第1話 目覚めたら、滅びた王国の王だった。
目を覚ましたとき、最初に見えたのは、ひび割れた天井だった。
「……どこだ、ここ」
声が妙に響いた。
身体を起こす。
冷たい石造りの床。崩れかけた柱。壁には見たこともない文字が刻まれている。
窓らしき穴から差し込む月明かりだけが、広大な部屋を青白く照らしていた。
そして――。
「なんだよ……これ」
俺は自分の手を見た。
黒い。
正確には、黒い金属のようなもので覆われている。
指を動かす。
普通に動く。
だが、明らかに俺の手じゃない。
最後に覚えているのは、いつものように仕事から帰ってきた夜だった。
飯を食って、風呂に入って、ベッドに横になった。
それだけだ。
事故に遭った覚えもない。
死んだ記憶もない。
なのに――。
「……夢か?」
頬をつねろうとして、やめた。
この指でやったら頬ごとえぐれそうな気がしたからだ。
代わりに立ち上がる。
その瞬間だった。
『王の覚醒を確認しました』
「……は?」
頭の中に、女の声が響いた。
周囲を見回す。
誰もいない。
『継承条件を達成。王権システムを起動します』
「ちょっと待て。誰だ?」
返事はない。
代わりに、目の前に青白い文字が浮かび上がった。
【名 前】レオン・アークレイ
【種 族】人間
【称 号】滅びの王国を継ぐ者
【レベル】1
【王 国】ノクス王国
【領 土】1
【臣 民】0
【兵 力】0
【国 庫】0
「…………」
俺は三回読み直した。
「いやいやいや」
おかしいだろ。
レベル1。
臣民0。
兵力0。
国庫0。
それで称号が王?
「何も持ってねえじゃん」
『正確には、一つだけ所有しています』
「うおっ!」
返事が来た。
「いるなら最初から答えろよ!」
『質問を認識できませんでした』
「今答えてるだろ!」
どうやら会話が成立しているようで、微妙に成立していない。
「……で、一つだけって?」
『王城です』
「これが?」
『はい』
俺は周囲を見渡した。
天井には穴。
柱は半分崩壊。
壁には巨大な亀裂。
床には瓦礫。
「廃墟じゃねえか」
『王城です』
「廃墟だろ」
『王城です』
「…………」
こいつ、絶対に譲らないタイプだ。
ため息をつきながら歩き出す。
部屋の奥に巨大な扉があった。
押してみる。
ギギギギギ――。
重そうな音を立てながら、簡単に開いた。
「……ん?」
今の扉、どう考えても数百キロはありそうだった。
試しに片手で押してみる。
動く。
「俺……力強くなってないか?」
『王の身体能力には補正が適用されています』
「それ先に言えよ」
扉の向こうには長い廊下が続いていた。
左右には朽ち果てた甲冑が並んでいる。
嫌な雰囲気だ。
俺は慎重に歩いた。
一歩。
二歩。
三歩。
――カタン。
「……?」
後ろから音がした。
振り返る。
何もない。
「気のせいか」
再び歩き出す。
――ガシャン。
今度ははっきり聞こえた。
振り向く。
「…………」
甲冑が一体、こちらを向いていた。
「おい」
さっきまで正面を向いていたはずだ。
次の瞬間。
甲冑の眼窩に赤い光が灯った。
「うわっ!」
剣が振り下ろされる。
俺は反射的に腕を出した。
ガキィィン!
剣が弾かれた。
「……え?」
痛くない。
腕を見る。
傷一つない。
甲冑が再び剣を構える。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だけど――。
「もしかして……こいつ、弱い?」
俺は拳を握った。
そして、思い切り殴った。
ドンッ!
甲冑が吹き飛んだ。
「…………え?」
十メートルほど先の壁に激突し、粉々になる。
『侵入者を排除しました』
「いや、俺が一番びっくりしてるんだけど」
青白い文字が現れる。
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル1→レベル2】
「本当にゲームみたいだな……」
だが、次に表示された文字を見て、俺は固まった。
【王国復興条件の一部を達成しました】
【王権能力が解放されます】
「王権能力?」
【第一王権――臣下召喚】
臣下。
つまり部下を呼べるということか。
「……使ってみるか」
『召喚を実行しますか?』
「ああ」
『承認しました』
床に巨大な魔法陣が現れた。
「お、おい……」
空気が変わった。
さっきの甲冑とは明らかに違う。
部屋全体が震え始める。
魔法陣から黒い霧が噴き出した。
その中心に――誰かがいる。
人影だった。
長い銀髪。
黒いドレス。
そして、頭には二本の角。
女だ。
ゆっくりと目を開く。
真紅の瞳。
人間じゃない。
直感的にそう思った。
女は俺を見つめた。
そして――。
跪いた。
「お待ちしておりました」
「……俺を?」
「はい」
女は微笑む。
「我が王」
その瞬間、目の前に文字が現れた。
【臣下召喚成功】
【個体名:リゼリア】
【種族:魔族】
【階級:災厄級】
【レベル:???】
「……待て」
嫌な予感がする。
「なんでレベルが表示されない?」
『現在の王では測定できません』
「…………」
俺より遥かに強い。
そういうことか。
リゼリアが顔を上げた。
「ご命令を、我が王」
「いや、命令って言われても……」
「国を滅ぼしますか?」
「滅ぼさないよ!」
「では、人間を?」
「もっとダメだよ!」
「承知しました」
何を承知したんだ。
ものすごく不安だ。
だが――。
これが、俺とリゼリアの出会いだった。
このときの俺はまだ知らなかった。
臣民ゼロ。
兵士ゼロ。
国庫ゼロ。
崩れかけた城しか持たない、この小さな王国が――。
やがて世界中から、
『絶対に敵に回してはいけない国』
と呼ばれることになるなんて。
そして俺自身が――。
この世界の歴史を根底から変える王になることも。
まだ、知らなかった。




