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第39話

――関谷亜沙美


 7月17日、土曜日。

 今日は夏休みを間近に控えた1学期最後の週末。


「香織さんの復学と、桜歌の15歳の誕生日を祝って乾杯ッ!」


 私の音頭で、この場に集まった4人の少女がジュースの入ったグラスをコツンと触れさせる。

 ここは三宮にあるスイーツバイキングの専門店。

 壁や天井には、今コラボメニューを提供しているアニメキャラのポスターやポップがいたるところに飾り付けられており。

 背後を振り向くとショーケースに二十種類以上のケーキが甘いものが好きな女の子を待ち構えている。

 今日この場に集まったのは、私と桜歌と香織さん、そして香織さんが中川まさやの魔の手から危機一髪のところで助け出した谷川流奈さんの4人だ。

 あの事件のあと、私と桜歌は、香織さんだけじゃなく、流奈さんとも連絡先を交換してちょくちょくお話をする仲になった。


 あの嵐のような6月18日から1か月が経った。

 あのあと、身元引受人として桜理さんと私のお母さんが生田警察署に来てくれた。

 佐奈を警察署に連れていくためにワザと補導されるという作戦は上手くいった。

 しかし、桜理さんに相談せず危険な作戦を決行したことに理解を得られるはずも無く、桜歌と慧人君は桜理さんにこっぴどく叱られ。

 私はお母さんに泣かれてしまった。

 お母さんを泣くほど心配させてしまったことは非常に申し訳ないと思うが後悔はしていない。

 警察署に連れていかれた佐奈が、秋田さんの説得に応じて被害届を出したことで、事件の捜査はものすごいスピードで進んだ。

 中川まさやは、翌日の午前中に任意同行で身柄を確保され、3日後には不同意性交罪容疑で逮捕された。

 5日後には中川まさやに女生徒を紹介していた志村和雄が逮捕。

 同日に立場の弱い女生徒をイジメによって追い詰め最終的に売春を強要していた、青山由紀、菅野直美、野田佳代の3名が暴行障害、窃盗、脅迫の容疑で逮捕された。

 まさに電光石火のスピード逮捕劇で、星華学園内で行われていた売春強要事件は全国ニュースで取り上げられた。

 おそらく、このスピード逮捕劇を実現するために桜理さんは私達が非合法に集めた情報も警察に提供したのだと思う。

 私達の身元引受人として生田警察署に来たとき、桜理さんは私達を待たせて秋田さんと2時間近く打ち合わせをしていたから間違いない。

 こうして、香織さんと流奈さん、加えて佐奈含む数名の生徒を苦しめていた悪人は全員地獄に落ちて、晴れて香織さんは7月の頭から星華学園に復学することができた。


「まあ、復学と言っても1年生なんだけどね。クラスメートから陰で先輩って呼ばれていないか心配だよ」

「心配なのはわかるけど、他のクラスメートが何を言おうと私だけは香織の味方だよ。香織は私にとって神様みたいなものだから」


 昨年の10月から学校を休んでいた香織さんは留年して1年生として再スタートを切ることになった。

 香織さんが学校生活への不安を口にすると、隣に座っていた流奈さんがギュッと抱きついてくる。


「神様はやめて欲しいな。私達はお友達でしょ」


 あの事件のあと、香織さんと流奈さんは親友と呼べる仲になった。

 正確には、売春を強要されて身体を売り渡す一歩手前で助けてくれた香織さんに流奈さんが子犬のように懐いているように見える。


「でも、復学して流奈と同じクラスになれたのは良かったかな。私、復学してまだ半月くらいだけど学校がけっこう楽しいの」

「私もです。怖い人達が居なくなって真っ暗なキリがパーっと晴れたような気がします」

「そう言ってもらえると頑張った甲斐がありました」


 未成年者ながら逮捕された青山由紀、菅野直美、野田佳代の3人は星華学園を退学になった。

 被害者の多さから少年院行きは免れない上に、桜理さんが被害にあった生徒の家族に声をかけて被害者の会を設立し、損害賠償を求める民事訴訟を起こしたので志村共々地獄に落ちたような気分を味わっているだろう。


「しかし、慧人君が着てくれなかったのは残念だなあ。慧人君も一緒に戦ってくれた仲間だと思ってたのに」

「慧人君って、香織と一緒に私を助けに来てくれた男の子ですよね? 今日は何で来てくれなかったの」


 香織さんの指摘するとおり、時間解決に協力してくれた香織さんは今日の会合に参加していない。

 一応、誘ってみたものの、別の用事あるので断られてしまった。


「今日、剣道の県大会があって慧人さんはそちらに参加しています。慧人さんは試合に出ていないのですが、3年生は今日が最後の試合になるかもしれないので応援しに行くそうです」

「入部して1か月しか経ってないけど形式上は県大会で慧人君も部活引退だし、夏休みの間は練習に参加するのも無理だから最後くらいは見届けてあげたいみたい」


 ちなみにキーも県大会は応援のみの参加だ。

 もともと大会に出場する意志はなく個人戦は出場辞退。

 後輩に請われて団体戦は出場したが、タジ中の女子剣道部は地区大会で敗退してしまった。


「そうか慧人さんだけじゃなく、桜歌ちゃんと、亜沙美ちゃんも受験生だったね。二人は頭良いから受験勉強も忙しいでしょ」

「そうだ、二人とも星華学園に来てよ。二人のおかげで悪い人達はいなくなったし、制服かわいいから人気もあるんだよ」

「なに言ってるのよ。桜歌ちゃんと、亜沙美ちゃんは、定期テスト1位と2位なんだよ、偏差値70以上の進学校目指すに決まってるじゃない」

「1位と2位かあ……それだと進学校から、京大目指すよね。かっこいい後輩が出来ると思ったら雲の上の人だったか」


 流奈さんが、ガクンと背もたれに体重を預ける。

 流奈さんが言う通り、進学校から京大を目指すのが関西の優等生がたどる典型的なエリートコースだ。

 しかし、私達はそのエリートコースに乗るつもりは無い。


「申し訳ないですが、私達の第一志望は西神学園高校ですよ。私の場合は、実家から一番近い高校に進学するってお母さんと約束してるので」

「亜沙美さんは美少女四天王になる前に、派手にやらかしたことがありますからね」

「ああ、2年前の事件が尾を引いてるんだ」

「それはもう盛大に」


 高校はともかく大学は桜理さんと同じ京大を目指したいと思っているが、それは反対されるかもしれない。

 多分、両親が私に期待していることは、近所の大学に行って、普通に就職して、普通のお母さんになることだと思う。


「私も家事と、慧人さんのお世話があるので家から遠い高校は無理ですね」

「桜理さん、お仕事忙しいもんね」

「最近は特に忙しいですね。いまのところ志村達からまともな和解案が出て来ないので、損害賠償を求める民事訴訟を起こすみたいです」


 桜歌がどこの大学を目指してるか聞いたことはないが、少なくとも高校を卒業するまでは家を守って、桜理さんと慧人君に美味しいご飯を食べさせてあげるのが、彼女のなりの親孝行なのだろう。


「二人ともすごくエライと思うけど、なんかもったいないなあ。私が言っても説得力ないけど、高校生になったらもっと遊ぼうよ。女子高生でいられるのは人生の中で3年間だけなんだよ」

「ちゃんと遊んでますよ。私は明日、香織さんと一緒にハーバーランドのフリーマーケットに行く予定です」

「えっ、香織、明日、桜歌ちゃんと遊びに行くの!? 私、聞いてないんだけど」


 桜歌の口から飛び出した明日の予定を聞いて、流奈さんはキスしそうな勢いで香織さんに詰め寄る。


「デートじゃなくて、フリーマーケットでリメイクできそうな古い着物を探しに行くだけだよ。私、桜歌ちゃんにお願いして和裁を教えてもらってるの」

「和裁って、着物を縫うの?」

「そうだよ。なにか一つでいいから人に自慢できる特技が欲しくてお願いしたの。桜歌ちゃんの作った着物は、かわいい上に着付もしやすいから、私も作れるようになりたいと思って」

「私としては和服好きの同士が出来て感無量ですね」


 香織さんはアジサイに花が描かれた浴衣と、自転車に乗るために又部分が二つに分かれた馬乗り袴を身に着けている。

 桜歌も着物を着ているので、私達の席はどこか浮世離れした華やかな雰囲気に包まれている。


「二人の着物もかわいいと思うけど、私は亜沙美ちゃんの姫ルックの方が好みかな。亜沙美ちゃん、その服どこの店で買ったの?」

「ちょっとわからないです。この服は、お姉ちゃんの持っている服をリメイクしたものなので」

「えっ!? 桜歌ちゃんだけじゃなくて、亜沙美ちゃんも服作ってるの」


 よほど驚いたのか、流奈さんは口を半開きにしてポカンとした顔をしている。


「リメイクといっても、私の場合はお姉ちゃんの服を私の体型に合うように裾を詰めたりしているだけですよ。私、お姉ちゃんがデザイナー志望でかわいい服をたくさん持ってるので、新しいの買うよりお姉ちゃんの服を直して着る方が当たりを引けるので」

「いや、買ってきた服を着るだけじゃなくて、ちゃんと自分で手入れをしているだけで十分すごいよ」

「二人は頭いいだけじゃなくて、女子力もカンストしてるスペシャルだから」

「まったくだ。ここまでスペック差があると、嫉妬心も湧かないよ」


 流奈さんは、皿に盛ったケーキをパクンと頬張りながら目をつぶる。

 口では嫉妬心も湧かないと言っていたが、やっぱり悔しいのかもしれない。

 私だって桜歌のことは大好きだが、何をやっても勝てないことに喉の奥に小骨が引っかかるようなモヤモヤを感じることがある。


「香織さんが和裁をやるなら、流奈さんは私と一緒に洋裁の勉強をしませんか? お姉ちゃんに頼んだら、きっと喜んで教えてくれると思います」

「洋裁の勉強かあ……ちょっと、考えてみます」


 コンプレックスを克服して自信をつけるには、努力して実力を身に付けるしかない。

 それが、桜歌と出会ってからの2年間で学んだ結論だ。


「それはそうと、桜歌また新しい着物作るの? フリマサイトに出品してる着物、全部売れちゃったの」

「まだ全部売れたわけではないのですが、来月に備えて新しい着物作りたいと思ったので」

「この前買った大島紬じゃダメなの? あれ気に入ってるんでしょ」

「もしかしたらジャングルを歩かされる可能性があるのに、あんな上等な着物持っていけないですよ」


 ジャングルか……確かに行き先を考えたら、私もちゃんと準備をする必要がありそうだ。


「ジャングルって。桜歌ちゃん、どこか旅行に行くの?」

「はい、実は来月、私と亜沙美さんと慧人さんを含めた数名のグループで、ニビルに行くことになりました」


挿絵(By みてみん)

ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。


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