80 羽黒祐介先生
八重は翌朝、由依、百合菜のふたりと共に朝食を食べた後、1年E組の教室へ向かった。今日も動物園のように騒がしい教室だった。八重は、机に向かうと、生徒ひとりひとりを動物にたとえながら、その様子を見まわしていた。
(でも、昨日までと何も変わらない教室……)
殺人事件が起こったということを知っている生徒がいるのだろうか……? まわりの呑気な様子を見ていると、どうも、昨日の出来事が信じられなくなる。
その時、こんな会話が動物の群れの中から聞こえてきた。よく見ると、男子生徒と女子生徒が群がっている山の中から聞こえてくるのだった。
「昨日さぁ、警察、来てたよね」
「えっ、なんかあったん?」
「あったっぽいよ?」
「何が、何が?」
「分からんけど」
「城崎が捕まったんじゃね?」
「あー、うける」
「なに、城崎、捕まったの?」
「ありえなくね?」
「ねー、何の話」
「ええ? 城崎が捕まったの?」
「今日、ホームルーム、来ないんじゃね?」
「いつもよりも遅いもんね」
「違うセンセーくんじゃね?」
「あいつ、何やらかしたの?」
教室の引き戸が開いた。生徒が一斉にそちらを向いた。猿の如き城崎先生が入ってくるかと思ったのだ。ところが、現れたのは史上最高の美男子、羽黒祐介だった。教室はしーんと静まり返った。祐介は、どこにあったのか、教員風のスーツを着ていて、静かに教壇の前に歩いてきた。そして、教壇に手をつくと、ふうと小さくため息をつくと、静まった生徒を見まわした。そして、重々しく口を開いた。
「君たちに残念なお知らせがあります……。君たちが愛して止まずにいる城崎先生は、ここではとても口にできないような不祥事を起こし、現在、警察の監視下にあります。そのため、あくまでも臨時ですが……僕が城崎先生に代わって、一年E組の担任を勤めさせていただきます。羽黒祐介と申します。よろしく……」
すると、一番前に座っていた太めの柔道部風の角刈りの男子生徒が、太い眉をひん曲げながら、祐介の顔を見上げて、
「城崎……な、何かやったんすか……?」
と尋ねた。
「彼はやらかしました」
「な、何を……?」
羽黒祐介は、演技たっぷりに顔を横に振ると、うつむいて、
「この場では、とても口にできないようなことをしでかした……後はご想像にお任せします」
とだけ、つぶやいた。
その一言で、教室は余計に静かになってしまった。生徒たちはわずかにうつむいたり、顔を見合わせたりしながら、その状況を飲み込もうとしていた。城崎先生が何かをやらかした……しかも、それはこの場では口にできないような類の不祥事らしい。生徒たちの想像力は、色んな方向に飛んでいった。と、その時。
「葬式みてえな空気だな」
と、窓際に座っていた不良風の男子生徒が不機嫌そうに呟いた。そして、彼は立ち上がり、生徒に向かって、
「城崎がなんだ。お前ら、あいつのこと、猿だ、猿だ、って馬鹿にしてたじゃねえか。それがなんだ、今になって……めそめそしやがって……」
と、拳を握って語り出した。
「そうよ!」
他の女子生徒も立ち上がった。御転婆で有名な生徒だった。
「城崎先生なんてね、いなくてもかまわないじゃん。だって、チンパンジーなんだよ? こうして、代わりの先生が来てくれたわけだし……それに見ての通り、城崎先生よりもかっこいいし……先生、かっこいいよっ!」
女子生徒が元気にそう叫ぶと、なぜか生徒の中から拍手が起こる。
「ありがとう……」
羽黒祐介は、苦笑いをしながら、一応嬉しそうに頷いた。
「城崎先生に代わって……一年E組をよろしくお願いしますっ! 羽黒先生っ!」
その女子生徒が叫ぶ度、教室からは拍手が巻き起こっていた。




