第11話 王都アルディア――歓迎の宴に仕組まれた罠。
アルディア王国王都。
城壁が見えてきた瞬間、俺は思わず声を漏らした。
「おお……」
初めて見る、この世界の街。
高い石壁。
その向こうには無数の建物が並び、中央には白い城がそびえている。
「ちゃんと異世界だ……」
「何を仰っているのですか、陛下」
隣を歩くリゼリアが首を傾げる。
「いや、こっちの話」
俺たちはガレス率いる騎士団とともに王都へ向かっていた。
黒騎士団と黒骸兵団は東部街道に残してきた。
さすがにアンデッド百人を連れて他国の王都へ入るのはまずい。
同行者は三人。
俺。
リゼリア。
そして――。
「人間の町など久しぶりだ」
赤黒い髪の男、イグニス。
古代竜。
ついさっきまで帝国に三十年間も隷属させられていた存在だ。
「暴れるなよ」
「我を何だと思っている」
「国家災害級」
「…………」
「間違ってる?」
「否定はせん」
ガレスが前を歩きながら何度もこちらを振り返っている。
特にイグニスを見るたび顔が引きつっていた。
「ガレス」
「は、はい!」
「そんな警戒しなくて大丈夫だよ」
「しかし……」
「俺の臣下じゃないから」
「余計に怖いのですが!?」
確かに。
俺の命令すら聞かない国家災害級。
言われてみれば、そっちの方が怖い。
「イグニス」
「何だ」
「絶対に暴れるな」
「我に命令するな」
「じゃあお願い」
「気が向けばな」
「帰ってもらおうかな……」
「冗談だ」
「竜って冗談言うんだ」
「貴様、我を何だと思っている」
「国家災害級」
「それはもういい」
そんな会話をしているうちに、王都の門へ到着した。
だが。
「…………」
妙だ。
門の周辺には大勢の人が集まっていた。
「何だこれ?」
「陛下方を待っていたのでしょう」
ガレスが答える。
「俺たちを?」
「帝国軍二万を退けたという情報は、すでに王都へ届いております」
「早くない?」
「伝令魔法がございますので」
なるほど。
俺たちが門へ近づく。
そして――。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。
「ノクス王だ!」
人々の視線が一斉に俺へ向く。
「…………」
怖い。
ものすごく見られている。
「本当に若いぞ」
「あの人が二万を?」
「黒騎士団を復活させたって……」
「でもノクスだぞ」
「悪魔の国じゃないか」
「帝国兵を一人も殺さなかったって本当なの?」
歓迎と恐怖。
両方が混ざっている。
そして。
小さな女の子が俺の前へ出てきた。
「陛下!」
護衛の騎士が動こうとする。
「待って」
俺が止める。
女の子が小さな花を持っていた。
「あの……」
「何?」
「これ」
花を差し出される。
「俺に?」
こくん。
「ありがとう」
受け取る。
女の子が笑った。
「お兄ちゃん、悪魔じゃないね!」
「…………」
周囲が静かになった。
「誰から聞いたの?」
「おばあちゃん!」
「そっか……」
教育って怖い。
「まあ、今のところ人間だよ」
「今のところ?」
「陛下」
リゼリアが小声で言う。
「余計なことを仰らない方が」
「君に言われたくない」
女の子が母親のところへ戻っていく。
その瞬間。
パチ。
誰かが拍手した。
パチパチ。
また一人。
そして。
拍手が広がった。
「……え?」
「ノクス王!」
「帝国を追い返してくれてありがとう!」
「ありがとう!」
「王都を守ってくれた!」
歓声。
俺は戸惑った。
俺はアルディアを守ると決めたわけじゃない。
自分の国を守るために帝国を止めただけ。
でも。
結果的には同じだったらしい。
「陛下」
リゼリアが微笑んでいる。
「何?」
「随分と好かれましたね」
「まだ何もしてないんだけど」
「何万人もの命を救われました」
「…………」
そう言われると。
少しだけ。
嬉しかった。
◇ ◇ ◇
アルディア王城。
白を基調とした美しい城だった。
ノクス王城とは正反対。
「明るいな」
「落ち着きません」
リゼリアが真顔で言う。
「君、暗いところ好きそうだもんな」
「ノクス王城こそ至高です」
「はいはい」
俺たちは謁見の間へ案内された。
巨大な扉が開く。
その奥。
玉座に一人の男が座っていた。
五十代くらい。
金色の髪。
穏やかそうな顔。
「ようこそ」
男が立ち上がった。
「ノクス王、レオン・アークレイ殿」
俺も軽く頭を下げる。
「初めまして」
「私はアルディア王国第十七代国王、エドワード・アルディア」
国王自らこちらへ歩いてくる。
「まず――」
そして。
深く頭を下げた。
「我が国を救っていただいたこと、心より感謝する」
「え、ちょっと」
周囲の貴族たちがざわつく。
「頭を上げてください」
「しかし」
「俺は自分の国を守っただけです」
「それでも結果として数万の民が救われた」
「…………」
「感謝させてほしい」
「分かりました」
悪い人には見えない。
少なくとも今のところは。
「それから」
エドワード王が俺の後ろを見る。
リゼリア。
そしてイグニス。
「そちらの御二方は?」
「リゼリア。俺の臣下です」
リゼリアが優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります」
「そして、こっちが――」
「イグニスだ」
本人が先に答えた。
「古代竜イグニス」
「…………」
謁見の間が凍った。
「こ、古代竜?」
「帝国が連れていた……?」
「人化しているのか……」
エドワード王ですら固まっている。
「安心してください」
俺が言う。
「たぶん暴れません」
「たぶん?」
「レオン」
「何?」
「我を紹介するときに不安を煽るな」
「じゃあ絶対暴れない?」
「それは約束できん」
「ほら」
エドワード王が乾いた笑いを浮かべる。
「……大変個性的な御一行ですな」
「俺もそう思います」
◇ ◇ ◇
会談は意外なほど穏やかに進んだ。
アルディアはノクス王国の復活を正式に認める。
互いの領土を侵さない。
交易についても今後協議する。
そして――。
「不可侵条約?」
「はい」
エドワード王が一枚の書類を差し出す。
「アルディア王国は、ノクス王国へ侵攻しない」
「俺たちもアルディアへ侵攻しない」
「その通りです」
「いいと思います」
三百年前。
敵だった二つの国。
その関係を終わらせる。
「署名します」
俺は書類に名前を書く。
エドワード王も署名した。
『外交関係が成立しました』
【アルディア王国】
【関係:中立→友好】
【不可侵条約締結】
【交易交渉が解放されました】
「よし」
特殊任務も更新される。
【特殊任務――最初の外交】
【達成】
【王国経験値5000を獲得】
「これで終わりか」
そう思った。
その夜。
俺たちのために歓迎の宴が開かれた。
◇ ◇ ◇
「うまい」
俺は肉を食べながら感動していた。
「ちゃんとした飯だ」
「陛下」
「何?」
「ノクス王城の料理にご不満が?」
「そもそも料理人いないだろ」
「…………」
「なんで傷ついた顔するんだよ」
臣民十七人。
まだ料理人なんて職業分けできる状態じゃない。
「帰ったら人増やさないとな」
「良いお考えです」
宴にはアルディアの貴族たちも参加している。
俺のところへ次々と挨拶に来る。
「ノクス王陛下」
「このたびは我が国を――」
「ぜひ我が領地にも――」
疲れる。
王って大変だ。
「レオン」
イグニスが隣に来た。
片手には巨大な肉。
「これ、うまいぞ」
「もう食べてる」
「そうか」
「竜って普通の飯食うんだな」
「食える」
「何が一番好き?」
「牛」
「普通だな」
「一度に三十頭ほど」
「全然普通じゃなかった」
そのとき。
リゼリアが俺の腕を掴んだ。
「陛下」
「何?」
「その杯を置いてください」
「え?」
手にはワイン。
まだ飲んでいない。
「どうした?」
リゼリアの表情から笑みが消えていた。
「毒です」
「…………」
周囲の音が遠くなる。
「毒?」
「はい」
リゼリアが杯を取る。
匂いを嗅ぐ。
「無味無臭。遅効性」
「死ぬ?」
「通常の人間であれば、一時間ほどで」
「…………」
俺は周囲を見る。
宴は続いている。
誰も異変には気づいていない。
「エドワード王が?」
「判断できません」
「騒ぐな」
「しかし」
「まだ犯人が分からない」
俺は笑顔を作る。
「普通にしてて」
「……御意」
イグニスが肉を食べながら言う。
「殺すか?」
「君までリゼリア化しないで」
「何だそれは」
「こっちの話」
誰が毒を入れた?
アルディア王?
貴族?
それとも――。
『警告』
頭の中に声が響いた。
【敵意を検出】
「……敵意?」
『第三王権――王威の獲得により、敵意感知機能が解放されています』
「便利すぎない?」
『敵意の発生源を表示します』
俺の視界が変わる。
宴会場にいる人々。
その中で――。
一人だけ。
赤く光っている。
「…………」
俺はその人物を見る。
若い男。
貴族らしい服。
年齢は二十代後半。
俺と目が合った。
男が微笑む。
そして。
ゆっくりと。
自分の首を指でなぞった。
「完全に犯人じゃん」
その瞬間。
男が走り出した。
「待て!」
俺も追う。
「陛下!」
宴会場を飛び出す。
長い廊下。
男は速い。
「止まれ!」
返事はない。
角を曲がる。
男の姿が消えた。
「どこ行った?」
「陛下」
リゼリアが追いつく。
「魔力反応が消えました」
「消えた?」
「転移魔法かと」
「逃げられた?」
「おそらく」
そのとき。
床に何かが落ちているのに気づいた。
「これ……」
一枚の黒い紙。
拾う。
そこには。
見覚えのある紋章が描かれていた。
「黒竜……?」
ノクス王国の紋章。
だが。
少し違う。
黒竜の胸を――一本の剣が貫いている。
リゼリアの顔色が変わった。
「まさか……」
「知ってる?」
「はい」
声が震えていた。
「三百年前――」
リゼリアが紙を見つめる。
「初代王アルクを殺した者たちです」
「……何?」
「七王国ではございません」
「じゃあ誰?」
「王国の内部にいた――」
リゼリアの赤い瞳が細くなる。
「裏切り者たち」
その瞬間。
俺の頭の中に声が響いた。
『封印された記憶領域が反応』
【王の記憶――第二封印】
【解除条件の一部を達成】
【必要条件】
【裏切りの真相を知る】
黒い紙の裏側。
そこに小さな文字が書かれていた。
『偽りの王へ』
その下。
『三百年前に殺したはずの魂が、なぜ戻った?』
そして最後に。
一行。
『今度こそ――完全に消す』
俺を狙っている。
今日初めてじゃない。
三百年前から。
俺の魂そのものを知っている何者かが――。
この世界のどこかにいる。




