89 三人でも根来は倒せない
根来の声に、追い詰められた生徒たちは、わけもわからず、次々と踊りかかった。というと、ご立派な状況だが、ほとんどの生徒は怯えてしまって、その動きには隙があり、根来に順番に床に弾き飛ばされるだけであった。
「どうした、どうした!」
これではいけない、と生徒はついに二人、三人が一度に飛びかかるようになっていた。生徒の目が静かに光る。複数の男子生徒の影が妖しく、根来のまわりを周回している。裸足の足音が響いている。それは心拍が聞こえてくるようである。震えながらもある生徒は思った。
(……三人で息を合わせて、飛びかかるんだ)
その生徒は他の二人よりわずかに早く、根来の背中に飛び込びかかったが、根来はそれを間一髪のところで回避し、真横に跳ぶと、まさに飛びかかろうとしている一人の男子生徒の首根っこを掴んで、残りの一人の方に向かって思いきりよく投げ飛ばしていた。
「あっ!」
ふたつの影が重なって倒れたのを見て、行き場を失った一人目の男子生徒は、何もない空間に置き去りにされた格好だった。
(しまった!)
男子生徒は心の中で叫んだ。恐怖にとらわれる。途端に根来が腹に飛び込んできて、両足を払われ、天井が回転し、床に落とされた。
当の根来も、男子生徒が次々と飛びかかってくる状況にわずかに焦りを感じていた。
(意外に、良い筋をしているやつもいるな。しかし、まだまだ若造だ……)
根来は、不穏な足音を聞き取って、どこから生徒が来てもそれを投げ飛ばした。
男子生徒は十五人いた。一クラスの半分だった。運動部らしい生徒も何人かいたが、柔道場を自在に動く、根来にはスローモーションに見えた。そうした生徒たちが三人ずつかかってくる。根来は、次々と生徒をすっ飛ばしたが、起き上がり小法師のようなもので、きりがなかった。
「さあ、殺す気で来い!」
しかし、生徒たちはあまりにも恐怖して、もう飛びかかってくるものはいなかった。投げられた者の中には、呼吸を乱して、座り込んでしまう生徒もいた。
「どうした、お前たち……」
「もう無理です……」
しょうがねえやつらだな、と根来は思った。怯えた生徒たちの目を眺めまわした。しかし、普通の高校生には少しハードだったかな、とも思った。仕方ないと思いつつも、根来は少しばかり、つまらなそうに生徒たちの顔を見た。
「待て、俺が相手になろう」
低音の効いた精悍な声が響いた。根来は、はっとその声のした方を見た。生徒たちが左右に分かれて、その間に一人の男子生徒が胡座をかいて、壁にもたれかかっているのが見えた。今まで、組手に参加していなかった生徒だ。
生徒は、畳から飛び上がるようにして立ち上がった。刈り上げたばかりの短髪から額が見えている。濃くて太い眉、黒い瞳が鋭く光る眼、引き締まった顎、一文字の唇。その顔つきには若々しさがみなぎり、触れると怪我をする剃刀のように殺気がこもっていた。身長が高く、肩幅が広く、胸筋は見事に盛り上がっている。柔道着は使い古されていて、帯の色は黒だった。
男子生徒は、荒々しく前に歩み出てると、こう叫んだ。
「石田宗次。紫雲学園二年。俺が相手だ!」




