第16話 十二万の王軍――滅びた王国が、本当の姿を取り戻す。
空が。
黒く染まった。
いや。
違う。
空を覆っているのは雲じゃない。
魔法陣だ。
一つ。
十。
百。
数え切れないほどの巨大な召喚陣が、ノクス王国の空に広がっていた。
【始祖王権――一時解放】
【残り時間:179秒】
【召喚可能総兵力:120,000】
「…………」
十二万。
「多すぎない?」
思わず口から出た。
「陛下!」
リゼリアが俺を見る。
「今は驚いている場合では!」
「分かってる!」
目の前。
神殺しの魔獣。
復活率は――。
【61%】
じわじわ上がっている。
「十二万全部呼ぶ!」
『推奨しません』
「なんで!?」
【現在の王では召喚負荷に耐えられません】
「じゃあ表示するなよ!」
『召喚可能であることと、生存可能であることは別問題です』
「嫌なシステムだな!」
「陛下!」
リゼリアが叫ぶ。
「軍団を選んでください!」
「どれ!?」
「神喰種を封印した際の編成を!」
「覚えてない!」
記憶は戻り始めている。
でも全部じゃない。
「リゼリアは?」
「私も記憶封印が!」
「イグニス!」
「我に聞くな!」
「だよな!」
その瞬間。
神殺しの魔獣が腕を振った。
ただ、それだけ。
空気が歪む。
「伏せろ!」
ドォォォォォォン!
森林が消えた。
「…………」
数百メートル。
木々が。
地面ごと吹き飛んでいる。
「今の何?」
「ただの腕振りだ!」
イグニスが叫ぶ。
「知ってる! 見てた!」
あれが復活率六割。
完全復活させたら終わる。
「考えろ……」
黒騎士団。
近接。
冥界魔導兵団。
広域魔法。
竜騎兵団。
空中戦。
第四軍団。
天魔混成軍。
そして第五から第十。
「詳細!」
『表示します』
【第五軍団――聖骸守護団】
【防御・結界・封印補助】
「これ!」
封印。
「第五軍団召喚!」
『召喚数を指定』
「最大!」
【最大召喚可能数:3,000】
「三千!」
『承認』
空の魔法陣。
一つが白く輝く。
ズンッ!
大地に三千の影が現れた。
白銀の鎧。
巨大な盾。
全員が俺へ跪く。
「聖骸守護団!」
先頭の騎士が叫ぶ。
「三百年の眠りより帰還!」
兜を外す。
白髪の老人。
「王よ!」
「挨拶あと!」
「御意!」
「話早くて助かる!」
「神喰種を封じたい!」
老人が怪物を見る。
「…………」
顔が引きつった。
「まだ生きておったか、あれ」
「知ってる?」
「二度と見たくない程度には!」
「俺も今そう思ってる!」
老人が盾を掲げる。
「聖骸守護団!」
三千人が一斉に盾を地面へ突き刺した。
「封界陣!」
巨大な白い結界。
怪物を包む。
『封印崩壊速度低下』
【復活率:63%】
【進行停止】
「止まった!」
「陛下!」
老人が叫ぶ。
「三分が限界です!」
「俺の王権と同じじゃん!」
「偶然です!」
時間がない。
【始祖王権残り:124秒】
「次!」
封じるだけではダメ。
倒す。
でも。
滅王派の男が言っていた。
倒せば王権が戻る。
そして完全な始祖王になった俺を殺す。
何かある。
「待て」
俺は滅王派の男を見る。
「おい!」
男は逃げようとしていた。
「どこ行く!」
「くっ!」
リゼリアが指を動かす。
黒い鎖が男を拘束した。
「離せ!」
「質問」
俺は男の前へ。
「こいつを倒したら、本当に王権が全部戻る?」
「……そうだ」
「それだけ?」
「…………」
「何か隠してるよな?」
男が黙る。
「リゼリア」
「拷問いたしますか?」
「なんで嬉しそうなの?」
「得意分野ですので」
「やらない!」
時間。
【103秒】
「おい!」
俺は男を見る。
「世界が滅びてもいいのか!」
「…………」
「こいつが完全復活したら、お前らも死ぬんだろ!」
「分かっている!」
「なら話せ!」
男が歯を食いしばる。
「……王権には」
「何?」
「代償がある」
「代償?」
「始祖王権は、王一人の力ではない」
嫌な予感。
「どういう意味?」
「民だ」
「…………」
「王権は――」
男が俺を見る。
「臣民の魂と繋がっている」
「何?」
「完全な始祖王権を使えば使うほど」
男の声が震える。
「民の生命力を奪う」
「…………」
俺はリゼリアを見る。
彼女も知らない顔。
「三百年前」
男が続ける。
「アルクはそれを知った」
「だから……」
王権を封印した?
「違う」
男が首を振る。
「それだけではない」
「じゃあ何?」
「神喰種を封じた理由は――」
バキン!
結界に亀裂。
「団長!」
「持たせろ!」
神殺しの魔獣が暴れている。
【復活率:64%】
【始祖王権残り:81秒】
「早く!」
「神喰種は」
男が叫ぶ。
「王権から生まれた!」
「…………」
何?
「初代王が作ったってこと?」
「違う!」
「じゃあ!」
「歴代の王が使った王権――」
男の顔が青ざめる。
「その代償として奪われた無数の民の生命」
「…………」
「その残滓が集まり」
「まさか」
「生まれたのが――」
俺たちは怪物を見る。
「神喰種だ」
頭が真っ白になる。
王権。
便利すぎると思っていた。
召喚。
建設。
軍団。
王威。
「今まで俺が使った分は?」
『質問を確認』
システムが答える。
【現王権は制限型です】
【臣民生命力の消費:0】
「始祖王権は?」
沈黙。
「答えろ!」
【完全始祖王権】
【臣民生命力を王力へ変換可能】
「可能じゃない」
俺は言う。
「勝手に使うのか?」
『旧設定では自動変換が有効です』
「ふざけんな!」
今。
五百人。
俺の国民。
「この一時解放は!?」
【旧王権使用中】
「止めろ!」
『停止した場合、神喰種への対抗手段が――』
「止めろ!!」
静寂。
『承認』
【始祖王権――強制停止】
「陛下!?」
リゼリアが振り返る。
空の魔法陣が消え始める。
「何を!」
「使わない」
「しかし!」
「民の命で戦う王権なんて使わない!」
聖骸守護団の身体も透け始める。
「王よ!」
「ごめん!」
「謝られる必要はございません!」
白髪の団長が笑った。
「三百年前と同じですな!」
「え?」
「あなたはまた――」
その姿が消える。
「同じ選択をされた」
聖骸守護団。
三千人が消滅。
結界が消える。
『封印再崩壊』
【復活率:66%】
「レオン!」
イグニスが叫ぶ。
「どうする!」
「考えてる!」
「早く考えろ!」
「分かってる!」
王権は使えない。
リゼリアだけでは危険。
イグニスもいる。
でも足りない。
「別の方法……」
三百年前。
アルクは王権で封印した。
でも。
今の俺は同じことをする必要はない。
「セレスティア!」
「ここよ!」
少し離れた場所。
彼女がいた。
「魔晶石!」
「何?」
「この地下全部、魔晶石なんだろ!」
「ええ!」
「魔力を貯めてるんだよな?」
「そうだけど――」
セレスティアの顔が変わる。
「まさか」
「民の生命力じゃなくて」
俺は地面を指差す。
「魔晶石を使えない?」
「…………」
セレスティアが考える。
「理論上は」
「できる?」
「王権の術式を書き換えられれば!」
「どうやる!」
「魔導研究所!」
「まだ建ててない!」
「じゃあ無理!」
「即答するな!」
その瞬間。
『条件を検出』
「ん?」
【王が王権の代替動力を発見しました】
【特殊条件達成】
【王権構造へのアクセスを許可】
「……何?」
【王権改変機能】
【一部解放】
セレスティアが目を見開く。
「そんな機能……」
「知ってる?」
「知らない」
リゼリアも。
「私も存じません」
滅王派の男が震える。
「あり得ない……」
「何が?」
「王権は改変できない」
「でも出てる」
「三百年前にも……そんな機能はなかった!」
俺は表示を見る。
【現在の王権動力源】
【臣民生命力】
その下。
【変更可能】
「変更」
『代替動力源を指定』
「魔晶石」
『解析』
【適合率:87%】
【使用可能】
「やれ!」
『王権構造を書き換えます』
地面。
地下。
巨大な魔晶石鉱床が一斉に光り始めた。
「うわ……」
青い光。
森全体。
いや。
領土全体へ広がっていく。
【王権動力源変更】
【臣民生命力→魔晶力】
【変更完了】
『警告』
【魔晶力の大量消費が予測されます】
「構わない!」
金より命だ。
セレスティアが頭を抱えた。
「私の鉱山が……」
「国民の命よりいいだろ!」
「分かってるわよ!」
そして。
王権が再び光る。
【完全始祖王権】
【安全使用可能】
「よし!」
空。
再び魔法陣。
でも。
さっきとは違う。
黒ではない。
青。
魔晶石と同じ光。
『王権体系が更新されました』
【新王権体系を命名してください】
「今!?」
「陛下!」
「名前なんて何でも――」
俺は止まった。
三百年前。
民の命を奪った王権。
それを終わらせる。
「新生王権」
『登録』
【新生王権】
【確立】
ドクン。
世界が震える。
神殺しの魔獣が初めて。
俺を見て――。
『……何をした』
「変えた」
『王権を?』
「ああ」
『王は王権に従う存在だ』
「知らないよ」
『…………』
「今の王は俺だ」
俺は手を上げる。
「だったら」
空に無数の召喚陣。
「ルールも俺が決める」
そして。
「全軍召喚――」
言いかけて止まる。
「……いや」
十二万はいらない。
目的は殺すことじゃない。
「第五軍団!」
【聖骸守護団】
「再召喚!」
【3,000】
「第二軍団!」
【冥界魔導兵団】
「千!」
【1,000】
「第三軍団!」
【竜騎兵団】
「五百!」
【500】
合計。
四千五百。
「これで十分」
リゼリアが笑う。
「左様でございますね」
空から竜騎兵。
地上には白銀の守護団。
後方。
千人の魔導兵。
イグニスが翼を広げる。
「我もいるぞ」
「頼む」
「借り一つだ」
「牛で返す」
「なら二十頭」
「高いな!」
リゼリアが俺の隣へ。
「陛下」
「何?」
「ご命令を」
俺は神殺しの魔獣を見る。
【復活率:71%】
十分。
「封印はしない」
また三百年後。
誰かに押し付けるのは嫌だ。
「今度こそ終わらせる」
俺は命令した。
「神喰種を――」
全軍が構える。
「倒す!」
「「「御意!!」」」
戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
最初に動いたのは竜騎兵団。
五百の飛竜が空を埋める。
「第一波!」
炎。
雷。
氷。
無数の攻撃が降り注ぐ。
ドドドドドドド!
神喰種が吠える。
『小癪な!』
六本の腕が動く。
「守護団!」
三千の盾。
「絶対防壁!」
巨大な障壁。
激突。
大地が割れる。
「魔導兵団!」
千人が一斉に杖を掲げる。
「術式固定!」
神喰種の動きが止まる。
「リゼリア!」
「はい!」
彼女が消えた。
次の瞬間。
怪物の頭上。
「失礼いたします」
笑顔。
「少々――痛いですよ」
黒い光。
ドォォォォォォォォン!
「少々!?」
怪物の腕が一本吹き飛んだ。
『グオオオオオ!』
「イグニス!」
「命令するな!」
「お願い!」
「それならいい!」
巨大な炎。
神喰種を包む。
【対象生命力:72%】
「まだ七割!?」
強すぎる。
でも。
戦える。
『レオン』
怪物の声。
『貴様はまた間違える』
「かもな」
『王は必ず孤独になる』
「ならない」
『臣下は裏切る』
「それでも信じる」
『民は王を恐れる』
「そうならないよう頑張る」
『国はいつか滅びる』
「その時考える!」
『…………』
「未来のこと全部分かるわけないだろ!」
俺は剣を抜く。
いつの間にか。
手の中にあった。
黒い剣。
記憶の中。
アルクが使っていた剣。
【始祖王剣――ノクティス】
「これ……」
握った瞬間。
使い方が分かった。
『王よ』
怪物が笑う。
『また我を殺すか』
「違う」
俺は剣を構える。
「俺はお前を知らない」
『何?』
「アルクの記憶はある」
でも。
「俺はレオン・アークレイだ」
踏み込む。
身体が消える。
「だから――」
怪物の胸。
黒い核。
そこへ。
「俺のやり方で終わらせる!」
剣を突き刺した。
光。
すべてが。
白く染まった。
◇ ◇ ◇
『対象生命活動停止』
【神喰種――討伐完了】
「…………」
静かだ。
巨大な身体が。
光になって消えていく。
「終わった……?」
「はい」
リゼリア。
「陛下の勝利です」
「みんなは?」
『損害集計』
【聖骸守護団:損失0】
【冥界魔導兵団:損失0】
【竜騎兵団:損失0】
【臣民生命消費:0】
「よし……」
それだけで十分。
俺はその場に座り込んだ。
「疲れた……」
「陛下!」
「大丈夫」
そのとき。
『神喰種討伐を確認』
【封印王権を回収】
【始祖王権完全復元】
【新生王権への統合を開始】
「また何か来た……」
【統合完了】
【王国レベル:3→5】
「一気に!?」
【特殊称号獲得】
【旧き王を超えし者】
さらに。
『王の記憶――第三封印』
【解除条件達成】
「第三……」
映像が流れる。
三百年前。
王城。
アルク。
最後の日。
そして。
俺は見た。
「……嘘だろ」
アルクの胸に。
剣を突き刺している人物。
黒竜を剣で貫いた紋章。
滅王派。
その暗殺者の顔。
俺は。
その顔を知っていた。
「なんで……」
記憶の中。
アルクを殺した男が笑う。
『これで世界は救われる』
現在。
俺はゆっくり振り返った。
そこには。
さっき捕まえた滅王派の男がいる。
違う。
そいつじゃない。
記憶の中の暗殺者。
三百年前。
アルクを殺した張本人は――。
「ガレス……?」
アルディア第三騎士団長。
ガレス・バルド。
俺をアルディア国王へ引き合わせ。
帝国侵攻では共に動き。
ついさっきまで味方だと思っていた男。
その顔が。
三百年前の記憶の中に――。
まったく同じ姿で存在していた。




