第12話 裏切り者――三百年前から王を殺し続ける者。
『今度こそ――完全に消す』
黒い紙に書かれた一文。
俺は何度読み返しても意味が分からなかった。
「今度こそ……って」
俺はリゼリアを見る。
「三百年前、アルクはこいつらに殺されたってこと?」
「…………」
「リゼリア」
「申し訳ございません」
まただ。
「王権の制限?」
「はい」
リゼリアが悔しそうに俯く。
「裏切りに関する記憶には、強い封印が施されております」
「どこまで話せる?」
「私が知る限りでよろしければ」
「ああ」
リゼリアは黒い紙を見る。
「この紋章を用いていた者たちは――」
黒竜の胸を剣が貫く紋章。
「滅王派と呼ばれておりました」
「滅王派?」
「ノクス王国の内部に存在した組織です」
「目的は?」
「王を殺すこと」
「名前そのままだな……」
「しかし、奇妙なのです」
「何が?」
「彼らはノクス王国を滅ぼすことを目的としていたわけではございません」
「……え?」
王を殺す。
でも国を滅ぼしたいわけじゃない?
「むしろ逆です」
リゼリアが続ける。
「彼らは自らを――ノクスを救う者と称していました」
「王を殺して国を救う?」
「はい」
意味が分からない。
「アルクが暴君だったとか?」
「…………」
「正直に言っていいよ」
「少々……」
「少々?」
「かなり問題のある御方ではございました」
「やっぱり?」
「会議中に抜け出す」
「うん」
「国庫を使って巨大な竜専用浴場を造る」
「何してんの?」
「敵国の王から届いた宣戦布告に『嫌だ』とだけ書いて送り返す」
「ちょっと好きかもしれない」
「ですが」
リゼリアの表情が真剣になる。
「民を見捨てる御方ではありませんでした」
「…………」
「少なくとも私は、アルク様が世界を滅ぼそうとしていたとは思っておりません」
俺が見た記憶とも一致する。
最後まで逃げなかった。
王が民を置いてどこへ逃げる。
そう言っていた。
「じゃあ、なんで七王国と戦争になった?」
「そこが――」
リゼリアが言葉を止める。
「分からない?」
「記憶が……欠けているのです」
「リゼリアの?」
「はい」
初めて聞いた。
「三百年前の最後の一年間」
リゼリアが自分の胸に手を置く。
「私たち旧臣の記憶には、意図的に消された部分があります」
「誰が消した?」
「不明です」
「王権?」
「可能性はございます」
また王権。
俺を助けているようにも見える。
でも。
何かを隠している。
「このシステム、本当に信用していいのかな」
『質問の意図を解析できません』
「お前に聞いてない」
『承知しました』
「そこは素直なんだ……」
そのとき。
「レオン」
後ろから声。
イグニスだった。
「これを見ろ」
手に何か持っている。
「何?」
「紙を裏返せ」
「裏?」
さっきの黒い紙。
裏返す。
「何も――」
「魔力を流せ」
「俺、魔力の流し方知らない」
「…………」
「そんな顔するなよ」
「王なのだろう?」
「昨日なったばっかりだから」
イグニスがため息をつく。
「貸せ」
紙を受け取る。
指先が赤く光った。
すると。
「お……」
紙に文字が浮かび上がる。
【十三日後】
【王都セレナ】
【月蝕の鐘が鳴る時】
【第二の王殺しを行う】
「第二の王殺し?」
リゼリアの顔色が変わった。
「セレナ……」
「知ってる?」
「はい」
彼女が俺を見る。
「セレナ王国」
「七王国の一つ?」
「左様でございます」
三百年前。
ノクス王国を滅ぼした七王国連合。
その一つ。
「現在もあるの?」
「ございます」
「アルディアみたいに?」
「いえ」
リゼリアが首を振る。
「アルディアより遥かに大きな国です」
「どれくらい?」
「三百年前の資料では、人口およそ八十万」
「今は?」
「分かりません」
調べる必要がある。
でも。
「第二の王殺しって……」
嫌な予感がする。
そのとき。
『特殊情報を解析』
【王殺し】
【王権保持者の殺害を意味します】
「……待って」
俺は表示を見る。
「王権を持ってるの、俺だけじゃないの?」
『否定』
「…………」
初耳だ。
「何人いる?」
『現在確認されている王権保持者』
【2名】
「俺と?」
『情報制限』
「セレナ王?」
『回答できません』
「ほぼ答えてるだろ、それ」
でも。
繋がった。
十三日後。
王都セレナ。
第二の王殺し。
「つまり」
俺は紙を見る。
「次に狙われてる王がいる」
◇ ◇ ◇
その頃。
セレナ王国。
王都セレナ。
人口百二十万。
大陸でも有数の巨大都市。
その中心。
白銀宮。
一人の少女が剣を振っていた。
「はっ!」
鋭い一撃。
木製の人形が真っ二つになる。
「姫様!」
老騎士が頭を抱える。
「また訓練人形を壊されましたな!」
「弱すぎるのよ」
「鉄製です!」
「なら次はもっと硬くして」
「予算というものがございます!」
少女は剣を鞘へ戻す。
金色の長い髪。
青い瞳。
年齢は十八。
セレナ王国第一王女。
アリシア・セレナ。
「それで?」
アリシアが老騎士を見る。
「何か報告があるのでしょう?」
「……ヴァルガス帝国のアルディア侵攻についてです」
「結果は?」
「撤退しました」
「アルディアが勝ったの?」
「いえ」
老騎士が一枚の報告書を渡す。
「ノクス王国が介入しました」
アリシアの手が止まる。
「……ノクス?」
「はい」
「三百年前に滅んだ?」
「そのノクスです」
報告書を読む。
「帝国軍二万五千……」
「はい」
「死者……ゼロ?」
「はい」
「誤報では?」
「三度確認しました」
アリシアの眉が動く。
「古代竜を隷属から解放」
「はい」
「黒騎士団が復活」
「はい」
「新たな王の名は……」
そこで止まる。
「レオン・アークレイ」
アリシアがその名前を呟く。
すると。
彼女の胸元。
服の下に隠れていた何かが光った。
「……っ!」
「姫様?」
アリシアが胸を押さえる。
そこには。
銀色の紋章。
王冠と剣。
『警告』
彼女の頭の中に声が響く。
『別系統の王権保持者を確認』
【対象:レオン・アークレイ】
【距離:412キロメートル】
【系統:始祖王権】
「始祖……?」
「姫様?」
「何でもない」
アリシアが窓を見る。
「レオン・アークレイ……」
その名を。
彼女はなぜか。
以前から知っているような気がした。
◇ ◇ ◇
アルディア王城。
「十三日か」
俺は部屋へ戻っていた。
エドワード王には暗殺未遂について伝えた。
当然、大騒ぎになった。
宴会場は封鎖。
料理人。
給仕。
貴族。
全員が調査対象になっている。
だが。
犯人は転移魔法で逃亡済み。
「陛下」
「何?」
「セレナへ向かわれるおつもりですか?」
リゼリアが聞く。
「うん」
「罠である可能性が高いかと」
「分かってる」
「それでも?」
「俺を殺そうとした奴が、わざわざ情報を残した」
十三日後。
王都セレナ。
どう考えても誘っている。
「でも」
俺は黒い紙を見る。
「行かないと何も分からない」
アルク。
滅王派。
王権。
俺の魂。
そして。
第二の王権保持者。
「それに」
「はい」
「本当に誰かが殺されるなら、放っておけない」
「……陛下らしい御判断です」
リゼリアが微笑む。
「イグニスは?」
「先ほど食事へ」
「また?」
「牛を」
「何頭?」
「八頭ほど」
「食費どうするんだよ……」
臣民十七人の国で飼える存在じゃない。
『通知』
「ん?」
【王国情報が更新されました】
「今度は何?」
【ノクス王国】
【王国レベル:3】
【臣民:17】
【兵力:100】
【国庫:5,200】
【領土:2】
そこまでは知っている。
しかし。
【住民募集機能が解放されています】
「そういえば、そんなのあったな」
『現在、ノクス王国への移住希望者を検出』
「……え?」
【移住希望者:327名】
「三百二十七!?」
昨日まで十七人だぞ?
「なんで急に!?」
『要因を分析』
【ヴァルガス帝国軍撃退】
【敵兵死亡者0】
【アルディア王国との不可侵条約】
【王都での評判上昇】
【称号:不殺の王】
表示が続く。
【周辺地域におけるノクス王国の評価が変化しました】
【旧評価】
【悪魔の国】
【危険】
【滅びた王国】
それが。
【新評価】
【強国】
【安全】
【民を守る国】
「…………」
俺はしばらく表示を見つめた。
「リゼリア」
「はい」
「国って」
少しだけ笑う。
「こうやって大きくなるんだな」
十二人から始まった。
城しかなかった国。
兵は百。
金もほとんどない。
それでも。
少しずつ。
人が集まろうとしている。
「帰ろう」
「ノクスへ?」
「ああ」
十三日後にはセレナへ行く。
その前に。
「自分の国をちゃんと作る」
王として。
初めて国づくりをする。
そのとき。
『特殊条件達成』
【臣民候補数が300名を突破】
【建国任務を開始します】
【第一建国任務】
【人口500人を達成せよ】
【達成報酬】
【第三領土解放】
【新施設――冒険者ギルド】
【新施設――市場】
【新施設――魔導研究所】
【新臣下召喚権×1】
「新しい臣下……」
リゼリアが反応した。
「陛下」
「何?」
「その召喚」
なぜか。
ものすごく嫌そうな顔をしている。
「できれば達成なさらない方が」
「なんで!?」
「新たな臣下など不要です」
「いや必要だろ!」
「私がおります」
「一人で国を運営する気!?」
「可能です」
「絶対無理!」
「ではイグニスを」
「あいつ臣下じゃないから!」
リゼリアが不満そうに頬を膨らませる。
その時の俺は知らなかった。
人口五百人。
その条件を達成した時。
新たに召喚される二人目の臣下が――。
リゼリアと並ぶほど危険で。
そして。
ノクス王国を金持ち国家へ変える、とんでもない女だということを。




