第8話 古代竜――帝国が従える国家災害級。
「黒騎士団だけでは、少々厄介かもしれません」
リゼリアの言葉を聞いて、俺は地図を見つめた。
二万近い赤い光。
その中心に、一つだけ存在する巨大な紫色の光。
【種族:古代竜】
【推定危険度:国家災害級】
「……国家災害級って、どれくらい?」
「文字通りでございます」
「文字通り?」
「一体で国を滅ぼし得る存在です」
「…………」
分かりやすい。
そして、分かりやすく最悪だ。
「なんでそんなものを帝国が連れてるんだ?」
「そこまでは」
「帝国が飼ってるとか?」
「可能性はございます」
「竜って飼えるの?」
「通常であれば困難です」
リゼリアが紫色の光を見つめる。
「古代竜ともなれば、なおさら」
「じゃあ、何か方法があるってことか」
「おそらく」
俺は少し考えた。
「リゼリアなら勝てる?」
「はい」
即答だった。
「……やっぱり?」
「問題なく」
「じゃあ何で真剣な顔してたの?」
「久しぶりに少しだけ楽しめそうでしたので」
「心配して損した!」
やっぱりこいつだった。
「ちなみに黒騎士団だと?」
「ヴァルド一人では難しいでしょう」
「五十人なら?」
「勝利は可能かと」
「被害は?」
「何名か消滅する可能性がございます」
「それはダメだ」
黒騎士団は緊急王権で呼び出した存在。
三日間だけとはいえ、俺の部下だ。
無駄に失いたくない。
それに。
「古代竜も殺したくない」
「…………」
リゼリアが俺を見る。
「何?」
「竜も、でございますか?」
「ああ」
「敵兵だけではなく?」
「うん」
「…………」
「そんな変?」
「陛下」
リゼリアが真剣な表情になる。
「古代竜は人間ではございません」
「知ってる」
「場合によっては、一晩で数万人を殺します」
「だから?」
「…………」
「帝国に操られてる可能性があるんだろ?」
「ございます」
「なら、先にそれを確認する」
リゼリアが黙った。
「殺すのは最後でいい」
俺は地図を見る。
「話ができるなら話す」
すると。
『特殊条件を検出』
また表示が現れた。
【特殊任務が更新されました】
【追加目標】
【古代竜の生存】
【達成報酬:???】
「ほら」
「王権は随分と陛下をお気に召しているようですね」
「俺が王だからじゃないの?」
「以前の王には、ここまで親切ではございませんでした」
「そうなの?」
「はい」
「どんな感じだった?」
「『勝て』『殺せ』『奪え』の三種類が大半でした」
「ひどいシステムだな!」
三百年前のノクス王国が恐れられた理由が、だんだん分かってきた気がする。
◇ ◇ ◇
十五時間後。
『転移門の建設が完了しました』
「来た!」
王城の中庭。
巨大な石造りの門が完成していた。
扉はない。
門の内側には黒い光が揺れている。
【転移門】
【接続先:東部街道】
「これに入ればいい?」
『はい』
「本当に大丈夫?」
『安全性:99.98%』
「残り0.02%は?」
『回答権限がありません』
「急に怖くなったんだけど」
「陛下」
リゼリアが先に門へ入る。
姿が消えた。
数秒後。
ひょこっと顔だけが黒い光から出てきた。
「問題ございません」
「それできるんだ」
俺も門へ入った。
一瞬。
身体が浮くような感覚。
そして――。
「……おお」
景色が変わった。
王城はない。
目の前には広大な平原。
後ろを見ると、同じ形の転移門が建っている。
「本当に一瞬だ」
『転移完了』
【移動距離:42キロメートル】
「便利すぎるな」
四十二キロを一瞬。
これだけでも相当な力だ。
「陛下!」
声が聞こえた。
黒い馬に乗ったヴァルドがこちらへ来る。
「ご無事で何よりです」
「そっちもな」
「はっ」
「捕虜は?」
「五千二百四十名、全員拘束しております」
「飯は?」
「…………」
「まさか」
「敵兵に食事を?」
「必要だろ!」
「敵なのに?」
「人間だよ!」
「……承知いたしました」
この国、本当に大丈夫なのか。
「あと怪我人の治療」
「敵兵を?」
「そう」
「…………」
「王命」
「御意!」
王命って便利だな。
そのとき。
ドォォォン――!
遠くから爆発音が響いた。
地面が揺れる。
「来たか」
ヴァルドが大剣に手をかける。
地平線。
黒い影が見え始めた。
一つ。
十。
百。
千。
そして――。
地平線を埋め尽くすほどの軍勢。
ヴァルガス帝国軍本隊。
約二万。
俺は初めて見る本物の大軍に言葉を失った。
「……多すぎない?」
「二万程度です」
「君らの『程度』は信用しない」
しかし。
本当に恐ろしいものは、その軍勢ではなかった。
ズン。
ズン。
巨大な足音。
「……何だ?」
帝国軍の中央が開く。
そこから。
何かが現れた。
「でか……」
竜。
全長は五十メートル以上ある。
黒に近い深紅の鱗。
巨大な翼。
頭には二本の角。
首には――。
「鎖?」
巨大な黒い首輪がつけられている。
そこから何本もの鎖が伸びていた。
「やっぱり操られてる?」
「おそらく」
リゼリアの目が細くなる。
「隷属魔法ですね」
「解除できる?」
「可能です」
「じゃあ――」
「ただし」
リゼリアが続ける。
「あの首輪を破壊する必要がございます」
「壊せばいい?」
「首輪には古代竜自身の魔力が流されています。外部から強引に破壊すれば――」
「どうなる?」
「首ごと吹き飛ぶ可能性がございます」
「ダメじゃん!」
つまり。
殺さずに助けるには、別の方法が必要。
「王権で何とかできない?」
『解析を開始します』
紫色の光が点滅する。
【隷属術式を検出】
【解除方法を検索】
【…………】
【検索失敗】
「ダメか」
『ただし、代替手段があります』
「あるの!?」
【対象をノクス王国の臣下として登録した場合】
【王権による外部支配の強制解除が可能です】
「……臣下?」
つまり。
「あの竜を俺の部下にすればいい?」
『肯定』
「どうやって?」
【対象本人の同意が必要です】
「本人の同意……」
俺は古代竜を見る。
巨大な瞳。
苦しそうだ。
口から炎が漏れている。
そして――。
「話せるのか?」
「古代竜であれば、人語を理解します」
「なら決まりだ」
俺は歩き出した。
「陛下?」
「話してくる」
「…………」
ヴァルドが固まった。
「お一人で?」
「リゼリアは来て」
「喜んで」
「陛下!」
ヴァルドが慌てる。
「敵軍二万の正面ですぞ!」
「だから?」
「あまりにも危険です!」
するとリゼリアが首を傾げた。
「私がおりますが?」
「…………」
ヴァルドが黙った。
「それなら問題ありませんな」
「納得するんだ」
俺とリゼリアは帝国軍へ向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
「止まれ!」
帝国兵が叫ぶ。
俺たちは止まった。
距離、およそ百メートル。
「何者だ!」
「ノクス王国国王、レオン・アークレイ!」
ざわめきが起きる。
「ノクス……?」
「本当に復活したのか?」
「静まれ!」
一人の男が前へ出てきた。
巨大な馬。
赤い鎧。
五十代くらいの男。
「私はヴァルガス帝国第二軍団長、ゼノス・ガルバ!」
「この軍の責任者?」
「そうだ」
「じゃあ話が早い」
俺は古代竜を指差した。
「その竜を解放してくれ」
「…………」
ゼノスが一瞬固まる。
そして。
「ハハハハハ!」
帝国兵たちも笑い始めた。
「何を言い出すかと思えば!」
「嫌?」
「当然だ!」
「じゃあ、仕方ない」
「何?」
「本人に聞く」
俺は古代竜を見る。
「おい!」
巨大な瞳が俺を見る。
「言葉、分かる?」
返事はない。
「俺はレオン!」
「…………」
「ノクス王国の王だ!」
その瞬間。
古代竜の瞳が大きく開いた。
「……ノ……クス……?」
地面が震えるほど低い声。
話せる。
「そうだ!」
「ノクス……王……」
竜が俺を見つめる。
そして。
「なぜ……」
苦しそうに声を絞り出す。
「なぜ……貴様から……」
鎖が軋む。
「初代王の……匂いがする……?」
「…………」
俺は固まった。
リゼリアを見る。
彼女も驚いていた。
「初代王?」
俺が聞き返す。
古代竜が咆哮した。
「答えろ!」
轟音。
帝国兵たちが耳を塞ぐ。
「貴様は何者だ!」
俺だって知りたい。
「レオン・アークレイだ!」
「その名ではない!」
竜が暴れ始める。
「ぐっ!」
「鎖を強化しろ!」
帝国兵たちが慌てる。
「三百年前――」
古代竜の目が俺だけを見ていた。
「我が友を殺した男!」
「……え?」
「ノクス王国初代国王――」
次の言葉で。
リゼリアの顔色が変わった。
「アルク・ノクス!」
古代竜が叫ぶ。
「なぜ貴様が――」
俺を睨みつける。
「奴と同じ魂を持っている!」
世界が止まったように感じた。
「……俺の魂?」
その瞬間。
頭の中に。
今まで聞いたことのない声が響いた。
『魂情報への干渉を検出』
『封印されていた記憶領域が反応』
【警告】
【王の記憶――第一封印が解除されます】
「待て……」
頭が痛い。
「なんだ……これ……」
知らない景色が見える。
巨大な城。
数万の兵士。
空を飛ぶ竜。
そして。
玉座に座る一人の男。
その顔は――。
「嘘だろ……」
俺と。
まったく同じだった。




