第13話 人口十七人の王国――国づくりを始めたら人が集まりすぎた。
ノクス王国へ帰還した翌朝。
「……多くない?」
俺は王城の城壁から外を見下ろしていた。
人。
人。
人。
街道に長い列ができている。
『現在の移住希望者』
【412名】
「増えてるじゃん!」
昨日は三百二十七人だった。
「一晩で八十五人増えてるんだけど」
「素晴らしいことでございます」
隣に立つリゼリアは満足そうだ。
「いや、受け入れる場所ないよ?」
ノクス王国。
王城――ある。
兵士――いる。
領土――ある。
住居――ほぼない。
「みんな城に住ませる?」
「陛下と同じ城に?」
リゼリアの笑顔が消えた。
「……何?」
「却下いたします」
「なんで君が決めるの?」
「王城は王の住まう場所」
「でも部屋余ってるだろ」
「七百八十二室ほど」
「余りすぎだろ!」
三百人くらい余裕で住めるじゃん。
「絶対昔のノクス、無駄遣いしてたよな」
「必要な部屋でございます」
「七百八十二室が?」
「はい」
「何に使うの?」
「…………」
「分からないんだ?」
「三百年前のことでございますので」
絶対いらなかったやつだ。
◇ ◇ ◇
城門。
俺は移住希望者たちと直接会うことにした。
「次」
一組の家族が前へ出る。
父親。
母親。
子供二人。
「名前は?」
「ロイドと申します」
「何ができる?」
「農業を十五年ほど」
「採用」
「え?」
「今日から国民」
「そ、そんな簡単に?」
「農家めちゃくちゃ欲しいから」
食料。
これは最重要。
『臣民登録』
【臣民:17→21】
「次」
「鍛冶師をしております!」
「採用!」
「次」
「大工です」
「採用!」
「次」
「薬草師です」
「採用!」
「次」
「酒場を――」
「採用!」
「陛下」
横にいるハインが止める。
「少々お待ちください」
「何?」
「全員受け入れておられませんか?」
「ダメ?」
「犯罪者などが混ざっている可能性がございます」
「あ」
考えてなかった。
「どうしよう」
「通常であれば身元調査を――」
『王権補助機能を使用できます』
「何?」
【臣民適性判定】
【移住希望者の重大犯罪歴・敵対意思を簡易判定できます】
「便利すぎる!」
早速使う。
次の男。
【重大犯罪歴:なし】
【敵対意思:なし】
「採用」
次。
【重大犯罪歴:窃盗2件】
【敵対意思:なし】
「ちょっと待って」
「は、はい」
「昔、盗みした?」
男の顔が青ざめた。
「……はい」
「理由は?」
「子供に……食べさせるものがなく」
「今後やらない?」
「誓います!」
「採用」
ハインが俺を見る。
「よろしいのですか?」
「事情あるならいいだろ」
次。
【重大犯罪歴:殺人3件】
【敵対意思:あり】
「…………」
俺は男を見る。
男が笑顔を浮かべている。
「得意なことは?」
「商売を少々」
「嘘だろ」
「え?」
「兵士さん、この人別室で」
「なっ!?」
男が懐から短剣を抜いた。
「死ね!」
瞬間。
ドゴン!
リゼリアが男を地面に埋めた。
「…………」
「陛下」
「何?」
「殺しておりません」
「偉い!」
「褒めていただけますか?」
「そこまで嬉しそうにすること?」
地面から男の顔だけ出ている。
「……助け……」
「あとで事情聴取ね」
便利だ。
臣民適性判定。
これなら危険人物をかなり弾ける。
そして。
三時間後。
【臣民:17→386】
「…………」
増えた。
一気に増えた。
「国っぽくなってきたな」
でも。
問題も一気に増えた。
◇ ◇ ◇
「食料が足りません」
「ですよね」
「住居も足りません」
「ですよね」
「井戸も必要です」
「ですよね」
「治療所も」
「はい」
「道路も」
「はい」
「倉庫も」
「…………」
「家畜小屋も」
「ちょっと待って」
俺は頭を抱えた。
王城の会議室。
俺。
リゼリア。
ハイン。
農家代表。
鍛冶師代表。
大工代表。
みんなが俺を見ている。
「国作るの大変すぎない?」
「国とはそういうものでございます」
ハインが苦笑する。
「ゲームみたいにボタン一個で町できない?」
『可能です』
「できるの!?」
王権システムが反応した。
【王国建設機能】
【王国レベル3により建設補助が解放されています】
「先に言ってよ!」
【現在建設可能】
【簡易住宅:20人収容/100】
【井戸:50】
【共同倉庫:100】
【農地開拓:200】
【治療所:300】
【防壁:500】
数字は費用らしい。
現在。
【国庫:5,200】
「結構作れるな」
俺は考える。
人口はまだ増える。
なら。
「簡易住宅を二十棟」
【-2,000】
「井戸四つ」
【-200】
「共同倉庫二つ」
【-200】
「農地開拓を五区画」
【-1,000】
「治療所一つ」
【-300】
【合計消費:3,700】
【国庫:5,200→1,500】
「一気に減った……」
金ってなくなるの早いな。
『建設を開始します』
王城の外。
黒い光が地面を走る。
「おお……」
道路が作られる。
基礎ができる。
木材と石材が組み上がる。
ただし。
「完成は?」
【王国民による作業を併用した場合:約3日】
「一瞬じゃないんだ」
【王権は建設を補助します】
【労働力は必要です】
「そこはちゃんとしてるんだな」
大工たちが目を輝かせていた。
「陛下!」
「何?」
「これはすごい!」
「作れそう?」
「三日あれば!」
「お願いします」
「お任せください!」
人々が動き始める。
大工が家を造る。
農家が土地を耕す。
鍛冶師が道具を直す。
女性たちが食事を作る。
子供たちが走り回っている。
「…………」
城壁から見ていると。
不思議な気分だった。
昨日まで。
ここには何もなかった。
廃墟。
骸骨。
それだけだった。
今は。
笑い声が聞こえる。
「陛下」
ハインが隣に立つ。
「何?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「我々に、帰る場所を作ってくださって」
「…………」
俺は何も答えられなかった。
王になりたかったわけじゃない。
この世界に来たかったわけでもない。
でも。
悪くないかもしれない。
こういうのは。
◇ ◇ ◇
翌日。
『通知』
【臣民:498】
「あと二人!」
建国任務。
【人口500人を達成せよ】
あと二人。
「誰か来ない?」
「陛下」
リゼリアがものすごく嫌そうな顔をしている。
「何?」
「本当に達成されるおつもりですか?」
「するよ」
「新臣下召喚権など不要です」
「まだ言ってるの?」
「私一人で十分です」
「国民五百人を君一人で面倒見られる?」
「はい」
「即答するな」
そのとき。
城門から兵士が走ってくる。
「陛下!」
「どうした?」
「移住希望者です!」
「何人?」
「二名!」
「来た!」
俺は城門へ向かった。
そこにいたのは。
一組の老夫婦だった。
「移住したい?」
「はい」
老人が頭を下げる。
「この国なら……孫たちを呼べると思いまして」
「もちろん」
適性判定。
【重大犯罪歴:なし】
【敵対意思:なし】
「歓迎します」
『臣民登録』
【臣民:498→500】
その瞬間。
鐘のような音が響いた。
『第一建国任務達成』
【人口500人を達成しました】
【報酬を付与】
【領土拡張権×1】
【市場――解放】
【冒険者ギルド――解放】
【魔導研究所――解放】
【新臣下召喚権×1】
「来た」
「…………」
リゼリアが絶望した顔をしている。
「そんな顔する?」
「陛下」
「何?」
「召喚しなくてもよろしいのですよ?」
「するよ」
「なぜ!?」
「人手足りないから!」
「私が!」
「君、国の運営できる?」
「…………」
「できないんだ?」
「敵国を滅ぼすことなら」
「今一番いらない能力!」
俺は召喚画面を開く。
【臣下召喚】
【現在召喚可能な臣下候補を検索】
「候補?」
前回はリゼリアが直接出てきた。
『王国の現在状況から、最適な臣下を選定します』
【現在の王国問題】
【国庫不足】
【交易不足】
【産業不足】
【行政能力不足】
「全部金関係だな……」
『最適個体を発見』
【召喚しますか?】
「する」
「陛下!」
「召喚!」
『承認』
王城の広場。
巨大な魔法陣が現れる。
リゼリアが俺の腕を掴む。
「まだ間に合います!」
「何がそんな嫌なの?」
「嫌な予感がいたします!」
「君にも嫌な予感とかあるんだ」
光が強くなる。
そして。
一人の女性が現れた。
「…………」
金色の髪。
緑色の瞳。
見た目は二十代半ば。
眼鏡。
黒と金の上品な服。
手には一冊の分厚い本。
女性は周囲を見る。
「……なるほど」
俺を見る。
そして。
跪かなかった。
「え?」
リゼリアの眉が動く。
「貴様」
女性は無視する。
俺の前まで歩いてくる。
「あなたが新しい王?」
「そうだけど」
女性が俺を上から下まで見る。
「ふーん」
「…………」
怖い。
「名前は?」
「セレスティア・ヴァン・ローゼン」
表示が現れる。
【個体名:セレスティア】
【種族:人間】
【階級:王佐級】
【職能:財務・交易・行政】
【戦闘能力:低】
【特殊能力:黄金律】
「戦闘能力低い!」
「失礼ね」
セレスティアが眼鏡を上げる。
「私は戦うためにいるんじゃないわ」
「じゃあ何する人?」
「国を儲けさせる人」
「…………」
彼女が手を差し出す。
「帳簿」
「え?」
「国の帳簿を見せて」
「今?」
「今」
「召喚されたばっかりだよ?」
「だから何?」
「…………」
俺は国庫情報を表示する。
【国庫:1,500】
セレスティアの顔が止まった。
「…………」
「何?」
「これ」
「うん」
「国庫?」
「そう」
「一国の?」
「そうだけど」
「…………」
彼女が眼鏡を外した。
「あなた」
「はい」
「貧乏ね」
「召喚されて第一声がそれ!?」
「これでは村よ」
「一応王国!」
「王城だけ立派」
「俺もそう思ってた!」
セレスティアが周囲を見る。
建設中の住宅。
農地。
倉庫。
そして五百人の民。
「税収は?」
「まだ」
「交易収入」
「ゼロ」
「鉱山」
「ない」
「特産品」
「ない」
「商人組合」
「ない」
「市場」
「今解放された」
「…………」
セレスティアが頭を抱えた。
「よく国を名乗ったわね」
「システムが勝手に!」
リゼリアが前へ出る。
「貴様」
「何?」
「陛下への無礼は許しません」
「あなた誰?」
「第一臣下、リゼリア」
「職能は?」
「戦闘」
「行政は?」
「不要です」
「財務」
「不要です」
「交易」
「不要です」
セレスティアが俺を見る。
「この人、今まで何してたの?」
「国を滅ぼそうとしてた」
「陛下!」
「間違ってないだろ!」
セレスティアが深いため息をつく。
「分かった」
「何が?」
「三日」
指を三本立てる。
「三日ちょうだい」
「何するの?」
「この国の資産を全部調べる」
「資産?」
「土地、森林、鉱物、魔物、遺跡、技術」
彼女の緑色の瞳が光る。
「価値のあるものを全部お金に変える」
「そんなことできる?」
「私を誰だと思ってるの?」
セレスティアが笑った。
「三百年前――」
リゼリアの表情が変わる。
「ノクス王国の年間国家予算を、たった五年で十二倍にした女よ」
「十二倍!?」
「陛下」
リゼリアが俺の袖を引く。
「何?」
「思い出しました」
「知り合い?」
「はい」
ものすごく嫌そうだ。
「この女――」
「何?」
「大嫌いです」
「でしょうね!」
セレスティアが微笑む。
「あら」
「何だ」
「三百年経っても相変わらずね、戦闘馬鹿」
「貴様……!」
「やる?」
「望むところだ!」
「待て待て待て!」
召喚して一分。
もう喧嘩している。
「セレスティア」
「何?」
「本当に国を金持ちにできる?」
「もちろん」
「どれくらい?」
彼女は少し考える。
「そうね」
そして。
「一か月」
「一か月?」
「国庫を――」
俺を見る。
「百倍にしてあげる」
「百倍!?」
『特殊任務が発生しました』
【黄金の王国】
【30日以内に国庫150,000を達成せよ】
【達成報酬】
【王国レベル+1】
【交易都市建設権】
【特殊召喚権×1】
「十五万……」
現在。
千五百。
本当に百倍だ。
セレスティアが眼鏡を戻す。
「まず――」
「まず?」
「この国で一番価値のあるものを売る」
「何?」
彼女が指差した。
その先。
人化したイグニスが牛肉を食べながら歩いていた。
「…………」
「…………」
俺は嫌な予感がした。
「古代竜の素材」
「ダメ!」
「鱗一枚で金貨一万はいくわ」
「本人いるから!」
イグニスが止まる。
「……今、我の鱗を売ると言ったか?」
「一枚だけ」
「殺すぞ」
「ほら!」
セレスティアはまったく動じない。
むしろ。
イグニスを見て笑った。
「じゃあ交渉しましょう」
「何?」
「あなた」
眼鏡の奥。
緑色の瞳が怪しく光る。
「牛、好きでしょう?」
「…………」
「最高級の牛を毎日好きなだけ食べられる生活と――」
セレスティアが指を一本立てる。
「抜け落ちた鱗、一枚」
「…………」
「交換しない?」
イグニスが黙った。
「レオン」
「何?」
「この女を財務官にしろ」
「落ちるの早っ!」
こうして。
人口五百人になったノクス王国は。
次の段階へ進み始めた。
戦争ではない。
侵略でもない。
金儲けで世界を驚かせるという、俺が一番予想していなかった方向へ。




