第3話
――三智慧人
勉強会が終わったあと、バスで帰る亜沙美を送るために小束山交差点まで全員で付いていくことになった。
「お姫様じゃないんだから仰々しく全員ついて来ないでいいわよ」
亜沙美は4人の友人が従者のように後ろを歩いているのを見て渋い顔をする。
「まあまあ、私達も坂の上のスーパーで夕飯の材料を買うので気にしないでください」
「僕は姉さんに無理やり付き合わされたんです」
「今日は母さんが、すき焼き作るって言ってるんだから秦も買い物くらい手伝いな」
亜沙美について来たのは一応理由があって、交差点を抜けて坂を少し昇ったところにスーパーがあり桜歌ときいは毎回そこで夕飯の材料を買っている。
今日も亜沙美を送ったあとは、いつものスーパーで買い物をするつもりだ。
「ちなみに亜沙美さんは、夕飯どうするんですか?」
「今日はお姉ちゃんが夕方までに帰って来るって聞いてるから、家で食べるんじゃないかな? まあ、最悪私が有り合わせで全員分作るから心配しなくていいわよ」
そんな話をしながら交差点の手前にある公園を通り抜けようとしたしたそのとき、俺達の目の前に2頭の大型犬が文字通り上空から降ってくるように現れた。
「なんだこいつ!?」
「ひええッ!」
状況から考えて公園内に植えられた木の上に隠れていたんだと思うが、当然すぎる登場に桜歌と亜沙美はショックのあまり硬直し、秦君は尻もちをついてた。
大型犬は、一見すると日本で時々目する虎毛と胡麻毛の秋田犬だったが明らかに奇妙な姿をしていた。
最近は飼い犬に服を着せる飼い主も珍しくない。
しかし、2頭が身に着けているのは軍隊の戦闘服に似た迷彩色のポンチョで、頭部には各種センターが内蔵された戦闘支援用ゴーグルを装着し、極めつけに肩にカバーに収納したトマホークを括り付けていた。
「みんな動くなッ! 私が追っ払う」
「ちょっと待って、大丈夫だから」
桜歌達を守るためにきいが買い物袋を手に巻き付けて立ち向かおうとするが、俺は割って右腕で彼女を制止する。
「なんでお前らが神戸に居るんだよ?」
「ワンッ!」
俺が問いかけると、虎毛の大型犬が太く鋭い声を発する。
「カ・キリ、カ・マリ、久しぶりだな」
俺は大型犬の側に歩み寄り、虎毛と胡麻毛の大型犬と交互にハグをかわす。
2頭は俺に危害を加えることはなく気持ちよさそうにシッポを振ってた。
「その様子だと、そのワンちゃんは慧人君の知り合いなの?」
ショックから立ち直った亜沙美が、きいの背後から恐る恐る問いかけてくる。
全員ショックから立ち直ってみたいだが、やっぱり見知らぬ大型犬が怖いのか、桜歌、亜沙美、秦君の3人は身構えるきいの背後に身を隠していた。
「紹介するよ。右の虎毛がカ・キリ。左の胡麻毛がカ・マリ。二人はウルディンで、少し前まで俺と同じ部隊に所属していたマモノハンターだ」
「野犬じゃなくてウルディン。と、いうことはお二人とは意思疎通が――」
「怖がらせてすまない。慧人を見つけたんで、つい飛び出してしまった」
カ・キリが日本語で謝罪すると、全員がビクンと震えて一歩後退する。
「今話した日本語はボイスロイド。パルスフォンがカ・キリの思考を読み取って日本語に翻訳した言葉を、ボイスロイドがスピーカー越しに再生してるんだ」
「そうかボイスロイド……ということは、やっぱり、お二人はウルディンなんですね」
「さっきから、そう言ってる」
2人が野犬ではなく、話の通じるウルディンであることを確認して、ようやく桜歌は肩の力を抜く。
異世界ニビルには人間と同一のDNAを持つクサリク以外にも、文明と社会を作るだけの知能を持った知的生命体が存在する。
その一つがウルディン。
オオカミから進化した種族で、外見は地球に存在する大型の狩猟犬によく似ているが、地球人と同等の知能を持つ知的生命体だ。
カ・マリが、チョンチョンと鼻先で俺の膝をつつく。
これはウルディンが行う『何か問題が起こってないか?』と状況を確認するために行うジャスチャーで、俺はカ・マリの問いに人差し指と親指で丸を作るOKサインを出して問題ないことを教える。
技術の発達によってウルディンが人の言葉を話すことは可能になったが、彼らはスピーカーから流れる言葉の意味を自分で理解できないので、とっさの場合だと昔ながらのハンドサインの方が便利な場面も多い。
「ラス。カ・キリとカ・マリの端末にペアリング実行。次に翻訳ソフト起動、翻訳モードはウルク・ウルディン語」
彼らときちんと会話をするなら、パルスフォンをペアリングして、イヤホンマイクと翻訳ソフト越しに言葉を交わす必要がある。
「で、けっきょくお前ら何のために神戸に来たんだよ?」
「慧人に会いに来たのよ。PHCアマハラから指令があって、ウルクで起こっているちょっとしたトラブルの解決を慧人に頼みたいの。私達はその件をあなたに伝えに来たメッセンジャーってわけ」
「トラブルの解決ねえ。なんで俺が適任だと思われたんだ?」
どんなトラブルなのか想像もつかないが、日本に移住した俺が適任と判断された辺り、けっこう込み入った話なのは間違いない。
日本に来てから思い知らされたが、俺はマモノと戦うことしか知らない人間だ。
この社会の仕組みも知らないし、人の心の機微もわからない、一言で言うと『バカ』なのだ。
しかし、俺には考えることについては右に出るものがいない頼もしい仲間がいる。
「桜歌、悪いけどカ・キリとカ・マリの話、一緒に聞いてくれないか」
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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