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第22話

――三智桜歌


 下級生のみんなは料理酒の一種くらいにしか思っていないようだったが、私の脳裏に嫌な予感がよぎる。


「慧人さん、練酒って何ですか? これって料理酒じゃないですよね」

「ああ、ニビル式ハンバーグの作り方教えてくれって言われたから特別に用意してたんだ」


 慧人さんは調理実習室の冷蔵庫の中から見慣れた瓶を取り出した。

 しかし、中身は見慣れたどぶろくではなくて、白く濁っているが完全な液体ではなくクリームやミズアメみたいなペースト状の物体だった。


「これは……本当に練酒だ」


 普通にどぶろくを作るときは発酵が進んでお酒が完成したら酒精が抜けたご飯は取り除く。

 しかし、発酵が進んでお酒ができる前に水の中に入れたご飯をすり潰しておくと、ご飯と水が混ざり合った状態で発酵が進んでペースト状のお酒ができる。

 それが練酒。

 お酒が飲み物のとして発展する前の、もっとも原始的なお酒だ。


「これ使わないと肉が上手く固まらないんだよ」

「なるほど、パン粉の代わりに練酒のでんぷんをツナギにするんですね」


 理屈は理解できる……できるけど……。

 このバカ野郎、密造酒を堂々と学校に持ってきたがった。

 私はギュッと拳を握りしめバカ野郎にグーパンをお見舞いしたい衝動を必死にこらえる。


「練酒なんて珍しいわね。たしか福岡の土産物屋に並んでたわね」

「へえ、日本でも練酒作ってるところがあるんですね」


 慧人さんはのんきなことを言っているが、私は胃が痛い。

 この練酒が密造酒だとバレたら大変なことになる。


「グエッ!」


 こうなったら仕方ない。

 私は慧人さんのシャツの襟を後ろから引っ張って強引に彼を黙らせる。


「先生のおっしゃる通り福岡の酒造メーカーが売っているものを取り寄せたんです。ニビル式ハンバーグは練酒のデンプンをツナギとして使うので、このお酒を使わないとお肉が固まらないんです」

「パン粉の代わりに練酒のデンプンを使うのか。ウルクの人って変わったこと考えるのね」

「ウルクは稲作が盛んなので、食文化が江戸時代の日本と似てるんです。藤村先生、よかったら小さじ一杯味見しませんか」


 私は慧人さんから練酒の入った瓶をひったくって、蓋の留め金をパチンと外すと、うっすらとアルコールの混ざった甘い匂いが周囲にただよう。


「でも、お酒でしょ。私、一応勤務中なんだけど」

「生徒が口に入れるものに怪しいものがないか確認するのは、当たり前の安全管理だと思います」

「そ……それもそうね」


 藤村先生は、苦笑いを浮かべながら練酒を小さじ一杯掬い取って口にする。

 よしッ!

 私は平静を装いながら心の中でガッツポーズする。

 私が知る限り、藤村先生はタジ中の教師の間でウワバミと呼ばれるほどのお酒好きだ。

 練酒なんて珍しいお酒が目の前にあったら絶対に飲みたいと思うはず、という私の読みは的中した。


「ふむ、確かに変なものは入ってなさそうね。それに甘くておいしいアルコール特有のハナにツンとくる感触がなかったらお酒だってわからないわね」

「甘いのは、雑菌の繁殖を防ぐためにヨーグルトと皮ごとすりおろしたリンゴを入れてあるからですね」

「よくわかったな」


 トンッ!


 慧人さんが余計なことを口走りそうになったので、脇腹を肘で突いて黙らせる。

 先生に練酒を試飲させたのは口封じのためだ。

 仮に練酒が密造酒だと藤村先生にバレても、試飲してしまった手前、事をおおやけには出来ないはずだ。

 一通り材料がそろったので、ようやく調理実習が始まった。

 手順は以下の通りだ。


 ①鶏肉から皮を剥がして肉の部分をフードプロセッサーでひき肉する。

 ②ひき肉に、鶏卵、味噌、食酢、練酒を加えてムラなく混ざるようにじっくりこねてハンバーグのタネを作る。

 ③小さめの鍋の底にトリ皮を敷いて、その上にハンバーグのタネを詰め込み、最後に少し水を入れて蒸し焼きにする。


 単純な料理なのでレシピ通りに作ればまず失敗することはないが、問題は下処理に意外と力を使うことだ。


「桜歌先輩、腕が痛いです」


 文香さんが泣き言を漏らす。


「ひき肉を作るのも、ひき肉を混ぜるのもけっこう力使うもんね」


 家庭科室に置いてあるフードプロセッサーは電動ではなく、人力で回すタイプなのでひき肉を作るだけでもかなりの労力が必要だ。

 だけど、今日は頼もしい助っ人が居る。


「パテを作る作業は慧人さんに代わってもらおう。慧人さん、いいですか?」

「あいよ」


 慧人さんは、ベンチプレス120キロを持ち上げる常人離れした怪力の持ち主なので、文香さんが苦戦していた大量のお肉と他の材料の混ぜ合わせを軽々とやってのける。

 他の班の様子に目を向けると、キーのいる班は力仕事の大半をキーが担当していた。


「それじゃ、力仕事は慧人さんに任せて、私達はご飯炊こうか」

「ご飯ですか?」

「うん、やっぱりハンバーグはご飯と一緒に食べた方が美味しいから」


 慧人さんとキーが混ぜ合わせたハンバーグのタネを、トリ皮を敷いた鍋に詰めて弱火で一時間弱蒸し焼きにするとウルク式ハンバーグが完成だ。

 蓋を開けると肉に混ぜた味噌のニオイがぷ~んと辺りに立ち込める。


「なんかハンバーグっていうより、肉を使ったカマボコみたいな料理ね」


 出来上がったウルク式ハンバーグを見てアサミンが率直な感想を口にする。


「ハンバーグと言っても肉を日持ちさせるための料理だからな」


 ウルク式ハンバーグは冷蔵庫の無い環境で肉を数日間保存することを目的とした料理で、ハンバーグの名は付いているものの実態はテリーヌやかまぼこに近い。


「でも、味は悪くないですよ。私はウルクで食べたけど、ご飯のお供にはピッタリのおかずです」


 焼き上がったウルク式ハンバーグをステーキナイフで切り分けて皿に盛り、同時進行で作っていた白いご飯とみそ汁を添えて実食を開始する。


「かっらッ! オッカがご飯炊いてくれたのはナイス判断だったな」


 ウルク式ハンバーグを食べた家庭科部員の反応はとにかく塩辛いだった。


「ウルク式ハンバーグは高級料理じゃなくて、ウルクの人が日常的に食べてる保存食なんです。それに今日使った味噌の量を考えたら味は想像つくでしょ」


 ウルク式ハンバーグを作るときは調味料としてみそ汁よりも大量に味噌を使う。

 ハンバーグの表面を覆うトリ皮の脂と、味噌の塩分が雑菌の繁殖を防ぐので常温で一週間ほど保存が効くのだ。

 ただし味はさかなの干物以上に塩辛いので、食べるときには白いご飯が欠かせない。


「でも、ご飯と一緒に食べると美味しいです。しかし、冷蔵庫の無い環境でご飯作るのって大変なんですね」

「食べれる分はその日のうちに食べる。食べきれない分は今日叫みたいにハンバーグにしたり、燻製にしたりして保存する感じな」

「ニビルって本当にファンタジー小説に出てくる異世界なんですね。JINROUの主人公もこういう料理を食べてるのかな?」


 文香さんは、塩辛いハンバーグとご飯を一緒に頬張りながら好きな漫画のキャラの食生活について思いを巡らせている。


「JINROUは日常シーン少ないけど電気が通ってる様子は無いから食生活はウルクと似ているかもしれませんね」

「私はこのハンバーグ好きだな。味付け濃い目の料理が好みなのよね」

「藤村先生はそうでしょうね」


 慧人さんが作った練酒は使い切ってしまったが、先生が空になった瓶に視線を送るのを私は見逃さなかった。

 みんなでワイワイ実食会を楽しんでいると、不意にアサミンが私の隣に腰かけた。


「亜沙美さん、どうしたんですか?」

「オッカにお礼を言いたくて。ありがとう。こうやって家庭科部のみんなと一緒にご飯作るのも、おしゃべりしながらご飯食べるのも、すごく楽しい」

「そうですね。アサミンと私は幸運に恵まれています」


 部活動の一環で行った調理実習。

 友達と一緒にご飯作り、友達と一緒におしゃべりしながらご飯食べて、楽しい思い出を作る。

 なにも特別なこともない学校生活の一幕だが、全ての人が平凡な幸せを得られるわけじゃないことを私達は知っている。


「オッカ、私、明日は頑張るから」

「そうですね。香織さんにも楽しい学校生活を送ってもらいましょう」


 明日は星華高校に潜入するという作戦最大の山場がある。

 私とアサミンは互いの健闘を誓って拳を突き合せた。


挿絵(By みてみん)

ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。


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