第19話
――関谷亜沙美
私とオッカは、ヘアカットを済ませた香織さんを更衣室に連れていって、オッカが厳選した着物に着替てもらう。
「完成ですッ!」
「あら、いいじゃないッ!」
香織が更衣室から出てくると、別人のように変身した香織さんを美容師さんが褒めてくれる。
目が隠れるほど前髪を伸ばし全体的にボサボサだった頭をストレートのセミロングに整えて、オッカが持ってきた大きな花柄の絵を付けた着物に着替えると香織さんが見違えるようにかわいい女の子になっていた。
「へえ、帯締めじゃなくて腰回りにストールを巻いて着付してるんだ。少し邪道な感じがするけどこれなら簡単に着付できるわね」
「邪道もなにも豪華な帯締めが流行ったのは江戸時代からで、室町時代はこうやって着物の上から風呂敷や袴を履いて着付するのがメジャーだったんです。
あと、二部式着物は着付が簡単なだけじゃなくて、下履きを袴やスカートに変えてアレンジすることも出来るんですよ」
和服フリークのオッカが、着物のファッションアレンジについて熱く語る。
和裁が得意なオッカは、古着屋やフリーマーケットで安価に着物を手に入れて自分好みにリメイクしているので彼女の私服はいつも気合が入っている。
「さて、慧人さん。変身した香織さん見て、どう思いますか?」
「香織さん、とてもかわいいですよ。香織さんを、ブスだと罵った連中は脳にウジが沸いてたんですよ」
慧人君は、変身した香織さんを見て素直な感想を言葉にする。
女の子を前にして下心も照れもなく、客観的に感じた本音を言えるところは慧人君の長所であり短所でもあるが、いまの彼女にかける言葉としては100点満点だ。
確かに鼻の周りにソバカスが散っているが、慧人君は気にも留めていないようだ。
私も過度に気にする必要はないと思ったが……。
「あっ、ありがとうございます」
香織さんは、やはりソバカスが気になるようで反射的に手で顔を隠す。
「大丈夫です。そのくらいのソバカスはファンデーションで消せます。慧人君、申し訳ないけど今から化粧品買いに行くから、もうちょっとお財布になってくれない?」
「あいよ」
「ちょっと待ってくださいッ!」
ファンデーションを買いに行こうとすると、桜歌が突然待ったをかける。
「ソバカスをファンデーションで隠すのは、私は反対です」
「なんで? 香織さんはソバカスが気になるって言ってるんだし。消せるものなら消した方がいいじゃない」
「でも、安易にファンデに頼ると肌治安が悪化します」
桜歌はスキンケア至上主義の過激派なので、ソバカスをファンデーションで隠すことに反対する。
「そもそもソバカスは、紫外線から体細胞を守るためにメラノサイトが局所的に活性化した結果出来るものなので、基本的に外部からの刺激に対する防御反応です。
確かに高級なファンデーションならUVカットをした上でソバカスを隠すことができますが、UVカットが出来る品質のファンデーションのお値段はこれです」
桜歌がパルスフォンの画面にUVカット可能な医療用ファンデーションの商品紹介を表示して見せてる。
画面に表示されているのは阪急デパートの専門店で売られている俗にデパコスと呼ばれている高級品だった。
「無理無理ッ! こんな高い化粧品、お母さんに買ってもらえないです」
香織さんはファンデーションのメーカー希望価格を見てブルブルと首を振る。
「化粧品の中でもファンデーションは特にピンキリが激しいんです。高級品は紫外線からお肌を守る強力な盾になりますが、安物で誤魔化すと無暗に肌治安を悪化させてソバカスがシミにレベルアップする可能性があります」
ソバカスがシミにレベルアップすると聞いて香織さんが肩をビクンと震わせる。
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「私はファンデーションに頼らずにソバカスの治療をするべきだと思います。日傘や日焼け止めクリームで日焼けを徹底的に避けて、医療用の美容液でスキンケアすればソバカスは治療できます」
「えっ、ソバカスって消せるの!?」
コンプレックスになっていたソバカスが消せると聞いて、香織さんが桜歌に詰め寄る。
「完全に消すのは難しいと言われていますが、『日焼けを避ける』、『医療用の美容液でスキンケアをする』この二つを徹底すれば一目見ただけではわからないレベルまでソバカスを目立たなくすることは可能です」
「ソバカス、消せるなら消したい」
香織さんは、コンプレックスになっているソバカスを消したいという思いを吐露する。
「そうしましょう。正しい知識を得て、正しい努力をすれば、香織さんの願いは叶います」
桜歌に鼓舞されて香織さんはウンウンとうなずく。
「じゃあ長期的目標はソバカスを治療するとして、今日のところはどうするの?」
亜沙美がそう言うと香織さんが表情を曇らせる。
長期的な目標のために今日は我慢するかと言われたら、それとこれとは話が別みたいだ。
「それは……どうしようかなあ?」
桜歌は唇に人差し指をあてて、香織さんの顔とお店に天井を交互に見つめる。
「ソバカスなんて気にしなくていいだろ。俺は香織さんにソバカスがあるなんて言われるまで気づかなかったぞ」
「黙れ、ノンデリ男ッ!」
「慧人さん、黙っててくださいッ!」
慧人君がデリカシーの欠片もない発言をしたので、私とオッカはピシャリと黙らせる。
彼は客観的に感じた本音しか言わないので何が問題なのかわからないかもしれないが、これは香織さんにとってとても大事なことなのだ。
しかし、ファンデーションを使わずにソバカスを隠すのは難しい。
私が世界一の天才だと思っているオッカでも対策が思いつかないのだから相当なものだろう。
しばらく、香織さんと、オッカの顔を交互に見ながら考えを巡らせていると、一つのイメージが脳裏をよぎる。
「あの……こういうのは、どうですか?」
私はオッカのかけている眼鏡を外して、香織さんにかけさせる。
「なるほど眼鏡かッ! 亜沙美さん、ナイスアイディアです」
オッカは眼鏡をかけた香織さんの顔を見てニヤリと笑う。
「えっ!? えっ!?」
わけがわからずオロオロしている香織さんに、オッカはパルスフォンのカメラを起動してて画面に表示された眼鏡をかけた彼女の顔を見せる。
「えっ、これが私?」
パルスフォンに映し出された自分の顔を見て香織さんは息を呑む。
「人間って無意識のうちに顔の中で一番大きいパーツを注目してしまうんです。
なにも無ければ、顔の中央にあるソバカスに目が向いてしまいますが、こうやって縁の大きな眼鏡をかければ、無意識に眼鏡に視線が誘導されるんです」
桜歌の言う通り、ソバカスは消えていないはずなのに眼鏡のフレームの印象が強くなったことで、相対的にソバカスは目立たなくなっていた。
「いいじゃない。とっても、かわいくなった。街を歩いたらナンパされるかもしれないから気をつけるのよ」
美容師さんも、私とオッカがプロデュースした香織さんの容姿を褒めてくれる。
「ナンパなんて、そんな私が……」
「自信持ってください。今の香織さんは、その辺歩いてる女の子とくらべても抜群にかわいいですよ」
香織さんはスタイルも悪くないし顔立ちも整っているので、今みたいにヘアスタイルを整えて、ファッションに気を使っていたら、清楚系の女の子が好きな男性からナンパされても不思議じゃない。
「もしナンパされても、今日は慧人さんが、ボディガード兼お財布として付いてきてくれるので大丈夫です」
「いまから買わないといけないのは……眼鏡と美容液と化粧水、あとは日焼け止めと洗顔料も必要ね。慧人君、悪いけどまたお金貸して」
「あいよ」
「ちょっと、待ってくださいッ!」
慧人君はこころよくお金の無心にうなずいてくれたが、香織さんが待ったをかける。
「残りは自分で払います。私のためなのに皆さんにばっかり払わせるの申し訳ないです」
香織さんは母親に連絡して買い物で使うお金を出してもらう許可を取り付ける。
「まずは、眼鏡屋さんに行きますよ」
私は人ごみを怖がっている香織さんの手を取って三宮の街に繰り出した。
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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