第19話 双王――敵だった二つの王国が、三百年ぶりに手を組む。
【王都セレナ崩壊】
【死者予測――812,441名】
【原因――エリシア覚醒】
「…………」
八十一万人。
数字が大きすぎて。
一瞬、意味が分からなかった。
「これ……本当に?」
『未来事象は確定していません』
「確率は?」
【現在の発生確率:91.8%】
「高すぎるだろ……」
俺はアリシアを見る。
彼女は。
動かなかった。
「アリシア?」
「……母が」
震えている。
「原因なの?」
「まだ決まったわけじゃない」
「でも!」
彼女が俺を見る。
「エリシアは母の名前なの!」
「同じ名前かもしれない」
「個体照合で一致したでしょう!」
「…………」
それはそうだ。
でも。
「死んだのは確認した?」
「え?」
「十八年前」
「…………」
「母親が死んだところを自分で見た?」
アリシアが黙る。
「私は生まれたばかりだった」
「じゃあ」
「父から聞いた」
「今のセレナ王?」
「ええ」
「ならまず確認する」
「何を?」
「全部」
三百年前。
七王国戦争。
俺の転生。
アリシアの未来視。
エリシア。
そして。
第二の王殺し。
「情報が足りなすぎる」
俺は頭を掻く。
「分からないまま戦うの、もう嫌なんだよ」
「…………」
「だから調べよう」
アリシアが俺を見る。
「あなた」
「何?」
「本当にノクス王?」
「そうだけど」
「魔王じゃないの?」
「違う」
「大陸を支配するつもりは?」
「ない」
「セレナを滅ぼすつもりは?」
「もっとない」
「…………」
「何?」
「聞いていた話と全然違う」
「どんな話聞いてたの!?」
「ノクス王は人の血を飲むと」
「飲まない!」
「毎晩百人の生贄を」
「国民五百人しかいないのに五日で国がなくなるだろ!」
アリシアが少しだけ笑った。
「……変な人」
「君に言われたくないよ。空から落ちてきて斬りかかってきたんだから」
「それは謝る」
「ならいい」
「軽いのね」
「怪我してないから」
その瞬間。
横から。
「私は許しておりません」
「リゼリア」
怖い。
「陛下へ剣を向けた罪」
「もういいって」
「最低でも両腕を――」
「ダメ!」
「では片腕」
「値引きみたいに言うな!」
アリシアがリゼリアを見る。
「あなた、本当に臣下なの?」
「第一臣下です」
「苦労してそうね」
「誰が?」
「レオンが」
「正解」
「陛下!?」
◇ ◇ ◇
一時間後。
王城会議室。
全員を集めた。
俺。
アリシア。
リゼリア。
セレスティア。
イグニス。
ガレス。
ハイン。
「まず」
俺はアリシアを見る。
「なんで空から落ちてきた?」
「転移したの」
「セレナから?」
「ええ」
「四百キロを?」
「聖王権で」
表示。
【第二王権系統――聖王権】
「何ができる?」
「言わない」
「なんで?」
「あなた敵かもしれないでしょう」
「うちの城で牛食べてるのに?」
「牛は関係ないでしょう」
確かに。
「じゃあ俺も能力言わない」
「あなたはだいたい知ってる」
「なんで!?」
「未来で見たから」
「ずるい!」
「陛下」
セレスティアが呆れた顔。
「子供の喧嘩は後にして」
「はい」
「誰が子供よ」
「あなたもよ」
「…………」
強い。
セレスティア。
王にも王女にも同じ態度。
「重要なのは双王システム」
彼女が言う。
「三百年前、始祖王権と聖王権は繋がっていた」
「敵国なのに?」
「そこがおかしい」
ガレスが古い資料を机へ置く。
「表向きの歴史では」
三百年前。
ノクス王国。
世界征服を目論んだ魔王国。
それを止めるため。
セレナを中心に七王国連合が結成。
ノクスを滅ぼした。
「でも」
俺が見た記憶では。
初代セレナ女王とアルクは並んでいた。
「つまり歴史が書き換えられてる?」
「可能性は高い」
ガレスが答える。
「誰が?」
全員。
同じ名前を考えていた。
「エリシア」
アリシアが呟く。
「でも……」
彼女が首を振る。
「あり得ない」
「何が?」
「セレナ王家に残る記録では」
アリシアが話す。
「エリシアという名前の王族は、過去に何人もいる」
「何人?」
「少なくとも十二人」
「多いな」
「王妃、王女、公爵夫人」
「同じ名前が?」
「ええ」
セレスティアの目が鋭くなる。
「年代は?」
「およそ百年ごと」
「…………」
「どうした?」
「偶然じゃない」
彼女が紙に年代を書く。
約千二百年前。
千百年前。
千年前。
九百年前。
そして。
三百年前。
十八年前。
「エリシアは同じ人物?」
「でも」
アリシアが言う。
「見た目も違う」
「身体が違うだけかもしれない」
「身体?」
ガレスが反応した。
「魂魄転移」
「知ってる?」
「理論だけです」
「何それ?」
「魂を別の肉体へ移す禁術」
「じゃあ」
俺はアリシアを見る。
「エリシアは何度も身体を変えてる?」
「…………」
アリシアの顔が青くなる。
「母も?」
誰も答えられない。
そのとき。
『双王システムより通知』
「何?」
【共同記録領域へのアクセスが可能です】
「共同記録?」
【初代始祖王アルク・ノクス】
【初代聖王セフィリア・セレナ】
【両名が保存した機密記録です】
アリシアが立ち上がる。
「見られるの?」
【双王の同意が必要】
俺とアリシア。
「見る?」
「当然」
「じゃあ」
二人同時に。
「「承認」」
世界が消えた。
◇ ◇ ◇
三百年前。
夜。
知らない場所。
円卓。
アルクが座っている。
向かい。
金髪の女性。
初代セレナ女王。
セフィリア。
『遅い』
『王なんだから忙しいんだよ』
『私も女王よ』
『じゃあ分かるだろ』
『分からない』
『仲悪いな、この二人』
俺が呟く。
「あなたに似てる」
隣にいるアリシア。
「それ褒めてる?」
「微妙」
記録が進む。
アルクとセフィリア。
二人の前。
地図。
七王国。
『エリシアが動いた』
セフィリアが言う。
『どこで?』
『ヴァルガス』
「帝国?」
三百年前からあるのか。
『国王が変わった』
『暗殺?』
『おそらく』
セフィリアが書類を出す。
『新国王が突然、ノクスへの敵意を表明した』
『またか』
『これで四国目』
アルクの顔が険しくなる。
『操られてるな』
『ええ』
『王権か?』
『違う』
セフィリアが首を振る。
『もっと古い何か』
記録が飛ぶ。
次。
戦場。
七王国軍。
アルクとセフィリアが密かに話している。
『もう止められない』
セフィリア。
『七王国はノクスへ侵攻する』
『分かってる』
『私の軍も』
『分かってる』
『アルク』
『何?』
『あなたを殺すことになるかもしれない』
アルクが笑う。
『その時は頼む』
『馬鹿』
『知ってる』
セフィリアが泣いている。
『どうして』
『何が?』
『どうして世界を敵に回してまで神喰種を封じるの』
『放置したら世界終わるから』
『あなたの国が滅びる』
『かもな』
『民も』
『逃がせるだけ逃がす』
『臣下も』
『あいつらは逃げろって言っても逃げない』
『あなたも死ぬ』
アルクが少し黙る。
『それは嫌だな』
『なら!』
『でも』
アルクが空を見る。
『王様って』
笑う。
『たぶん、そういう仕事だろ』
俺は。
何も言えなかった。
記録が進む。
最後。
ノクス陥落の三日前。
アルク。
セフィリア。
ガレス。
そして。
もう一人。
白いローブの女。
顔は見えない。
『エリシアの目的が分かった』
セフィリアが言う。
『何だ?』
『双王』
アルクの表情が変わる。
『始祖王権と聖王権』
『二つを統合するつもりよ』
『できるのか?』
『できる』
『何が起きる?』
セフィリアが答える。
『神の領域へ到達する』
沈黙。
『不老』
『魂魄支配』
『未来干渉』
『世界法則の改変』
「…………」
俺とアリシア。
同時に息を呑む。
『ただし』
セフィリアが続ける。
『統合には条件がある』
『何?』
『片方の王が』
その言葉。
聞いた瞬間。
俺は理解した。
『もう片方の王を殺すこと』
第二の王殺し。
「これか……」
アリシアが震える。
未来。
俺が。
アリシアを殺す。
『王殺しによって』
セフィリアが説明する。
『殺された王権が、殺した王へ流れ込む』
『二つの王権が一つになる』
『そして』
アルクが呟く。
『その瞬間をエリシアが狙う』
『ええ』
記録の中。
セフィリアが何かを取り出した。
二つの指輪。
一つは黒。
一つは銀。
『だから私たちで封じる』
『どうやって?』
『未来へ託す』
アルクが笑う。
『また未来任せか』
『私たちには無理だった』
『潔いな』
『だから』
セフィリアが黒い指輪をアルクへ渡す。
『次の二人なら』
銀の指輪を自分にはめる。
『私たちより上手くやるかもしれない』
アルクが黒い指輪をはめる。
『期待しすぎだろ』
『そう?』
『次の俺、すげえ普通の奴かもしれないぞ』
「…………」
俺。
「完全にあなたじゃない」
「うるさい」
記録のアルクが続ける。
『会社員とか』
「…………」
俺は固まった。
「会社員?」
アリシアが俺を見る。
「何?」
「いや……」
偶然?
『まあ』
アルクが笑う。
『そいつならそいつで』
こちらを見た。
いや。
本当に。
俺を見た気がした。
『好きにやればいい』
記録が消える。
◇ ◇ ◇
現実。
「…………」
誰も喋らない。
俺とアリシアだけが記録を見た。
「分かった」
俺は言う。
「何が?」
「十二日後」
アリシアを見る。
「俺が君を殺す未来」
「ええ」
「目的は王権統合」
「おそらく」
「エリシアはそれを狙ってる」
「ええ」
なら。
「簡単じゃん」
「何が?」
「殺さなきゃいい」
「またそれ?」
「だってそうだろ」
アリシアが笑った。
「本当に単純ね」
「複雑にしても仕方ない」
俺は手を差し出す。
「協力しよう」
「…………」
「ノクスとセレナ」
三百年前。
敵として歴史に残った二国。
でも本当は。
最初から。
一緒に戦っていた。
「今度はちゃんと」
アリシアが俺の手を見る。
「私を殺さない?」
「殺さない」
「絶対?」
「絶対」
「私があなたを殺そうとしても?」
「それは逃げる」
「戦いなさいよ」
「嫌だよ」
アリシアが笑う。
そして。
俺の手を握った。
『双王システム』
【協力関係を確認】
【始祖王――レオン・アークレイ】
【聖王――アリシア・セレナ】
【双王盟約を締結しますか?】
「する」
「ええ」
【盟約成立】
黒。
銀。
二つの光が重なる。
【新機能解放】
【双王通信】
【王権相互防御】
【強制統合防止】
「強制統合防止!」
これだ。
【一方の王権が外部操作された場合、もう一方が干渉可能】
「つまり」
俺が操られてアリシアを殺そうとしても。
「私が止められる」
「逆も?」
「あなたが止める」
「いいじゃん」
未来が変わる。
『未来事象更新』
【第二の王殺し】
【発生確率:91.8%】
数字が下がる。
【63.2%】
【41.7%】
【18.5%】
「下がった!」
さらに。
【7.1%】
「いける!」
そして。
【1.2%】
「よし!」
アリシアが笑う。
「これなら――」
その瞬間。
表示が赤く染まった。
『警告』
「……え?」
【未来事象が消失】
【第二の王殺し――回避】
「やった?」
でも。
新しい表示。
『新規未来事象を確認』
【第一王都決戦】
【発生時刻が変更されました】
「変更?」
【12日後→3日後】
「…………」
「三日後!?」
さらに。
【敵性反応】
【推定兵力:不明】
【王権保持者:1】
俺とアリシアは顔を見合わせる。
「第三の王?」
『否定』
「じゃあ誰?」
表示。
【王権保持者を照合】
【個体名――エリシア】
そして。
【王権系統】
【始祖王権でも聖王権でもありません】
【第三系統――神王権】
アリシアの顔から血の気が引く。
「神王権……?」
『警告』
【エリシアによる計画変更を確認】
【双王の殺し合いによる統合を断念】
「じゃあ……」
俺は嫌な予感がした。
「次は何する気だ?」
答え。
【三日後】
【王都セレナ】
【エリシアは――】
表示が一度途切れた。
【王都に存在する1,204,881名を生贄とし】
【神王権を完成させます】
沈黙。
アリシアが立ち上がった。
「帰る」
「俺も行く」
「これはセレナの問題よ」
「違う」
俺は剣を取った。
「三百年前から続いてる」
ノクスも。
セレナも。
アルディアも。
七王国も。
全部。
一人の女に振り回されてきた。
「今度こそ終わらせる」
残された時間。
三日。
敵。
千二百年以上を生きる女。
神王権。
守るもの。
百二十万人。
俺はまだ知らなかった。
この戦いで。
ノクス王国が世界中から――
「絶対に敵に回してはいけない国」と呼ばれることになる理由を。




