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第28話

――関谷亜沙美


……………………………………。

 

 覚悟していた痛みと衝撃が無いことを不審に思って目を開くと、背後から差し込まれた腕がいじめっ子の放ったビンタから私を守っていた。


「慧人君ッ!」


 私が振り返ると慧人君は無表情のままニュッと右手を伸ばしていじめっ子の首をつかみ片手で持ち上げる。


「かっ……はッ…た…」


 首を支点に宙づりにされたいじめっ子は、息が出来なくなって苦しそうなうめき声をあげるが、慧人君は彼女の悲鳴など全く意に介さず無表情で彼女を拘束し続ける。


「お前は言葉が通じるみたいだから一つだけ教えてやる。俺は仲間を傷つけるゴミは絶対に許さない」


 慧人君は表情を変えない。

 いじめっ子をにらみつけることも、罵声を浴びせることも無く、必要最低限のことだけ話して、宙づりにしたいじめっ子をさらに高く持ち上げる。

 ヤバイッ!?

 慧人君は、いじめっ子をこのままアスファルトに叩きつけるつもりだ。

 そんなことをすれば下手すれば死ぬ。

 慧人君が殺人犯になってしまう。


「ダメェェェェ!!!」


 マモノハンターになった慧人君は言葉では止まらない。

 だから私は勇気を振り絞って、慧人君の顔面を思いっきりグーで殴りつけた。

 私が殴った衝撃で腕の力が緩み、宙づりにされたいじめっ子が解放される。


「おい、いきなり何するんだ? あいつは関谷さんに手を出したんだぞ、許すわけには……」


 この場から逃げ去ろうとするいじめっ子を慧人さんは追いかけようとしたが、私は彼に抱きついて押しとどめる。


「殺さないでッ! 殴らないでッ! 暴力を振るわないでッ!!」


 私が抱きついたまま絶叫すると、ようやく慧人君は足を止めてくれた。


「あいつを許してもいいのか?」

「絶対に許さない。でも、私達の戦いは暴力を振るったら負けなの。殴ったらあの女を地獄に落とせなくなる」


 私がそう告げると、ようやく慧人君は握っていた拳を開いてくれた。



 いじめっ子の襲撃という危機を脱した私と慧人君は、ハッキングカーへと至る2キロの道のりを並んで歩いていた。

 時間は午後4時を過ぎていたが、6月の日は意外と高く、見上げると青空キャンパスに白い雲がプカプカと漂っている。


「慧人君、殴ったりしてごめんね」

「気にするな。というか、俺が殺人犯になるのを止めてくれたんだから、むしろ殴ってくれてありがとうだよ」


 慧人君は苦笑いを浮かべている。

 もしかしたら、私が襲われていることに我を忘れて中学生からマモノハンターになってしまったことを後悔しているのかもしれない。


「じゃあ、ごめんは言わないから助けてくれてありがとう。私、怖くて固まってたから、すごくうれしかった」

「俺は不満だ。関谷さんが襲われるのを防がなきゃボディガード失格だ。警備員に文句言われても正門前で待機してればよかった」


 慧人君は私が学校に潜入するのを援護したあと、警備員さんから見えない場所まで移動して私が出てくるのを待っていたらしい。


「ケガとかしてないから大丈夫だよ。あっ、でも制服汚しちゃったから香織さんに謝らないと」


 いじめっ子に押し倒されて思いっきり転んでしまったので、香織さんから借りた白いワンピースに砂ぼこりで茶褐色のシミが付いてしまった。


「なら、クリーニング代は俺が出すよ。頼ってくれよ。仲間の失敗は互いにカバーするのが当たり前だろ」

「仲間か……ねえ、慧人君にとって、友達と仲間の違いってなんなの?」


 慧人君は、いじめっ子と対峙した時も、いまも、私のことを『仲間』だと言ってくれた。

 私はその言葉に特別な何かを感じる。


「それは、あれだ……同じ困難に立ち向かう同士のことで、日本風に言うなら戦友だな」


 慧人君はゆっくりと言葉を選びながら、私のことをどう思っているのか教えてくれる。


「戦友――そっか、戦友かあ」


 私はお腹の中があったかくなるような高揚感を感じる。

 マモノハンターだった慧人君にとって、共に戦う戦友というのは一番大切な存在なのだろう。


「ねえ、慧人君。私、一つだけ不満があります」

「なんだよ、関谷さん」

「その関谷さんって呼び方よそよそしい。私のことを戦友だと思ってくれるなら、桜歌と同じように名前で呼んで」

「桜歌は、家族だし名字も同じだから」

「亜沙美。私の名前は、亜沙美」

「わかったよ。あっ、亜沙美」


 慧人君が言葉をつまらせながら私の名前をつぶやくのを聞いて、私は口元がゆるむのを我慢できなかった。


「慧人君、もう一回ッ!」

「もう一回って、なんだよ、亜沙美」


 名前呼びが気に入った私は、ハッキングカーに帰り着くまで、慧人君に頼んで何度も名前を呼んでもらった。


挿絵(By みてみん)

ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。


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