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第34話

――三智慧人


「すごい。私が漕ぐより全然速い」

「鍛えてますから」

「次の信号、左です」


 指示に従って左に曲がろうとしたら、香織さんが転落しそうになったので俺は慌てて車体を右側にかたむけると同時に彼女の服をつかんで俺の元に引き寄せる。


「ごっ、ごめんなさい。あんなに横に引っ張られるとは思わなくて」


 転倒を避けるために俺にギュっと抱きつくことになった香織さんは顔を真っ赤にしていた。


「香織さんが誤る必要はないですよ。いまのは慧人さんが悪いです。後ろに人が乗っているんだから、曲がるときはスピードを落としてください。そもそも、スピードを出しすぎです」


 イヤホンマイクから桜歌の説教が飛んで来る。

 きっとスマートグラスを通じて、転倒しかけたところもモニターしていたのだろう。


「だって、急いでるんだろ!?」

「転んで二人がケガしたら目的地にたどり着けません。自転車なら渋滞につかまることは無いので、直線では時速20キロ前後、曲がるときは香織さんが振り落とされないよう極力スピードを落としてください。計算上、それでも18時55分くらいにサンキタ広場に到着します」

「わかった。安全運転が一番速いってことだな」

「その通りです。スマートグラスを通じて、私がスピードもモニターするので慧人さんは周囲の人や車に気を付けて運転してください」


 桜歌の指示に従って俺は再び自転車を走らせる。

 街中は道が平坦なのでスピードを出すのは簡単だが、人や車が多いので桜歌のアドバイスを聞かずに全速力を出していたら事故を起こしていたかもしれない。

 香織さんの道案内に従って国道に出た後、俺はひたすら時速20キロを意識して自転車を漕ぎ続けた。


「つっ、着いたッ!」


 自転車を止めた瞬間、香織さんは絞り出すように言葉を漏らす。


「現在時刻18:54分。間に合いました」

「ありがとうございます。あとは……」


 香織さんはキョロキョロと周囲を見まわして星華高校の制服を来た生徒を探す。

 三宮の中心地だけあった広場にはたくさんの人が集まっていたが、その中でひときわ目立つ白いワンピースの制服を着た女の子を見つける。

 星華高校の制服を着た少女が、ブルーグレイのスーツを着た40代くらいのオッサンと話をしていた。

 目的の少女を見つけると、香織さんは人目を気にせず近づいて「流奈さんですか?」と声をかける。

 少女が震えた声で「はい」と答えると。


「あなたを助けに来ました」


 香織さんは流奈さんの手をギュッと握って言い放った。


「おい、いきなり何なんだ!? その子は私と話をしていたんだぞ」


 香織さんがオッサンから流奈さんを引き離そうとすると、オッサンが怒鳴りつけてくる。


「あなたは、流奈さんとどういう関係なんですか?」


 俺は二人を守るために、すかさず間に入ってオッサンを問い詰める。


「それは……」


 問い詰められるとオッサンは途端に黙り込む。

 衆人環視の中で、流奈さんと売春の約束を取り付けているなんて口が裂けても言えないだろう。


 香織さんは、オッサンのことは完全に無視して、言葉の一つ一つを確かめるように流奈さんに話しかける。


「流奈さんは、青山由紀に脅されてこんなところに来たんだよね。でも、あいつらの言うことは聞かなくていい。もし、由紀が怖いなら……私が守ってあげる。正直、私も由紀のことはすごく怖いんだけど、でも私に友達はすごく強いから。絶対にあなたを助けてくれるから、私を信じてッ!」

「でっ、でもわたし……由紀先輩に毎日殴られたり、モノを投げられたりして……明日、5万円貸さないと、もっとひどい目にあわせるって言われて……」


 香織さんは、流奈さんにそう語りかけると彼女はポロポロと大粒の涙を流して泣きはじめる。


「辛かったね。もう大丈夫だから」


 香織さんはむせび泣く流奈さんの肩を抱いて優しく背中をさする。

 その様子をにらみつけていたオッサンを俺はもう一度問い詰める。


「あなたは、流奈さんとどういう関係なんですか?」

「なんでもない、ただ道を聞いただけだ」


 と吐き捨ててオッサンは雑踏の中に消えていった。


「おつかれさまです。無事、流奈さんの保護に成功しましたね」


 スマートグラス越しに、オッサンとのやり取りをモニターしていた桜歌がねぎらいの言葉をかけてくれる。


「桜歌もサポートありがとな。こうやってちゃんと人助けができると俺も気分がいい」

「私も慧人さんのそういうところ好きですよ。とりあえず二人を近くのカフェで休ませてあげてください。お母さんと連絡が取れたら迎えに来てもらうので、それまで二人の護衛をお願いします」

「あいよ」


 屋根のある所で二人を休ませるためサンキタ広場から目と鼻の先にあるカフェに立ち寄る。

 二人を座らせてから、注文したココアを受け取って席に戻ると、香織さんは泣き止まない流奈さんの肩を抱いて、ずっと彼女を慰めていた。


「香織さん、強くなりましたね」


 二週間前、無表情で座っているだけだった香織さんが、こうして同じ境遇の女の子を助けるために自分で行動を起こせるようになった。

 俺もこれまでの人生でいろんな人を見てきたが、一人の人間が短期間でここまで劇的に成長するのを見たのは初めてだ。


「慧人さん達のおかげです。みんなが力を貸してくれるから、私も少しだけ意地を張れるようになりました」


 亜沙美は、『友人が出来るか否かは運だ』と言っていたが、香織さんの様子を見ると確かに運が良ければ人は変われるのかもしれない。


「慧人さん、お母さんと連絡が取れました。あと10分くらいで迎えに来るそうです」

「これで一安心だな。桜歌と亜沙美はどうするんだ? 桜理さんが迎えに来るまで車で待機か」

「待機じゃなくて仕事の続きよ。慧人君、ひとつ頼みたいことがあるんだけど」


 亜沙美が緊張感のある声音で俺に話しかけてくる。


「マッチングアプリに新しくメッセージの投稿があったの。内容は、流奈さんに逃げられたスケベオヤジから志村への抗議声明」

「ほう……」


 亜沙美から新たな動きがあると知らされて俺は思わず目を細める。

 俺の見立てが確かなら、あのスケベオヤジ、見た目は人間だが実態は飢えた獣だ。

 獲物に逃げられた獣は食べるのを諦めるだろうか?

 結論から言えばそんなことはありえない。食わなければ飢えて死んでしまう。だから、飢えた獣は新たな獲物を探し求める。


挿絵(By みてみん)

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