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第5話 五千対百――王が選んだ答え。

 敵兵力、五千二百四十。

 こちらの兵力、百。

 数字だけ見れば、勝負にすらならない。

 なのに――。

「陛下。今度こそ滅ぼしてよろしいですか?」

 リゼリアだけが、妙に楽しそうだった。

「ちょっと待て」

「なぜでしょう?」

「五千人だぞ?」

「はい」

「勝てるの?」

 リゼリアが不思議そうに首を傾げる。

「私が、ですか?」

「ああ」

「もちろんでございます」

「……どれくらいかかる?」

「そうですね」

 少し考える。

「逃走する者を追わなくてよろしければ、十分ほどでしょうか」

「…………」

 もう驚かない。

 こいつの強さを普通の基準で考えるのはやめよう。

 だが。

「リゼリアは出さない」

「……はい?」

 初めて見た。

 リゼリアが本気で驚いた顔をしている。

「なぜでございますか?」

「理由は三つある」

 俺は指を一本立てた。

「一つ。俺たちはまだアルディアと同盟を結んでない」

 二本目。

「二つ。ヴァルガス帝国について何も知らない」

 三本目。

「そして一番大事なのが――」

 俺はリゼリアを見る。

「君の力を他国に知られたくない」

「…………」

「違う?」

 リゼリアの真紅の瞳がわずかに見開かれた。

 俺は続ける。

「君が本当に一人で五千人を倒せるなら、それは切り札だ」

「左様でございます」

「だったら最初から見せる必要はない」

 アルディア王国。

 ヴァルガス帝国。

 他にも国がある。

 俺たちがどんな国なのか、世界はまだ知らない。

 だったら――。

 知られない方がいい。

「敵にこっちの手札を全部見せる必要はないだろ?」

 しばらく沈黙したあと。

 リゼリアが跪いた。

「……感服いたしました」

「え?」

「さすがは我が王」

「いや、普通じゃない?」

「いいえ」

 リゼリアは嬉しそうに微笑む。

「私であれば、すべて殺して終わらせておりました」

「それは知ってる」

 だから俺が考えないといけないんだ。

 そのとき。

「ノクス王」

 ガレスが俺を呼んだ。

「我々は王都へ戻る」

「そうなるよな」

「会談の件は延期させてほしい」

「もちろん」

「……すまない」

 ガレスが馬へ向かう。

 だが、その足が止まった。

「一つ聞きたい」

「何?」

「もし――」

 ガレスが振り返る。

「アルディアが帝国に敗れた場合、貴国はどうする?」

 周囲が静かになった。

 答え方を間違えれば、敵になる。

 だから俺は正直に答えた。

「分からない」

「……何?」

「俺はアルディアのことも、帝国のことも知らない」

「…………」

「どっちが正しいのかも分からないのに、今決められるわけないだろ」

 ガレスは何も言わない。

「ただ」

 俺は続ける。

「帝国が俺の国に攻めてきたら――戦う」

「五千を相手に?」

「ああ」

「百の兵で?」

「必要なら」

 ガレスが俺を見る。

 そして小さく笑った。

「変わった王だ」

「よく言われそうな気がする」

「生きていれば、また会おう」

「死ぬ前提で言うなよ」

「努力する」

 ガレスは馬に乗った。

「全軍! 王都へ帰還する!」

 アルディア軍が動き始める。

 三百の兵士が東へ向かっていった。

 俺はその背中を見送る。

「さて」

 問題はここからだ。

「城へ戻ろう」

 ◇ ◇ ◇

 王城。

 玉座の間。

 初めてちゃんと座ってみたが――。

「落ち着かないな、これ」

 巨大な黒い玉座。

 座り心地はいい。

 でも、どう考えても俺には似合わない。

 目の前にはリゼリア。

 そして臣民の代表として、最初に出会った老人が立っている。

「名前を聞いてなかったな」

「ハインと申します、陛下」

「ハイン。アルディアについて知ってることを教えてくれ」

「承知いたしました」

 ハインの話によると、アルディア王国は人口およそ二十万人。

 農業を中心とした小国。

 常備軍は約三千。

 一方。

 ヴァルガス帝国。

 人口は百万人以上。

 兵力は数万。

 周辺国を次々と併合している軍事国家。

「差がありすぎるな」

「はい」

「なんで今まで攻めてこなかった?」

「アルディアの西には大峡谷がございます。進軍できる道が限られているため、国境砦さえ守れば侵攻を防げておりました」

「その砦が落ちた、と」

「はい」

 千人の守備兵が全滅。

 帝国軍五千が王都へ進軍中。

「王都まで何日?」

「騎兵だけなら一日。大軍であれば、おそらく二日ほどかと」

 二日。

 時間がない。

『王国情報を更新しました』

 突然、表示が現れた。

【ノクス王国】

【王国レベル:2】

【臣民:17】

【兵力:100】

【国庫:1000】

【領土:1】

「臣民17?」

 そうか。

 ゴブリンから助けた五人。

「移住したのか?」

『五名がノクス王国への帰属を希望しました』

「本人たちに聞かなくていいの?」

『帰属意思を確認済みです』

「いつの間に……」

 便利だけど、ちょっと怖い。

 そして。

 もう一つ表示が現れた。

【領土拡張権×1を所有しています】

 そうだった。

 ゴブリン討伐の報酬。

「領土拡張って、どう使う?」

『隣接する無所属地域を領土化できます』

 地図が表示された。

 現在の領土は王城周辺。

 その外側にいくつか選択可能な場所がある。

【北部森林】

【南部平原】

【西部山岳】

【東部街道】

「……東部街道」

 アルディアへ続く道だ。

 俺は考える。

 もしここを領土にすれば。

「領土内なら、敵を感知できる?」

『可能です』

「軍団への補正は?」

『王国軍は自国領内で能力が上昇します』

「どれくらい?」

【現在の王国レベルでは20%】

「使えるな」

 俺は地図を見る。

「東部街道を領土にする」

『領土拡張権を使用しますか?』

「ああ」

『承認しました』

【東部街道を領土化しました】

【領土:1→2】

 地図上の一部が黒く染まる。

 そして――。

『新たな施設が建設可能になりました』

【監視塔】

【兵舎】

【防壁】

【転移門】

「転移門?」

 気になる。

「説明」

【転移門】

【所有領土間を瞬時に移動できます】

「……これだ」

 王城と東部街道。

 二つの領土を瞬時に移動できる。

「建設条件は?」

【必要国庫:800】

「高いな……」

 国庫は千。

 ほとんどなくなる。

 でも。

「作る」

「陛下?」

 ハインが驚く。

「転移門を建てる」

『金貨800枚を消費します』

【国庫:1000→200】

【転移門の建設を開始】

【完成まで:24時間】

「一日か」

 ギリギリ間に合う。

「陛下」

 リゼリアが俺を見ていた。

「何をお考えなのでしょう?」

「まだ決めてない」

「まだ?」

「アルディアを助けるかどうか」

「…………」

「でも、選べるようにはしておきたい」

 転移門が完成すれば、黒骸兵百人を一瞬で東へ送れる。

 戦う。

 逃げる。

 援軍を出す。

 どれを選ぶにしても、移動手段は必要だ。

「戦わない準備も、戦う準備も両方する」

 リゼリアが微笑んだ。

「承知いたしました」

 そのときだった。

『緊急通知』

「今度は何だ?」

 地図が赤く光る。

【東部街道】

【生命反応:1】

【高速接近中】

 一人?

 城の外へ出る。

 しばらくすると、一頭の馬が見えてきた。

 その背には人間が乗っている。

「陛下!」

 黒骸兵が剣を構える。

「待て」

 馬が城門前まで来る。

 乗っていた男が転げ落ちた。

「た、助けて……」

 アルディア兵だった。

 血まみれだ。

「おい!」

 駆け寄る。

「何があった?」

「帝国軍が……」

「王都に着いたのか?」

「違う……」

 兵士が震えながら俺の腕を掴む。

「五千じゃない……」

「何?」

「後続部隊が……来た……」

 嫌な予感がした。

「何人?」

 兵士が答える。

「二万……」

「…………」

「帝国軍、本隊……二万が……国境を越えました……」

 頭の中に警告音が響いた。

『大規模生命反応を検出』

【ヴァルガス帝国軍】

【先遣隊:5,240】

【本隊:約20,000】

【総兵力:約25,000】

「二万五千……」

 百対二万五千。

 今度こそ笑えない。

 だが。

 通知は終わらなかった。

『特殊条件を達成しました』

「……何だ?」

【敵対勢力20,000以上を検出】

【王国存亡の危機と判定】

【緊急王権の使用条件を達成】

 聞いたことのない言葉だった。

「緊急王権?」

 リゼリアの表情が変わった。

「まさか……」

 初めてだった。

 いつも余裕のある彼女が――驚いている。

 表示が切り替わる。

【緊急王権】

【一時的に封印軍団を一つ解放できます】

 俺は息を呑んだ。

 そして。

 召喚可能な軍団が表示される。

【第一軍団――黒騎士団】

【第二軍団――冥界魔導兵団】

【第三軍団――竜騎兵団】

【第四軍団――???】

「…………」

 リゼリアが俺の隣で跪いた。

「陛下」

 その声から、いつもの軽さが消えていた。

「ご命令を」

 百対二万五千。

 まともに考えれば、絶望的な戦力差。

 しかし――。

 俺たちにはまだ。

 世界の誰も知らない軍団が、眠っている。

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