第30話
――関谷亜沙美
青山由紀、菅野直美、野田佳代の3人を地獄に突き落とす。
そのための一番手っ取り早い方法は、犯罪の証拠をつかみ刑事事件として告発することだ。
有罪判決が出れば、事件の悪質性を考えても少年院送りは免れないし、YUKIがティックトッカーとして有名になっているだけに世間からのバッシングも激しいものになる。
最高の青春をエンジョイしている彼女達からすれば、地獄に落とされたような気分を味わうことになるだろう。
そのために、何としても犯罪の証拠を見つけなくてはならないのだが――。
「なんだ、これ? 犯罪の証拠なんて全然見つからないじゃないか」
メッセージの確認作業に疲れた慧人君がへたり込んで作業台に額をこすりつける。
意気込んで通信データの解析を始めたものの、証拠になりそうなメッセージは簡単に見つからなかった。
「そもそも、傍受した通信データの大半が被疑者のものじゃないしね」
証拠探しはまずパケットキャプチャーツールが収集してくれた通信データの選別から始まった。
校内にしかけたパケットキャプチャーツールは二日間で3万件近い通信データを受診してサーバに送ってくれたが、どう考えても大半が3人の犯罪とは全く関係のない通信データだ。
「一番通信量が多いのはグーグルタブレットか。香織さん、学校から貸し出されてるタブレット端末って、いま持っていますか」
「はい、何かの役に立つかもしれないと思って持ってきました」
香織さんがトートバックからタブレット端末を取り出す。
出てきた機種は予想通りグーグルタブレットだった。
「星華高校では、授業でその端末使うんですね」
「はい、教科書は全部これに入っているし。あと、宿題とかもこの端末で受け取ります」
珍しい話じゃない。
最近はどこの学校でも、教科書は電子書籍の形で配布され、宿題や先生が作った資料も全てタブレット端末で受け取るのが当たり前だ。
「そうなると、データの送信元がグーグルタブレットって表示されているのは全て授業中のデータ送信ですね」
試しにグーグルタブレットから送信されたデータをひとつ解析してみると、先生が配布した宿題が表示された。
「グーグルタブレットの通信データを解析しても時間の無駄ね。ウィズ、データの受信一覧からグーグルタブレットを除外して」
AIに命じて受信データ一覧にソートをかけると、表示されたデータの件数は一気に十分の一になる。
「だいぶ減ったけどまだ3026件か。亜沙美、同じ要領でもっと絞り込めないか」
慧人君が3026件は多すぎるのでもっと捜索範囲を絞り込んでくれと言ってきたが、それに対して私は一言だけ言い返す。
「どうやって?」
私の言葉によほど驚いたらしく、絶句した慧人君の口が真一文字になる。
「慧人さん、グーグルタブレットは学校が全生徒に授業や学校からの連絡を通知するために配布しているものなので、この端末から犯罪の証拠につながるメッセージが出てくる可能性は限りなく低いです。
対して、それ以外の端末は全て星華高校に通う生徒さんが個人で所有しているパルスフォンです。
例えば使用率が高いアイフォンからのメッセージをツールは大量に受診していますが『売春強要グループ』の3人が使っているアイフォンがどれなのか慧人さんは見分けがつきますか?」
「ということは……」
慧人君が苦笑いを浮かべる。
どうやら、鈍い彼もこれからなにをするのか察してくれたようだ。
「残る3026件のメッセージ、全てチェックするわよ。大丈夫、明らかにシロだとわかった端末はソートしていくから」
そんなわけで、サーバに残された3026件の通信データを総当たりでチェックしていくローラー作戦が始まった。
メッセージをチェックするだけならパソコンに不慣れでも問題ないので、私と桜歌が通信データの暗号解読と端末のシリアル番号の記録して、解凍した通信データの内容チェックを慧人君と香織さんにお願いする形で作業を進めていく。
4時間ほど作業を続けたが、地味なメッセージの確認作業に頭がショートした慧人君が作業台に額をこすりつける。
「メッセージの確認っていっても、人の手紙覗き見てるだけだな」
「全部、他愛のない日常会話だったね」
確認したメッセージの中身は、アニメの最新話の感想だったり、友達同士で遊びに行く約束だったり、中にはメッセージアプリで恋愛相談をしている生徒もいた。
結論から言えば三時間の作業で、『売春強要グループ』の犯罪の証拠は何一つ見つからなかった。
「しかも、時間経過と共に確認するログの件数増えてるし。これ、いつになったら終わるんだよ」
「確かに5時を過ぎてから、パルスフォンからは送信される通信データがすごく増えたね」
パケットキャプチャーツールが受信した通信データの数は、午後5時時点の3026件から3646件に増えていた。
午後5時から6時にかけて、星華高校の生徒が一斉にパルスフォンで連絡を取り合ったので受診したデータの数が爆増したのだ。
「授業中にパルスフォンの使用を控えていた生徒さんが、放課後になって一斉に連絡を取り合ったんだと思います。夕方に通信件数が増えるのは自然な流れですよ」
「真面目に勉強してたらパルスフォンなんて触らないから放課後になったら通信件数が増える。理屈としては納得できるけど、4時間もパソコンとにらめっこして何の手がかりも得られないのはキツイな」
4時間メッセージをチェックし続けて何の手がかりも得られなかったことに慧人君はガックリと肩を落とす。
「香織さん、4時間も手伝ってもらったのに何の成果もなくて申し訳ないです」
「私は……けっこう楽しかったです。私、今日みたいに友達と一緒に目的を達成するために頑張るって、やったことがなかったので」
私達は働いた分だけ桜理さんからバイト代が出るが、香織さんは依頼人だ。
成果が出なくても申し訳ないと思う慧人君の気持ちもわかる、
しかし……。
「なんか、誤解しているみたいだけど、ちゃんと成果は出てるわよ」
私は受信一覧に表示しないよう設定したパルスフォンの一覧を慧人君と香織さんに見せる。
「これは、慧人君と香織さんがメッセージを見て『売春強要グループ』と無関係な生徒が使っているパルスフォンだと確認できた端末の一覧。だから、このリストの端末から送信された通信データは、いま表示されている3646件に含まれていない」
私と桜歌がやったソート作業の意味を理解した慧人君がポンと手を叩いた。
「なるほど犯罪と無関係な端末を特定して検索一覧から除外すれば、チェックが必要なメッセージの件数は自然と減るな」
「そういうこと。そして、私と桜歌で今日は70台くらい除外リストに放り込んだんだけど。明日、明後日とこれを続けていけばどうなると思う?」
「最終的に、青山由紀、菅野直美、野田佳代の3人が使っているパルスフォンを特定できるんですねッ!」
「大正解、香織さん花丸です」
桜理さんの仕事を手伝い始めたころ、私は繰り返し「証拠集めに近道はない」と繰り返し言い聞かされた。
物事を一足飛びに解決しようとすれば必ずどこかに落とし穴がある。
どんなに面倒でも、情報の一つ一つを確認して「使える」「使えない」の精査をしていくのが一番効率的なのだ。
「とわいえ、今日は十分働いたので撤収しましょう」
「あの……私、明日もここに来ていいですか?」
「はい、今日は香織さんが手伝ってくれたのでとても助かりました」
「では、明日も17時集合でよろしくお願いします」
桜歌と香織さんが互いにお辞儀をする。
香織さんは長らく学校を休んでいたせいか、他人と話すことにまだ緊張しているように見える。
彼女が学校に復学するなら、私達と一緒に行動することがいいリハビリになるだろう。
「話が決まったなら、さっさと撤収するぞ。腹減ったし、駅前でなにか食おうぜ」
慧人さんがハッキングカーの後部ドアから出ていこうとすると、桜歌にグイっと襟首をつかまれた。
「慧人さん、ダメです。もうすぐ午後10時を回るので歩いて帰るのはNGです」
「おい、どういうことだ?」
「私達は中学生なので、午後10時を過ぎたあと保護者同伴無しで夜道を歩いていたら警察の方に補導されてしまいます」
桜歌の言う通り日本では未成年が事件や事故に巻き込まれるのを防ぐために、未成年者が深夜に屋外を歩き回ることが条例で禁止されている。
高校生になれば午後11時くらいまで多目に見てもらえるが、私達は中学生なので午後9時以降に街中をフラフラ歩き回っていたら補導される可能性が極めて高い。
「じゃあ、どうするすんだよ? 帰れないじゃないか」
「あの……今からお母さんに迎えに来てもらいます。条例はあくまで未成年者が保護者の同伴なしで深夜徘徊することの禁止なので、お母さんに車で迎えに来てもらえば問題ないと思います」
香織さんが連絡を入れると、和子さんは私達を迎えに来ることをこころよく引き受けてくれた。
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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