第15話 神殺しの魔獣――三百年前、俺が封印したもの。
頭の中で。
何かが――壊れた。
『王の記憶――第二封印』
【外部干渉を確認】
【強制解除】
「ぐっ……!」
頭が割れる。
「陛下!」
リゼリアの声が遠い。
景色が消えた。
北部森林。
魔晶石鉱床。
滅王派。
すべてが黒く染まる。
代わりに。
俺の知らない――。
いや。
俺が知っている景色が現れた。
◇ ◇ ◇
三百年前。
ノクス王国。
「アルク!」
誰かが叫んでいる。
俺――いや。
初代王アルクが走っていた。
王城の地下。
長い石造りの通路。
隣には銀色の巨大な竜。
グラン。
『急げ!』
『分かっている!』
その後ろ。
リゼリア。
ヴァルド。
そして――。
「……セレスティア?」
彼女もいた。
今と変わらない姿。
眼鏡。
金色の髪。
ただし。
服は血まみれだった。
『陛下!』
セレスティアが叫ぶ。
『封印庫まであと二百メートル!』
『間に合うか!?』
『間に合わせます!』
地面が揺れる。
ドォォォン!
天井が崩れる。
『来るぞ!』
グランが振り返った。
暗闇。
その奥から。
何かが這ってくる。
巨大。
黒い。
形が分からない。
腕のようなもの。
翼のようなもの。
無数の目。
『アルク』
声。
頭の中に直接響く。
『王よ』
アルクが剣を構える。
『黙れ』
『なぜ我を拒む』
『お前が嫌いだから』
『我が力を使えば世界は手に入る』
『いらん』
『すべての王を殺せる』
『だからいらん』
『神すら殺せる』
『もっといらん』
黒い怪物が笑った。
『理解できぬ』
『だろうな』
アルクが剣を向ける。
『俺にもお前が理解できない』
その瞬間。
怪物の目が一斉に開く。
『ならば――』
空間が歪む。
『お前の国を滅ぼそう』
記憶が飛ぶ。
◇ ◇ ◇
次に見えたのは。
地下神殿。
巨大な魔法陣。
中心に黒い怪物。
鎖。
何百本もの鎖が怪物を縛っている。
『封印を開始します!』
セレスティア。
『第一術式固定!』
ヴァルド。
『黒騎士団! 魔力を送れ!』
リゼリア。
『陛下!』
そしてグラン。
『アルク! 早くしろ!』
アルクが魔法陣の中央に立つ。
自分の手首を切った。
血が魔法陣へ落ちる。
『王権を使用する』
『警告』
あの声。
今と同じ。
『実行した場合、王権の大部分が封印されます』
『構わない』
『国力が大幅に低下します』
『構わない』
『七王国との戦争継続が困難になります』
『…………』
アルクが止まった。
『それでも実行しますか?』
外では戦争が起きている。
七王国連合。
敵。
今、王権を失えば。
ノクスは負ける。
『陛下!』
リゼリアが叫ぶ。
『私たちだけでも抑えます!』
『無理だ』
『しかし!』
『こいつを外に出したらどうなる?』
誰も答えない。
『七王国どころじゃない』
アルクが怪物を見る。
『大陸そのものが終わる』
怪物が笑う。
『正しい』
『お前は黙れ』
『アルク!』
グランが叫ぶ。
『我が命を封印に使え!』
『却下』
『なぜだ!』
『友達を生贄にする王があるか』
『この状況で言っている場合か!』
『うるさい』
アルクが笑った。
『王は俺だ』
そして。
魔法陣に手を置いた。
『責任は俺が取る』
『王権封印』
『実行』
世界が。
黒く染まった。
◇ ◇ ◇
「――っ!」
俺は現実へ戻った。
「はぁ……はぁ……!」
「陛下!」
リゼリアが俺を抱えている。
「大丈夫ですか!?」
「……思い出した」
「何を?」
「こいつを封印した理由」
地下。
巨大な黒い瞳。
俺を見ている。
『王』
声が響いた。
「……聞こえる」
「陛下?」
『久しいな』
「俺はアルクじゃない」
『同じだ』
「違う」
『魂は同じ』
「…………」
滅王派の男が笑う。
「ようやく理解したか」
「お前ら」
俺は男を見る。
「こいつを復活させる気か?」
「違う」
「何?」
「我々は――」
男の表情が変わった。
「お前に殺させる」
「……どういう意味?」
「神殺しの魔獣を」
「俺が?」
「そうだ」
意味が分からない。
「復活させたいんじゃないの?」
「完全復活などさせるものか」
男が吐き捨てる。
「こいつが世界へ出れば、すべてが終わる」
「じゃあ何で封印を壊した!」
「王権を戻すためだ」
「…………」
男が俺を指差す。
「初代王アルクは、自らの王権の大半を使って魔獣を封印した」
「知ってる」
「だから今のお前は弱い」
レベル。
王国。
召喚。
すべて一からだった。
「魔獣を殺せば――」
男が続ける。
「封印に使われている王権が、お前へ戻る」
「……待て」
「完全なる始祖王権が復活する」
リゼリアが息を呑んだ。
「完全なる……王権……」
「知ってる?」
「伝承だけです」
滅王派の男が笑う。
「そして完全なる王となった瞬間――」
黒い短剣を取り出す。
「我々がお前を殺す」
「意味分かんないんだけど」
「分からなくていい」
「いや説明しろよ!」
男の表情から笑みが消えた。
「完全なる始祖王は――」
その瞬間。
地下から。
ゴォォォォォン――!
衝撃。
「うわっ!」
地面が大きく裂ける。
『封印損傷率:31%』
「まずい!」
男も驚いている。
「早すぎる!」
「お前が壊したんだろ!」
「ここまで壊していない!」
さらに。
バキン!
【封印損傷率:44%】
「陛下!」
リゼリアが俺を守る。
黒い何かが地面から伸びる。
触手。
一本。
二本。
十本。
「全員下がれ!」
俺は叫ぶ。
「王城へ知らせろ!」
「しかし陛下!」
「住民を避難させろ!」
北部森林から王都までは距離がある。
でも。
こいつの大きさが分からない。
「リゼリア!」
「はい!」
「こいつ倒せる?」
「…………」
返事がない。
「リゼリア?」
初めてだった。
彼女が。
敵を見て即答しない。
「完全復活前であれば」
「今なら?」
「おそらく」
「完全復活したら?」
リゼリアが俺を見る。
「分かりません」
「…………」
国家を一人で滅ぼせるリゼリア。
その彼女ですら。
勝てるか分からない。
「イグニスを呼べる?」
「可能です」
「ヴァルドは?」
「黒騎士団は緊急召喚終了により、再び封印されております」
「じゃあイグニス!」
俺は盟友機能を開く。
【盟友通信】
【対象:イグニス】
「繋いで!」
『接続』
『……何だ』
「イグニス!」
『今牛を食っている』
「それどころじゃない!」
『我にとっては重要だ』
「神殺しの魔獣が復活しそう!」
『…………』
「イグニス?」
『どこだ』
声が変わった。
「北部森林!」
『すぐ行く』
通信が切れた。
その直後。
『警告』
【封印損傷率:52%】
「半分超えた……」
滅王派の男が焦っている。
「予定と違う……」
「おい!」
俺は男の胸ぐらを掴む。
「止め方は!」
「ない」
「は?」
「一度崩壊を始めた封印は止められない」
「ふざけんな!」
「だから殺せ!」
「どうやって!」
「王権を使え!」
「今の俺にそんな力ないだろ!」
「ある!」
男が叫び返した。
「お前が忘れているだけだ!」
「何?」
「始祖王権は軍団召喚などではない!」
男の顔に恐怖が浮かんでいる。
「王権の本当の力は――」
ドォォォォン!
地面が吹き飛んだ。
「っ!」
巨大な影。
ついに。
地上へ現れ始める。
黒い身体。
無数の瞳。
六本の腕。
背中から伸びる巨大な翼。
まだ下半身は地下。
それでも。
高さ百メートル近い。
「でかすぎる……」
『対象情報を更新』
【個体名:不明】
【種族:神喰種】
【危険度:測定不能】
【復活率:57%】
怪物の目が。
一斉に俺を見る。
『アルク』
「違うって言ってるだろ」
『また我を封じるか?』
「必要なら」
『また国を捨てるか?』
「…………」
心臓が止まりそうになった。
「何?」
『三百年前』
怪物が笑う。
『お前は世界を救うため――』
リゼリアが顔を上げる。
『自分の国を犠牲にした』
「……どういう意味だ」
『王権を封印した結果、ノクスは弱体化した』
「それは知ってる」
『七王国に敗北した』
「…………」
『民は死んだ』
「やめろ」
『臣下も死んだ』
「黙れ」
『友も死んだ』
グラン。
銀色の竜。
『すべて――』
怪物の笑い声が頭の中に響く。
『お前が我を選んだからだ』
「俺が……?」
『我を封じず、七王国を滅ぼしていれば』
「…………」
『ノクスは滅びなかった』
頭が痛い。
また記憶が揺れる。
そのとき。
「陛下」
リゼリアが俺の前に立った。
「聞いてはなりません」
「でも」
「アルク様は間違っておりません」
「…………」
彼女が怪物を見る。
「私は覚えております」
赤い瞳。
「王国が滅びる最後の日まで」
そして。
リゼリアが笑った。
「誰一人――王を恨んではおりませんでした」
「リゼリア……」
「ですから」
魔力が爆発する。
黒い翼が彼女の背中から現れた。
「今度こそ」
俺の前へ。
彼女が立つ。
「私たち臣下にも――王を守らせてください」
その瞬間。
空が赤く染まった。
「グオオオオオオオ!」
咆哮。
イグニス。
巨大な古代竜が飛んでくる。
「レオン!」
「早いな!」
「牛を置いてきた!」
「それは悪かった!」
イグニスが神殺しの魔獣を見る。
「……こいつか」
「知ってる?」
「父から聞いたことがある」
「何て?」
イグニスの金色の瞳が細くなる。
「絶対に戦うな、と」
「最悪の情報ありがとう!」
でも。
逃げるわけにはいかない。
後ろには。
五百人の民がいる。
俺の国がある。
「今度は」
俺は怪物を見る。
「国も世界も捨てない」
『不可能だ』
「やってみないと分からない」
『愚かな』
「よく言われる」
俺は手を前へ出した。
「王権!」
『応答』
「こいつを倒す方法を出せ!」
『検索』
【…………】
【現在の戦力では討伐成功率:3.7%】
「低っ!」
「陛下!」
「分かってる!」
『ただし』
「何?」
【第二記憶封印解除により、旧王権へのアクセスが一部可能】
「旧王権?」
【使用可能】
【始祖王権――一時解放】
【制限時間:180秒】
「三分?」
『使用後、王の生命活動に重大な危険があります』
「…………」
「陛下」
リゼリアが俺を見る。
「使用なさらないでください」
「でも」
「私が戦います」
「勝てるか分からないんだろ?」
「それでも!」
俺は五百人が暮らす方向を見る。
昨日。
子供たちが走っていた。
農家が畑を作っていた。
大工が家を建てていた。
ハインが。
帰る場所をありがとうと言った。
「俺、王なんだろ?」
「…………」
「だったら」
俺は笑った。
「こういう時くらい働かないとな」
「陛下!」
「始祖王権」
『確認』
「一時解放」
『実行した場合――』
「分かってる」
『…………』
【承認】
ドクン。
心臓が鳴る。
世界が止まった。
いや。
止まったように感じただけだ。
黒い光が。
俺の身体から空へ伸びる。
そして。
聞こえた。
無数の声。
『王よ』
『我らを』
『再び』
『お呼びください』
「……誰だ?」
表示が。
一つずつ現れる。
【第一軍団――黒騎士団】
【第二軍団――冥界魔導兵団】
【第三軍団――竜騎兵団】
【第四軍団――天魔混成軍】
さらに。
【第五軍団】
【第六軍団】
【第七軍団】
止まらない。
「……待って」
【第八軍団】
【第九軍団】
【第十軍団】
俺は固まった。
「リゼリア」
「……はい」
「ノクスって」
表示を見る。
【始祖王直属軍】
【総召喚可能兵力:120,000】
「十二万も兵士いたの?」
リゼリアが。
少しだけ懐かしそうに笑った。
「お帰りなさいませ」
「え?」
彼女が跪く。
涙を浮かべながら。
「――我らが王」
次の瞬間。
空を覆い尽くすほどの巨大な召喚陣が。
ノクス王国全土に展開した。




