第29話
――三智桜歌
6月15日、火曜日、午後5時。
アサミンが星華高校の校舎内にパケットキャプチャーツールを仕掛けてから二日後。
私達は放課後、家に帰らず星華高校から2キロ離れた有料駐車場に止めてあるハッキングカーに向かった。
通信を切ったあと、アサミンが『売春強要グループ』の1人と接触して暴行を受けそうになり、襲われたアサミンを助けに入った慧人さんがいじめっ子を殺害しかけた、と聞いた時には恐怖とショックで吐きそうになった。
結果的に、アサミンは特にケガをすることなく、慧人さんも殺人を犯すことは無かったので結果オーライなのだが、あと後から得体のしれない違和感を覚える。
「慧人君、充電ケーブル引き出して。充電しながらじゃないと車のバッテリーすぐ切れちゃうから」
「あいよ。亜沙美、電源ソケットのカバー閉まったままだから開けてくれ。運転席の周りにスイッチがあるだろ」
「ごめん、ごめん。いま開けるから、ちょっと待ってて」
なーんか気安くないですか?
わざわざ指摘することじゃないけど、星華高校から帰って来てからアサミンと慧人さんが急に仲良くなった気がする。
「桜歌、充電始まったから。ワークステーション立ち上げて」
「そっ、そうですね。いまやります」
二人の微妙な距離感の変化に気を取られていた私は慌ててワークステーションの電源を入れる。
ハッキングカーをコインパーキングではなく、契約式の有料駐車場に止めているのはこの駐車場に電気自動車――EV用の充電設備があるからだ。
私達使ってるハッキングカーは、エンジンとバッテリーを両方積んだハイブリットカーだが、最近はバッテリーしか積んでいないEVもシェアを伸ばしており、充電設備を備えた契約駐車場も増えてきた。
バッテリー積んだ車のいいところは、バッテリーに継続的に充電できる環境があればエンジンを動かさなくても車内の設備を自由に使えることだ。
おかげで今日みたいにお母さんが別の仕事が忙しくて事務所を離れられない日でも、バッテリーから電力を取ってワークステーションやスパコンを動かすことができる。
ワークステーションを立ち上げてデータ解析を始めようと思った矢先、誰かがコンコンと車のバックドアをノックする。
「開けるので少し下がってください」
慧人さんがひとこと注意してからドアを開けると、香織さんが立っていた。
香織さんは髪型をストレートのセミロングにセットし、ターコイズカラーのメガネをかけている。
服装は、先週私がプレゼントした着物を、えんじ色のハカマと組み合わせて上手く着こなしている。
「お邪魔します。あがってもいいですか?」
「どうぞ、あがってください。香織さん、ハカマかわいいですねッ! グッとです」
私は香織さんが和服の着こなしを自分で考えてくれたことがうれしくて拍手で彼女を迎え入れる。
「拍手なんて大げさですよ。自転車に乗るためにハカマが必要だったので」
「いえいえ、かわいい着こなしを自分で考える元気が出たことがうれしいです」
和服で自転車に乗るためにハカマを用意するなんて、2週間前の無気力な状態を考えたら素晴らしい進歩だ。
「ところで、今日はみんなが盗聴したデータの解析作業をやると聞きました。何かお手伝いできることはありませんか? あと、差し入れ持ってきました。邪魔だったら帰るので、せめて差し入れだけでも」
香織さんは両手に持ったトートバックを私達に差し出してくる。
「邪魔だなんて思わないです。私達、友達でしょ」
アサミンはそう言いながら、笑顔で香織さん差し出したトートバックを受け取る。
「あの……私がお茶入れますね。あと、マドレーヌ焼いてきました」
トートパックの中身はペットボトルの紅茶と使い捨てのプラスチックカップ、それとマドレーヌが入った保冷バッグだった。
香織さんは、作業台の上にコップの並べてトクトクと4人分紅茶を注いでくれる。
「どうぞ、その手作りがイヤだったら食べなくてもいいので」
「いいえ、美味しいですよ。よくできてると思います」
アサミンが美味しいと褒めたので、私も香織さんが作ったマドレーヌを食べてみる。
「うん、美味しいです」
ほのかな甘みと、しっとりした生地の触感が心地よい。
レシピを忠実に守り、丁寧に作られたマドレーヌだ。
一口食べただけで彼女の実直な性格が感じられて思わず顔がほころんでしまう。
「大丈夫ですか? 気を使ってくれてるなら」
「本当に美味しいですよ。ちなみに私と桜歌は家庭科部でいろんな料理を作ってるので、けっこう味の良し悪しには厳しいです」
世の中には手作りのお菓子を嫌がる人が居るらしいが、調理実習で頻繁にお菓子を作っている私やアサミンにとっては理解できない発想だ。
「ところで、このマドレーヌ。学研の『お菓子の教本』見て作ったんですよね?」
「えっ、なんでわかったんですか!?」
私がレシピ本を言い当てると、香織さんが驚きのあまりポカンと口を半開きにする。
「私も同じ本を持ってて、前に作ったときに同じ味になったんです。ちなみに、褒めてますからね」
「お菓子作りをするときは、レシピは絶対ですからね」
「はい、私もそう思います」
料理が好きという、私とアサミンと香織さんの共通点が見つかり3人とも思わず笑ってしまう。
うん、やっぱり香織さんとはいい友人になれそうだ。
「せっかく、香織さんに来ていただいたので、見て欲しいものがあります」
私はワークステーションに、ショート動画の閲覧サイトを立ち上げる。
動画を再生すると、ウェーブのかかったセミロングの髪型の女の子が流行りの歌をBGMにして踊っていた。
「あっ!? おとといのクソ女じゃねえかッ!!」
動画を見て真っ先に反応したのは慧人さんだった。
顔を見てすぐに、一昨日アサミンに暴力を振るった少女だと気づいてくれた。
「香織さん、この動画に出演している方があなたに売春を強要してきた女生徒で間違いありませんか?」
「間違いありません。彼女は1年前、私をいじめて、売春をして金を用意しろと言ってきた由紀です」
香織さんも動画に出演しているのが『売春強要グループ』の一味だと証言してくれた。
「了解です。これで、犯人の身元がハッキリしました。動画に出演しているのはYukiと名乗っていて、8.7万人のフォロワー数を抱えるティックトッカーです」
「それってすごいのか?」
「一介の女子高生としては破格の人気者ですね」
動画を見る限りダンスのクオリティはかなり高く、ダンス部の練習には真面目に取り組んでいるようだ。
「本名は青山由紀。星華高校2年生で、ダンス部に所属しています。美人で友達も多く、配信活動でも成功したことで、自分は特別な人間だと勘違いしているんでしょうね」
「こいつ頭おかしいだろ」
「そうですね。彼女は狂っています」
成功だけを積み重ね人の痛みを知らない人間は、自分の周囲にいる弱い人間を虐げる権利があると勘違いするようになる。
それは、もはや狂気だ。
続いて私はSNSを立ち上げて、二人の少女のプロフィールを表示する。
「青山由紀に加えて、菅野直美と、野田佳代。香織さん、この3名が『売春強要グループ』の主要メンバーで間違いありませんね」
「そうです……すごい、たった二日で、あの子達のアカウント特定したんだ」
「ネット上で一番知名度が高い青山由紀が、アサミンと接触したのが大きかったです。彼女の出演動画はスグに見つかったし、一人シッポをつかめばあとは芋ずる式に見つかりました」
青山由紀は有名ティックトッカーなだけあって、自分のアカウントを一般公開して充実した高校生活を喧伝している。
そんな彼女の自撮り画像には、菅野直美と野田佳代が一緒に写っている写真も多かったので二人のアカウントを探し出すのはとても簡単だった。
「とにかく脇が甘いんですよ。例えば、青山由紀のこの自撮り写真に写り込んでるバック。海外の有名ブランドが作ったもので販売価格は確実に10万円を超えます」
「普通の女子高生がおいそれと買える代物じゃないわね」
きっとお金の出所は、香織さんのような気の弱い生徒に売春を強要したうえで、金銭を脅し取って手に入れたものだろう。
「私、絶対に許せません。こんな狂った人達のせいで香織さんが不幸になるなんて」
香織さんを踏み台にして、人生の勝利者のような笑顔を浮かべている青山由紀に、私はハラワタが煮えくり返るような怒りを感じる。
「香織さん、少しだけ待っていてください。青山由紀、菅野直美、野田佳代の3人を私が地獄に突き落とします」
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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