83 城崎先生の気持ち
羽黒祐介が職員室に入ると、臨時でやってきた新任の先生ということで伝わっているせいか、笑顔で挨拶をする教師も多かったが、中には祐介の様子を窺いながら、ひそひそと何か陰で話し込んでいる一団もあった。きっと昨夜の騒動から、祐介を警察関係者じゃないかと疑っているのだろう。祐介は、気まずさを感じた。祐介は周囲に会釈をして、城崎の机に座った。そこに根来が現れた。
「おい、羽黒。ちょっと来てくれ。まだ騒いでいるんだ」
「城崎先生ですか?」
「ああ」
根来に誘導されて、祐介は地下に通じる階段を降りた。
人が誰も通らないような、薄暗い廊下の行き当たりに鉄のドアがあった。その中は、狭い物置のような部屋だった。見れば、幸田校長と粉河が立っていて、その奥で、猿顔の城崎先生がなにごとか喚きながら暴れていた。
「私が、女子生徒と密会していたなどという噂を流したのですかっ! こ、こんな不名誉、耐えられません。い、今すぐ、こんな馬鹿なことはやめてください。第一、事件が解決したとしても、そんな噂が一度でも流れてしまったら、担任に戻れないじゃありませんかっ!」
「それも覚悟の上です」
と幸田校長はきっぱりと城崎先生に告げた。
「城崎先生を犠牲にしてでも、生徒の命を守る。難しい決断ではありましたが、私は、校長として、覚悟を決めましたよ?」
「校長は覚悟できても、肝心の私は覚悟できていませんっ!」
「まあ、待ちなさい。城崎先生。女子生徒と密会していたという話は、まだ誰にも喋っていません。ただ、そういう設定で裏を合わせておこう、というだけです。ですから……おや、羽黒さん、どうでした。1年E組のホームルームは?」
幸田校長は、祐介に気づいて話しかけてきた。
「ばっちりです。誰も私が探偵だとは思っていないようです」
すると城崎が、今にも泣きそうな顔で、祐介に話しかけてきた。
「あの、私のことはどのように生徒に話しましたか?」
「ご安心ください。城崎先生は、この場では話せないようなことをしでかして、現在、警察のお世話になっています、とオブラートに包んで伝えてあります」
「あっ、あなた、なんてことをっ!」
城崎先生は、悲鳴に近い声をあげて、祐介に掴みかかった。祐介は激しく揺さぶられて、めまいがした。すぐさま根来が、城崎の後ろ襟を掴んで、祐介から力づくで引き離すと共に、足をかけて、城崎の体を軽々と床に放り投げた。
「うわっ!」
城崎先生は、鈍い音を立てて、床を転がった。
すぐさま、根来の怒鳴り声が響いた。
「生徒の命が優先だ! あなたも教師ならしばらくの間、不名誉に耐えてもらおう!」
根来は、鬼の形相を浮かべて、仁王立ちしている。城崎は、そのいかめしい姿を見て、腰を抜かしたようだった。城崎先生は縮こまって、小さな声で、
「なんでこんなことに……」
と呟いた。
よく考えると、女子生徒と不祥事を起こしたなどという設定でなくて、ただ単に城崎先生が病気になったという設定でも良かった気もしたが、今となってはこちらと引き下がれないな、と祐介は密かに思っていた。
幸田校長は重々しく、同情のこもった口調で城崎先生に話しかけた。
「それでは、城崎先生、あなたは紫雲学園から出て、しばらくの間、実家に戻っていなさい。いつになるか分かりませんが、事件が解決して、ほとぼりが冷めるまで……あなたにとっては長い……とても長い夏休みです。寂しいかもしれません。それでも、かならず始業式は来るものですよ? その日を楽しみにしています。くれぐれもこのことは内密に……」
城崎先生は、幸田校長の言葉をどう理解してよいか分からないらしく、目を白黒させながら立ち上がると、襟を正し、
「これは悪夢だ。きっと悪夢なんです。私も大人ですから、校長の言われた通り、一旦は紫雲学園を離れますが……1年E組の担任は私だけです。あのクラスは私のクラスです! 他の誰にも渡さないっ!」
城崎先生は感無量になって、涙を流した。そして、うつむきながらドアを開けて、部屋を出て行くのだった。そして、誰もいない廊下に向かって叫んだ。
「いつか必ず戻ってきますよ! その時まで、さようなら。1年E組のみんなっ!」




