
「してない」
「我は貴様を認めていない」
「はいはい」
「返事が軽い!」
なんだろう。
思っていたより話しやすい。
その瞬間。
『特殊任務条件達成』
【古代竜イグニスの生存を確認】
【隷属状態を解除】
【隠し条件を達成しました】
「隠し条件?」
表示が変わる。
【三百年前に失われた盟約が一部復活しました】
【王国レベル上限を解放】
【新たな王権の覚醒条件を達成】
「新しい王権……?」
だが。
それを確認する暇はなかった。
「全軍!」
ゼノスが叫んだ。
「ノクス王を殺せ!」
「え?」
「奴を殺せば竜との契約も消える!」
帝国兵たちが一斉に武器を構える。
二万。
そのすべてが俺を見る。
「……やっぱりこうなる?」
「陛下」
リゼリアが俺の横に立つ。
笑っていた。
「今度こそ、よろしいでしょうか?」
「ダメ」
「…………」
「何でそんな悲しそうな顔するんだよ」
俺は前を見る。
二万の帝国軍。
空には古代竜。
後方には黒騎士団五十。
そして。
俺の頭の中に声が響く。
『第三王権の覚醒条件を達成しました』
【第三王権――王威】
【発動可能】
「王威?」
『王の意思を、すべての敵へ示す力です』
俺は二万の軍勢を見る。
殺さずに止める。
それが俺の選んだ戦い方。
「使う」
『第三王権――王威』
『発動します』
その瞬間。
二万人が――。
一斉に俺の前へ跪いた。




