第2話 最初の臣下が、どう考えても強すぎる。
「ご命令を、我が王」
俺の前に跪く銀髪の女――リゼリア。
見た目だけなら、息を呑むほど美しい。
だが問題はそこじゃない。
【個体名:リゼリア】
【種族:魔族】
【階級:災厄級】
【レベル:???】
災厄級。
どう考えても物騒だ。
しかも、俺ではレベルすら測定できない。
「リゼリア」
「はい、我が王」
「まず確認したいんだけど……俺のこと、知ってるのか?」
「もちろんでございます」
即答だった。
「じゃあ、俺が誰なのか説明してくれ」
「我らが王にございます」
「それは知ってる」
「ノクス王国を統べる唯一絶対の御方」
「そこじゃなくて」
話が噛み合わない。
「俺は……レオン・アークレイなんだよな?」
「はい」
「じゃあ、前の俺については?」
リゼリアが首を傾げる。
「前、とは?」
「……いや、いい」
やっぱりダメだ。
少なくとも、俺が日本にいた人間だったことは知らないらしい。
そもそも、なぜ俺がここにいるのか。
なぜ王になったのか。
分からないことだらけだ。
「じゃあ次。この国について教えてくれ」
そう尋ねると、リゼリアの表情がわずかに変わった。
「ノクス王国は――滅びました」
「……やっぱり?」
「三百年前に」
「三百年!?」
思わず声が裏返った。
そんな昔なのか。
「なんで滅びた?」
「七王国連合による侵攻です」
「七王国……」
「かつてノクス王国は、この大陸でも有数の強国でした。しかし周辺諸国は、その力を恐れました」
リゼリアが静かに立ち上がる。
「そして七つの国が同盟を結び、我が国へ侵攻しました」
「負けたのか」
「はい」
少し意外だった。
これだけ強そうな臣下を召喚できる国が、簡単に滅ぼされるのだろうか。
「当時も、君みたいな奴がいたんじゃないのか?」
「おりました」
「じゃあ、なんで……」
「王が殺されたからです」
空気が変わった。
リゼリアの赤い瞳が、一瞬だけ鋭くなる。
「ノクス王国の力は王を中心として成り立っています。王を失えば、王権によって存在していた臣下や兵士の多くも力を失います」
「なるほど……」
つまり俺が死ねば終わり。
とんでもなく重要な情報じゃないか。
「ちなみに俺、どれくらい強い?」
「現在の陛下ですか?」
「ああ」
リゼリアは少し考えた。
「非常にお弱いです」
「…………」
即死級の言葉が飛んできた。
「もうちょっと言い方ない?」
「申し訳ございません」
「いや、いいけどさ」
レベル2だ。
そりゃ弱いだろう。
「じゃあリゼリアは?」
「私でございますか?」
「ああ」
「現在の大陸であれば――」
リゼリアは何でもないことのように答えた。
「一国程度でしたら、単独で滅ぼせるかと」
「…………」
聞かなきゃよかった。
「絶対に滅ぼすなよ」
「かしこまりました」
「本当に分かってる?」
「もちろんでございます」
怪しい。
ものすごく怪しい。
そのときだった。
『警告』
頭の中に声が響いた。
『王国領内への侵入者を確認』
「侵入者?」
目の前に文字が現れる。
【侵入者:12】
【位置:王城南門】
【敵対判定:不明】
リゼリアの雰囲気が一変した。
「陛下」
「ん?」
「殺してまいります」
「待て待て待て!」
早い。
判断が早すぎる。
「まだ敵かどうか分からないだろ!」
「王の領土へ許可なく侵入した時点で敵では?」
「違う!」
「では、半殺しに」
「もっとダメ!」
「難しいものですね」
何が難しいんだ。
「とりあえず様子を見る。俺も行く」
「なりません」
即答だった。
「なんで?」
「陛下は非常にお弱いので」
「二回言わなくていい!」
とはいえ、正論ではある。
だがここで引きこもっていても何も分からない。
「俺は王なんだろ?」
「はい」
「だったら、自分の国に誰が来たのかくらい自分で確認する」
「…………」
リゼリアは少し黙った。
やがて、静かに頭を下げる。
「承知いたしました」
俺たちは王城の南門へ向かった。
歩きながら、改めて城を見る。
ひどい。
廊下は崩れ、窓は割れ、いたるところに植物が入り込んでいる。
三百年放置されたと言われれば納得できる。
「これ……本当に直せるのか?」
『王国機能の拡張により修復可能です』
「また急に出てくるな」
頭の声にも少し慣れてきた。
「修復するには?」
【必要条件】
【臣民:10】
【国庫:1000】
【領土:1】
臣民10。
国庫1000。
「金も人もいないんだけど」
『現在の達成率:33%』
「領土しかないからな!」
先は長そうだ。
やがて南門に到着した。
巨大な門は半分崩れている。
その向こうから声が聞こえた。
「急げ!」
「もう追いつかれる!」
「子供を先に!」
……子供?
俺は瓦礫の陰から外を見る。
そこにいたのは、ボロボロの服を着た人たちだった。
老人。
女。
そして小さな子供。
全部で十二人。
武器らしい武器はほとんど持っていない。
「侵略者には見えないな」
「陛下」
リゼリアが静かに言った。
「後方から別の集団が接近しております」
「別の?」
耳を澄ます。
遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
次第に大きくなる。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
武装した男たちが森から現れた。
五人。
全員が剣や弓を持っている。
逃げてきた人々が悲鳴を上げた。
「お願いします!」
一人の女が叫んだ。
「子供だけでも!」
武装した男が笑う。
「借金も払えねえ奴が何言ってやがる」
「村は焼かれたんです! 払えるわけが――」
「知るか」
男が剣を抜いた。
俺は思わず前に出た。
「おい」
全員の視線がこちらを向く。
「誰だ、てめえ?」
「俺は……」
言いかけて止まる。
なんて名乗ればいい?
日本人?
レオン?
それとも――。
王?
その瞬間、リゼリアが俺の横に立った。
「頭が高い」
「は?」
「御前であるぞ」
男たちが顔を見合わせる。
「御前?」
「誰のだよ」
リゼリアが微笑んだ。
「この地を統べる――ノクス王国国王陛下の御前である」
空気が止まった。
逃げてきた人々も俺を見る。
そして武装した男たちも。
やがて一人が吹き出した。
「ノクス王国?」
「三百年前に滅んだ国じゃねえか!」
「こいつ頭がおかしいぞ!」
笑い声が響く。
俺は小さくため息をついた。
まあ、そうなるよな。
ところが。
「陛下」
リゼリアが俺を見る。
「やはり殺してよろしいでしょうか?」
「だからダメだって」
「残念です」
本当に残念そうにするな。
武装した男の一人がこちらへ歩いてきた。
「どけ」
「嫌だと言ったら?」
「死ぬだけだ」
男が剣を振り上げる。
怖い。
さっきの甲冑とは違う。
生きている人間だ。
でも――。
後ろを見る。
震えている子供がいた。
母親らしき女性が、その子を抱きしめている。
ここで退いたら。
たぶん、この人たちは殺される。
「……リゼリア」
「はい」
「殺すな」
「承知いたしました」
「でも――」
俺は男たちを見る。
「追い返せ」
その瞬間。
リゼリアが笑った。
「御意」
消えた。
「え?」
次の瞬間。
ドォォォン!
地面が爆発した。
「うわああああ!」
武装した男たちがまとめて吹き飛ぶ。
「…………」
俺は言葉を失った。
地面には巨大な亀裂。
木々がなぎ倒されている。
なのに――。
五人とも生きていた。
「ば、化け物……!」
「逃げろ!」
男たちは武器を捨て、一目散に森へ逃げていった。
リゼリアが戻ってくる。
「追撃いたしますか?」
「しなくていい」
「承知いたしました」
俺は改めて思った。
こいつ。
本当に強すぎる。
そのとき。
「……あの」
後ろから声がした。
振り返る。
逃げてきた十二人が、俺を見ていた。
一人の老人が前に出る。
「先ほど……ノクス王国の王と」
「あー……」
どう説明したものか。
「一応、そうらしいです」
「らしい?」
「いや、こっちの話です」
老人は俺の後ろにある巨大な城を見上げた。
「この城に……住んでおられるのですか?」
「今日からですけど」
「…………」
また変な顔をされた。
仕方ない。
俺自身、状況を理解していない。
老人は少し迷ったあと――。
突然、地面に膝をついた。
「え?」
他の十一人も続く。
「ちょっと、何してるんですか?」
「お願いがございます」
老人が頭を下げた。
「我々を――」
声が震えていた。
「この国に置いていただけないでしょうか」
その瞬間。
頭の中に声が響いた。
『条件達成を確認』
『移住希望者を検出しました』
【移住希望者:12】
【受け入れますか?】
俺は表示された文字を見る。
臣民。
確か城の修復に必要だった人数は――10人。
「……まさか」
俺は小さく笑った。
「もちろん」
【移住を承認しました】
文字が切り替わる。
【臣民:0→12】
【王国復興条件を達成】
【臣民10/10】
【領土1/1】
【新機能が解放されます】
【王国施設――国庫】
【王国任務が解放されます】
【初回任務:民を守る王】
【報酬:金貨1000枚】
「……え?」
【任務達成】
【金貨1000枚を獲得しました】
【国庫:0→1000】
さらに表示が変わる。
【王城修復条件をすべて達成しました】
【王城を修復しますか?】
「…………」
俺は崩れかけた城を見上げた。
臣民十二人。
最強らしい臣下一人。
そして金貨千枚。
目覚めたときには、本当に何もなかった。
それなのに――。
「修復する」
『承認しました』
ゴゴゴゴゴゴゴ――!
「な、なんだ!?」
大地が揺れた。
崩れていた城壁が浮かび上がる。
割れた石が元の位置へ戻り、亀裂が消えていく。
朽ち果てた門が巨大な黒い城門へと変わる。
十二人の民が呆然と見上げている。
そして俺も――同じだった。
数分後。
そこにはもう、廃墟はなかった。
月明かりの下。
巨大な黒い王城が、三百年の眠りから蘇っていた。
『ノクス王城の修復が完了しました』
『王国レベルが上昇しました』
【ノクス王国】
【王国レベル:2】
【臣民:12】
【兵力:0】
【国庫:1000】
【領土:1】
だが。
最後に、見覚えのない表示が現れた。
【王国レベル2到達報酬】
【第二王権が解放されます】
「第二王権……?」
表示された能力名を見て、俺は固まった。
【第二王権――軍団召喚】
リゼリアが静かに笑った。
「陛下」
「……なんだ?」
「ようやく――」
真紅の瞳が月明かりを反射する。
「我らの国が、始まりますね」
臣民十二人から始まった、小さな国。
この夜。
三百年前に滅びたはずのノクス王国が――。
再び、世界に姿を現した。




