93 由依は猫のように欠伸する
由依は、殺人事件が起こってから、バレーボール部をしばらく休むことにした。というよりも、バレーボール部の部活動中まではさすがに見守りきれないということで、根来の方から、しばらくの間、部活を休むようにと命令が下されていたのだった。他のバレーボール部員には、由依は体の病気でドクターストップがかかった、と伝えられていたが、実際の由依はぴんぴんしていた。
(体、なまったら、やだなぁ……)
由依は、そんなことを思いながら、午後の数学の授業を退屈したまま過ごした。まったく眠気が襲ってくるばかりの授業だった。八重は? と思って振り返ると八重は相変わらず、教科書の影で黙々と詩を書いている。どんな詩を書いているんだろ、でも、どうせ私が読んでも分からないからいいや、と由依はそれ以上何も考えなかった。
由依が、椅子にもたれかかって、んんんっと唸りながら、後ろに背伸びをすると、やはり発育の良い、豊かな乳房の形がふわりとブラジャーと白いシャツの生地を突き上げて、ぐいっと表に張り出したらしく、隣の席の男子がさも気になるよう様子で、ちらりとそれを覗いたが、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らしたのが由依には少し愉快に感じられた。というのも、由依はこうしたことについて、妙に自信があったのである。すっかり大人らしい肢体だと思っている。それにしても、椅子の上で伸びあがると、端から見ると、大変、だらしないのだが、由依は構わずに、猫のように口を開けて欠伸をした。変な声も出た。それはあまり可愛らしくない猫の声だった。そして、由依は置いておいたシャーペンを手にして、ノートに猫の顔を描きながら、昨日、起こったことのひとつひとつを思い返した。
昨日、マラソンの最中に、黒服の男を追いかけて、山の中へ入って行ったこと、そして、小川の流れるところで何者かに背後から襲われたこと、そして変てこな夢を見たこと、目が覚めたら八重と百合菜がいたこと。そんなことを色々と思い返した。小川で襲われた時、あそこで振り返って、犯人に思いきり蹴りでも入れてやれば良かった、と由依は残念に思った。でも、そんなことをする余裕はなかったな、と急に冷静にもなった。
その時、由依の脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。
(ホテーワ……?)
なんだっけ、これ、と由依は意味が分からず、首を傾げた。こんな言葉をどこかで聞いた気がする。だけど、どこで聞いたんだっけ……。由依はそのことをすっかり忘れていたし、今でも、どこで聞いたのか思い出せずにいた。
由依は、猫が愉快に踊っている絵の片隅に「ホテーワ」と書き入れた。いや、これと猫の絵は関係ないが、この「ホテーワ」という言葉が何を意味するのか知りたくて、由依はこんなところにメモしたのだった。
由依は、考えた。しかし、考えても分かるような頭は持ち合わせていなかった、などというと、あまりにもひどい言い方だが、そうではなくて、つまり由依は難しいことを辛抱強く考えるのは似合わない人間だった。過去においてもそうだったし、これからもそうだろう、とこの点に関して妙な自負があった。
(ホテーワなんて、どうでもいいじゃん……)
と由依が考えていると、数学の授業は終わっていた……。




